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「せいぎのみかた」  作者: わちがい
せいぎのみかた
8/32

08 火と糸の怪

 「なんだかんだ言われててもさ、今の日本って平和だよ」


 物憂げな溜息を吐きながら秋谷さんはポケットをまさぐり、缶を投げてきた。

 慌てて受け取る。


 「おごり」

 「え、しかし…」

 「缶ジュースくらいでケチケチ言わないの。忘れてない?年上よ、お姉さんだよ、私」

 「…はい。ありがとうございます」


 ぬるかった。


 「実際のところは現在進行系で黒いものの驚異だってあるし、最後の怪異…も、控えてるし。

 陰惨な事件だって結構起きるし、他の国との軋轢もあったりする…。

 何が平和かなんて定義を持ち出されると私は祁答院じゃないからスラスラ答えられないけどさ。

 少なくともえり好みしなければ仕事にありつけて…バイトでもね。住む場所もあって、食べて暮らしていける。

 この先どうなるか解らないけど…今は、食べていける。

 どっかの国みたいに歩いてるだけでいきなり誘拐されたり、銃で脅されたり…そんなことは基本的には、ないよね」

 「そうですね。僕たちは特に矢面に立っていますから、平和って…あまり実感ありませんけど」

 「そうそ。その実感。

 普通に暮らしてる分にはきっと、平和慣れし過ぎてて、あんまり気にならないのさ」


 反対側のポケットからコーラの缶を取り出してプルタブを空ける。

 僕もそれに合わせてジュースに口をつけた。


 「だからそういう時代で…正義を持てって言われても結構難しいのかも。

 だって、正義を向けるべき「相手」がないもんね。魔王もいなけりゃ、悪の組織もないよ。

 多少ねじくれて…曲がっているものじゃないと、天界に選ばれるくらいの…「強い」正義までは育たない。

 祁答院みたいに社会悪に対して強い憤りを持つとか、雨宮…は解らないけど、つまりそういう感じでさ。

 個性……個性って言葉で留めていいのかは謎だけど、突出するよね。

 あきらちゃんが変な人ばかり集まってる気がするって言うのは気のせいじゃないよきっと」

 「僕そこまで言ってません」

 「まあ意訳意訳。だいたいそうでしょ。つーかぬるいなコレ」

 「…う…まあ、ハイ」


 …僕はそういうつもりで言ったんじゃないんだけどなあ。


 「あと三人…どこで何してるやらだけど、会うことになってもきっと期待できないねぇ…。

 何かしらおかしな主義主張を持っていると思うさ。

 ガッカリしないように、心構えはしたほうがいいと思うよ。仲良くするのは…きっと、難しいからね」

 「うーん……」


 そうかもしれない…。

 否定する材料は今のところなかった。

 話に説得力もある。


 「そういうこと考えるとさ、あきらちゃんみたいに強くて真っ直ぐな正義を持ってるのは逆に異常かも、ね」

 「秋谷さんだって…」

 「私?ああ、私かあ…」


 コーラの缶を指先で弄びながら遠い目をする。


 「私は………違うなあ」

 「違う?」

 「違う…あきらちゃんとも祁答院とも違う…私は、なんだろ。常識の範囲内で怒ってるだけなのさ」

 「……常識の範囲…ですか」


 よく分からないままに鸚鵡返しをする。


 「私はね…なんで選ばれたのかよく解らない。

 人が無意味に死んでいくのはヤダナーとは思うし、防げるならまあ防ぎたいけど。

 そういうのじゃなくて…うんー。…もしかしたら基準は正義じゃないのかも。そんな風にさえ思える」

 「卑下しないで下さい。…僕だって自分が正義だなんて自信はありませんよ」


 細田さんのことだって僕は何も。

 …結局、何にもならなかった。


 「それはね、正義が何かを解ってないからさ」

 「…正義ってなんです?」

 「正しいことをしようとする意思でしょ」

 「何が正しいか、誰が決めるんでしょう」

 「難しいことを言えば公共の福祉とか、社会通念とか色々言えるけど。最終的には自分が決めるしかないだろねえ」

 「秋谷さんはそうじゃないんですか」

 「私は二度目になるけど、常識で怒っているだけさ。下手をするとそれ以下かもしれないのがなんとも…。

