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「せいぎのみかた」  作者: わちがい
せいぎのみかた
9/32

09 噂の怪

 「あ、倉敷先輩!オス!」

 「うん、こんにちは」

 「今から倉敷先輩と酒寄先輩のクラスに行くところだったんです」

 「はい。何だろ」

 「顧問の先生の奥さんが産気づいたので今日の部活は中止だそうです」

 「……」

 「顧問の先生の奥さんが産気づいたので今日の部活は中止だそうです」

 「あ……はい。わかりました。ありがとう…」

 「どうしたんですか、そんなに固まっちゃって。先生の奥さんの産気に何か心当たりがあるとか」

 「ジョークがブラック過ぎる!」

 「ほんとだ!酒寄先輩の言うとおりツッコミになると反応早いんですね!!」

 「春菜………!」


 良い子だったのに……なんてことを。


 「それで本当にどうかしたんですか?」

 「…いや、本格的に呪いでもかかっているのかと思って。…こっちの話。気にしないで」

 「はあ…」

 「それから、春菜に変な影響を受けないように」

 「オス」


 元気よく一礼して、小走りに他の教室へ駆けていく。

 なんだかとっても悲しくなってしまった。


 /


 「というわけで中止らしいよ」

 「へーあのオッサンも頑張るのねえ。一回写真見たけど、かなりのバイオハザードだったわよ」

 「春菜…身体的攻撃をしない」

 「へーい」


 菓子袋の中を覗き込んで、残りを口にざらざら流し込む。


 「ぷー。まあ最近あたしらかなり真面目に出てたしいい休暇じゃない」

 「うん…そう、だねえ」


 僕は出てないんだけども。

 やっと出れそうだと思ったら…。


 「なんだ部活休みか」

 「ま、そういうことね。今映とゲーセンでも行こうかって話してたところ」


 まったく話してないけどこの手の展開はもう慣れている。


 「ゲーセンって六軒通りの奴か?」

 「ん、いつもそこだね」

 「あそこならこないだのテロで吹き飛んだろ」

 「ぐえ…そうだった。良い店だったのに…。

 何度UFOキャッチャーで位置動かして貰ったか解らないわ。あの頭悪そうな店員無事だといいけど…」

 「……そうだね」

 「はあ…なんだかね。ただでさえゲーセンなんて先細りしてるのに。また一つ減っちゃったかあ」


 重苦しい空気が流れる。


 「…しょうがないわね。街ふらふらして新しいところ見つけてみましょ。なかったらなんか食べて普通に帰る」

 「そうだな、行こうぜ倉敷」

 「えー山田も来んの」

 「そりゃ行くだろ流れからして」

 「まいいけど」


 春菜は薄いカバンを抱えて姿勢を低くした。


 「何してるの」

 「バカね!またどうせ気を抜いてたらクソ女とか外道とかが来るのよ!さあ早く!かつ隠密的に!」


 机の影に身を隠しつつ、こそこそと教室を出て行く。


 「…」


 僕らは普通に後を追った。


 /


 「このコートも結構かわいい…でもクソ高い…うー」


 「…いつまで見てるんだあいつ?」

 「ああなったら暫く動かないよ」

 「酒寄でもウィンドウショッピングとかするんだな」

 「女の子だからね」

 「他人の迷惑をまったく考えないところも女らしいけどな」


 サスケは大げさに肩をすくめてみせた。


 「……先行かないか?」

 「後が怖いよ」

 「怖いのは…イヤだぞ」

 「…だろうね」


 「百円くらいにならないかなあ…」


 「ならないだろ」

 「春菜の独り言は気にしちゃダメだよ」

 「はー…まったく。俺あそこでフランクフルト買ってくる。倉敷も何か食べるか」

 「僕のことは気にしないで」

 「解った」


 ふう。


 目を閉じて力を抜く。

 空気が冷たくて、ほんの少し震えが来る。


 部活にさっぱり出れないなあ。

 こうして街をふらつくのもパトロールになるから無意味ではないけど。


 …紫か。

 今の僕では対抗する手段が無いに等しい。

 情けないことに、「どちらの」紫にも。

 気休めにしかならないにしても…せめて技術はあげておきたい。


 ……いや。

 そもそも、戦わなければいけないのかな?

 どうにかして回避出来ないか。

 天界に対して妄信的だった。

 僕のことを神を連れていると言った。


 天界からの使者…つまりヒカリはこれでも一応天使にあたる。

 彼女はヒカリも神として見ているのだろう。

 ヒカリに幻影を出させ…その口から君は間違っていると語らせれば…。

 もしかしたら。


 …でもそれは嘘をつくことになる。

 僕だって何が正しいか解らないまま。

 なりふり構っている場合ではない…けど。

 …それでいいのかな。

 殺人を阻止できるのならばそれが最善ではある…。


 「ぶぐっ…うわ、何!辛っ!」

 「マスタードたっぷり」

 「うわ…ありがとう。でもいきなり入れるのはどうなの」

 「気にするな」


 フランクフルトを咥えながら、出店を振り返る。


 「カラーズが居るんだと」

 「へ?」

 「灰色がこの先を歩いてたって誰か話してた」

 「灰色」

 「六色目か。なんなんだろ」

 「あーん」


 臭いを嗅ぎつけたのか春菜が戻ってきて、僕のフランクフルトに横から食らいつく。


 「んむ。行ってみましょう」

 「それは倉敷に…」

 「あたしの分だけないとかどうなの」

 「ずっと一人で足止めしてたからじゃないか…」

 「いいけど。食べたし」

 「………」


 残り二口くらいしかない。


 「灰色ね。面白そうじゃない。いこ?」

 「……爆発とか起きたらどうするんだよ」

 「大丈夫でしょ」

 「何の根拠もなくお前…」

 「映はもう行く気まんまんみたいよ」

 「え?僕?」

 「長い付き合いなんだから、解るわよ」

 「う…ん。少し気になるかな」


 更に言うと、出来れば二人には来て欲しくないんだけど。


 「倉敷が言うならまあ…でも知らんぞ俺は」


 /


 「………訳が解らん」


 サスケの呟きが僕らの全てを代弁した。


 大きな十字路の真ん中で灰色のドレスを纏った少女が右に左にふらふら動いている。

 激しいクラクションの嵐の中、意に介した様子もなくぼやーっとただ動いている。

 車は時折怒鳴り声をあげたりしつつ、それを避けてなんとか通り抜けていた。


 「鬼のように渋滞してるぞ」

 「何がしたいのかしら。そのうち警察来るわよ~」

 「来たら来たで見物ではある」

 「なんか…変じゃない?」

 「変?」

 「顔が、解らないんだ。そんなに遠い訳じゃなくて。暗い訳でもないし。

 ちゃんと見えてる…。でもどんな顔をしてるのか頭に入ってこない」

 「ん…??ん、ん~~~??………ほんとだ。すごい不思議」

 「…不思議としか言いようがないな。モヤモヤして気持ち悪いぞ。幽霊?」

 「印象に残らないくらい極限まで地味なパーツだけで顔が構成されてんのかしら???」


 …本物の、七人目?

 でもそれじゃ僕も同じ状況になってるのが説明つかない。


 なんだろう…なんというか……顔だけじゃなくて。

 …あの女の子は本当に…あそこに存在しているのか?

 異様なくらい影が薄い。


 まるで…そう。幽霊みたいだ。


 「あ、警察来た」

 「ほんとだ」


 数人の警官が手早く少女を取り押さえる。

 灰色の少女は抵抗するでもなく、ずるずると引っ張られてゆく。


 「吹いた」

 「これで終わり?そりゃないわよ」

 「………」

 「映?」

 「ん…何でもない」


 …どうも引っかかってたけど。

 あの灰色のドレス…色が違うだけでまんまヒカリの幻影と同じ形じゃないか。


 そろそろと人垣から離れてポケットを叩く。


 「こらヒカリ、また君か。起きなさい。今度はどんな事実が飛び出すんだ」

 「………」

 「ヒカリ?」

 「…う」


 …震えてる?


