30話 遭遇
話は僅かに時間を遡る。千尋は仮設住宅を抜け出して一人で行動をしていた。目指す方向は、町の方である。
(詮索するのは誉められた行為ではありません。ですが……私だけ仲間外れにされるのは寂しいんです)
千尋は最近の二人の様子がおかしいことに気づいていた。そして、二人が町の方に向かっていくのも目撃していた。
(あの化け物と一花さんたちが戦っているのなら……)
自分にも声をかけてほしい。もし変身道具が余っていたのなら、自分も戦いたい。自分が加われば、二人の辛さを肩代わりすることだって出来る。千尋はそう思っていた。
町での事件から、一花と七海は疲弊しきっていた。顔には疲労の色が現れないようにしてはいたが、付き合いの長い千尋を欺くことは出来なかった。
二人を心配した千尋は、町の方へと向かっていく。
千尋は町に向かう途中、奇妙な集団が前方にいることに気づいた。特に気に留めはしなかったのだが、十分と同じ方向に進んでいたら自分と同じ場所を目指しているのではと疑ってしまう。
そこで、千尋は歩みを早くして進む。そして横に並んでみると、彼らはその手にカメラを持っていた。値の張りそうな一眼レフを携えた、どこか怪しい雰囲気のある集団だった。
彼らの内の一人、先頭を歩いていた男性が千尋に気付く。肌は青白く、体つきもモヤシのように細かった。そんな彼は千尋を見つけるなり、くるりと方向転換をして歩み寄ってきた。
「ひっ!」
お世辞にも見た目が良いとは言えない男である。通学路にいたら迷わず通報するレベルの不審者だ。それが目を見開いて早足で歩み寄ってきたのだ。千尋は反射的に小さく悲鳴を上げて身を震わせる。そんな千尋の様子にも気付かずに、男は千尋に話しかけた。
「やあ、こんにちは。君も町の異変を見に行くのかな?」
男の口から発せられた言葉は、千尋の予想と反して流暢だった。それに驚くも、千尋はどうにか返事をする。
「は、はい、そうです。友達が町の方にいるので……」
「友達……? も、もしや、その友達ってこの少女たちのことかい!?」
千尋の言葉を聞いた途端、男の目の色が変わった。ギラリと光る目は、興奮のあまり充血していた。千尋はそれを見て、やはり不審者だったと後悔する。
だが、千尋は男がポケットから取り出した写真を見て目を見開く。
「これって、七海さん……?」
「知っているのかい?」
「ひっ!」
急に男がぐいっと顔を近付けてきたため、千尋が小さく悲鳴を上げる。千尋が怯えていることに気付いた男はあっという顔をした後、千尋から距離をとった。
「ああ、ごめん。驚かせちゃったね。ちょっと興奮しちゃってさ」
男は千尋に頭を下げて謝った。そこに誠意を感じた千尋は「気にしてませんから」と言って頭を上げてもらった。
「気を取り直して……。それで、この少女のことを知っているのかい?」
写真に写っていたのは一人の少女だった。写真に写る姿は小さく、そして少しブレている。そして、よく分からない露出度の高い服を着て巨大な剣を持っている姿は異様だったが、しかし、千尋はこれが七海だと断言できた。
問題は、彼らにこの事を話して良いのか、ということだった。だが、ここまでの会話から千尋はこの男のことを見た目は不審者のようだが悪い人ではないと評価しているため、心配ないだろうと判断した。
「はい。彼女は私の友達なんです」
「やっぱりか……」
男はそれを聞くなり下を向き、プルプルとふるえだした。その拳は固く握られており、かなりの力が込められていた。それを見て、千尋はやっぱりやめた方が良かっただろうかと心配になる。
「くく、くくく……」
男が怪しく笑い出したのを見て、千尋は後ずさる。だが、その直後、男の様子が一変する。
「聞いたか諸君! 僕たちはまた、異変の真相に近づいたぞ!」
「「「「「うおおおおおっ!」」」」」