 あきらちゃんは正しい事をしようとしてる。自信、持ったほうがいいよ。

 曖昧な気持ちのまま目標だけハッキリしてると、絶対つらいことになるからさ。

 よ…っと。んーー」


 腰を起こして、大きく背伸びをする。


 「結構お喋りしちゃった。さーて、私は引き続き水を追おうかねぇ…。

 隔離するくらいは出来るかもしれないからね…根本的な解決にはならないけどさ」

 「はい。僕も、犬の残りを探します」

 「お互いがんばろ」


 大きな衝撃音を立てて派手に空へ飛び立つ。

 空中で何度も加速を重ね、あっという間に見えなくなった。


 「秋谷さん、何か思うところがあるのかな」

 「…しんねー」


 ヒカリはどうでもよさそうに鼻を鳴らした。


 /


 「第二回!網棚に落ちてた雑誌を持って帰ってきた大会!」

 「……」

 「パフパフー…もっとワーっと沸き上がって来いよ」

 「何のことか知らないし」

 「倉敷に言ってるんだ」


 机の上に雑誌が投げ出される。

 半裸の女性が表紙を飾る、例のゴシップ雑誌だ。


 「学校でエロ本読むのやめなさいよ山田」

 「エロ本じゃありません!

 まったく、チキンの俺は周囲の視線を感じつつも本をカバンに入れるのはかなり勇気が要るんだから、もっと評価してくれ」

 「万引きやめなさいよ山田」

 「網棚だっつの!」

 「興味なかったからあまり聞いてなかったのよ」

 「じゃあ黙っててくれ…」

 「…あに?」

 「ごめんなさい」


 「……また、黒い女?」

 「いや。新・展・開!」


 口でリールの音を刻みながら、ページをパラパラと流してゆく。

 先輩はあれから通り魔はしていないと思うけど…。


 「っ!!!」

 「黒の方は剣持ってるって話だが、こっちはなんか、…なんだろ。変なもん持ってるな」

 「なにこれ?今度のは白い女ってワケ?」


 …僕と、細田さんだ。

 向かい合っているところが写真に撮られている。

 目には申し訳程度に黒線が入ってるが…。

 ………すぐに僕と解る。


 「…あ…の、…二人とも、この…白、い方…もしかして、見…」

 「―――――倉敷くん」

 「…え?」

 「止めなさい」


 …廊下に先輩が立っていた。

 呟く程度の…しかしはっきりと耳に届く強い声で。


 「あ。あいつ、確か外道院とかいう」


 好奇の視線も意に介さず、堂々と教室の中に入って来る。


 「…余計な事を言うのは止しなさい。ヒントを与えれば後は際限なく連想される」


 僕の肩に手を置いて、そっと囁く。


 「…じゃあ、まだ…僕の事は」

 「…二人の様子を見れば解るでしょう?」

 「…確信が持てませんでした」

 「…不安になるのは解るけれど、疑われるような態度は止めなさい。更に不安の種を作ることになるわよ」


 「ちょっと…あんた。外道院?何こそこそやってるのよ」

 「倉敷くんにお話があったのよ」

 「へ~……」


 …視線が冷たい。


 「私も似たものを持ってきたわ」


 サスケの雑誌に重ねて、別の雑誌を開く。


 「むう…こいつは」

 「うひー、一杯いるわね」

 「先輩…これ」

 「……」


 先輩は目を瞑って静かで長い溜息を吐いた。

 電柱の怪異の時、僕らがビルの屋上に集まったものだった。

 見上げるような角度で、遠くから撮られている。


 「噂は聞いてたけど…こないだの道路封鎖事件はこいつらだったのか」

 「あー、あれ…?ものすごかったらしいわね、電柱が何本も倒されたとかで。未だに工事してる。

 学校来るとき通る道じゃなくて良かったわ」

 「コンクリートが裂けたからなー…。

 俺の方見ると黒と白は対立してるらしい。でもこっち見ると仲良さそうに集まってるんだよな。

 むう…過激な正義を振りかざす黒。そのライバル白…。敵か味方か謎のピンクと水色…。

 …なんか面白くなってきたなあ。一体何人いんだろ」

 「アホらしーもんが流行るのねえ…馬鹿げたフリフリのかっこしてテロ活動?」

 「ただのテロリストじゃないかもしれないぞ。白い奴は道路の時一人を真っ黒焦げにして殺したんだそうだ。まじ超能力ウォーズ」

 「超能力?あっほらしー」


 …それは…僕じゃない…!