 「ヒカリ。何を隠してる」

 「何も隠してないぜ…あれはいつも通りのアレ…」

 「アレ…?まさか」


 ポケットの中に手を入れて感触を確かめる。

 髪の毛の一部が固くそそり立っていた。


 「黒いもの…が、人間に取り憑いた!?」

 「わかんねー…でも、あれ、かなりやばい…。相当やばいとこまで来てる」

 「…どういうこと?」

 「もう取り憑いてから一週間…下手すると、もっと…」

 「…そんな」


 灰色の少女を見る。

 いつの間にか…その手には忽然と黒い刀が現れていた。

 …警官達はまだ気づいていない。


 「―――――逃げて!!!!!!」

 「うあ、何急に叫…ぎゃーーー!?」

 「!!!」


 ただの一振りで数人の警官が絶命する。

 乗せるものを失った身体が数歩だけ歩いてから、思い出したように血を吹いて倒れた。


 「う…わ。やりやがった…こんな昼間から…嘘だろ」

 「わ、わ、あき、映。竹刀竹刀!竹刀でKAMIKAZEで!」


 取り乱した春菜がすり寄ってくる。


 「…く…」


 これじゃあ…変身が出来ない!

 そうでなくても人が…多すぎる。


 パニックだ。

 悲鳴をあげてる。吐いてる人も居る。

 腰を抜かして座り込んでる人も居る。

 …大部分は逃げずにそこにいるままだ。


 「にっ…逃げてください!!!!」

 「あの…アホ共!写真なんか撮ってる場合かよ!」


 灰色の少女と視線が絡む。

 凍り付いたような無表情のまま…刀を一度振る。

 黒く薄い霧が包み…晴れた時には紫色の刀身へ変わっていた。


 「!!!!」


 氷柱で心臓を貫かれたような怖気。

 紫色…あれはまずい!!


