3話 始動
今回の話には残酷な描写が含まれています。
苦手な方はお気をつけください。
一花たちは先ほどの人集りがあった駅の方へ向かっていく。
移動の際にギアの装甲が邪魔になると思っていた二人だったが、ギアの装甲は付けているのが気にならないほど軽く、しかし頑丈そうだった。
背中に付いている翼も、まるで体の一部として元々あったかのように、違和感なく動かせた。
しかし、クロエ曰く、装甲は軽いが強度はあまり期待しない方が良いとのことだった。武器は頑丈に作られているが、装甲は精々弱い敵にしか有効でなく、防げたら運が良い程度の物らしい。
その代わり壊れても修復が出来るため、破損を恐れなくてもいいという利点もあった。
駅に近づくにつれて悲鳴が聞こえるようになり、一花は体を震わせる。
その様子を見た七海が大丈夫だよと励ます。
「でも……この姿で人前に出るんだよ?」
「そっちか!」
七海は露出の多さを気にしないように必至に意識の外に追いやっていたが、一花の一言で思い出してしまう。
目線を下にやれば、胸元が大きく開いており、七海は苦笑いする。
「だ、大丈夫、大丈夫。それにさ、一花。私たちがやらなかったら、他にやれる人がいないんだから……」
「そうだけど、もう少し露出を抑えられなかったのかなあ……」
「お前らぁ……もう少し緊張感を持て!」
クロエが一喝する。先ほどとは一変して真面目な表情をしているクロエを見て、二人は気を引き締める。
「お前たちに渡したギアは確かに強い。けどな、敵の攻撃を受ければ怪我をする。怪我の治療はお前たちが死なない限りはギアがやってくれるが、痛みを押さえてくれる訳じゃあないんだ」
これから戦いに行く一花と七海に、クロエはその危険さを真面目な声色で伝える。
「敵の攻撃を受ければ痛いだろうし、俺は、お前たちが苦しむところなんて見たくないんだ」
「クロエ……」
クロエの不安そうな顔を見て、一花が頷く。
「大丈夫だよ、クロエ。わたし、頑張るから!」
「私だって、一花には負けないよ」
「一花、七海……ありがとな」
二人の力強い返事に、クロエは感謝した。
クロエは何かレーダーのような機械を取り出す。機械にはなにやら赤い反応がたくさんあり、その中に一際大きい反応があった。
何のために使うのか分からず、一花は首を傾げた。
「クロエ、それはなに?」
「これか? これはレーダーって言ってな、イーターの位置や波の元凶のゲートがある位置が分かるんだ」
「イーター? 波? ゲート?」
新たに色々な用語が飛び出してきて、一花はさらに混乱してしまう。
「うぅ、七海ぃ」
「仕方ないなあ、もう」
縋るように抱きついてきた一花の頭を撫でながら、七海はクロエに尋ねる。
「イーターってのは敵のことで、ゲートはその発生源だ。波については説明に時間がかかるから省略するが、まあ、そういうことだ」
「なるほど」
一花が納得したように頷く。
「戦闘の時は通信でサポートする。俺みたいな猫じゃあ戦力にはならないからな」
「クロエはその間どこにいるの?」
「俺はどっかしら安全な場所に隠れてるよ。その代わり、敵の位置や接近、仲間の危機とかも通信でサポートする」
「分かった」
二人は頷くと、前を見据える。
「そこの角を曲がったあたり……すぐそこに敵が一体待ち伏せているな」
クロエがレーダーと視界を見比べて二人に知らせる。
「二人とも、頼んだ」
「うん!」
「任せて」
クロエが物陰に隠れると、二人は前に進み出した。七海が少し前を歩き、一花の方を振り返る。
「一花、まずは私が先に行くから、何かあったら――」
七海が最後まで言い切る前に一花が飛び出していた。いつ覚えたのか、隙の無い動きで走っていく。
「ちょ、一花!」
七海も慌てて一花を追いかけ始めた。
一花は曲がり角の近くに来ると僅かに減速し、そのまま直角に曲がって槍を構えながら走っていく。
「そりゃあああああ!」
視界に映った犬型に向けて槍で突く。しかし、槍は犬型を貫くことは無く、そのまま弾き飛ばした。
ビリビリと手に鈍い衝撃が伝わり、一花は顔をしかめる。
「あれれ、効いてないよ?」
『そりゃそうだ!』
「あれ!? クロエの声が聞こえるよ!? どこにいるの!?」
『通信でサポートするって言っただろ……』
「そういえばそうだった!」
『はあ……』
クロエは疲れたようにため息を吐く。
『いいか、ただ攻撃するだけじゃダメだ。こうやって攻撃をするってイメージを浮かべてみてくれ』
「イメージだね、わかった!」
一花は頷くと再度槍を構える。犬型は一花を警戒し、こちらを睨んできている。
「一花!」
ちょうど追いついてきた七海が一花の横に立つ。
「あっ、七海」
「あっ、じゃない! 勝手に行動しちゃダメでしょ!」
「ごめんごめん、つい、テンションが上がっちゃって」
「命がかかってるんだから、気を付けないと」
「わかったよぅ……」
七海に叱られて一花はしゅんとする。かと思えば、すぐに顔を上げて槍を構え、犬型に向かって飛び出す。
