2話 襲撃
ファミレスを出ると、再び強烈な寒さが三人を襲う。一花はガタガタと身を震わせる。
「さ、寒いよ、七海ぃ」
「わ、分かったからくっつかんでよろしい!」
「だって〜、七海暖かいんだもん」
「はあ、全く……」
やれやれと首を振り、七海は一花をくっつけたまま歩き始める。辺りにはいちゃつくカップルが溢れているというのに、何が悲しくて友達をくっつけて歩かなきゃいけないのかと、七海は心の中で呟いた。
横では千尋がその光景を興奮しながら眺めている。七海には自分より彼女の周囲の方が暖かく見えた。
「やっぱり、一花さんと七海さんはお似合いですね!」
「あ、一花。千尋が暖かそうだよ」
「ほんとだ!」
一花は七海から離れて千尋に飛び付く。
「な、一花さん!? 街中でそんな事……」
千尋が言い終わる前に、一花は前方になにやら人集りが出来ていることに気付いた。
「な、七海! なんかやってるみたいだよ!」
「はいはい、見に行きたいんでしょ? 仕方ないな……」
「やったぁ!」
一花は七海と千尋の手を引いて人集りに向かう。しかし、人が多すぎて何があるのか見えず、一花は肩を落とす。
「見えないね……」
「まあ、仕方ないよ」
「ぎぃああああああああああああああ!」
七海が一花の頭に手を乗せて慰めると同時に、人集りの中央から女性の悲鳴が聞こえた。悲鳴と言うよりは断末魔に近いそれを聞いて、三人はぎょっとして目を合わせる。
「な、何があったのかなぁ……」
「さ、さあ……」
「もしかしたら、映画か何かの撮影かもしれませんね」
千尋の言葉に二人はなるほどと頷く。
「なら、俳優さんに会えるかも!」
「は、俳優!? 岡松さん居るかなあ……」
「でも、人が多くて中の様子が分かりませんね」
どうにか見えないものかと三人が四苦八苦していると、急に人集りが散り始めた。強風に煽られたタンポポの綿毛のように勢いよく散っていく。
「……え?」
そうして現れた景色は、三人の予想とは大きくかけ離れていた。鉄に似ているが光沢のない素材で出来た、形は犬のような怪物が女性の喉に喰らいついていたのだ。
その後ろには空間がそのまま裂けてしまったかのように割れ目があり、そこから同じように犬型の何かが飛び出してきていた。
「映画……じゃ、ない?」
目の前に広がる惨劇に、一花は動けなくなってしまう。女性の息が途絶えると、犬型がこちらを向く。どうやら、こちらに狙いを定めたようだった。
「一花! 逃げるよ!」
七海に手を引かれ、一花は正気に戻る。目の前で行われている惨劇は紛れもない事実。それは、目をつむりたくなるような赤に染まった光景と、むせかえるような血の匂いが物語っていた。
数体の犬型がこちらに気付き、全力で駆けてくる。三人は慌てて走り出した。いつの間にか、晴れ渡っていたはずの空はどんよりと曇っていた。
足の速さはほぼ拮抗していた。というよりは、犬型がこちらに合わせて走っているように七海には思えた。まるで狩りを楽しんでいるように見えた。
七海は運動神経は良い方なため、逃げ切ろうと思えば逃げきれた。だが、一花と千尋を置いて逃げることは出来ない。
体力の消耗に伴って三人のスピードは下がっていき、徐々に距離が縮まり始める。迫る死に心が負け、千尋はパニック状態に陥ってしまう。
「い、嫌ぁ! 死にたくない!」
「千尋、ちょ、どこ行くの!?」
恐怖でパニックになってしまった千尋が二人とは違う方向に走っていってしまう。
幸か不幸か、犬型は全て一花と七海の方に向かってきていた。
「はあっ、はあっ」
必死に走っていると、前方に交番が見えた。中に警官が居ることに気付き、わずかな望みを頼りに二人は助けを求める。
「助けてお巡りさん! なんか変なのが追いかけてくるの!」
「ストーカーか何かかな? お巡りさんに任せなさ……っ!?」
警官は外を見て呆然とする。しかし異常に気付いた警官は慌てつつ銃を構えて外に出ると、犬型に銃弾を撃ち込んだ。
乾いた音が数回鳴るが、犬型たちは特に怯むことなく走ってきた。その体には傷一つ付いていなかった。
「な、なんだコイツ等は!」
飛びかかってきた犬型を腕で弾き飛ばす。先ほどからの無駄のない動きから素人目に見てもかなり優秀な警官に見えたが、必死の抵抗も空しく、警官は瞬く間に犬型に囲まれ、辺りを赤く染め上げる。
