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機装少女アクセルギア  作者: 黒肯倫理教団
二章 The girl who denies fate

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23話 遊戯

 鍋料理の店を出た三人は駅を歩き回っていた。ハバネロ降臨の効果は凄まじく、店を出てから十分は経過しているものの、未だに体は暖かかった。

 三人前の内の殆どを食べた一花は満足そうな表情で歩く。その横では、七海と千尋がスナック菓子を摘まんでいた。

「次はどこに行こっか?」

「買い物もおわったし、そろそろあそびたいなあ」

「私も遊びたいです」

「じゃあ、予定通りゲーセンだね」

 三人は近くにあったゲーセンに入っていく。中に入ると、様々なゲームの音が響き渡って少し煩いくらいだった。

「あ、あれほしい!」

 一花がUFOキャッチャーの景品を指さして飛び跳ねている。景品はデフォルメされたウサギの形をした鞄だ。

「仕方ないなあ、私が取ってあげるよ」

「私が取って差し上げます!」

 二人の声が同時に飛び出した。二人は驚いたように顔を見合わせる。

「ほ、ほら、私はこういうの得意だから任せて!」

「私だって得意ですよ? 七海よりもずっと」

「へー? 私よりも得意なんだ?」

 七海が不敵な笑みを浮かべる。その表情から、かなりの自信があるようだった。

 しかし、千尋も退かない。

「なら、勝負をしましょう」

「勝負?」

「はい。どちらが先にこの景品を取れるか、勝負です」

「なるほどね」

 視線をUFOキャッチャーにずらすと、丁度よく同じ台が二つあった。

「その勝負、受けて立つよ」

 七海が勝負を受けると宣言した。二人は臨戦態勢に入り、UFOキャッチャーの前に立つ。

「絶対に勝つ!」

「負けません!」

 勝負が始まった。二人は手に有りっ丈の百円玉を持つと、それを流し込んでいく。

 そんな二人を放置して、一花は他の場所に歩いていく。少し歩くと、目当てのものを見つける。太鼓の玄人というゲームだった。

 百円玉を入れると、手にバチを持つ。一花の背丈からするとバチは大きく、かなりアンバランスだった。

「よっ! はっ!」

 しかし、そのバチを器用に操って一花は太鼓を叩く。一花のやっている曲は難易度羅刹と呼ばれる隠しモードの中で真ん中ほどの難しさの曲だった。

 軽快なリズムで太鼓を叩く姿に、いつの間にかギャラリーが集まっていた。その殆どはゲーム画面ではなく太鼓を叩いている一花の姿を見ているのだが。その視線に含まれる感情は微笑ましさだ。

 そんな視線を尊敬の念と勘違いし、一花は気分良く太鼓を叩いた。やがて曲が終わると、ギャラリーはどこかへ散っていった。

 ギャラリーは居なくなった。しかし、視線を後ろから感じて一花が振り返る。そこにいたのは三人目の適応者である舞姫だった。

 その表情は以前見た表情ではなかった。微笑ましそうに一花を眺めるその目は柔らかかった。

「あ、あのときの!」

「……ッ!」

 はっと我に返り、舞姫は表情を厳しくして後ろに飛び退いた。

 しかし、一花はそんな舞姫の様子を気にせず、近付いて手を差し出す。

「こんどこそ、よろしく!」

 一花が笑顔で手を差し出してきた。しかし、再び与えられた機会チャンスに、舞姫は固まったまま動けなかった。また振り払って後悔するのか、手を取って失う恐怖と戦うのか。舞姫は逡巡する。

 一花の手を見たまま厳しい表情で固まる舞姫に、一花は首を傾げた。少しして、舞姫が口を開く。

「……私は、ゲームをやりに来てるの。邪魔をしないで」

 そう口にした舞姫の表情は辛そうだった。また、一花を傷つけてしまった。そんな罪悪感に苛まれながら太鼓の方へ歩いていく。

 しかし、一花の反応は違った。

「太鼓の玄人やるの? うしろで見ててもいい?」

「えっ? え、えと……」

 積極的な一花の姿勢に、舞姫は気圧される。あんな言葉をかけたにも関わらず、未だに仲良くしようと努力しているのだ。

「見てるのもだめかな……?」

「み、見るくらいなら構わないけど」

 しょんぼりと悲しそうに俯いた一花に、舞姫は居た堪れなくなって反射的にそう言った。それを聞いた一花が元気になったのを見てほっとするが、同時に後悔もした。

 舞姫は百円玉を入れると、舞姫はゲーム画面を眺める。その手にバチは握られていない。

 しかし、舞姫はバチを取らず、徐に自分の鞄の中を探り出した。その様子を見て一花が首を傾げるが、そこから取り出されたものを見て一花が声を上げる。

「マイバチだ!」

 マイバチ――一部の上位プレイヤーが使うとされるそれは、本人にとって扱いやすい形や重さに調節されており、良く手に馴染む。

 マイバチを手に取った舞姫は、軽く素振りをしてから笑みを浮かべた。

「行くわよ……!」

 選択した曲はゲーム内で最高難易度の曲とされる桜舞姫さくらまいひめという曲だ。あまりの難易度の高さから、クリアできるのは全国でもほんの僅か、フルコンボを出せる者となると数人しかいないとされていた。