 「く…あ…春菜、サスケ!!!」

 「きゃあ!!」


 二人の手を掴んで全速力で走り出す。


 背中から激しい爆発音と、断末魔の悲鳴が響いた。


 /


 「…実感わかねえ」


 言葉通りに、呆然とした顔のまま手を揺らす。


 「…倉敷が冷静に判断してくれなかったら…俺たちもあそこで死んだんだよな」

 「う…うう。ほんとそう。何なのよ、あいつら…、カラーズって…」

 「…わかんねえ。もうマジでわかんねえ」


 ペットボトルがサスケの手から滑り落ちて、地面に液体を撒き散らす。


 「は、はは…今になって手が震えてきた。汗も、すげーや」

 「ふ…あたしも全身びっちょり…奥歯カチカチ言ってる」

 「…すごい、サイレンの音だね」

 「…捕まったかしら」

 「……どうかな」


 多分…無理だ。


 …二人を逃がすのが精一杯だった。

 ……僕はあそこにいた。止められたんだ。

 もっと大勢の人を…救えたかもしれないんだ…。


 止めるために選ばれたはずの僕。この国でたった数人の。

 それを無能さによってしくじるというのは…罪でしかないように思えた。


 「…映。泣かないで」

 「……ごめん」

 「…変だよな。犬が死んで…道路が壊されて…街が吹き飛んで。

 …こないだ水飲んで小学生が、変死しただろ。アレ、水…幾ら検査しても…普通の水なんだと。

 …変だろ。どうなってんだよ。この街。…何か変だろ。こええよ、俺……」


 …これは僕への言葉だ。

 僕が責められてる言葉だ。


 「……ごめん」


 …僕にはそれしか言えなかった。


 /


 クラスの岡野さんが休んでいた。

 父親があの近くで仕事をしていて、爆発に巻きこまれて死んだらしい。


 春菜もサスケも、それを聞いて魂が抜けたようにぼうっとしていた。


 /


 「先ぱ…うわっ」

 「と、とうとう本性を現したな外道ー!!」


 慌てて背中のステッキに手を回す。


 「…」


 先輩は僕らの様子を見て心底呆れたと言った顔をした。


 「敵意があるかどうかくらい見れば解るでしょう」

 「あ、えー…と。なぜこんな所で変身してるんでしょうか」

 「やらなくてはならないことが有るから」

 「人に見られでもしたら…」

 「…この準備室は私の庭みたいなもの。辺りに人が居るか居ないか、空気で解るわ。

 貴方も自分の部屋の回りなら解るでしょう?」


 …いえ。全然解りません。


 「解るわけねーだろバカ。外道と一緒にすんな」

 「こら!」

 「とあきらが言っております」

 「こら!!!!!」


 「…………漫才はいいから貴方も変身なさい」

 「漫才じゃないんですけど……解りました」


 よく事態が把握できないまま、とりあえずステッキを引き抜く。

 ……先輩の前で変身するのか。

 やだなあ。


 「マジカルイリュージョン…」

 「?」

 「メイク、クロス・イン!!…………えー…変身しました」

 「…そう」


 ついと視線を逸らす。

 いっそ笑ってくれた方がマシだ。


 「それで、これから何を?」

 「“灰色”対策よ」


 窓の外へ飛び出す。


 「…先輩が居てくれればなんとかなる気がする。無責任に甘え過ぎかな?」

 「腹立たしいことにあてしもそんな気がする」


 /


 「あ!祁答院!探してたのさ!」

 「知ってるわ。だから来たの」


 秋谷さんに軽く頭を下げる。

 ゆるい笑顔で手を振ってくれた。


 「さて…言うまでも無い事だけれど。私達が今直面している怪異は、灰色よ」

 「…かなり暴れてるみたいさね」


 苛立たしげに秋谷さんが頭を掻く。


 「まとめましょう。灰色は人間の形をしている。刀を持っている。爆発を起こす。他に何かあるかしら」

 「僕もそのくらいです」

 「私も」

 「あてしも!」

 「…そうね。後は、神出鬼没と言うことくらいね」


 ヒカリが僕のポケットを荒々しく引っ張ってる気配はしたが無視した。


 「そう…不思議なんだよ。あっちこっちに出てる気配はするのさ。

 …いざ駆けつけてみるとふっと消えちゃう。でも、また暫く経つと別の場所に出る。…瞬間移動でもしてる??」

 「あ。昨日、近くで見たんですが、元々は黒い刀が…紫色に変わったんです」

 「変わった?私、それ知らない」

 「…黒いモヤがかかって。紫色になって…。その後は爆発を起こしたみたいです。

 …逃げてしまったのでどう起こしたかは、よく解りません」

 「…爆破の紫…と。……祁答院の能力…コピーしてる?」

 「もしかして…僕たち代行者の能力を全部」


 正確には僕は無いけども。


 「祁答院、あれは一体何さ?」

 「先輩、教えてください」

 「ん。貴方たち私をなんだと思ってるの」

 「ズッコケで言うハカセあたり」

 「………………」

 「ぼ、僕はただ頼りになる先輩だと。何が思いついているようでしたし……」


 自分の額に掌を押し当てて、今まで一番の溜息を吐いた。


 「推測になるわ」

 「想像すらつきません」

 「……あの黒いものが取り憑いたのは、「噂」でしょう」

 「噂…」

 「カラーズなんて呼びやすい名前をつけられて…雑誌で取り上げられる回数も増えた。ラジオでも頻繁にネタとして使われている。

 その名称こそ使わなくても、テレビや新聞も賑わすようになったわ。ネットなんて、もっと凄いわよ」

 「概念にも取り憑く…?……まさかそんな」

 「私、一度灰色を倒したのよ」

 「!」

 「流石というか…祁答院さねえ」

 「…いえ。倒したというのかしらね。手応えはなかったわ。まるで空気を切ったみたい。

 …灰色は血も出さず、霧のようにそのまま消えて…今もまだ存在している。

 もう一つ、灰色が現れるのは必ず人の多い所。…噂が起こりやすい所」

 「…先輩の剣。それに「紫」と「爆破」。つまり噂として囁かれているから…。

 彼女、灰色は噂そのままを体現している…と言うことですか」

 「理解が早くて助かるわ」

 「…いえ。僕も初めて見た時…存在感が怖いくらい無くて。幽霊みたいだなって思ったんです。

 その話を聞くと理由が解る気がします」


 「噂なんて、どうやって殺せばいいのさ…。

 誰もカラーズのことを口にしなくなる?…今更そんなの」

 「……僕たちが大勢の前で、死んで。カラーズは死んだっていう噂で上書きされれば…。

 …カラーズの噂も一緒に死ぬことになるんじゃないでしょうか」

 「…………う」

 「…倉敷くん。貴方はつねに多少なり自分が犠牲になる道を選ぶのね。

 貴方の勝手よ。それは好きになさい。でも私を巻きこまないで。私は自分の命を消費して何かを得ることはしたくないわ」

 「…すみません」

 「祁答院…あきらちゃんは可能性の話をしただけさ。そんな強く言うことないでしょ!」

 「そうだそうだ!外道院のバーカ」

 「……その生き方が嫌いなの」


 先輩は氷のような目で僕を射抜いた。


 「いいや。聞き流そ。あきらちゃん、お姉さんは解ってるからねーにゃんにゃん」

 「はあ……」


 僕の頭を胸に埋めて頭をさすってくる。

 とても恥ずかしい。

 秋谷さんも僕の性別のことをすっかり忘れている気がする。


 「い、いや。でも違う。死ぬのはイヤさ。何か他に方法ないかな」

 「なんかあてし無視されてね」

 「ヒカリ…解ったから静かにしててね」

 「ごめん」


 「……噂の上書きという視点だけは、私も同じ意見」

 「む?」

 「灰色という個体が出続けている。当然に灰色の噂は強まる一方…。

 それに伴って灰色は確固とした、私達の混ぜ物なんかではない一つの「カラーズ」として存在を強めるでしょう」

 「…強くなるって事?」

 「大量に人を殺し続けている。その畏怖が…きっと、強くもさせるわね。

 それ以上にチャンスは生まれる。より多くの大衆の前で…テレビか何かで撮られていればなお良いわ。

 ……その前で私達が、確実に死んだと解る方法で殺すの。「灰色はもう死んだ」…その認識を与えられれば」

 「灰色は噂ごと死ぬ…」

 「仮説に仮説を重ねているけれど、ね」

 「なるほど…」

 「うーん、悔しいけど祁答院の案は説得力あるさ」

 「…この案に賛成するのね?」

 「はい。それが一番ではないかと思います」

 「んだね。そうかも」

 「この案を実行するにあたって…さしあたり何が必要か解るかしら?」

 「必要?手分けして迅速に灰色の場所を把握するとか」

 「僕らが確実に倒せるくらい強くなるということでしょうか」

 「手順としての話をしているの。そんなものは二の次。まずは「何もしない」という事よ」

 「……は?なんで?」

 「一つ。秋谷さんの能力が公に囁かれて、これ以上灰色に能力を持たせては危険ということ。

 二つ。言ったとおり灰色個人としての存在を強めなければならない。噂が曖昧なままでは「何が」殺されたのか解らない。

 …なるべく他の色、私達が表に出るのはそれまで控えるべきよ」

 「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃ…灰色の被害を僕らは黙って見ていろということですか!?」

