24話 帰宅
千尋と別れて帰宅した二人は、クロエから明日の波について聞いていた。
「明日に三回目の波がある。時間は正午だ」
「また、戦うんだよね……」
「ああ、やるしかないだろうな」
「うん……」
波が明日にあると聞いて、七海の表情が暗くなる。遊びに行ったことでリフレッシュができ、少し落ち着いているようだが、それでも波に対する恐怖は拭えない。辛そうに頷く七海を前に、クロエは心配になる。
「なあ、七海」
「ん、なに?」
「戦うのが辛かったら、止めても良いんだぞ?」
「えっ? どうしたの、急に……クロエ?」
いつもと違って静かなクロエに、七海は名前を呼んでみる。クロエは難しそうな顔をしたまましばらく動かなかった。少しして、口を開く。
「七海。お前は十分に頑張ってくれてる。それはわかる。だが、俺はそんな辛そうな姿を見たくはないんだ」
「なにを言ってるの? 私は大丈夫だって」
七海は気にしすぎだよと笑いながら言った。
「確かに波は怖いけどさ、それ以上に、なにもしないことの方が怖いよ。私がやらなかったら、他にできる人はなかなかいないんでしょ?」
「確かにそうだが……でも、ブレイクギアの適応者だって、探せばいるかもしれないんだ」
「探せば、でしょ? 一花が頑張ってるのに、私だけ休むなんてできないよ。私は……こんなところで投げ出したくない」
「……そうか」
七海の気持ちを知って、クロエは少し悩みつつも頷いた。七海が精神的に追いつめられているのは確かだ。出会ったときと比べると、顔には疲労の色が出ている。
だが、本人がそう言うのだから納得せざるを得ない。他の適応者もいない現状では、七海を外すと一花や舞姫が危険な目に遭うかも知れない。感情では納得できずに、しかし、クロエは頷くより他になかった。
「それじゃあ、続きを話すぞ」
二人が真剣な表情で頷いた。それを確認してから、クロエがタブレット型端末を取り出す。それを操作すると、波の情報を映し出した。
「次の波は、犬型、鳥型、そして蟷螂型が出てくる」
「蟷螂型? 新しい敵だね」
「ああ。蟷螂型は早さと攻撃力が段違いで、未来でもかなり危険視されていたイーターだ」
「前回の蜘蛛型と比べると、どっちが強いの?」
「相性によるな。防御に関しては犬型や鳥型と変わらないから、一花には倒しやすいだろうな。ただ、七海にとっては厄介な相手になるだろう」
それを聞いて、七海が一瞬だけ怯えを表に出すが、すぐに抑える。
「とりあえず、これを見てくれ」
クロエがタブレット型端末を操作すると、動画が表示された。
「この動画の中では何人も人が死ぬ。もし辛くなったら、目を逸らしてくれて構わない」
クロエが再生ボタンを押すと、画面に巨大なイーターが現れる。全長六メートルほどの体躯から、二振りの巨大な鎌が生えていた。凶悪な見た目をした蟷螂型に対して、人間は五人いた。
「あ、高城さんだ」
中心に立つ高城の手に握られているのはヒュドラ参型だった。他の四人も同様に銃を持っているが、高城のヒュドラ参型と比べると少し小さめだ。クロエ曰く、ヒュドラ弐型とのこと。防具類を一切装備していない高城と違い、彼ら四人は装甲を身に付けていた。
高城の合図と共に四人が蟷螂型を囲むように移動する。蟷螂型は囲まれたことに気が付くと、鎌を振り上げた。そして、その姿がブレた。
「「えっ……?」」
一花と七海が驚きのあまり声を漏らした。なぜなら、ブレた後の蟷螂型はその鎌を血で染めていたからだ。直後、高城を除く四人が崩れ落ちる。何故、といった表情だった。
「うぁっ……」
その凄惨な光景に七海は目を逸らした。七海の顔色が悪くなっていたため、クロエは水をコップに注いで渡す。七海はそれを飲み干すと、深呼吸をした。少しして落ち着き、顔色が幾分かマシになった。