 曲が流れ始める。流れてきた譜面はとても複雑で、一花は目で追いきれない。そんな難しい譜面を、舞姫はその一つ一つを正確に叩いていく。

 複雑な譜面に合わせて動くその姿からは必死さが感じられなかった。むしろ余裕すら窺えるほどで、その舞うようなバチ捌きには一花も見覚えがあった。

 第七回太鼓の玄人最強決定戦で優勝したプレイヤー“舞姫”が目の前にいた。一花がこのゲームを始めた理由が舞姫だった。

 知名度の高い太鼓の玄人は、その大会もテレビで中継されていた。優雅に、華麗に、舞うように太鼓を叩くその姿に一花は憧れた。そのときはマスクで顔を隠していたが、その動きは録画して何度も見たため覚えていたのだ。

 その舞姫が目の前にいるのだから、一花が喜ばないはずがなかった。きらきらと目を輝かせながら舞姫の姿を見つめる。

 バチを振るうその一挙一動に美しさがあった。実際に見てみるとテレビでは見られないような細かいところまで見ることができ、一花は釘付けになっていた。

 やがて、曲が終わると舞姫はマイバチを仕舞い、そして振り返る。そこには、目をきらきらと輝かせた一花の姿があった。

「舞姫ちゃんすごい!」

「えっ? ありがとう……?」

 一花の言葉を聞いて、舞姫は何か違和感を感じた。その言葉を何度も繰り返し再生して、はっと気付く。

「な、何で私の名前を知っているの!?」

「テレビで見たからだよ?」

「テレビ? あっ……あれのことね」

 舞姫は第七回太鼓の玄人最強決定戦のことを思い出し、頭を抱えた。

「そういえば、舞姫って名前で出場した記憶が……」

 苦々しい表情で呟く。一花の方を見ると、まだ目を輝かせたままだった。

「なんで、そんなに嬉しそうにしているの?」

「だって、太鼓の玄人をやるともだちなんて今までいなかったんだもん」

「えっ? 友達?」

「うん! 舞姫ちゃんはもうともだちだよ!」

 嬉しそうにはしゃぐ一花に、否定の言葉をかけられなかった。今まで幾度と無く行ってきた否定が、一花には通用しない。

 舞姫は再び逡巡する。どう返答するべきか。そもそも、受け入れるのか拒むのか。悩んだまま答えが出ないでいると、不意に手を引っ張られた。何かと思い視線を向けると、一花に手を握られていた。

「舞姫ちゃんもいっしょにあそぼうよ!」

「えっ? あっ……」

 舞姫の返事も聞かずに一花が引っ張っていく。そして着いた先は七海と千尋がUFOキャッチャーをやっている場所だった。一花がやってきたことに気が付くと、二人はやつれた顔を向けた。

「あ、一花……」

「一花さん……」

 二人が力無く一花の名前を呼んだ。その目は虚ろで、こちらを見ているのかさえ怪しいくらいだった。

「ごめんね、一花。鞄、取れなかったよ……」

「私も取れませんでした……」

 二人はすっかり痩せてしまった財布を見せながらうなだれる。どうやら勝負に熱中しすぎてお金の消費を忘れていたようだ。

 UFOキャッチャーの方を見てみると、最初と変わらない位置に居座る鞄があった。

「このUFOキャッチャー、アームが弱すぎてびくともしないんだよね……」

「もう少しアームが強くても良いと思います……」

 それを聞いた一花は試しに一回やってみるが、アームはカバンを掴むと、持ち上がる際にその表面を撫でるようにするりと抜けていった。空のアームが景品を落とす動作をするのが妙に虚しく感じた。

「これじゃあ、取れないよね」

 一花が残念そうに言う。落ち込む姿を見ていられなくなった舞姫が、財布から百円を取り出した。

「舞姫ちゃん……?」

「見てなさい」

 真剣な目でUFOキャッチャーの景品であるデフォルメされたウサギの形をした鞄を見つめる。そして深呼吸をすると、百円玉を二枚投入した。

 お金が無くなってうなだれていた七海が舞姫に気付いて驚きの表情を浮かべるが、舞姫は七海を気にも留めず、UFOキャッチャーを操作する。

 一回目。アームはカバンを少し通り過ぎたくらいに持って行く。開いたアームが鞄の真ん中をグサリと突き刺すように押した。一花たちが「あぁ……」と声を漏らして心配そうに見つめてくるが、舞姫は不敵に笑みを返した。

 二回目。一回目で押されて現れた鞄についているタグの輪の僅かな隙間にアームを滑り込ませる。すると輪はアームの爪に引っかかり、そのまま持ち上げられた。鮮やかなそのアーム捌きに一花たちは絶句する。

 ウサギの鞄はそのままストンと取り出し口の方へ落ちてきた。それを取り出すと、舞姫は一花に突き付ける。

「これ、あげるわ」

「ほんと!? ありがとう!」

 一花がウサギの鞄を受け取って嬉しそうにはしゃぐ。もふもふとしたウサギの鞄を抱きしめる一花を見て、舞姫の頬が緩んだ。そして、はっと我に返る。

「べ、別に、貴女の為に取った訳じゃないから。勘違いしないで」

 慌ててそう言うと、舞姫はくるりと方向転換して去っていった。それを見て、七海と千尋は同じ言葉を浮かべる。

(これがツンデレ……)

 ありがとうと言いながら手を振って見送る一花を見て、二人は自分たちが舞姫に敗北したことを悟った。


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