 「灰色だけじゃないわ。紫も、他の黒いものによる怪異も。…灰色を確実に静めたいのなら。

 それどころか灰色に殺し回って貰うことが重要でさえある。「灰色」による驚異。それをはっきりと認識させるためには」

 「……マジで?」

 「大マジよ」

 「そんな…」

 「…他に方法は?」

 「私のカードは今出したのが全て。それにこれは仮説。無駄になるかもしれない。

 協力するならすればいいし、反発してどうにかしようとするなら、それも好きにすればいい。

 私の策にとってあまりにも害があるようなら、邪魔をさせて貰うけれどね」

 「…対症療法だけでどこまで行けるか。それが解らないほど馬鹿じゃありません。でも…」

 「でも?」

 「………すみません。言葉になりませんでした」

 「…そ。

 …それでも何か出来ないかと考えるなら、早く片がつけられるよう灰色の噂を流す。

 後は「灰色は他のカラーズよりも弱い」その噂が広められれば、噂を体現するしかない「彼女」は弱体化するわね。

 灰色は無害…一般人でさえ倒せる。その類は、今更効果は望めないでしょう。爆破を身につけた今となってはね……」

 「……祁答院の言うとおり…十一を救うには、十を見捨てなきゃいけないのかな。

 …私達にはそれしかないのかな?」

 「私達は確かに人と違う力を手に入れた…でもね。

 逆に言えばたったそれだけの事よ。神そのものじゃないもの。…なんでも出来ると思うのはただの傲慢。

 大きく望んで全て失うのは、とても無駄で、悲しいことよ」

 「私…少し一人で考えるさ」

 「それがいいわ」


 力なく去っていく。


 「貴方はどうするの?」

 「先輩に従います」

 「意外ね」

 「……先輩。血が出ています」

 「ん」


 少し気まずそうに手を後ろに隠す。


 「雨宮さんには伝えなくて良いんでしょうか」

 「…雨宮さんね。構わないでしょう」

 「どうして…ですか?」

 「彼女は最近学校に来ていないみたい。家にも帰っていないようよ。

 元々倉敷くんの意思をそのままなぞって駆除に協力していただけ。本人は黒いものに対してさして興味を持っていないわ。

 それなら当分目立った行動を取ることもないでしょう」

 「…行方不明?」


 どうしたんだろう…。


 「仮にも変身出来るのだし、自分から飛び込まなければ事件に巻きこまれる筈もない。

 それに今の私達に彼女の事を気にかける余裕はないの」

 「……」

 「…私も先に帰るわ」

 「はい…また」


 /


 灰色が街ゆく人を刀で斬り荒らした。

 八人死んだ。


 /


 「必・殺・剣!KAMIKAZEーッ!」


 後輩の一人が高速の竹刀を受けて派手に吹き飛ぶ。

 ごろごろ転がって壁にぶつかり、動かなくなった。


 「春菜の必殺技はほんとゲームみたいに必殺だから嫌だよ」

 「嫌とは何よ」


 面を外して、髪をかき上げる。

 汗の飛沫が軽く散った。


 「悔しいのよ。あの灰色が…人を殺した時。私、震えて…パニくっちゃって。

 もう十年近くやってきててさ。県大会で優勝もしたわ。引ったくりを手刀で吹っ飛ばして表彰されたこともある。

 でも…天狗になってたのかな。ああ、もうっ!」


 竹刀を床に叩き付ける。


 「剣の腕がいくらあったって!ビビってちゃ何も出来ないじゃないの!この馬鹿腕!ダメ腕!」

 「自分の腕殴ったって何も…。

 …普通だよ。人が死んだら驚く。何も考えられなくなる。それでいいんだよ。それで平気な人間なんて…僕は嫌だよ」

 「……」

 「あの灰色は……他のカラーズから狙われてるらしいんだ」

 「ん…そうなの?」

 「人に聞いた話だけどね」

 「狙われてるも何もカラーズって対立してる奴がそもそも居なかったっけ?」

 「……それ以上に、灰色は共通の敵らしいんだ。だから、心配しなくてもすぐに倒されると思うよ」

 「…そうだといいけど」


 /


 灰色がビルの一つを爆破した。

 三十六人が死んだ。


 /


 「岡野…引っ越したらしい。実家の方で母親に仕事の口があるんだと」

 「別段親しかった訳じゃないけど……嫌よね。特に私達はこの目で」

 「…春菜」

 「うん…解ってる…。解ってるから卵焼き貰う」

 「関係あるのかそれ」

 「いや…もういいんだよサスケ…良かったら君も食べる?」

 「良いなら貰うけど……ん。なんだこれは。泣けてきた」

 「え」

 「あ、馬鹿!山田にあげたら…!!」


 目頭に指を添えて、震え出す。


 「俺の母親…物臭でスーパーの総菜とかが多いんだ…。

 それでもこれは、なんか、記憶にもないのにおふくろの味って気がしたんだ…。

 うめえしあったけえよ…!かあちゃん…!」

 「…喜んで貰えれば嬉しいけど、コメントに困るよ」

 「余計なこと知っちゃって、もう…」

 「倉敷が作ってるんだよな」

 「一応ね」

 「…すごいな。こんな旨いもんだったのか」

 「それは多分、僕のお母さんの味かな。今はお父さんの出張先にくっついて一緒に行ってるけど。

 それが暫くかかりそうだからって自炊用にノートを残していってくれたんだ。それを見て色々ね。

 見ながら作れば誰でもこれくらいは作れるんじゃないかな」

 「へー…倉敷の母親かー。きっとすげー美人なんだろうな」

 「えらい美人よ」

 「マジか」

 「…そんなに期待を込めて僕を見られてもな。家族だから良く解らないよ」


 …と、それはどうでもいい。


 「そう…灰色のことだけど、また噂を聞いたんだ」

 「ん、何だ?」

 「他のカラーズから…他のカラーズより弱くて、怖がってるらしい」

 「なんじゃそら。逃げてるのか?」

 「狙われてるんだ」

 「……でも考えてみればあいつらって、テロリストなんでしょ?どっちもどっちじゃないの?」

 「黒はアレだし、対立してる感じはあったから灰色がそうでも不思議じゃないけどな。

 …しかし、テロなのかね?どうもあいつらの狙いがよく解らない」


 僕の手を離れて二人の間で話題が二転三転してゆく。

 噂ってこういうものだ…ひとまずこれで良し。


 /


 灰色に飛びかかった警官が炭になった。

 三人死んだ。


 /


 「…恐らく電柱の一件でのことでしょう」

 「僕がやったことになっているあの感電死が?」

 「そうでしょうね」


 さしたる感慨も込めず、携帯を弄りながら答える。


 「灰色にはもう触れない…?」

 「話を聞く限りそれほどではないわね。放電能力を持った程度かしら」

 「…どんどん、手に負えなくなりますね。とうとう僕らに無いものまで持ってしまった」

 「そうね…」

 「まだ、ですか?」

 「まだ…もう一歩欲しい」


 パチンと携帯を閉じる。


 「あちこちの掲示板に適当な噂を流してみたわ…どれほど効果があるか」

 「インターネットのことは良く…」

 「無責任、無秩序な情報の集合体よ。

 なるべく取捨選択の出来ないお馬鹿さんが多く集まる所を選んだけれど、その効果は運次第」

 「運ですか」

 「…ええ」


 /


 「…先輩、イライラしてたね」

 「1HIT!2HIT!」

 「うわあああ!何を滅茶苦茶食い散らかしてるんだ!」

 「モグモグ☆COMBOしてた」

 「……問題点が三つある。

 喋りながら食べている。手掴みで食べている。それと一番どうでもいいけど、コンボではない」

 「最近先輩先輩うるせーからあてしなりに抗議してみたぜ。あてしの名前が呼ばれる回数がめっきり減ってる」

 「ヒカリヒカリヒカリヒカリヒカリ」

 「ま、マジか。ちょっと多くね」


 本気で顔を赤くして身をくねらせる。


 「…君はこれで満足なのか。…って、どうしてヒカリと話すとまったく本題に入れないんだ」

 「そりゃヒカリちゃんだからだぜ」

 「うん…まったくそうだ。それで、先輩がイライラしてたんだよ」

 「メンスじゃね」

 「…ルールを決めよう。日付が変わるごとに君は50点回復する」

 「50も…すげえ…!」

 「その前にある一定のラインを下回っていたらお仕置きだ。30以下ならCコース、15以下ならBコース、0以下ならAコース」

 「スタートであてし何点あんの」

 「100」

 「メンス発言は減点いくつ?」

 「100」

 「ありがとうございました」

 「うん」

 「…ギャアアアアア!!!」


 /


 「…先輩、イライラしてたね」

 「あきら様のまったく言うとおり。ばんじゃーい」

 「減点10」

 「なんで!?」

 「…普通で良いんだよ、普通で。悪ふざけもなく、無理に僕を持ち上げることもなく」

 「で、外道がどうしたって?」

 「うん…それでいい。いや外道じゃなくて…もういいかそこは。聞いてたでしょ。先輩が運なんて言葉を使い始めたんだから、よっぽどだ」

 「灰色…。そんなのんびりしてていいのけ。あれやべーよいい加減」

 「見つけた時点でもう最低でも一週間…だからね」


 一気に水を呷る。


 「黒いものは個体の中で増え続ける…限界まで増えたら感染する。…「噂」が増えたらどうなるんだろ?」

 「同時多発灰色になるとかじゃね?」

 「…恐ろしいね。でも僕が思うに…出現する範囲が増えるんじゃないかな。

 噂が増えるっていうのは本来そういうものだし。ちゃんとデータとった訳じゃないけど、日が進むにつれてあちこちに出てる気がする」

 「どっちもヤバくね」

 「…そうなんだよね。追い切れなくなるし…噂はさらに強まる。スパイラルだ」


 ヒカリの言うとおり同時多発になる可能性だって勿論ある。

 それとも尾ひれがつくという意味合いで、さらに能力が増えていくのか。

 絞れないし、全てが来る可能性だってある。


 「雨宮さん…は何してるか解らないし。紫の二人は…だし。

 実際動けるのは三人だけなんだよね。残り一人は何をしてるんだろ。ヒカリが選んだんでしょ?」

 「ううううん」

 「どっちだ」

 「一応選んだ可能性もあるカナ!」

 「どんな人?」

 「忘れた」

 「……」

 「減点はやめて!あてしのポイントは0以下よ!」

 「…いや。ヒカリの記憶力は今更…。

 灰色とヒカリの幻影のドレスがまったく同じデザインっていうのも気になる…。

 幻影が誰かに見られてそれが噂になったのかな…?」

 「さあ、力がアレだから自然とああなるとか」

 「……アレってなんだ」

 「アレ」

 「……」


 「映ー!いるー!?」

 「うわっ!」


 不意の静寂がノックで破られる。


 「ヒカリ!猿ぐつわ!」

 「うわああーー」


 ヒカリは自分で猿ぐつわを装着してカバンの中に滑り込んで行った。

 …変な慣れ方をしてしまったようだ。


 でも後で加点してあげよう。


 /


 「映ー、今日のおかずはー?」

 「…野菜炒めとごはん。それといつもの漬け物」

 「ぬわ、動物性なカンジのアレがないのね。ハズレかー」

 「オラアッ!」


 春菜はおばさんに蹴り飛ばされてドアの外に転がっていった。

 すぐさまドアの鍵を閉めて、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


 「どんだけ礼儀ないのかしら、あの子」

 「…僕に言われましても」

 「…そういえば育てたのはあたしだったああ…!!」


 頭を抱えて蹲ってしまう。


 「映あけてー!」

 「るせっ!」


 相変わらずものすごい親子だなあ。


 /


 仕切り直すまでに三十分近くかかった。


 「…毎度言ってますが、前もって伝えてくれれば僕もそれなりにおかずを作るんですけど」

 「残業入るのが不規則でねえ…今日も突然よ突然。あのクソ上司がクソ突然クソみたいな仕事をね。

 「バイトの子たちがポカしちゃってさぁ~」ってその面倒見ンのはテメエの役目だろうがアアアアン!?

