14話 激闘
※四月十八日 内容の変更により章題を変更しました。
ゾクリ、そんな音が聞こえそうなほどの悪寒がした。赤く目を光らせた蜘蛛型は、何か攻撃を仕掛けてくることもなく、依然としてこちらを見据えていた。
背筋を冷たい汗が体を伝い、三人は戦慄く。生き物の本能がこの蜘蛛型には勝てないと気付いたのだ。
『おい、大丈夫かっ!?』
固まっていた三人の耳にクロエから通信が入った。はっと我に返った高城は、体が動くことを確かめる。
「すまん、蜘蛛型の目にやられたみたいだ」
高城は悔しそうに言う。
『一花と七海には厳しかったか』
「そうだな……」
高城の視線の先には、怯えてうずくまる二人の姿があった。声をかけてみるが、反応はなかった。
『恐怖の目か。かなり厄介だな』
「こっちの戦力に合わせてきたんだろう。どちらにせよ、やるしか無さそうだ」
高城は蜘蛛型を睨み付ける。その体が僅かに震えていたが、それは武者震いか、あるいは恐怖なのか。高城には分からなかったし、分からなくても良いと思っていた。
蜘蛛型は未来でも「遭遇したら死ぬ」と言われている強力な力を持ったイーターだ。まともに戦って勝った人間はおらず、遭遇して逃げ延びた人間は一割を切っていた。
蜘蛛型の強さはその頑丈さにある。光沢を失った金属のような表面は鎧の如く、生半可な攻撃では通用しない。高城の持つヒュドラ参型ですら傷を付けるのがやっとの状態だ。
そして、今回は恐怖の目と呼ばれる力を持っていた。それは目が合った者に恐怖を植え付けて恐慌状態にするというものだった。効果は一度きりだが、主戦力となるはずの一花と七海がダウンしてしまったことを考えると、被害は相当のものだった。
さらに、先ほどの高城の攻撃を防いだ力。その正体も分からない状態では、一人で戦っても勝てる見込みはないだろう。
『いや、待て。一人じゃないぞ』
「それはどういう……!」
聞く前に高城は気付いた。恐慌状態から立ち直り、武器を手に取る一花の存在に。
「わたしも、いけるよっ!」
手をグーパーと動かして確認をすると、一花は立ち上がった。そして、横にいる七海を励ます。
「戦わなかったら、みんな死んじゃうんだよ! わたしはそんなのいやだよ! みんなを守らないと!」
一花がアニメのセリフを多少アレンジして伝える。本人は分かりやすくするために最後に言葉を付け足したのだが、台無しである。
しかし、その一花の言葉を聞くと、七海がはっと我に返る。力強く立ち上がる姿を見て、高城は驚愕の表情を浮かべた。
「未来では、恐怖の目を受けたやつは皆、再起不能に陥っていた。だというのに、こんな少女たちが、なぜ……」
『さあな。でも、だからこそあいつらが適応者なんだろうな』
理由を聞いて高城は納得する。それだけ強い意志がないと、ギアを扱うことが出来ないのだろう。
どちらが先に立ち直った、という話で言い合っている姿は子どものようだが、高城はその光景を意識の外に追いやって忘れることにした。
「さて、そろそろやるか」
高城はヒュドラ参型を構えると、蜘蛛型を見据える。
「俺が前を引き受ける。二人は上手く立ち回ってくれ」
「「了解!」」
三人は武器を構えると、蜘蛛型に向かって走り出した。高城が先行し、少し遅れて二人がついていく。
高城は意識を引くために蜘蛛型の目の前に飛び出すと、ヒュドラ参型の引き金を引いた。ロックオンはしていないが、距離はあまり離れていないため、蜘蛛型に命中した。
(今回は防がれなかったが……まだ様子を見ないといけないか)
考え事をする高城に、蜘蛛型が足を振り下ろす。高城はヒュドラ参型を斜めに構えて受け流すと、再度引き金を引いた。エネルギー弾が射出されると同時にその場から飛び退く。直後、炸裂音が響き、高城が先ほどまでいた場所には蜘蛛型の頭部があった。七海の大剣ほどもあろうかという牙で噛み殺そうとしたらしいが、高城の直感によって回避されていた。
高城自身はギアのような身体能力の強化はされていない。身体能力に関しては、鍛えているとはいえ生身の人間である。その高城が蜘蛛型の攻撃を回避出来るのは、未来での経験に基づく直感と、日頃の鍛錬によるものである。