男は飛び上がるのでは、という勢いで顔を上げると、拳を高く掲げて後ろにいた集団に声をかける。それを聞いた集団は歓声を上げた。もはや何が何だか分からなくなった千尋に対し、男が声をかける。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は鈴木。この集団、超自然現象研究部の部長さ」
「超自然現象……? それって、オカルトのことですか?」
「その通り。この部活ではそういったものを研究するんだ」
「雪男とかですか?」
「それもそうなんだけれど、僕たちはもう少し身近なもの、都市伝説とかを研究しているんだ。たとえば、そうだね……」
鈴木は顎に手を当てて少し考えると、すぐ近くにあった電信柱を指さした。
「あの電信柱が夜中に徘徊するって聞いたら、どう思う?」
「えっ? えっと……そんなことあり得ないと思います」
千尋が申し訳なさそうに返すと、鈴木はその反応を待っていたと言わんばかりに口を開く。
「そう! あり得ないと思うよね? そんなこと、研究するだけ時間の無駄かもしれない……」
鈴木は暗い表情になって肩を落として見せた。だが、すぐに勢いを取り戻し、胸の前で握り拳を作って語り始める。
「だけど! 僕たちは、そんなくだらないことでも全力で調べるんだ! これこそ、超自然現象研究部の信条!」
「「「「「うおおおおおっ!」」」」」
再び後ろの集団から歓声が上がった。よほど部員たちから支持されているらしく、彼の演説に合わせて部員たちが歓声を上げる。そこからしばらく鈴木が語り続けたせいか、千尋は町に着いてもいないのに疲れ切ってしまった。
「と、いうわけさ」
「はあ……」
ようやく鈴木の演説が終わると、千尋はため息を吐いた。そんな千尋のため息を、鈴木は感嘆のため息だと解釈していた。ポジティブな男である。
「えっと、君のことはなんて呼べばいいかな?」
「えっ? あ、私は千尋っていいます」
「千尋ちゃんか、良い名前だね。それじゃあ千尋ちゃん!」
「は、はい!」
「これから超自然現象研究部は町の方へと向かう。千尋ちゃんもついてく――」
鈴木の誘いを遮るように、辺りに悲鳴が響きわたった。金属を切断するときのような、不快な悲鳴。耳を塞がなければ鼓膜が破れてしまいそうなほどである。その場にいた皆は慌てて耳を塞ぎ、目を閉じてうずくまった。
やがて悲鳴が鳴り止むと、恐る恐る目を開ける。そこで千尋が見たのは、廃墟と化した町だった。
「な、なにが、あったん……だあああああ!?」
立ち直った鈴木が目も開くと、驚いて思わず声を上げてしまう。先ほどまであった町が無くなっていたのだ。前方には警戒線があったはずだが、それも無くなっている。
「今の音が、物理的な破壊を伴っていたのか……? しかし、あれだけの威力を悲鳴だけでなんて……」
鈴木は思索を始めるも、すぐにそれを止める。今はするべきことが他にあった。
「見たか諸君! 聞いたか諸君! 僕たちは今、超自然現象に遭遇しているのさ!」
「「「「「うおおおおおっ!」」」」」
部員たちが歓声を上げる。もはや、彼らに立ち止まるという選択肢はなかった。
「千尋ちゃん!」
「ひゃ、ひゃい!」
「これより、超自然現象研究部は町に突入する。君もついてくるかい?」
「わ、私は――」
そう尋ねられ、千尋は逡巡する。あれだけの破壊をもたらした化け物がいるところに、自分が行って大丈夫なわけがない。だが、一花と七海がそこで戦っているのだ。千尋は少しでも力になりたかった。
「――行きます!」
「よく言った!」
千尋の覚悟を決めた表情を見て、鈴木は満足そうに頷いた。そして、町の方をビシッと指さして、宣言する。
「これより我々は、超自然現象と遭遇するために町へ突入する!」
そして、一拍ほどおいてから声を上げる。
「突撃ぃぃぃぃぃいいいいい!」
蟷螂型の悲鳴に負けないほどの力強い声が辺りに響いた。