「なら、戦いで失敗分を取り戻さないと――ねっ!」
一花が槍で突くと寸分違わず犬型の額を捉える。先ほどとは違い、槍は赤い光を纏っていた。槍は犬型の体に当たると強い光を放ち、難なく貫いた。
貫かれた犬型は、もとから何もなかったかのように四散して消えていった。
その鮮やかな手つきにクロエと七海は唖然とする。
「い、一花。いつの間に槍術なんて習ったの?」
「ふぇ? 習ってないけど……」
『お、俺も見たぞ! 習ってない割に、やけに様になってるじゃねえか!』
「うん。だって、テレビやゲームで見たもん」
『真似ただけであれだけ出来るのかよっ!』
「それは、ほら、正義の心のなせる技ってアレだよ!」
『「そんな馬鹿な!」』
一花の発言の滅茶苦茶さに、二人は同時にツッコミを入れる。
「そ、そうだ! クロエの言うイメージを浮かべてみたら、上手く出来たんだった」
「イメージ?」
「うん! やりたいことのイメージを浮かべれば、体の動かし方がわかるんだよ」
「そっか、イメージか……」
『二人とも、前方から犬型が三体こっちに来てる。警戒してくれ』
「「了解!」」
前方に目を向けると、犬型が三体ほど向かってきていた。犬型は二人を視認すると、その場に止まって警戒する。
「一花は左側からお願い! 私は右側から行くよ」
「任せて!」
二人は同時に飛び出していく。七海は武器が身長の二倍はあろうかという大剣で扱い慣れていないためか、大振りで隙が多かったが、威力のこもった一撃で犬型を仕留めた。
隣では一花が素早い動きで二体の犬型を仕留めていた。
「楽勝だね!」
一花は槍を掲げてポーズを決める。
『思った以上に戦えてるな。駅の周辺に後七体居るから、二手に分かれて各個撃破してくれ』
「「了解!」」
二人は別々の方向に分かれ、犬型を倒していく。少し進んだ辺りで七海は犬型を二体見つける。
敵をどうやって倒すかイメージを固め、大剣を両手で構える。
七海は一気に飛び出すと、体を回転させて遠心力を付けて、大剣を横凪に一閃する。一カ所に固まっていた犬型を纏めて切り裂こうとする。
大剣は青い光を纏いながら一体目を切り裂く。しかし、集中が途切れてしまい、途中で光が消えてしまう。二体目に届く頃には速度も遅くなり、威力の落ちた大剣は容易く避けられてしまう。
「しまっ――」
言い終える前に犬型が突進してきた。大剣を振り抜いて隙だらけになった七海は重い大剣を引き戻すことが出来ず、僅かに体を反らすも避けきれなかった。犬型は目の前に来た七海の右腕に喰らい付く。
「い、痛ぁ!」
腕には装甲が付いていたが、鋭く伸びた牙に穴を空けられ、犬型の牙が腕に食い込んだ。装甲の傷は穴だけで止まっている。
振り払おうとするも離れず、空いている左腕でどうにか大剣を引き戻す。大剣を両手で持っていたおかげですぐに引き戻せたが、犬型が腕に喰らい付いたまま体を動かすせいで狙いが定まらない。どうにか当てようと必至に降るが、犬型の位置が近すぎるせいで当てることが出来ない。
『落ち着け七海! よく狙いを定めるんだ!』
「い、痛ぁ! そ、そんなこと言われても、痛くて集中出来ないよ!」
クロエが落ち着くように言うが、牙が思ったよりも深く食い込んだせいで七海は冷静さを失っていた。長い牙は僅かだが骨にまで到達いていた。
そうしている内に装甲にヒビが入り始める。穴が空いたせいで強度の下がってしまった装甲は、犬型の顎の力に耐えられず、今にも砕けそうだった。
痛みで涙が溢れ、それが七海の視界を奪う。もはや狙いを付けることも叶わなくなってしまった七海は、ただ泣きながら痛みを堪えることしか出来なかった。
『まずい……一花! 七海を助けるんだ!』
七海の危機に焦ったクロエが一花に助けを求める。
『七海! 後少しで一花が来るから、どうにか持ちこたえ
てくれ!』
クロエが七海に伝えると同時に、七海の視界に赤い飛沫が舞った。それが自分の血だと認識すると、途端に先ほどとは比べものにならない強烈な痛みが押し寄せてきた。腕の方を見れば、ちょうど犬型に食い千切られたところだった。
「痛ぁ! う、腕が……腕がぁああああ!」
『七海! 大丈夫か!』
七海が痛みに耐えられず叫ぶ。犬型は奪い取った七海の右腕に喰らい付く。口の周りを鮮血に染めながら、犬型は嬉しそうに貪っていた。
「七海!」
後方から一花が走ってきて、犬型を槍で貫いた。犬型を仕留めた一花が振り向くと、そこには右腕を無くした七海が血まみれで苦しんでいた。
「な、七海……!」
七海の姿を見て一花は顔を青くする。
「クロエ! 七海が、七海が死んじゃうよ!」
『ああ、今行くから待ってろ!』
「嫌ぁあああああ! 痛ぁ! 死にたくなぃいいいいい!」
一花は今にも泣きそうな顔でクロエを待ちながら、痛みを堪えられず泣き叫ぶ七海を必死に励まし続けた。
残酷な描写は一応最低限にとどめましたが、今作でのテーマの一つとなるのである程度しっかりと書いています。
作者の趣味ってわけではないですよ、ハイ(汗)