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機装少女アクセルギア  作者: 黒肯倫理教団
二章 The girl who denies fate

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31話 悪寒

 町の中心に、黒い霧状のものが揺らめいていた。ゲートである。

 一花たちはそれを見つめる。クロエの言う大きな反応がその中に潜んでいるのだが、ソレは未だに姿を見せていない。

――いやな感じがする。

 一花は背中を伝う悪寒に身をぶるりと震わせた。触れてはいけないモノに触れてしまったかのような、気まずさを感じる。

 時折、ゲートが揺らめく。揺らめくと、形が少し変わる。ゲートはそれを繰り返し、ゆっくりと、だが確実に大きさを増していった。それを見れば見るほど、一花の気分が悪くなってくる。

「……一花?」

 一花の様子がおかしいことに気が付き、七海が顔を覗き込むようにして訪ねる。一花はそれに大丈夫とだけ返すと、ゲートを見つめる。七海は緊張しているのだろうと捉え、ゲートに向き直った。

 ゲートを見つめていると、一瞬だけ、ゲートの内側から見つめ返されたような気がした。ほんの僅かな時間、その刹那に、一花はゲートの内側に悪寒の原因がいるのだと悟る。

 心臓の音が大きくなる。すぐにでも逃げ出したくなる。

 そんな恐怖を、一花はヒーローへの憧れで塗り潰す。ヒーローはこの恐怖と戦っているのだ。沢山のヒーローから勇気をもらった自分が、負けてはいけない。一花は深呼吸をすると、ゲートを強い眼差しで見つめた。

 刹那、ゲートが弾けた。無数の霧状の何かが飛び散り、辺りを黒く染めた。

「……え?」

 七海が呆気にとられる。それもそうだろう。これから戦うはずの相手が現れず、ゲートが消えてしまったのだ。ゲートのあったはずの場所には、何も残っていなかった。

 一花も七海と同様に固まっていた。ゲートが弾けた途端、悪寒が綺麗さっぱり無くなったのだ。先ほどまでの感覚が嘘みたいに消え去っていた。

「油断しないで!」

 舞姫の声で二人がはっとなって辺りを警戒する。すると、辺りを黒く染めていた霧状の何かが動き始めていた。

『不味い、霧型だ!』

 クロエから通信が入る。その声から焦りの色が感じ取れた。

「霧型? 今まではそんなのいなかったよね」

『霧型はホントに不味い。ヤツらは人を取り込むんだ』

 それを聞いて、一花と七海は前に聞いた話を思い出す。

「そういえば、そんなこと言ってたよね」

「私はそんなこと聞いてないわよ?」

『ああ、そういや舞姫には話してなかったな』

「こういう重要なことは、事前に話してもらわないと困るわ」

『すまん、悪かった』

 クロエの謝罪を舞姫は素直に受け取る。

「それで、他に特性は?」

『これ以上の情報はない。未来でも調べられてないんだ』

「そう、分かったわ」

 舞姫はそう言うと辺りを見回す。付近に六つ、霧型が蠢いていた。地を這うように、しかし俊敏に移動している。蟷螂型ほどではないが、かなりの早さだった。

『とにかく、捕まらないように気をつけてくれ。捕まったら、取り込まれるかもしれない』

「「「了解!」」」

 三人は武器を構えると、前方に蠢く霧形を見据える。

「……?」

 舞姫が背後を警戒して振り返ると、後ろの方で小さく動く点が複数見えたので、舞姫は首を傾げた。その点を凝視していると、徐々にその正体が明らかになってくる。

「ま、待って! 人が来てるわ!」

『何だって!? こ、これは……』

 クロエが舞姫の報告に驚いてレーダーの範囲を広げると、そこには二十人ほどの反応があった。

『不味い、不味いぞ! この数が霧型に取り込まれたら、未来と同じようになってしまう!』

「警戒線はどうなってるの!?」

『さっきの蟷螂型の悲鳴で壊滅状態だ! なんでこの惨状に躊躇わずに入ってくるんだ!』

 クロエが悲鳴を上げる。先ほどの蟷螂型の悲鳴による被害を見れば、誰も入ってこないと予想していたが、それが外れてしまった。まさか超自然現象研究部などという団体が来ているとは、さすがに予想できなかった。

『仕方ない、舞姫と七海は後ろのヤツらを守りながら戦ってくれ! 一花も二人との距離を縮めて守りを意識してくれ!』

「「「了解!」」」

 三人は即座に陣形を組む。同時に、近くにいた六体の霧型が先頭の一花に襲いかかる。一花はそれぞれの動きを見極めると、槍を後ろに引くように構えた。

「いくよ!」

 声と同時に、一花の体がブレる。アクセルギアの力を限界まで引き出した速度に、霧型のイーターは為すすべもなく切り裂かれた。しかし、霧型は文字通り霧散するも、再び元の形に戻った。

