19話 思考
翌日、朝。
クロエは二人より先に目を覚ます。ヒーターのおかげで部屋の中は暖かく、春の心地よい陽気が再現されていた。
「ふわぁ……」
大きくあくびをする。昨日は舞姫と会っていたため、寝るのが遅くなってしまったのだ。実際に話していた時間は少ないのだが、見つけだすまでが大変だった。
舞姫は自主的にギアの能力を確認していた。その確認のために町中を走り回っていたため、その移動速度の速さからなかなか追いくことができなくて遅くなってしまったのだ。そして、電信柱の上で考え事に耽っている時にようやく追い付いたのだ。
(しかし、なるほどな……)
クロエは昨日のことを思い出す。舞姫が仲良くしようとしない理由は、その名前が恥ずかしかったからだと納得したのだ。勘違いなのだが。
舞姫の名前を聞くことはできたが、その名を二人に教えるのは可哀想だとクロエは考える。そして、舞姫の方から二人に安心して打ち明けられるように、その環境を整えていこうと考えた。
クロエはこれからの方針を確認すると、次の波の情報を調べる。
(次の波は三回目か。情報によると時刻は明日の正午だが……)
三回目の波には犬型、鳥型、蟷螂型の三種が現れると書いてあった。蟷螂型は名前の通り、蟷螂を大きくした見た目だった。
蟷螂型は蜘蛛型と並び、脅威度の高いイーターだ。蜘蛛型が防御力ならば、蟷螂型は素早さと攻撃力が特徴だ。俊敏な動きと、一撃一撃が致命傷となる巨大な二振りの鎌。そして全長が六メートルほどの蜘蛛型よりは小さい個体である。
防御力は鎌以外の部位は極めて低いため、相手の攻撃を躱すことができればあまり怖い相手ではない。しかし、技量の優れた人間でなければ、致命の連撃を躱し続けることは難しいだろう。精神的な疲労にも耐える必要がある。
ギアの力を引き出すことができれば対応することは容易いと言われているが、あくまで理論上の話である。未来で蟷螂型を倒すことができたのは高城を含めたごく少数の人間だけで、高城以外はタイムリープをする前に命を落としてしまっている。
クロエは一花と七海の戦いぶりを思い出す。蜘蛛型を相手にしたときの一花を見れば問題はないと感じるが、七海はまだ心配な点が多い。高城の指導のおかげで少しは戦えるようになってきたが、蟷螂型を相手にするには心許ない。
ギアの保有者が三人に増えたことで、隊列を組み替える必要もある。今までは一花と七海の連携だけで戦っていたが、新たに舞姫が加わった今、砲台要員である舞姫を守る役割も必要になる。
(一花は一人でも十分にいけるか……?)
クロエは一花に遊撃をさせるか考える。一花の技量はそれこそ高城に並ぶ勢いである。それにギアの力が合わさっていることを考えると、その戦闘力は高城よりも高いだろう。実践を積んでいくことでさらに実力も成長していきそうな様子であり、十分に安心できた。
(となると、七海と舞姫を組ませるか……?)
クロエはうーんと唸る。七海の戦い方は一撃一撃に力を込めるため、多数を相手に戦うスタイルの舞姫とは相性が良い。しかし、問題はそこではない。
七海は初対面で舞姫に対してあまり良くない印象を抱いてしまった。これだと背中を預けられるほど信頼することは難しく、場合によっては互いの動きを阻害することになりかねない。
(そこは本人たちに任せるしかないか……)
最終的にはその陣形で戦うのが理想的だと未来で考えられていた。四人目の適応者を合わせて、連携を取れる距離にまとまりながら互いの弱点を補う形だ。
その陣形を再現するには、今のうちから連携を取ることに慣れてもらうしかない。そのためにも、打ち解けてもらえる必要がある。
(問題はもう一つ……)
クロエは前回の波を思い出す。そこにあるのは、蜘蛛型の姿だった。
未来での二回目の波は犬型と鳥型が現れた程度だった。本来、蜘蛛型のような脅威度の高いイーターはもっと後の波に現れるはずで、敵がこちらの戦力に合わせてきているようにも感じた。
そうなれば、相手側に知性のある存在がいるのは確実だ。それを倒すことができればいいのだが、今は防衛に精一杯で攻め込むことは厳しい。敵の居場所も分からないのだから、今は敵の手のひらの上で踊る、もとい暴れるくらいしかできないだろう。
クロエは考える。未来では人類がほとんど滅亡と言っていいくらい壊滅状態にあった。そこで敵が戦力の投入を止めたとすれば、まだ相手側にはそれ以上の余裕があるということなのだろう。
ならば、この戦いをどうやって終わらせるか。敵の戦力が把握できていない以上、防衛に徹し続けるのは愚策かもしれない。敵の居場所や正体を突き止める必要があった。
(しかし、な……)
クロエは頭を抱える。クロエは頭は良い方だが、猫である。説明を一通り受けていたために理解はしているのだが、それ以上の知識や技術は持ち合わせていない。
故に、クロエにできることは戦闘時におけるサポートと適応者探しくらいだった。己の無力さをクロエは嘆く。
(……今は、俺にやれることを全力でやる。それだけだ)
クロエは心の中で強く誓った。