 ……ふう、帰って料理する時間もないし、バカ娘は料理壊滅的だしさ。映くんは神様です」

 「何が料理する時間が無い、よ。どうせチーンとやるだけの癖して」

 「やんのかコラ」

 「上等…!」


 「えー…はい。出来ましたよー」


 追加のおかずを二人の間に差し出して仲裁する。


 「ステキー!で映、何コレ」

 「…今日は本当にろくなものが残ってなかった…。

 魚の切り身が余ってたから適当にダシ作って煮ただけ…。御飯にかけるなりして食べて」

 「やっぱり動物性タンパク質を食べるとこう、ぐっとくるわよね」


 ヒカリ並に勢いよくかっ込んでゆく。


 「映くん、テレビつけていー?」

 「どうぞ」

 「んあ…なんでファミコン散らかってるの??」

 「げ」


 食器を片付けるのが精一杯で見落としてた…。


 「最近ー…えーと……昔を懐かしんでやってるんだ」

 「へー。後であたしとやるべーや」

 「解った…」

 「つーか誘ってよ、大喜びで来たのに」

 「映ちゃんいいからいいから、このアホ誘ったら一日中部屋に居座るわよ」

 「いいよねー?映ー」


 困った、よくないぞ。


 「あ、やってるわよ」

 「何が?」

 「カラットだっけ?あんたも間近で見たんでしょ」

 「ああ、カラーズ…見た見た。すごかったんだから」

 「なんか夜うなされてたしねえ。捕まったらADHDで金をせびりとってやる」

 「PTSDです。ADHDでは多動症です」

 「あー、うん」

 「ぐ…うぐ。うおお、水!映水!」

 「でもまあ。うん、どうでも」

 「……」


 テレビを見てみる。

 灰色のスーツを着てヒゲを生やした元警視庁とやらの人が何か語っている。

 弁護士や政治家といったカラーズに何の関係があるのかイマイチよく解らない人たちが、口調荒くそれに反論する。


 「異装テロリストか…なんか変なこだわり持ってるのかしら?カラーズって言やいいじゃん」

 「娘よ。テレビとはそういうものなんだ。下々の人間の言葉なんて意地でも使わないのさ」


 非常事態宣言。

 破防法。

 スパイ禁止法の立案。

 対米問題。


 少しずつ論点がズレていく。


 「…アレ?いつのまに北朝鮮問題の話に?」

 「娘よ。テレビとはそういうものなんだ」

 「そうなんだー…」


 具体的な対策も、カラーズの正体に迫る糸口さえ無く番組が終わる。

 漠然とした主張に漠然とした主張で論戦し、それが繰り返されるだけのものだった…が。


 …誰かが。

 ほんの二言三言だったけど…確かに「灰色」と口にしていた。


 「…そろそろかな」

 「んー?何か言った?」

 「………何も」


 /


 「……うう…なに…さみい…」

 「冬だからね」

 「うわああ!?朝起きたら美少女が隣にいたぜ!!こいつぁラブ・コメディーション!」

 「開口一番僕に喧嘩売ってるね」

 「あ、あきらだった…ふう。あぶねえ。美少女かと思ったらただのボクっ娘か…」

 「減点10」

 「えー」


 「…準備が出来たら、喋るのを止めさせるのよ」

 「心得てます」

 「げ、外道も居る…!ここは一体…!」

 「すっかり定番になった僕らの密会場所だよ。どこぞのビルの屋上」

 「うう…道理でさみい。学校はいかないのけ」

 「今日は土曜」


 先輩がテレビのアンテナをぐりぐり弄ると、雑音が止んでクリアな声が漏れだした。

 画面も砂嵐から綺麗なカラーの映像になっている。


 「あ、あてしそれ知ってる。昼間の行動がフリーダムだった頃見てたぜ。

 キモいジジイとババア達が電話相談するの。それにキモいジジイがキモくてキモいの」

 「それを利用するわ」

 「でも、競争率が凄いんじゃないですか」

 「やらせに決まっているでしょう。真っ当に募集なんかしていないわ。

 生放送ゆえの突発的なトラブルに対応出来るほど頭は良く無いし、つまらない話が来ても困るのでしょう。

 …結果として私が使うことで視聴率をあげる結果になるだろうことが、多少気に入らないわね」

 「それじゃ…先輩の電話も繋がらないのでは」

 「責任者の悪事を掴んでそれなりに脅しておいたわ。

 裁かない代わりに、ということで専用の回線を用意させたのよ。…証拠はちゃんとまとめて警察に送ったけれどね」

 「外道院まじ外道」

 「…ふふ」


 ヒカリを見て薄い笑いを浮かべる。

 慌てて頭ごとポケットの中に隠れた。


 三人で暫く小さなテレビの画面を眺め続ける。

 芸能人の離婚話や不倫関係の話で盛り上がっている。

 ヒカリが大きな欠伸をして、僕もそれにつられて少し眠くなってきた。


 「眠いのなら帰ってもいいのよ」

 「頑張ります」

 「そう?貴方が代わる?」

 「い、いえ。僕じゃ緊張してきっと上手く話せません」

 「………」


 先輩が腕時計に視線を落として、携帯電話を取り出す。


 「さて…そろそろかしら。貴方たち、静かにね」

 「はい」

 「よっしゃあ来い!」


 妙にやる気を見せるヒカリに猿ぐつわを装着する。


 『では今日の電話相談に入りましょう。来てますかー?

 ……はい。じゃあスタジオに繋げてください』


 司会の男が一歩前に出て耳を傾ける姿勢を取る。

 先輩の携帯から漏れているものだろうか、微かにテレビからざあざあという風の音が流れ出した。


 「…もしもし」

 『はい、もしもしー?今日はどうしましたかー?』

 「…正しくはないし、好き好んでもいないけれど、解りやすいので仮にカラーズとしましょう」

 『…はいー?何ですか??』

 「私はカラーズの「黒」。今この場を利用して幾つか喋らせて貰うわ」

 『…は!?』


 急に画面の中が慌ただしくなる。

 先輩がそうさせたのか、それとも責任者が面白いと思ってそうしたのか、出演者達は何も知らされていなかったようだ。


 「回線を切ることも番組を中止することも許可しないわ。続けなさい」


 イヤホンらしきものをつけたスタッフが数人画面の端に映った。

 中央の司会者は引きつった笑みでひたすら黙っている。

 視線だけをぎょろぎょろ勢いよく動かしていたが、やがて番組続行の意思が外で固まったのか、視線を止めて汗を拭いた。


 『ええ…はい?』

 「私にも時間は無いし、番組の時間制限もあるでしょう。三つだけ質問を許すわ。考えなさい」


 …もの凄い高圧的というか。

 自分のペースに力業で持っていくのが上手いんだろうなあ。

 敵を作りやすいけれど、少なくとも今この場では効果的だ。


 『……』


 一人の若い男が手を挙げる。

 金と茶の髪が混ざったぼさぼさの髪を肩くらいまで伸ばした男だ。

 何か音楽畑の人だろうか。鋭い挑戦的な目をしていた。


 『黒といえば聞いた事がある。通り魔やってる奴だろ?