攻撃を回避された蜘蛛型は、再度足を振り下ろそうとする。そこに追いついてきた一花が現れ、蜘蛛型の足に槍を突き立てる。
「かたいっ!?」
槍は突き刺さりはしたものの、貫通はしなかった。大樹のような足は、一花の槍を受け止めていた。
慌てて槍を引き抜こうとするが、先に蜘蛛型が足を一花ごと地面に叩きつけようとした。
「一花!」
遅れて七海が現れ、一花と槍を回収すると、慌ててその場を離れた。蜘蛛型はそのまま足を地面に叩きつける。砕けたアスファルトが飛び散るが、ギアの装甲には効果がないようだった。
体勢を立て直していない二人に蜘蛛型が噛みつこうとすると、背後からの衝撃によって邪魔をされた。
「お前の相手は俺だ!」
蜘蛛型が振り返ると、再度撃ち出されたエネルギー弾が顔に炸裂した。イーターにも痛覚や感情があるのだろうか、蜘蛛型はやや乱暴に足を振り回す。無論、高城は問題なく回避した。そして、再びエネルギー弾を撃ち出す。
高城の攻撃は蜘蛛型が相手では大したダメージにはならない。しかし、僅かではあるがダメージにはなるため、意識を逸らすことは容易い。高城は一花が最初に槍を突き刺した足を狙う。
蜘蛛型の意識は怒りによって全て高城に向けられていた。その隙に一花と七海が攻撃を仕掛ける。二人の攻撃は蜘蛛型の胴体に命中するが、ダメージはあまり大きくないようだった。
「この蜘蛛、かたすぎるよ!?」
一花が声を上げる。一花の槍は刺さりこそしたが、蜘蛛型の大きな体と比べると掠り傷のようなものだった。七海の大剣も一花よりは深く切り裂いたものの、あまり大きな傷ではなかった。
高城は焦る。ギアの性能について何度も説明を受けていたが、それはあくまで最大限に性能を引き出した場合のものである。扱いに慣れない二人の戦闘力は、高城の予想を大きく下回っていた。
思考する高城に蜘蛛型が足を振り下ろすが、それを高城は横に飛んで回避する。
「はあ、はあ……」
高城は苦しそうに呼吸をする。
生身の体でイーターと渡り合う高城は十分に異常なのだが、如何せん、高城も人間である。体力の限界は必ずやってくる。一度でも攻撃をくらえば即死という状況下で戦いに集中しているために、その疲労は計り知れない。それでもなお戦い続けられるのは、彼の意志の強さによるものだった。
高城が必死に蜘蛛型の相手をするが、一花と七海は未だに有効な一撃を与えられずにいた。
「どうして、こんなにかたいの!」
一花が槍を引き抜いて後ろに下がると、再び槍を構える。その横に七海も並んだ。
『二人とも、蜘蛛型の足を狙え!』
「足?」
『そうだ。攻撃手段を奪わないと、これ以上は高城が持たない』
クロエの言葉に二人が高城の方に視線を移すと、高城は限界ギリギリの状態で戦い続けていた。疲労の蓄積で今にも倒れそうだった。
『付け根のあたりを狙え! 間接部はダメージが通りやすいはずだ!』
「「了解!」」
一花と七海はそれぞれ左右に分かれて飛び出すと攻撃を再開した。
高く飛び上がった一花が、全身の力を槍の先に集中させて蜘蛛型の間接部に突き入れる。そのダメージに蜘蛛型が大きく体を揺らすが、一花は構わず槍をさらに突き入れた。奥まで刺さったことを確認すると、槍を捻ることで蜘蛛型の足を切り離した。
反対側の七海も高く飛び上がる。体を回転させて遠心力を付けると、そのまま大剣を叩き付けた。その威力は大きく、蜘蛛型の足を切り飛ばした。
左右の足が一本ずつ減ったことでバランスを崩し、蜘蛛型が倒れ込んだ。それを確認した高城は距離を取ると、一花が最初に傷を付けた足に攻撃を仕掛ける。何度もその部分に攻撃を重ねていたため、ついに足が吹き飛んだ。痛みのせいか、蜘蛛型が叫ぶように声を上げる。
「これで三本……あと五本か」
高城が苦しそうに呟く。体力はすでに限界を超えていた。いつ倒れてもおかしくない状況だが、高城は再びヒュドラ参型を構える。
「くそっ! 殺ってやる、殺ってやるぞ!」
動きの鈍くなった体に鞭を入れ、高城は動き出す。ギアを装備している一花と七海はまだ余裕があるようだった。
三人が動き出そうとすると、急にクロエから通信が入る。
『みんな離れろ! 何か来るぞ!』
