34話 慟哭
そして三日後、再び舞姫は七海の部屋を訪れた。ギアの治癒力増強で怪我は治っているが、相変わらず七海は絶望に囚われてしまっている。だが、多少は良くなったらしく、七海は舞姫を見ると起き上がった。
七海は怪我が治って包帯が外されているため、今は素肌に白い布を羽織っているだけだった。人によっては歓喜するようなシチュエーションではあるが、七海の絶望に満ちた表情を見れば誰もその気を起こすことはないだろう。
舞姫は七海を少し見つめてから、口を開いた。
「信じたくないという気持ちは分かるわ。でも、これが現実なのよ」
「っ!?」
現実を否定しようとしている七海にそれを受け入れさせる。舞姫はまず、そこから始めた。
「一花が、死ぬわけない……」
震える声で七海が言う。本当は生きているのではないか。七海はそう願っていた。舞姫はそれを否定する。
「確かに、まだ一花が死んだと決まったわけじゃない。けれど、少なくともこの場には、一花はいないのよ」
舞姫は厳しい言葉を七海にぶつける。七海が今の弱い状態で現実を認識してしまったならば、二度と立ち直れなくなってしまうだろう。だからこそ、舞姫はあえて厳しい言葉を選んだ。
舞姫とて、一花が死んだと思っているわけではない。あの時確かに舞姫は見た。一花が赤黒い水晶に取り込まれるところを。少なくとも、死んだところを見たわけではない。
舞姫だって、そんな微かな希望に縋りたかった。一花は生きているかもしれない。いつか、助けることも出来るかもしれない。
だが今は、七海を立ち直らせるのが先だった。
「七海、貴女はいつまでもそうやって泣いているつもりなの? それで、一花が喜ぶと思っているの?」
「一花は、死んでなんかない!」
「目を覚ましなさい!」
バチンと乾いた音が響いた。ズキズキと頬が痛む。七海は叩かれた頬を押さえながら舞姫を反抗的な目で見つめる。
「これを見なさい」
舞姫がそう言って取り出したのは、アクセルギアだった。
「これは、一花のギア……なんで?」
「一花は取り込まれる前に、これを私に……私たちに託したのよ」
「一花が、これを……」
七海は舞姫からアクセルギアを受け取るとじっと見つめる。取り込まれる直前の一花の思いが伝わってくるような気がした。
「分かるでしょう? アクセルギアから伝わってくる思いが」
アクセルギアに意識を集中させる。どこかに一花の温もりが残っていないか、必死になって探す。
――ごめんね。そして、ありがとう。
そんな声が頭の中に直接響いてきた。たったそれだけの言葉が、七海に現実を認識させる。
「い、一花……」
七海の目から涙が溢れ出した。現実逃避という壁は破られ、感情がダムから溢れ出していく。
「嫌だぁ……嫌だよ、一花ぁ……」
大切な者を失うということの辛さ。それを何度も味わってきた舞姫だからこそ、七海に現実を突きつけることが出来た。自分の進んだ道を、今度は七海が進もうとしている。先を行く者として、舞姫はせめてその苦しみを和らげて上げようとする。
絶望に染まっていく七海を、舞姫は過去の自分と重ねて見ていた。
「今は、好きなだけ泣くと良いわ」
そう言って、舞姫は七海を抱きしめる。震える七海を、赤子をあやすように優しく撫でた。
「うわぁあああああ!」
七海が慟哭する。舞姫の胸に顔を埋め、溢れ出る感情を声にして吐き出す。そんな七海の姿を舞姫は優しい目で見つめた。背中を撫でながら思う。
(これで、七海は現実と向き合える)
舞姫はかつての自分を思い出す。両親を目の前で失って、苦しんでいたときのこと。舞姫の担当のカウンセラーは、こうやって自分の悲しみを吐き出させてくれた。
舞姫はかつての自分と同じ境遇にいる七海を助けたかった。ここで放置していたら、七海は二度と立ち直れないだろう。だからこそ、しっかりとした精神状態で現実と向き合わせる必要があったのだ。そのためにも、悲しみを吐き出すためのこの行為は必要だった。
七海が泣き止むまで、舞姫は七海の震える体を優しく撫で続けた。そうして七海を撫でている舞姫もまた、震えていた。
二章終了。
間章を一つ挟み、三章に入ります。