 「…社会なんて、こんなものよ」


 先輩が冷めた目でサスケを見ながら呟く。


 「…彼の雑誌の写真…岩名が携帯で撮ったものね…。

 つくづく卑しい最低の男…。貴方が命を賭けて助けた相手が。……満足?」

 「……僕は」

 「忘れて。……意地が悪すぎるわね」


 小さな舌打ちをして、髪を払う。


 「写真には出てないけど、噂によると他にも紫が目撃されているらしい。

 これでとうとう五色レンジャーだ。かなり変則的な色揃いだな。赤がいねぇ~」

 「あ!そうそう、なんか見たことあるなと思ってたけど、この白いのが持ってるやつ。

 あたしが小学校の頃見てたアニメの主人公が持ってた奴だわ。魔法ナントカステッキ」

 「…コスプレ集団なのか」


 「先輩…紫って?」

 「見たことがないわ。私が知っているのも貴方と同じだけ。

 …でも、私達の真似をして適当な色の服を作り歩いているのが一部で流行っているようだから…どうかしらね。

 赤や黄色や緑も私は耳にした」


 「あ、またやってる!まったく外道院、今あたし達でワイワイやってるんだから、邪魔しないでよね」

 「そうね…ごめんなさい」


 いつか見せた見栄えの良い笑みを作り、雑誌をそのままに教室を出てゆく。

 春菜は一瞬ぽかんと呆けていたがすぐに首を振って頭を掻いた。


 「仲良くなったんだな。いつか危険な女とか言ってたような」

 「あれは…僕の一方的な早とちりだったんだ。それから、謝って…うん…ちょっと趣味とか話があって。

 …そう、読書とか。時々話すよ」

 「まあ、あの先輩もカラーズに興味があるみたいだしな。

 いやー倉敷やあいつじゃなくても興味を持つ話題だとは思うが」

 「カラーズ?」

 「なんかここに書いてある。最近、そう呼ばれてるんだと」


 …カラーズ、か…。


 「せんぱーーいっ♪」

 「ギャーまたきたー。どうなってるのー」


 とうとう春菜は目を回して机に倒れ込んだ。


 /


 春菜と同じ空間に置いておくと危険なので雨宮さんを連れ出して廊下に出る。


 「へーカラーズですかー。面白い名前つけますねー」

 「いつの間に雑誌を」

 「そういえば、インターネットで"カラーズ"の人気投票とかもやってるのを見た気がします。

 先輩と私でツートップとれるといいですねっ♪早速今日から毎日投票を連打することにします!」

 「そんな事までやってるんだ…。人気投票なんて…別にいいよ」

 「でも今、確か黒…祁答院が独走中ですよ。なんだか気に入りませんよねえ…。

 世間は人殺しを認容してるんでしょうかー」

 「…先輩が攻撃するのは社会悪だからね。行動にこそ移さなくても、同調する人は多いと思うよ」

 「ふーん…なんだか、なんだかですよねぇ…。

 あ、先輩が載ってる。お、おおー。祁答院と戦ったんですか?」

 「戦った…というか。いや………そう、なるかな」

 「どうでした?」

 「どうって?」

 「もちろん、勝ったんですよねっ!」

 「勝ちも負けもないよ…ただ僕は止めたかった。…一応、止められた…事にはなるのかな」

 「祁答院がそう簡単に引き下がりますかねえ…」


 …どうかなあ。


 「…と。そういえば雨宮さん。…明らかに僕と解る形で写真を撮られてしまったんだけど…」

 「そうですねー。この目線はちょっとあんまりにも悪意を感じますねー。

 他の記事見るとだいたいこの雑誌は全部こういう感じみたいですけど…。怒ってますか?」

 「怒る?この雑誌に?」

 「投稿者と、この雑誌に、怒っていますか?」

 「そんなことはないよ…。

 …多少驚いたしショックではあるけど、考えてみれば完全に世間から姿を隠しながら黒いものを駆除し続けるって、無理な話なんだ。

 遅かれ早かれ…こういう事になったよ」

 「そうですけど…でも、この雑誌はちょっと…。まあ、いいです。

 先輩、我慢しないで怒ってるなら私に言ってくださいねっ!私、なんでもやりますから♪」

 「なんでも…。たとえば、編集している人たちの考え方を変えられるとか?」

 「出来るかもしれませんけど、まあー…うーん、多分無理です。

 私の能力は正確には誘導することでも変えることでもありませんからね。ですから、フツーに殴るとかで殺すだけです、やるとしたら」


 …先輩の行為を批判する…。

 でも…雨宮さんも人を殺すことに躊躇がない気がする。


 「…そういう怖いことを言わないで。

 …それで話がちょっと逸れちゃったけど、先輩はこの写真を見ても僕とは解らないって言ってたんだ」

 「ええ、私は同じですから解っちゃいますけど。他の人には解らないと思います。

 あ、でも、これは誰かに似てない?とか、そういう事を聞くのはやめたほうがいいですよ。

 あくまで私達の事を思い出す一歩目を潰しているだけですから、そこが破られたらあとはズルズルいっちゃいます」

 「知らなかった……それは、本当に危なかったなあ…」


 先輩も同じ事を言っていた。

 …良いタイミングで来てくれたよ。


 「うーん、ヒカリちゃんからこういう大事なこと聞いてないんですか?」

 「ヒカリは何にも…大事なことはほとんど。はあ」

 「ヒカリちゃんは…?」

 「今寝てるよ。というか一日の半分以上寝たままだよ」

 「役立たずですねえ…やっぱり私が先輩の家に…」


 わあ、また変な流れに!


 「ほ、他に何か大事な事は無い?」

 「えっと…あとは変身する瞬間を見られたらまずいですね。一歩目を潰す余地も何もなく当たり前で連想できちゃいますから。

 ビデオで変身を撮られるとかもダメです。写真で…写真はどうでしょー…?