その声に即座に反応できたのは戦闘経験の豊富な高城のみだった。高城は即座に飛び退いて距離を取ると、蜘蛛型を見据える。
少し遅れて一花が飛び退いた。アクセルギアの身軽さのおかげで、少し強引な動きだが距離を取ることに成功する。
しかし、七海はブレイクギアの特性のせいか、止まることが出来ずに数歩前進してしまう。その七海に狙いを付けた蜘蛛型が口を開いた。刹那、七海の視界が白く染まった。
「ッ!?」
七海は咄嗟に目を閉じた。
何が起きたのかを理解する間もなく、七海の体は近くのビルに叩き付けられた。しかし、その割には衝撃は少なかった。
七海は恐る恐る目を開ける。目に飛び込んできたのは、粘着質なものに体を覆われてビルに張り付けられた自分の姿だった。
「うそ、なに……これ……?」
体を動かそうにも、粘着質なもののせいで動くことが出来ない。助けを求めようと顔を上げると、そこには大量の蜘蛛型がいた。サイズは犬型と同じくらいだが、数が多かった。七海の視界には三十体ほどの小蜘蛛型がいた。その数はどんどん増えていく。
押し寄せる小蜘蛛型を見て、七海が悲鳴を上げる。
「いや、いやぁああああッ!」
思い出したのは、犬型に腕を食い千切られたときの光景だった。再びその苦痛を味わうのか、もしくはそれ以上のものか。七海は涙を流して助けを求める。
「助けてぇ、誰かぁ……」
蜘蛛型が七海に飛びかかろうとする。しかし、それはかなわなかった。
「大丈夫か!?」
小蜘蛛型と七海の間に割り込むように高城が現れた。高城はヒュドラ参型を狙いをあまり付けずに乱射する。それでも五体の小蜘蛛型を倒していた。
高城は七海を背に庇うように立つと、ヒュドラ参型をひたすら撃ち始めた。小蜘蛛型は建物の陰や地面の小さな穴からと、あらゆる場所から現れて数を増やしていった。幸いなのは、背後に現れる蜘蛛型がいないことだろう。
百体近くにまで増えた小蜘蛛型は高城に押し寄せる。高城はヒュドラ参型を構えると、雄叫びを上げる。
「うぉおおおオおおッ!」
ヒュドラ参型から撃ち出されるエネルギー弾は全て小蜘蛛型に命中する。しかし、蜘蛛型の数が多く、段々と距離が縮まっていく。それでもなお、高城は攻撃を止めない。後ろに庇う少女を守れずして何が男か。高城はひたすらに撃ち続けた。
小蜘蛛型の数が減っていく。しかし、その進行速度に高城の攻撃は追いついていなかった。後一体というところで、接近を許してしまう。大きく口を開けた小蜘蛛型は高城の足に食らいつく。
「がッ!? ……うぉおおおお!」
自分の足に喰らいた小蜘蛛型を反対側の足で蹴り飛ばし、エネルギー弾を撃ち込む。全ての小蜘蛛型を倒し終えた高城は、一瞬安堵の表情を浮かべるも、すぐに次の行動に移る。
「クロエ、聞こえるか?」
『ああ、聞こえてるぞ。というか、よくあれだけの数を倒せたな』
「火事場の馬鹿力ってやつだろうな。だが、これ以上、俺の体は酷使出来そうにないみたいだ」
高城は足の傷を恨めしそうに見ながら言う。傷は深く、骨が砕けていた。その痛みに、高城は顔を歪ませる。
『お前は十分やってくれたよ。後は一花に任せて、お前は七海を引き続き守ってやってくれ』
「流石に、一人だと厳しいんじゃないか?」
『大丈夫だ。あれを見てみろ』
「……?」
クロエに促され、高城は一花と蜘蛛型の方に視線を移す。そこには、蜘蛛型相手に一人で戦い、善戦している一花の姿があった。
すでに蜘蛛型の足は無く、動きを封じられた蜘蛛型の首を一花が狙う。その殺気を感じて蜘蛛型が逃げようとするが、足の無い状態ではそれすらままならない。
「これで――おわりッ!」
赤く発光する槍を蜘蛛型の首に突き立てる。狙いを定めた一撃は蜘蛛型の首を貫き、そのまま頭部を切り落とした。
蜘蛛型の動きが止まると、周囲に張り巡らされていた糸が消え、七海も糸の拘束から解放された。
全てのイーターを倒したことを確認すると、クロエから通信が入る。
『よし、これで全部だな。このままゲートを壊してくれ』
「了解!」
一花は再び槍を構えると、ゲートの方へ飛んで行く。ゲートが視界に入ると、一花は赤い光を槍に纏わせて貫いた。
二回目の波は、無事に終えることが出来た。