「お巡りさん!」
「い、一花! 逃げるよ!」
七海は警官を心配する一花を引っ張って走り出す。犬型は警官に夢中になっているせいか、二人が逃げ出しても気にも止めずに警官の体を貪る。
しばらく走り続け、どうにか逃げ切った二人はその場に倒れ込んだ。
「はあっ、つ、疲れたぁ……」
「ど、どうにか助かったみたいね……」
ぜえぜえと息をしながら二人は逃げ切ったことを喜んだ。
「そ、そうだ! 千尋がいないよ!」
「ああ、どこにいるのわからないよ」
「そうだ、電話をすれば!」
そう言って一花が携帯を見ると、ちょうど千尋からメールが届いた。メールには「混乱しちゃってごめんなさい。私は無事です」と書いてあった。
「千尋からメールが届いていたよ」
「どれどれ……あぁ、良かった!」
千尋の無事を知り、二人は喜んだ。一花はメールを返してこちらの無事を伝えると、途端に力が抜けてふにゃりと地面に寝転がった。地面は冬の寒さに冷やされていたが、走り続けて火照った体を冷やすのにはちょうど良かった。
「ありがとね、七海」
「うん? なにが?」
「七海が引っ張ってくれなかったら、わたし、たぶん逃げ遅れてたよ」
「一花……」
一歩間違えていたら、先ほどの警官のように死んでいたのだろう。死という単語が浮かぶと、途端に現実に引き戻され、二人の脳裏に人々が襲われている光景が浮かび上がる。
「あ、あぁ……人が、人が死んじゃったよ……」
ガタガタと震える一花の頭を撫で、七海は大丈夫だと慰めた。
「大丈夫だよ、一花。またこんなことが起きたとしても、同じように守ってあげるから」
「七海ぃ……」
ぽふんと自分の胸に飛び込んで来た一花を撫でながら、七海はこれからどうしようかと思案する。
「しっかし、あの化け物はどうするんだろうね」
「きっと、正義の味方が助けてくれるんだよ!」
「いや、現実でそんなことはあり得ないから」
「えー? でも、敵はいるんでしょ? なら、正義の味方だっているはずだよね」
「そうそう、正義の味方はいるんだ」
「まったく、二人してそんなこと言って……二人?」
七海がきょろきょろと辺りを見回すが、自分と一花以外に人は見あたらず、首を傾げた。
「あ、猫さんだ」
一花が近くにいた黒い猫をひょいと持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。一花が撫でると、黒い猫は嬉しそうな表情を浮かべる。
「いやぁ、君はマッサージが上手いね」
「ふぇ?」
再び聞こえた声に驚き二人は再び辺りを見回すが、やはり誰もいなかった。
「七海ぃ、お、お化けがどこかにいるよ……」
「幽霊なんて、迷信に決まってるでしょ」
「そうかなぁ……」
「おいおい、そろそろ気付いてくれないか?」
一花の膝の上に乗っていた黒い猫がひょいと立ち上がった。
「な、七海! 猫さんが立ったよ!」
「ハイハイ、すごいすごい。それより声はどこから……」
「お前らぁ……いい加減、気付けやコノヤロー!」
「うわっ! 猫さんが喋ってる!」
ようやく気付いた二人に呆れつつ、猫はくるりと回ってこちらに向き直る。
「まったく、猫が喋ったらいけないのか?」
「いや、普通に考えて猫は喋らないから」
「おっと、そういえばこの時代では喋らなかったな」
七海にツッコミを入れられ、猫は納得したように手をぽんと打った。
「それで、猫さん。なにか用なの?」
「ああ、そうそう。お前たちに頼みたいことがあってさ」
「頼みたいこと? はっ!」
「分かったか。まあ、この流れからして気付くとは思ったが」
それなら話が早いと猫が言うと、いつ取り出したのか、腕輪型の機械を取り出して一花と七海に手渡す。腕輪は黒を基調として、一花の方は赤、七海の方は青い線が走っている。
一花は腕輪を受け取ると頷き、グッと握り拳を作って前に突き出す。
「任せて猫さん! 猫さんの国は私が救ってあげるから!」
「違うわ! なぜあの流れからその結論に導いた! その計算式を見てみたいくらいだ!」
「あれ? 悪い魔女が居るんじゃないの?」
「現実を見ろ! 現実にもっとヤバそうなのが居るだろ!」
「喋る猫さん?」
「なぜに俺なんだ! 確かに喋る猫は珍しいかもしれないけど!」
終わらないボケの連鎖に呑まれ、健闘空しく黒い猫はその場に倒れ込んだ。ぜえぜえと息をしながら、恨めしそうに一花を睨む。