 変身は一瞬で終わりますから、奇跡的なタイミングで撮らない限り変身前か変身後の一枚限りになりますね、きっと。

 どっちにしろ撮影者にずっと見られてる時点でオシマイですけど」

 「それも大事なことなのに…もう」


 …まあそうでなくとも女装だし、変身する瞬間なんか見せないように注意は払ってたけど。


 「気づいてしまった人がこの写真の奴はあいつだぞーって触れ回るのは?」

 「危険です。自分にしろ第三者にしろ、一歩目の代わりを与えていることに変わりないです。

 誰か一人に知られたら危険っていうことですね。私達の中で裏切る人が出たら…うわーやばー」

 「まさか、自分の事を大っぴらにばらしたい人もいないでしょ」

 「どうですかねー。よっぽど顕示欲が強い目立ちたがりのパーの人とかー。

 あとは黒いものの存在を政府機関とかに教えて、国をあげて対処するべきだー!とか言い出す人がいそうです。

 もしそうなら、その繋がりで正体も自然とばれるはずですねえ」

 「…黒いものを機関に公開するのは僕も少し考えたな。…もしかしたら本当はそうするべきなのかもしれない」

 「モルモットにされるのは御免です!きっと、好き勝手にいじくりまわされますよ。監禁拘束されるかも」

 「どうかな……」

 「黒いものを感知できるのは私達だけですからね、見た目で判断するにはそもそも黒い色が世の中には溢れ過ぎています。

 私達以上の機動性を持たない限り任せても無駄ですよ、無駄。

 だって私達、車より早いんですよ。それに、道を選ばない…。

 人に助けを求めるなら最大のメリットは人手による人海戦術に尽きますけど、結局私達がその場に居ないと怪異かどうか見分けがつかないわけですし。

 もう怪異が進行してたら無駄死に増えますし」


 …意外…って言ったら失礼か。

 ちゃんと考えてるなあ。


 「黒いものが日本全国にーっていうなら他の手も借りなきゃまずいかもですけど。

 落ちてくるのはここ周辺だけらしいですから、ますます無意味ってことですねっ」

 「雨宮さんたちは、どうやってそういうことを知ったの?」

 「いつのまにか、気づいたら知ってました」

 「便利だね…」


 …そして僕はとても不便だ。

 まだ何かしら僕の知らない、知らなきゃまずいことがありそうだ。

 しかし想像もつかないので質問が出来ない。

 困った。


 「あ、ああっと。うー、予鈴ですね、残念です」

 「…雨宮さん」

 「はいはい!」

 「……僕の家に来た?」

 「どうしてそんなことを聞くんです?」

 「……どうしてかな」


 そう聞かれると。


 「―――いいえ」

 「…!?」

 「いいえ。行っていません」


 一瞬で全身が粟だった。


 昆虫のように無機質で…。

 …それでいて獰猛で、食い千切られそうな目。


 「誰に何を吹き込まれてるか知りませんけど、信用しちゃ、ダメです。私以外の人は、誰も。

 私は先輩の味方です。ずっと。そんな私のことを疑っちゃ、ダメです」

 「…雨宮…さん。僕は…そんな、つもりじゃ」

 「…あはは。そんな顔しないで下さい。私は味方。ずっと味方。これ、覚えてて下さいね。

 だから先輩も私のことを裏切らないで。……ね?」


 僕の胸元をそっと人差し指でなぞって、笑ってみせる。


 ……怖かった。


 「先輩、良いお友達を持っていますねーー♪」