「効いてないよ……っ!?」

 一花が戸惑う。そして、再び訪れる悪寒に体が固まってしまう。それを好機と見た霧型が一花に殺到した。

「させないわ!」

 舞姫が光弾を撃ち出す。光弾は一花に迫る霧型を打ち払い妨害する。

「目を覚ましなさい!」

 舞姫の声で一花がはっと我に返る。そして、目の前に霧型がいるのを見て、慌てて飛び退いた。そして、再び槍を構えて再度攻撃を仕掛けるも、効果は見られなかった。

「攻撃が効いてないよ!?」

 一花が声を上げる。攻撃の効かない相手に、どうやって勝てばいいのか。見当も付かなかった。

『もしかしたら、ヤツらが霧状になってるからかもしれない。物理的な攻撃が通らないのかも』

「じゃあ、どうすればいいの?」

 クロエの考察を聞いて、七海が尋ねる。クロエは少し間を置いて考えるが、対処法が浮かばなかった。

『……分からない』

「わからないって、無責任な……」

『分からないんだ! 情報が不足しすぎてる! もしかしたら……今のギアでは霧型に有効な攻撃手段がないのかもしれない』

「そんな……それじゃあ、勝ちようがないよ」

 七海ががっくりと肩を落とす。横では舞姫が光弾を撃ち続けていた。

「諦めるには、まだ早いわよ……!」

 そうは言いつつも、舞姫も攻撃が無駄であることには気付いていた。しかし、諦められない。ここまで戦ってきて、攻撃手段がないから諦めろと言うのは、これが最初の波である舞姫にとっても無理な話だった。

 その時、奥の方で大きく蠢く霧型の姿があった。その中心には赤黒い水晶のようなものがあった。その姿を見れば見るほど不安になってくる。

 巨大な霧型が縦に長く伸びる。高層ビル一つを丸飲みに出来そうなほどの大きさだった。形を変えたかと思うと、こちらに向かってきた。近くにいた六体の霧型だけでなく、遠くに散らばっていた霧型たちもそれを守るように囲みながら併走する。

「来るわよ!」

 舞姫が光弾を乱射する。どう考えてもあの巨大な霧型は危険だった。倒さなければ不味い。

 黒い霧の固まりが蛇行しながら迫ってくる様子は、恐怖という言葉を体現した存在だった。通り道の地面を抉りながら、三人に迫る。

「絶対に倒すわよ!」

 舞姫が光弾を撃ち込む。何発も撃ち込む。数え切れないほど撃ち込む。だが、それを周りにいる霧型が防ぐせいで巨大な霧型に当てることが出来ない。

『それ以上は不味い! 回避だ!』

 クロエの言葉に、三人は慌てて横に飛び退いた。三人がいた場所を抉るように霧型たちが通っていく。

 それを視線で追うと、その先には警戒線の内側に進入した人たちがいた。彼らは霧型たちが迫ってくるのを見るなり、カメラを向けて撮影をし始めた。

「な、何をやってるの!?」

 七海が理解出来ないとばかりに声を上げた。

『あれだけの数が取り込まれると手に負えなくなるぞ!』

 クロエが悲鳴を上げる。クロエもまた、彼らの意味不明な行動に苛立ちを感じた。

「させないよ!」

 一花が飛び出していく。一花は瞬く間に霧型たちに追いつくと、そのまま抜かして霧型の進行方向を塞ぐように割り込んだ。

「やあああああッ!」

 大きく槍を振り回し、殺到する霧型たちを散らす。霧型たちは進路を強制的に変更され、集団を避けるように進んでいった。そして、巨大な霧型が迫る。

 ドクン。心臓が跳ねた。そして、今までよりも遙かに強い悪寒。この巨大な霧型は、自分に何かをしようとしている。一花はそう感じた。

 だが、恐れてはいけない。引くように槍を構えると、一気に突き出す。それが巨大な霧型にぶつかると、槍との間に紫電が走った。

――重いッ!

 他の霧型と違い、ずっしりと手応えがあった。あまりの重さに、槍を支える手が徐々に押されていく。このままではまずいと思った一花は、槍を斜めにして進行方向を逸らした。

 受け流された巨大な霧型は、地面を抉りながら進んでいった。その隙に、一花が集団に声をかける。

「今のうちに逃げ……」

 一花の言葉が止まる。なぜなら、そこには予想外の人物がいたからだ。

「千尋……?」

 千尋が自分に手を振っていた。事態をそこまで重く捉えていない千尋は、一花の秘密を暴いたことが嬉しくなって得意げな表情で手を振る。そんな他愛のない出来事が、一瞬だけ一花の思考を奪う。そしてそれは、戦場において致命的な隙を生んでしまう。

「一花!」

 七海の声が聞こえて我に返ると、いつの間にか再接近していた巨大な霧型な視界に入った。避けられない、そう思った一花の前に七海が現れる。

 七海の速度では、間に割り込むことが限界だった。大剣を盾にするほどの余裕など無かった。故に、七海は体一つで巨大な霧型の攻撃を受け止める。

「ぐふッ……うぁ」

 体中の骨が折れている気がした。腕、足、胴体まで。頭が無事だったのは幸いと言うべきか、ギアの自動治癒があれば数日で直る程度の怪我だった。

 だが、七海は今、戦闘不能に陥っている。巨大な霧型は七海諸共一花を弾き飛ばした。何十メートルもの距離を弾き飛ばされ、廃墟と化した町の中を転がった。

「うぅ……」

 一花が体の痛みをこらえながら立ち上がる。七海が身を挺して守ってくれたおかげで、一花に大きな怪我はなかった。

 だが、これによって事態はさらに悪化する。


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