 俺の友人も何人かやられたって話、聞きますよ。そのへんどう思ってるのか言って貰いたいね』

 「記憶違いかしら。私は三つと言ったわよね」

 『ああ』

 「その頭の悪い質問で一つめを使って良いのかしら」

 『はあ!?』


 顔が真っ赤になる。


 画面が急に方向を変えて、別の初老の男を映した。

 深いヒゲと眉毛を貯えて表情がよく見えない。


 『カラーズなら私も聞いたことはある…仮に貴方が本物の、その黒だったとして、証拠は?』

 「ええ。それが何より先にするべき質問でしょう。準備は良い?」

 『何の…準備だね』

 「聞いてれば解るわ」


 先輩は目を瞑り、空いた手の親指でコメカミを押した。


 「青木洋一、未成年喫煙の罪。増田智則、無賃乗車の罪。八代雄太、ポイ捨ての罪。

 秋山智、未成年喫煙及び飲酒及びポイ捨ての罪。棚村由利、万引きの罪。関根高、泥酔し往来に吐きかつ放置した罪。

 市沢清、深夜騒音の罪。原舞、隣宅の庭にゴミを捨てた罪、鈴木元樹、ポイ捨ての罪。

 本名不詳三名、不法入国及び滞在した罪。大蔵忍、万引きの罪。小森…」

 『ちょ、ちょっと待って下さい。それは…何です?』


 突然機関銃のように喋りだした先輩を慌てて司会者が手を振って制する。


 「察しもつかない?」

 『…あなたが襲った人…襲った順かね?』

 「ご明察。貴方だけね、冷静なのは」


 男はヒゲをもごもごと動かして司会者を呼びつけた。

 何かを囁いたようだけど、解らない。


 「後で調べるなりするといいわ。届けていない人も多そうだけれど」

 『…信じよう。二つ目いいかね』

 「どうぞ」

 『カラーズ、とは何だね』

 「ええ。正しい順の質問。…噛み砕いて言えば、私達は…そうね。超能力者…としておきましょう」

 『達?何人もいるのかね?』

 「そうよ。知られた事だと思ったのだけど、そうでもないのかしらね」

 『…なに。私が疎いだけだ。続けてくれ』

 「それぞれ無関係の人間が突然こうなった。それだけよ。

 人を超えた力を手に入れて、自分の目的を果たそうとしている。

 だから私以外のカラーズの目的について聞かれても知らない。協力しているわけではないから」

 『…どうしてそんな力を手に入れたんだね?』

 「言えない」

 『謎の超能力者』

 「そんなところね」


 先輩がテレビに向けて不敵に笑う。

 男もカメラの方を向いて、同じような表情を作った。

 まるで直接向かい合っているみたいだ。


 『…最後の質問は、譲るよ』

 「さっきの彼の?」

 『そうだ』

 「…私の目的ということね。私の目的は悪を裁くこと」


 画面が中央の司会者に移る。

 それに気づいたのか、顔をあげてまた汗を拭いた。


 「但し警察が動くものに関しては触れない。社会的に許されざること。

 それでいて見逃されてしまうようなもの。それを私が許さない。力を使って、それ相応の罰を受けて貰う」

 『…ええと。被害の状況が色々あるようですが…』

 「胸三寸で決めているんじゃないかって?私個人で勝手にラインを決めているのでそうとも取れるわね。

 罪を見つけ次第数日監視する。常習性があるか。特に悪質かどうか。それで決めるわ。

 被害の度合いが高く、それでいて事前に見つけられたなら…警察の分野である罪に関しても阻止のために裁く。場合によっては命も奪う」

 『正義の味方ぶってるだけで、自分だってやってることは同じじゃないか』

 「否定しないわ。それでも私は止める気はない」


 スタジオがざわめく。

 なんだか黙って聞いてるのが不安になってきた。


 『何が正義だ。馬鹿げてる。だいたい…』

 「中学生レベルの正義議論をする気は無いの。何の意味もない」

 『お前、さっきから―――!!』


 若い男の声が段々フェードアウトしていく。

 とうとう興奮が限度を超えて連れ出されてしまったらしい。


 『…罪状を書いた…紙、を残しているのは、事実なんですか?』

 「…四つ目になるじゃない。…いいわ。それは言っておきましょう。

 言い逃れをさせないためよ。それと何より、自分で認識をしていない者に警告するという意味合いね。

 紙を残された者。私は見ている。罪を自覚しなさい」

 『……』

 「…まだ聞きたいことはあるでしょうけど、時間も無いわね。

 元々私達の正体を話したくて電話したんじゃないのよ。本題に入らせて貰うわ。

 …カラーズの「灰色」。彼女も彼女なりの理由があってやっているのかもしれない。でも…目に余る。

 他のカラーズも同じ意見よ。これ以上放置は出来ない。

 次に灰色が現れるのは明日の夕方六時。空成市銀座通り仰木ビル交差点。…そこで殺す。避難なさい」

 『…は?ちょっと…』

 「終わり」


 先輩が携帯を閉じて、肩を回す。

 軽く携帯を放り投げて…腕が揺らめくと、瞬時にバラバラになった。


 「あ、もったいない…」

 「適当に用立てたものだから気にしないのよ」


 流石というか、ちゃんと破片を丁寧に拾い集めてビニール袋へ放り込んでゆく。

 僕も黙ってそれを手伝った。


 「…避難は賛成なんですけど、なるべく大勢の前で倒さないといけなかったのでは?」

 「どうせ素直に避難しないわ。それに正体もあやふやな私なんかがああ言った所で、遠目にすら入れられないほど厳しい通行止めは警察もしないでしょう。

 かえって大勢野次馬が集まると思うわ。…マスコミもね。…それにしても面白い人が出ていたわねえ…」

 「あの…カラフルな髪の毛の人ですか?」

 「いえ。老人」


 老人て…。


 「私の意思に賛同している。ガンバレ、だそうよ」

 「…え?」

 「解るのよ。同じだもの」


 先輩は遠い目をして、口を釣り上げた。


 「…まだ捨てたものじゃないわね」

 「先輩」

 「解ってるわ…今は灰色。決戦は明日よ。万全の体調を整えなさい」


 微かに、綺麗な鼻歌を歌いながら、最後の欠片を摘み上げた。


 /


 「どこを見てもあの番組の再放送だ…」

 「アニメやってねえぜー」

 「そりゃ…さすがにこれはね」


 煽るだけ煽って…無責任だな。

 先輩の言うとおりかなりの人手になるだろう。

 …犠牲が出るかもしれないのに。

 でも灰色を確実に静めるにはそれが必要…。


 「…ジレンマだ」

 「よっし、あきら、今日はとっとと寝ようぜ!さあ!」


 ヒカリが小さな手で枕を叩く。


 「ヒカリ、なぜ僕の布団に入ってる」

 「灰色やばくね」

 「…ん。そうだね。これまで一番の敵だ」

 「最後の夜になるかもしれない…ああ、二人は布団で名残惜しく愛を語らうのでした。性的に」

 「…歪曲的に下品な冗談を覚えたな」

 「押し入れの穴を通ると春菜ハウスに繋がってるんだぜ」

 「…古い建物だからね。それがどうかした?」

 「エロ漫画隠してあった」

 「………………今後行かないように」

 「じゃあきら買って」

 「買いません。…まったく、別に一緒に寝るのは構わないよ。

 僕、寝相はそう悪い方じゃないけど、全然動かないのはさすがに無理だ。寝返りくらいはする…君、潰れるよ」

 「やめよう」

 「うん」


 ヒカリをつまんでベッドに押し込んでやる。


 僕も電気を消して、布団の中に潜り込む。

 冷えた足の先が気持ちよかった。


 「なーあきら」

 「ん」

 「…怖くないのけ?」

 「灰色が?」

 「……いやー……えっと。死ぬのが」

 「あは…さっきのはヒカリなりに気を使った冗談だったのかな」

 「…………」

 「…そうだな。別に怖くないよ」

 「マジか」

 「残念な事にね」

 「…何で?」

 「…何で、かあ」


 困った質問だな。


 「ヒカリは死ぬのが怖い?」

 「…………………うん」


 たっぷり溜めてから、蚊の鳴くような声でそう答える。


 二百年生きられても怖いものは怖いんだ…。

 …いや。だからこそ、身近じゃないから…余計になのかな。


 「…ヒカリ。死を恐れるのは悪いことじゃない。生きてるのが楽しいってことだから。

 …でもね。誰だって死ぬんだ。自分だけじゃないんだよ。

 遅いかもしれない、早いかもしれない。

 老衰まで生きられるかもしれないし、突然大きな病気になるかもしれない。事故に遭うかもしれない。

 …そんな今から、先の死を考えて…。いやだよー、つらいよー、怖いよー…なんて考えてたらね。

 勿体ない。その一言に尽きる。死ぬことを考えるのは、いざ死ぬ瞬間にとっておきなさい」

 「…そんな割り切れないぜ」

 「ヒカリはもう出来てるよ。今を生きてるんだ。勿体ないから出来るだけ楽しく生きればいい。

 時々思い出しても、それ以上に楽しいことをして、また忘れてしまえばいい。

 …ああ、かといってそれで人に迷惑をかけない程度にね」

 「…あきらは…出来てるの?」

 「……僕や先輩は…違う。…楽しいつまらないで生きているんじゃない。

 …ああ。でも先輩はつまらないって言い切ったんだった…。じゃあ僕とも少し違うのかな。

 多分、根本的な生き方は一緒だと思うけど」

 「……どんな生き方してるのけ」

 「自動的」

 「…自動的??」

 「……これからも僕と一緒に居るなら、そのうち解るよ」

 「…」

 「もう寝よう」

 「…ん…やっぱりそっち行くぜ」


 椅子を伝って、ヒカリが畳に飛び降りる音が響く。

 数秒して僕の布団に潜り込んでくる感触がした。


 「…まあいいか。気をつけてね」


 …そう、僕が死ぬのはどうでもいい。

 一人でも多くの人を救う為…明日は、必ず…灰色を。


 肩に触れる小さなぬくもりを感じながら、眠りについた。


 /


 「いやあああ!なんであてしがあきらの布団にいるのよッ!へんなこと、してないでしょうね!」

 「君ほんとに殴るぞ」


 /


 「こんにちは」

 「…はろー、あきらちゃん」


 珍しく空から飛び降りることも、キメの台詞もポーズもなく秋谷さんが現れる。

 銀色のステッキも装着済みだった。


 心なし髪が荒れて目も充血している。

 眠れなかったのかもしれない。


 「祁答院は?」

 「まだです」

 「あいつ…自分で呼んでおいて遅刻?良い度胸さね」