 「…は」


 口の中が水分を失いきってカラカラに乾いていた。

 ごくりと唾を飲み込んで、もう一度口を開く。


 「…春菜の…こと?」

 「いいえ。もう一人の男の人。あの人、面白いです。…面白いですよ。あは」


 踊るようにくるりと綺麗に反転し、大きく手を振って廊下を去っていく。

 金木犀の匂いが完全に消えて…ようやく思い出したように、体中から汗が噴き出た。


 「…あきらーあいつ怖いぜー」

 「……起きたんだね」

 「スゲーぞくっとしたわさ。即みんみんだは」

 「…僕も……だよ。先輩だけだと思ったけど…もしかして女の子って…みんなああいう目が出来るのかな」

 「…………」

 「なにその目」

 「やつらの真似」

 「…微笑ましいよ。安らぐなあ」

 「バカにされてる気がするぜ…。ドアガチャ事件のことは聞けたのけ?」

 「僕の家には…来てないってさ」

 「ばっかあきら。ばかあきら。あきらばか。嘘に決まってるぜ!」

 「…嘘でもなんでも、あんなにハッキリ否定されたらあれ以上追究は出来ない…」

 「じゃあまたストーキング?」

 「…先輩は基本的に僕から逃げるとか、隠れるとか、そういうスタイルは取っていなかった。…堂々としていた。

 …だから足取りは辛うじて掴めたんだ。…辛うじて、だよ」


 …雨宮さんに通じるもんか。


 /


 一人の少女が雑踏の中を歩いていた。

 顔はまだ幼く、背丈も周囲よりも頭二つ三つぶん低い。

 髪を引きずるほどの長さまで伸ばして、ぶかぶかの紫色のドレスを身に纏った奇妙な風貌をしていた。


 時折立ち止まり…

 空を見上げ、

 周囲をぐるりと見渡し、


 また歩き出す。


 その度に人波を停滞させ周囲からの顰蹙を買ってはいたが、まるで気にした様子もなく。

 『カラーズ』の噂を耳にした者が指を指し、笑い、携帯を向けても視線一つ向ける事はなかった。

 少女はかれこれ一時間近くもその奇妙な行為を続けている。


 /


 「あ、お仲間」


 少女が初めて視線を向けた相手は、同じく赤色のドレスを着た相手だった。

 少女と呼ぶには年は高く、分厚いレンズの眼鏡をかけたソバカスの目立つ女。

 ドレスも自然な色合いではなく、安っぽいテカリを放っている。


 「うわあ、すごい、かわいい。綺麗な布…これ、なんの生地?教えてくれない?」

 「………」


 少女は感情を感じさせない透き通った眼で女をじっと見つめたまま、黙っている。


 「…聞いてるの?ねえ」


 女は唇を曲げ、不快そうに口調を荒げた。

 それをまた無視し…空を見上げ、またぐるりと当たりを見渡す。

 何度かそれを繰り返してから、眼を細め改めて女を見据える。


 「…仲間?」

 「そう。お仲間。わたしも、カラーズ」


 したり顔で自分の胸をぽんと叩く。


 「…神性が感じられぬ。証を見せてみよ」

 「証?このドレスでしょう?随分苦労したんだ、あなた、自分で作ったの?すごいよ、これ」


 無遠慮に少女のドレスを掴み、撫ぜまわす。

 そこでようやく少女は表情を動かした。


 「不思議な感触ー…柔らかい…でも、すごい頑丈。なんだろう?

 今、暇だったら来てよ。知りたいな。わたしの家、結構近いから」

 「神性を探しておる」

 「…ぷっ。おる、って。あなた、すごいなー。どういうキャラ設定なの?