高城は他の四人が一瞬にして死んだことに驚きながらも、ヒュドラ参型を構えた。蟷螂型の動きは動画を撮影しているはずのカメラでは追えなかったが、高城はその動きについていっていた。
しばらく防戦が続いたが、蟷螂型に僅かな隙ができる。それを逃す高城ではなかった。そして、高城が放った光弾が蟷螂型の頭部を打ち抜き、倒した。
動画の再生を終了すると、二人はふぅ息を吐いた。
「ねえ、クロエ?」
「ん、なんだ?」
「蟷螂型ってこんなに速いんだよね? ほんとにわたしたちで追いつけるのかな?」
「ああ、そういえばそのあたりは説明してなかったか」
一花の質問に、クロエが頭を掻く。
「ギアの一撃が核に匹敵する、っていう話は前にもしたよな?」
「うん」
「それはギアの強さの一部なんだ。ギアを装着すると身体能力が上がってる気がするだろ?」
「そういえば、そうかも」
「それだけじゃなく、ギアは装着した人間の脳の処理速度も高めてるんだ」
「処理速度?」
「ああ。ヒュドラ参型あたりから追加されたこの機能のおかげで、蟷螂型みたいな強力なイーターの動きについていけるようになったんだ。超人的な身体能力と、それを処理できる脳。お前たちは変身時に他の人間を見てないから分からないかもしれないが、普通の人から見たらお前たちの動きは全然見えないんだぞ?」
「そうだったの!?」
「ああ。だからこそ、普通の人間じゃイーターには勝てない」
「なるほどね」
「だが……」
クロエが少し間を置いてから口を開く。
「蟷螂型は、正直かなり厳しいだろう。今の戦力なら勝てなくはないが、被害もそれ相応のものになる」
「じゃ、じゃあどうするの? やっぱり、戦力を増やすしか……」
「それは期待できないだろうな。だから、今回からは陣形を組んでもらう」
「陣形?」
「そうだ。それぞれの弱点を補うように、上手く立ち回って戦うんだ」
「なるほど」
七海が納得する。ただ、問題は舞姫との連携についてだった。
「でもさ、三人目の適応者の人はこっちを拒んでるみたいだし……連携は難しそうかな」
七海は難しそうな表情で言う。初対面時の舞姫の態度から、あまり良い印象抱いてはいない。ゲーセンでの出来事から印象は良くなったが、それも多少である。それでも、生き延びるためには連携を取る必要がある事も理解しているため、反対はしない。
対する一花は、その言葉に首を傾げる。
「舞姫ちゃんはいい人だよ? かばんもくれたし」
そう言って一花は舞姫から受け取ったウサギの鞄を見せた。それを見て、クロエは驚く。
「アイツから貰ったのか!? というか、名前まで教えてもらったのか!?」
「かばんはUFOキャッチャーでとってくれたんだよ。なまえはゲームのときに使ってるやつだよ?」
「ゲーム? あれが本名じゃないのか?」
「いやいや、さすがにそれはないと思うよ」
苦笑いする一花に、クロエは不思議そうに首を傾げた。名前を教えてくれたときの舞姫の表情から、本名であると判断していたからだ。少し考えても納得できず、とりあえずは置いておこうとクロエは考えた。
「それで、仲良くできそうか?」
「うん!」
「……私はまだ分からないかな」
七海はまだ仲良くできるとは思っていないようだった。舞姫は一花に対しては態度を徐々に軟化させている、というより無意識にそうなってしまっているが、七海に対しては相変わらずだった。
「それに関しては、上手くやってもらうしかないな」
クロエはまだ先は長いなと思い、ため息を吐いた。
「陣形は明日、三人が集まったときに伝える。それまで、しっかりと体を休めておいてくれ」
「「了解!」」
クロエはそれを聞いて満足そうに頷くと、仮設住宅の外に出ていった。




