4話 挫折
「大丈夫か!?」
慌てた様子でクロエが走ってきた。
痛みで苦しむ七海を励ましながら、一花はクロエを迎える。
「クロエ、七海が死んじゃうよ!」
「ああ、今診る!」
一花が悲痛な叫びを上げる。出血量の多さから七海の顔は見る見る青ざめていき、今にも倒れてしまいそうだった。
最初の内は痛いと叫んでいた七海だったが、少しして喰い千切られた自分の右腕の惨状を見た途端に静かになったのだ。
「あぁ、腕が……痛いよ……」
七海は犬型に貪られた後の自分の右腕だったモノを虚ろな目で眺めながら、誰に話しかけるわけでもなく、呟いていた。
クロエは七海の右腕の喰い千切られた部分を診る。七海の感じた痛みがどれほどのものか想像も出来ず、クロエは顔を暗くする。
皮膚は引き千切られ、骨は砕くようにして折られていた。
少しして、クロエは一花と七海に向き直った。
「この傷なら大丈夫だ。ギアの治癒力増強があるから、この傷の程度なら一晩寝れば回復出来るだろう」
「本当!?」
七海が助かると分かり、一花の声の調子が元に戻る。しかし、クロエの顔は浮かなかった。
気付けば日は落ち、辺りは暗く、冷え切っていた。一花は嫌な寒気を感じ、ぶるりと体を震わせた。
「ああ、確かに後も残らず回復出来る。だが……」
クロエは続きを言おうとして躊躇う。一花には重い話しかもしれないと思い、クロエは言葉に詰まってしまう。
「クロエ……?」
一花はそんなクロエを見て首を傾げた。
クロエは一花にも教えるべきだ、言わないと駄目だと自分に言い聞かせ、重い口を開く。
「……いくら体の傷が回復しても、心の傷までは治せない」
「それって……」
「ああ。七海の右腕が喰われた、という事実は消えないんだ」
「そんな……」
一花は悲しそうな顔をしながら七海に目線を移す。ギアの治癒力増強のおかげか出血は治まってきていたが、七海は未だに喰い千切られた右腕を呆然と眺めながら痛いと呟いていた。
クロエは七海に目線を少しやってから一花に向き直る。
「……一花、ゲートの場所は分かるな?」
「う、うん」
「ゲートを壊して来てほしい。壊すことをイメージすれば出来るはずだ」
「でも、七海が……」
「七海は俺に任せろ。それに、これ以上ゲートを放っておくのは危険だ」
「うん、わかった……」
一花はゲートの方へ向かうため走り出そうとし、七海の方を振り返る。
「大丈夫だ」
クロエが強く頷くと、一花は走り出した。
ゲートの方へ向かって走るが、人の気配はない。所々にまき散らされた血が、その理由を物語っていた。
初めての戦いで先ほどまで火照っていた体が、今はそれが嘘だったかのように冷え切っていた。
身を刺すような寒さが体を襲い、一花は体をぶるりと震わせた。空は曇っており、月は見えない。
やがて見えてきたゲートは、最初に一花たちが見た時よりも広がっていた。空間がそのまま裂けてしまったかのように開いたゲートからは、何か嫌な雰囲気が漂っていた。
「クロエ、ゲートの前に着いたよ」
『了解、そのまま壊してくれ』
「うん」
一花が槍を構える。裂けた空間が元に戻るように、一花はイメージを浮かべた。
「いくよっ!」
槍を前に突き出すように構える。一花のイメージに反応し、槍が赤い光を帯び始めた。
光が最大限に高まると同時に一花は力強く踏み込み、駆け出した。ある程度接近すると飛び上がり、体重を上乗せした威力のある一撃を叩き込んだ。
ゲートはガラスが砕けるときのようにヒビが入り、崩れ落ちた。一花は着地すると、クロエに話しかける。
「クロエ、ゲートを壊したよ!」
『ああ、お疲れさん』
一花は初めての戦いで成功したことを喜び、飛び上がろうとし、やめた。腕を失った七海の姿が脳裏に過ぎったからだ。
「すぐにそっちに行くよ」
一花は暗い表情でクロエのもとに向かった。