 わたしは服は作ったりするけどそこまでは入れ込んでないなあ」

 「…証を見せよ」

 「だから、この服でしょう?」


 女の手を掴み、荒々しく振り払った。


 「下衆が」

 「…下衆って、あなた。なに?いきなり、どういうつもり?」

 「例え下賤の民がつけた仮の名であっても、われのような下衆が神の名を語ることは許されぬ」

 「…神?ああ、ちょっとねえ、キャラつくるのはいいよ。でもね、初対面の人に、しかも年上でしょう?わたし。

 そういう態度とるのはどうなの?どういう躾をうけているわけ?」

 「…愚か。愚か以外の言葉が浮かばぬ」

 「いい加減に…!」


 少女は服についたゴミでも払うように。

 ごく自然に、当たり前のように紫色の棒を突き出す。

 先端に付いた小さな刃物はすとんと女の胸に吸い込まれた。


 「…え?」


 女は呆然と胸に突き刺さる槍を見下ろし、数秒してから苦悶に顔を顰めた。


 「感涙せよ。使徒に直接裁かれることが出来るのだ――――感涙せよ。神の力で逝けることを!」


 /


 凄まじい地響きに意識が急激に引き戻される。

 微睡みも、モヤモヤとした悩みも一瞬で全てが吹き飛んだ。


 「…な、なんだ?」


 先生が慌てて窓に駆け寄る。

 それに倣って生徒のほとんども一斉に窓際に近寄った。


 「なにかしらコレ。地震?」

 「空気がビリビリ言ってる…地震じゃないよ、きっと」

 「くそっ、出遅れた。もう外を見る隙間がない!」

 「サスケ…よだれ」


 春菜がゴトゴトと椅子を持ってきて、机の上に載せる。

 そこから猿のように危なげもなくするする昇ってみせる。


 「おー。見える。すごい煙…」

 「煙?」

 「煙ー。地震じゃあないようね…あっちの方向、大通り…?」

 「火事か?」

 「さっきの凄い音と、地響き…何か…爆発したんじゃないかな?」

 「「カラーズっ!?」」


 二人で声を揃える。


 「テロリズムか!くそっ、俺も見たい!」


 サスケも真似して近くから椅子を引きずってきたが、載せる時点で苦労しているようだった。


 「…ヒカリ、…感じる?」


 ざわめく教室を利用してそっとポケットの中に声を投げる。


 「わかんねー」

 「…そう。いずれにせよ…あんな町中じゃ人が一杯傷ついているはず。行かなくちゃ」


 騒ぎに乗じて、そっと教室を出た。


 /


 「…ひどい」


 眼を覆いたくなるような惨状だった。


 コンクリートは捲れあがり、ビルは抉れるように壊れ硝子の破片が周囲一帯に飛び散っている。

 辺りには血を流し倒れる人で埋まり、その中には明らかに絶命している物もある。


 苦悶の呻き声が所々から聞こえて…胸が痛い。


 「…あきら…あれ外道院じゃね?」


 ヒカリの指す方向を追うと、黒服の人影が道路脇に屈み込んでいた。


 「先輩…何を」

 「早とちりしないの。…私も今此処へ来たのよ」


 コンクリートの破片を手で転がし、立ち上がる。


 「爆心地は…ここね」

 「…ガス管が爆発したんでしょうか?」

 「いいえ。これは地上で爆発が起こったんだわ。上から圧力を受けている」

 「僕は…怪我人を助けてきます」

 「待ちなさい。それは私達の仕事じゃない」

 「なぜ…!?…今にも死にそうな人が居るんです。僕は放っておけません!」

 「…そうね。貴方のことだから応急処置くらいは出来るのでしょう。

 …でもそれは他の人にも出来ること。そのうちに救急車も来るわ」

 「道路が滅茶苦茶です。時間がかかります」

 「ええ。それまでに何人かは死ぬでしょうね。倉敷くんが応急処置に走り回ることで、何人かは助かるのでしょうね」

 「なら!!」

 「目先の事に捕らわれるのは危険よ。私達の本来の標的は何?」

 「……この爆発は黒いものが…?」

 「…道路の先に気配がある。同時に代行者の気配が三つほどあるわ」

 「離れているのに…なぜここで…」

 「この三人の内の誰か…かしらね?」

 「…まさか」

 「可能性は十分にある。急ぎましょう。被害をこれ以上増やさないことが私達の仕事よ」

 「………人が」

 「何度も同じことを言うのは嫌い…。「十一を救うための十の犠牲」。

 …これは当たり前のこと。両方を取る選択…そんなものは幸せの国にしかないの」


 先輩が駆け出す。


 こんなに…人が倒れている。

 縋るような眼で…僕のことを見ている人が…いるのに。

 この中には…僕の命を……!