 「呼ばれたんですか?」

 「いやテレビでね…あれ来いって言ってるようなもんじゃないのさ」

 「そうですね…時間はまだあと一時間ありますから、遅刻というわけでも」


 目を細めて遠くを見る。

 凄まじい人だかりだ。

 黒っぽい大型のカメラや中継車が路上に停まっているのも所々見える。

 付近の屋上一帯も占拠されているからこれ以上は近づけない。


 「警察っポイのも、来てるねー。遠巻きに並んでる」

 「灰色を…あわよくば僕たちを捕まえる気なんでしょうね」

 「無駄なのにねえ…。それにしてもホント、来るのかな?祁答院はやたら自信満々に言ってたけど」

 「あれだけ堂々と何時に何処に出る、っていう情報を流せば…。

 …噂の通りに行動するしかない灰色は、多分その通りに出るんでしょう」

 「あ、そっか。あったまいー」


 考えてみれば…少し哀れな存在だ。


 「…なんか静かだね?」

 「目標ははっきりしてますし、置いてきました」

 「あらー、暴れなかった?」

 「暴れてました」

 「あはは、あきらちゃんにべったりだもんね」

 「べったりといいますか…」

 「空気まったく読まないけど、ヒカリちゃんいるだけで結構雰囲気救われるからさ。今日は少しだけ…居て欲しかったかな」

 「…すみません」

 「いや。責めてる訳じゃないの。ゴメン」


 自分の身体を抱くように手を回して、震える。


 「うー…寒いし…怖いし。参ったね」

 「頑張りましょう。相手は一人、こっちは三人がかりです」

 「うん…あきらちゃんに祁答院。こりゃ頼もしい限り」


 …僕は先輩と同列に語られるほどでは。


 「お…祁答院が変身した感じ」

 「どこです?」

 「うしろ」


 振り返る。

 屋内へ通じる踊り場から僕らを手で呼んでいた。


 「どうしました?」

 「ヘリコプターの音が聞こえる。そこじゃ目立つわ。隠れましょう」


 言われて耳を澄ますと、ほんの少しだけそれらしき音を拾う。


 「…あんたはデビルイヤーでも持ってるの?」

 「回りのことには注意を払うように気を使っているだけよ」

 「はいはい、私達は注意力散漫ですよー…だ」

 「それはいいわ」

 「…ここで否定しないのが祁答院なのさ」

 「さて。始まってしまえば会話を交わす暇はなかなか取る暇が無いと思うの。

 今の内に役割分担について話しておきましょう」

 「はい」

 「了解」

 「なるべく早く片付けたいわ。一斉に灰色にかかる」

 「……役割分担って…」

 「まだよ。黒いものを守るのが目的なら…」

 「…紫の乱入があるかもしれない?」

 「良い子ね」


 微妙な褒め方をされてしまう。


 「うわ、そうかも…最悪さ」

 「糸が来たら私が。爆破が来たら倉敷くんが対応する。

 …倉敷くんは無理に倒す必要はないわ。逃げ続けて、可能なら人に当たらないように誘導するだけで充分」

 「はい。頑張ります」

 「え…ちょい待って。メイン私?」

 「言ったでしょう、灰色は攻撃すれば消えるけれど、手応えはない…って。

 私の剣でも、倉敷くんが殴っても倒せることは倒せるでしょう。

 …でもそれでは、ただ消えるだけ。「今ので本当に死んだのか?」…そんな疑問を持たせてしまう」

 「…それで私、か。…地球ごと蹴り飛ばす勢いで、なるべく派手に。

 …コンクリートなんかメタメタに撒き散らしてトドメを刺せばいいわけさね?」

 「ええ。どうしても無理そうなら代わるわ」

 「…これは武者震い」

 「どちらの紫も広範囲の能力だから、もし出たなら灰色だけでなく回りにも注意を払いなさい。

 最後に一応…カメラが私達を見ている。仮に小声でも唇の動きで解るわ。名前はけして出さないように。必要なら、色で呼び合いましょう」


 先輩が壁に寄りかかって、目を瞑る。

 秋谷さんと顔を合わせて…僕らも手すりに腰をかけ目を瞑った。


 /


 「…何の音!!?」


 秋谷さんが飛び起きて、手すりからずり落ちる。


 空気がビリビリと痺れていた。

 遠くから大勢の人のざわめきが伝わってくる。


 「ヘリが落とされたようね」

 「…来たんですね」

 「指定した時間より少し早いけれど。…観衆が待ちきれなかったのね。

 …行きましょう」


 先輩がステッキを一振りする。

 僕もそれに合わせて、ベルトからステッキを引き抜いた。


 /


 僕らが現れると同時に歓声があがる。


 「…どうなってしまったのかしらね、この国は」


 …既に車が何台も横転し…切り刻まれた死体や焼け焦げた死体が転がっているにも関わらず。

 交差点の僕らを取り囲み、見物している人で溢れていた。


 「灰色…居た!」


 黒い刀を握りしめ、中央で僕らを待つようにじっと立っている。

 噂が濃くなったからか、しっかりとした足で立ち、顔もはっきりと見える。

 …美しい顔立ちをしていた。


 「…動きませんね」

 「観衆が私達との決闘を望んでいるからでしょう……ふっ!!」


 姿勢を低くして外へ向け大きく剣を薙ぎ払う。


 「…貴方たちで灰色を殺せるなら、それも良いでしょう!

 でもそんなものは不可能…邪魔をすれば、ここで灰色を逃がすことになる…そんなことも解らない!?」


 先輩が怒鳴りつけると、少しだけ静かになった。


 「祁答院…何言ってんの?」

 「警官がピストルで僕らを狙ってたんです。先輩が一振りで全部壊してくれました」

 「祁答院ならなんかもう…今更驚かないけどさ。あきらちゃんも気づいたんだ…私って一体」

 「…偶然です。行きましょう」

 「こんだけ人が見てると…やりづらいね。…そんなこと言ってられない…か!」


 同時に駆け出す。

 それに呼応するように灰色も動き出した。


 「…らいだぁぁぁ…キィィイック!!」


 一跳びで灰色まで達した秋谷さんが鋭い蹴りを撃ち込む。

 灰色は刀でそれを受け止め…たが、衝撃に耐えきれずコンクリートに強く打ち付けられる。


 「よしチョロイじゃんっ!とどめっ!!」

 「う……!?」


 …嫌な予感がする!


 「…避けて!!!」


 秋谷さんに駆け寄り、無理矢理抱え上げて全力で飛び退く。


 「ちょっと、何で…もう…一息………で。

 ……何…あれ…」


 灰色が蹴られた場所を庇いながら立ち上がる。

 何の前触れもなく身体は水浸しになっていた。

 濡れた髪から、濡れた服から滴る黒い水が…勢いよく地面に広がっている。


 「黒い水…やってくれるわね」

 「水の怪異…くわあ、あんなものまで取り込んでた…!?」

 「飲んだら死ぬ…それ以上の噂は無いはずですよね…」

 「じゃ、飲まなければどってことないさ…!」

 「…水、正確にこっちへ向かってるわね」

 「げ!動かせる!?」


 …かといって様子見ばかりでは逃げられてしまう…!

 身体を張るくらいしかできることがない、この僕が率先しなければ…!


 意を決して、水溜まりへ足を踏み入れる。


 周囲の水がゆっくりと足へ向かって集まりだしているのが解って、悪寒が走った。


 「くう…!」


 力任せにそのまま走る。

 水の動きは遅い。

 動き続ければ口までは昇って来れないはず。


 「一、二……」

 「……」


 灰色の瞳が僕を捕らえる。


 「三!!」


 刀にステッキを叩き付けて振り払い、同時に足を踏みつける。


 「よーしナイスっ!くらえ灰色、必殺……!」

 「…っ!ぎ……ああ、ああ!!!!!」

 「!?し、白…!」


 秋谷さんに蹴り飛ばされる。

 水を振り切って、僕の身体は観衆の手前に落ちた。


 「は…………あ!」


 水と…電気…!

 最悪の組み合わせ…!!


 ……電線から直接貰った時ほどではない。

 なんとか…立てる、けど…くそ!


 ステッキで足を叩いて、気合いを入れる。


 「は…大丈…夫…?」

 「僕は平気です…普通に蹴ってくれたんですね…あ…いえ。水色も大丈夫ですか」

 「私も…感電した……」


 先輩は追ってくる水を避けながら、灰色に向けてひたすら遠当てを繰り出していた。


 「黒め、一人だけ遠距離攻撃で…ズルい」

 「灰色本体の戦闘能力はそう高くはないみたいですけど…如何せん、手札が多すぎる」

 「…まいったね。一旦感電食らっちゃったら……動けなくて…水飲まされるかも。即死コンボだ。

 さっき…喉まで来てたさ。危なかったあ…。

 ……あのまま黒の奴、倒しきってくれないかなあ」


 灰色は先輩の斬撃を時折受け止め、時折漏らして身体のどこかに食らっている。

 先輩ならあの隙を縫って仕留めるのはそう難しくはないはずだ。


 「…確実に倒すには…遠当てでは難しいんでしょう」

 「やっぱり私か…ええい、もう!水に触らなきゃいいなら…!」


 秋谷さんが大きく跳び上がる。

 空中を蹴って、一直線に灰色へ向けて加速した。


 灰色は先輩から飛び退き、離れて…刀を秋谷さんに向ける。

 黒い霧が刀に集まり始めていた。


 「き、きゃあああああああ!!!」


 秋谷さんが炎に包まれる。

 激しい煙と轟音を撒き散らして、秋谷さんはビルに叩き付けられた。


 「ち…「爆破モード」に切り替えられたわね。………水色さんはどう?」

 「良かった……なんとか、生きてます。でも…かなり深い傷です」

 「…つらいわね」


 「何だ、あいつ。雑魚じゃん」


 観衆から倒れた秋谷さんに向けて嘲笑混じりの声があがる。

 先輩が剣を振るうと、すぐにそれが悲鳴に変わった。


 「黙れ。私は懸命に頑張る者を笑うような行為は絶対に許さない。次にその汚い口を開いたら…警告無しで殺す!」

 「…先輩」

 「…まだ殺してないでしょう」


 先輩が剣を携え灰色に向けて走る。

 水が一斉に先輩に向けて集まり、同時に爆発が起こった。

 そこは流石というべきか転がって紙一重で避けてはいる…が、それ以上近寄れずに間合いを掴みかねている。


 「……」


 僕はそっと先輩と反対の方向に回り込んでみた。

 灰色は相変わらず先輩の方を向いたままだし、水も先輩を追っている。


 「……これは」


 …もしかすると水は、一つの方向にしか動かないんじゃないかな?