黒い猫に代わり、七海が一花に説明を始めた。
「一花、さっき見た犬みたいな奴いるでしょ?」
「うん」
「あれと戦えって事じゃないかな?」
「そ、そうだったの!?」
ようやく気付いた一花に黒い猫はため息を吐く。七海はその姿に同情の視線を送った。
「でも、なんで私たちなの?」
七海の疑問に黒い猫は頷いて答える。
「実は、今渡した腕輪には適正があるんだ。だから、扱える人と扱えない人が居る」
「ってことは、私たちがやらなきゃ町が大変って事だよね?」
「そうだ。現に、未来はすでに奴らに支配されてるからな」
「そうなの!?」
「ああ。だから、その運命を変えるために俺が来たわけだ」
黒い猫が胸を張って言う。
「でも、戦い方なんてわからないよ?」
「戦い方については実践の最中に教える。とりあえず変身を――」
「うん、分かった!」
黒い猫の言葉を聞き終える前に一花が返事をする。変身という言葉に目を輝かせ、一花は腕輪を装着した。
「世界を守る有償の慈愛、一花、いっきまーす!」
言い終わると同時に辺りがしんと静まり返る。腕を掲げてポーズを取ったままの一花は、辺りに異様な違和感を生み出していた。
「あ、あのな。人の話は最後まで聞けよな」
「人じゃなくて猫だよね?」
「ああもう、なんでそこだけ頭が回るかなあ!」
「えへへへ」
「誉めてねえ! つーか有償の慈愛ってなんだよ! 金取るのかよ!」
「じゃないと生きていけないよ」
「そこだけ現実的だなあ、オイ!」
再び黒い猫がその場に倒れ込んだ。どうにか顔を上げると、黒い猫は説明を始める。
「変身するには自分のギアの名前と、その後にインストレーションって言えば良いんだ」
「自分のギア?」
「ああ、説明がまだだったな。時間もないし、詳しいことは省くが、ええと……」
「あ、そういえばまだ名前を教えてなかったね。わたしは一花。如月一花だよ」
「私は蒼井七海」
「ああ、俺はクロエだ。よろしくな」
クロエは手を差し出して握手を求める。一花はクロエの手を握り返す。
「肉球柔らかいなぁ」
「ぷにぷにすんな!」
クロエは本当に大丈夫なのかと心の中で呟いた。
「えっと、一花の方がアクセルギア、七海の方はブレイクギアだな」
「ほー、なんだか格好良いね」
「まあな。未来では技術の結晶、って言われるくらいだし」
一花は右腕にはめてある腕輪――アクセルギアを高々と掲げた。大きく深呼吸をした後、期待に満ちた表情で言い放つ。
「アクセルギア、インストレーション!」
言い放つと同時に、一花の体が光に包まれた。腕輪から幾つもの黒い装甲が飛び出し、一花の体を覆っていく。
手には大きな槍、背中には翼。金属質な装甲を纏い、一花は槍を高々と掲げた。装着が終わると、装甲に赤い光が走る。
「す、凄い露出だぁ!」
「そこかよ!」
クロエがツッコミを入れる。
一花の言うとおり、装甲は付いているものの露出は多かった。腕や足にはしっかりと付いているのだが、なぜか胴体は装甲が薄い。見た目を一言で表すならば、鉄製のビキニだった。
「は、恥ずかしいよ七海ぃ!」
「クロエ……まさか、私のもあんな感じなの?」
「さ、さあな。ギアによってデザインも違うし。一花のは速さに特化するあまりああなったが、七海のは破壊力に特化しているから……」
「大丈夫なの?」
「……分からん」
七海の鬼気迫る表情を見て、クロエは震えながら答えた。
「あんなに露出して戦うなんて考えられない……」
「ほら、七海も早く!」
「ああもう、仕方ない!」
一花に催促され、意を決したように頷く。七海はブレイクギアを高々と掲げ、言い放つ。
「ブレイクギア、インストレーション!」
七海の体が光に包まれ、一花と同様に装甲が装着されていく。七海の手には身長の倍はあろうかという大剣が握られていた。装着が終わると、装甲に青い光が走る。
「や、やっぱりそうなるんだ……」
自分の姿を見て、七海が肩を落とす。七海も一花と同様に胴体の露出が多く、こちらもビキニだった。
「仕方ないか。一花、行くよ……」
「うん!」
テンションの低い七海とは対照的に、一花は張り切っていた。
「今日からわたしも正義の味方なんだ……えへへ」
もともとヒーローに憧れていた一花にとっては、夢が叶った瞬間だった。