 「…あきら」

 「……僕はどうすればいい」

 「悩んだからもういいんじゃね?」

 「…もういい?」

 「外道院うぜーけど確かにこの状況じゃどっちもは無理だぜ。んで多分外道院の言ってることが優先」

 「………」

 「少なくとも外道みたいにあっさり切り捨てるよりは悩んでた方がしょうがねーなって思って貰えるぜ」

 「…誰に…」

 「あてしに。見てたから」

 「…………ありがとう、ヒカリ」


 ポケットにそっと触れる。


 「…僕は無力だ」


 ヒカリの言葉が何の解決にもならないと解っていても、飲み込もうとする。


 「やっべー今あてし超感動的なこと言ったわさ」


 倒れる人から目を逸らして…。

 僕も後を追った。


 /


 「止まりなさい」


 先輩が強い口調で僕の腕を掴む。

 恐ろしい速度と腕力が衝突して腕が抜けそうになった。


 「う…」

 「…悪いわね」


 先輩がステッキを振って、剣を取り出す。

 そして大きな交差点の上を睨んだ。


 「何か居るんですか?」

 「居るわね…そして、何か有るわ」

 「有る?」


 大きく剣を振るう。

 空中で鋭い金属音が走って、はらはらと何かが落ちてきた。

 光の煌めきがなければそれさえ気づかなかっただろう。


 「糸」

 「糸ね。蜘蛛の巣みたいに張り巡らされている」


 空から紫色の人影が降ってくる。

 それは空中で不自然に静止し、僕らを見下ろす形になった。


 紫色のドレスを身に纏った…少女。


 「……邪魔」

 「邪魔なのは貴方よ。このバリケードを回収なさい」


 先輩を無視して、ついと視線を逸らすとまたどこへともなく飛び去る。


 「代行者…」

 「そのようね。そして敵意があった。……ん。こっちへ来なさい」

 「…?」


 言われるまま先輩の側へ近寄る。

 数秒して、信号機が数個に別れて落下してきた。


 「!」

 「うおお、あぶねえ!」

 「…何かしらねえ、この糸は」


 地面に落ちた糸の断片を拾い上げ、目を細めて眺める。

 片方の袖口を引っ込めてくるりと腕に巻き付け、指で糸をなぞる。

 先輩の白い皮膚が裂けて血が一筋流れ出た。


 「血だーーーー!!!」

 「…血にほんとに弱いね」

 「それなりに危ないわね。常人の小走り程度のスピードで首が飛ぶでしょう。

 あるかもしれないという気持ちでいれば気づけるはず。これからはそういう眼で辺りを見なさい」

 「はい」

 「…貴方じゃあ、相性が悪いでしょうねえ」


 糸を捨て、さらに数度剣をなぎ払う。


 「あの紫は私が足止めする」

 「…どういうことです?」

 「この道を少し行った所に…黒いものの気配があるわ。それと、二人ぶんの気配。

 今の彼女はあまり宜しくない覚悟を持ってそこを目指しているみたい。…到着させては余計ややこしくなるでしょう」


 …そうだな。

 僕では糸を取り除くことが出来ない。


 「解りました。黒いものは僕が」

 「最悪の場合、この二人も相手にすることになるわね」

 「バーロー、あきらは最強だぜ!一秒でイナフ」

 「…ええ。倉敷くんなら、なんとかするでしょう」


 一瞬だけ笑って、糸を払いながら紫色の少女が向かった方向へ走り出す。


 「…これで…良かったんだよな」

 「なぜ君は渋く決めようとしてるんだ。無責任なことを言われても困る」

 「二秒だった?」

 「…こないだの一件以降、君は僕を過大評価し過ぎている。…先輩もしてる気がするな。

 あの時もはっきり訂正したけど僕は強いわけじゃなくて」

 「十秒はかかるか…いまだかつてない強敵…」

 「いや…だから。…いいや。僕たちも急ごう」


 /


 互いの高さを競い合うように乱立するビル街。

 それは唐突に途切れて荒れ地になっていた。

 辺りはビルの破片や横転した車、炭になった死体で溢れている。


 「なんか…胸が、オエっとくるぜ」

 「人が焼ける臭いだね。鼻を塞いでおくといい」

 「おえー」

 「…日本でこんな光景を見ることになるなんて思わなかったな」


 …これじゃあまるで戦地だ。


 「…おえ…その瓦礫の向こう、何か感じるわさ」

 「…ん、黒いもの?」

 「多分」


 瓦礫から突き出した鉄骨に手をかけて、よじ登る。


 「…あきらちゃん!!!」

 「え?……っ!」


 突然誰かに飛びかかられ、吹き飛ばされる。

 一瞬前まで僕が立っていた場所に高い火柱が上がった。


 爆風に後を押されるようにして瓦礫の山の中に転がり落ちる。


 「ぐ…う…」

 「秋谷さん!」

 「…ごめん、痛かった?」