 灰色の爆破は目標に向けて「刀を振るう」ことで起きている。

 つまりステッキを向けただけで起こす紫よりは数段弱い…というか、連続して使えない。


 僕が両方の注意を引き受けられれば…。


 …この距離なら外さない。

 先の爆発で出来た瓦礫を一つ掴んで、灰色に向けて投擲する。

 同時に跳んで灰色までの距離を一気に詰めた。


 灰色が瓦礫を払う隙に、腹部へステッキを叩き込む。

 …まるで雲を殴ったような手応え。

 でも確かに灰色は仰け反っている。


 良し…水が集まってきた。

 横に転がって火柱を避け、顔をあげると…

 灰色の左腕が消失していた。


 「……」

 「呆然としない。貴方に気を取られた隙に私が切り落としたの」

 「…切れるんですか?」

 「何度か浅く切ってみて…ね。相変わらず手応えはない。…血も何も出ない。

 噂は濃くなったようだけれど、性質は変わらないようね。

 完全に殺してしまえばすぐに消える…。剣じゃ矢張り難しいわねぇ…」

 「…それにしても、防戦一方ですね」

 「そうね…能力と相まって、それが余計に厄介。あの能力は…攻めさせた方が有利になるのに」


 …あ。


 「僕が…「灰色が他のカラーズを怖がっている」…そんな噂流してしまったような」

 「…必要な事だったわ。結果として身体能力は低くなったようだし、気に病まないのよ。それに貴方が元とは限らない」

 「…はい」

 「…水…」

 「え?」

 「水が…私達を追わずに、灰色の回りに集まり出してる」


 先輩の言葉通りに、灰色を中心に水が溜まっている。

 時々不気味に波打ち、雫が跳ねた。


 「本格的に防戦体勢ね。近寄らせない…もし近寄れば電撃、爆破。……観衆の力、か。戦い方が成長してるんだわ」

 「このままだと…灰色は一番強いんじゃないかって、思われてしまう」

 「そうね、ましてや三人でこれだけ時間がかかるようだと……。

 ここはもう…灰色を一度散らすべきかしら」

 「…それしかないですね」


 先輩が自分の剣に視線を落とす。


 「…く!!」

 「何か…、まさか!」


 先輩が睨んだ方向に慌てて視線を向ける。

 空中に紫色の少女が静止し、僕らを見下ろしていた。


 「髪が短い…糸の方だ」

 「来るとしたら…爆破が出た後だと思っていたのだけれど。…何のつもりかしら」

 「…こんな時に」


 紫は無言のまま視線を灰色に移し…ステッキでゆっくりと円を描いた。

 ヒュルルル、と風を切る音が連続して起こり、細く鋭い糸が灰色の回りを走る。


 水が…糸に囲まれて、不気味なほど完全に動きを止めてしまった。


 「…糸…協力してくれてる?」

 「ふ、ふ……水さえ閉じこめられるのね。全く紫は二人揃って…とんでもない」

 「…爆破の紫が来る前に。よく解らないけど…これはチャンスです」

 「ええ。二人で灰色の爆破を引きつけましょう。水もない、爆破もないなら…問題は何もない」

 「二人で?」

 「水色はこれしきでへこたれないわよ」

 「…はい!」


 二人で灰色に突進する。


 /


 けして押されているようには見せず…致命傷も与えず。

 着かず離れずで牽制を続ける。


 糸の紫は水を押さえ込んだまま、じっと僕らを見ていた。


 「…白!来るわよ!」

 「…つ…はいッ!」


 灰色と秋谷さんの間に飛び込んで、爆破を受け止める。


 「…水色!!いつまで寝てる気よ!!この機会を逃がすの!?」

 「ぶ……ぐ……ぎ…!!…はあ…はいはい…解って…る…っ」

 「…手を貸します」

 「え…いや。……アレ?なんで…あき…いや、白…平気…?」

 「ああ…」


 左手を見せる。

 指の肉が根こそぎ取られて、骨が見えていた。


 「ステッキは壊れないので。それで爆破を受け止めたんです。被害は手だけですね」

 「……あはっ…、本当に…この二人はもう。………でも、…痛そう」

 「痛いです」


 右手で秋谷さんを抱え上げる。


 全身から血が流れて、水色のドレスは地の色の方が少ない。

 集中させた僕の左手ほどではないが、肉が抉れて黒く焦げている…。


 「すみません…残酷な事を聞きます。…いけますか?」

 「く…凡人はつらいね。でも…なめんな…ヒーローは不死身…さ…!」


 視線を交わす。

 小さく頷いて、先輩は水色の剣と交錯した。


 「今です」

 「…黒、ごと…?」

 「あの人は、黒ですよ」

 「あはは…まったく…」


 秋谷さんが跳び上がる。

 踏み込んだ瞬間、足の骨が折れる音がした。


 「ぅ、らいだあああああ……!!!!」


 悲鳴混じりの絶叫。


 「―――キーーーーーック!!!!!」


 /


 「…うん?ギャアアアア!!?」

 「そういう起き方は身体に悪いわよ」

 「足、足!!?いったああああ!?」

 「そうねえ…倉敷くんが応急処置はしてくれたけど、痛みは当分続くでしょうね」


 先輩も自分の腕を見せる。


 「私の右腕も綺麗に折れたから、お互い様」

 「ぐああ…なんで、そんな、平気…!!!?」

 「痛がったところで痛みが消えるわけじゃないもの」

 「うわ、うわわわ!そんな根性論で、うわああ!!」


 添え木に手を当ててのたうち回る。


 「ギャアー!!!背中も痛いー!!!」

 「…全身火傷の上、所々筋肉が無くなってますので。安静にして下さい」

 「うう…うああ。あきらちゃんも…左手…それ、ヤバいよ」

 「はあ…」

 「まさか、祁答院と同じこと言わないよね」

 「…痛いですけど、…いや。はい。痛いです」

 「もうやだあああああ…と、そういえば灰色は!?…ギャアアア!!」

 「起きちゃ駄目ですって……。灰色は秋谷さんのキックで消えました。

 小さなクレーターみたいなものが出来上がっていましたよ」

 「単純な威力では紫以上ね。…直接当たらなくてもこれだもの」


 自分の添え木を撫でて、細い息を吐く。


 「感謝しましょう。倉敷くんが私達を抱えてここまで来てくれたのよ」

 「どさくさに紛れてと思って…。灰色が居なくなったら、今度は僕たちがややこしくなりますし」

 「…糸の紫はどうなったのかしら」

 「一応探してみましたけど、居ませんでした」

 「衝撃に吹き飛ばされたか…早々に退散したのかしらね」

 「…紫…ぐぐ…居たの?」

 「糸の方がね」

 「どうして灰色退治に協力してくれたんでしょうか…」

 「爆破と敵対しているなら、爆破が守ろうとする黒いものもまた敵…そういうことでしょう」

 「もしかしてちゃんと話せば…うまくやっていけるのでは」

 「無理よ。前に一度戦ったけれど…彼女は回りのものに気を払わない。

 利害が一致することがあれば、時に同じ方向に向かって走ることもあるかも…その程度よ」

 「………」


 …どうにかならないかな。


 「それは……今度にしよ。…はあ。被害も、あったけど。

 …全員生きて、灰色をなんとか出来たさ…。やったね。…完全勝利」


 「…………そう願うわ」


 壁に向かい…小さな小さな声でそう呟く。


 それが耳に焼き付いた。


 /


 灰色が道行く人を黒い水で飲み込んだ。

 十一人溺死した。


 /


 「…やっぱりね」


 先輩はそれしか言わなかった。

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