 「……背中…」

 「ああ……背中にももらっちゃったか」


 苦悶に顔を歪める。

 今の爆風でか、服の一部が黒く焼け落ちて皮膚が見えていた。


 「右足も…ひどい」

 「ああ…これは、最初にね……いた、痛いさ!ちょ、触らないで!」

 「…大丈夫です。ゆっくりですけどもう治り始めています。二度以上の熱傷ですがこれなら痕は残りません」

 「二度…?よく分からないけど、この服はホントすごいさね…治るなら、いいや…」


 強がって笑顔を見せても、脂汗が後から後から流れている。

 痛みは相当な筈だ。


 「…すみません。僕のために」

 「水くさいさ」

 「この爆発は?」

 「今の一瞬…見えた?」

 「いえ」

 「…紫色の、お仲間。なんかね、顔を出した相手を無差別に攻撃してるのさ。

 …ワケわかんない。私だけじゃなくて…もっと大勢。足がやられちゃって…どうしよ」


 汗がぽつぽつと地面に落ちる。

 秋谷さんは笑みを崩して、荒く息を吐いた。


 「紫色…」


 先輩が…足止めに失敗したのか?

 …無事が気にかかる。


 「ヒカリ、黒いものもあるんだよね」

 「たぶんだぜ」

 「…あるよ」

 「紫は黒いものを…探して、爆発を起こしている?」

 「…ちょっとポジティブ過ぎるさ。…ここまで、街を滅茶苦茶にして。…明らかに関係のないところまで」

 「…僕が出てみます。秋谷さん、爆発が起きる条件は何か解りますか?」

 「く…はあ…えっと、どうも、槍の形をしたステッキを持ってるんだけど…。その先端を向けられたら、起きたさ」

 「たったそれだけで…!?ヒカリ、おかしいよ。その紫色だけ能力が異常に強すぎる!」

 「あきらなら…あきらなら何とかしてくれる」

 「……何とかなんて言っても」


 頭を抱える。


 「…会話してみよう。思い違いをしているのかもしれない」

 「…あきらちゃん。無理だよ」

 「…とにかくまずは、何かをしてみないと…。

 秋谷さん…爆発が起こったらここも更に崩れて危険です。少し、離れて居てください」


 火傷に触れないよう秋谷さんを抱え上げる。


 「わっ、あきらちゃん結構力あるのね!おねーさんお姫様だっことか初体験さ!」

 「いえ。この服のお陰ですから」

 「…それは言わない約束でしょ」


 無理に明るく振る舞おうとしているのが見えてつらい。

 この死臭、そう簡単に耐えられるものじゃないから。


 「ヒカリ。秋谷さんのところにいて」

 「なにこの急展開」

 「爆発じゃ僕だけじゃなくポケットの中の君も危ない。何も二人揃って死ぬことはないよ」

 「馬鹿野郎…!死ぬときは一緒って誓った筈だぜ…!」

 「秋谷さん、ヒカリをお願いします」

 「シ、シカト…!」

 「あきらちゃん…死ぬとか言わないで」

 「万が一…仮にの話です。僕だって自分から死ぬような真似はしたくないです。

 …でもこの状況、最悪の最悪まで考えが浮かびます」

 「…ん…。悔しいな」


 暴れるヒカリを秋谷さんに預け、瓦礫に身を隠しながら前へ進む。


 「…話を、聞いて!!」


 影から手を出して振ってみせる。

 …攻撃は、来ないな。一応…。


 「君は多分何かを勘違いしているんだと思う!僕たちは仲間だ!」


 恐る恐る、少しずつ身体を出していく。


 そして、少女の全身が明らかになった。

 細長い紫色の槍を携え、ふくらはぎまで届く長い長い髪。

 能面のような無表情と冷めた目を顔に貼り付けじっと立っている。


 「……」


 …違う。

 さっきの紫の少女は…髪はもっと短かった。

 同じ色…なのに別人…?


 「話がしたいのではなかったのか」


 槍の先をコツコツと地面に突いて、話の先を促す。


 「どうして…いきなり攻撃を?」

 「ふん。先の女がいきなり襲ってきたからじゃろ。われは少しは話が通じそうな相手だの」


 小さい身体に似合わない時代がかった喋り方をする。

 ありえないはずなのに。おかしいと感じるはずなのに。

 どうしてか…その雰囲気とよく噛み合っている。違和感もない。

 どんな生活なのか。常日頃からそのように喋っているのだろう。

 圧倒されるような威厳さえある。


 「われ、神性を持っておるな。本物か。良く会う日だの」

 「……これは君がやったの?」

 「どれ、のことを言っておる」

 「街を壊したことも、人を大勢傷つけたことも」

 「そうじゃ」

 「どうしてこんな事をしたの」

 「…くだらん。われも下賤の頭に囚われておるぞ」


 もう一度、これ見よがしな動作で瓦礫を叩く。

 …その地面は…真っ黒だ。


 「…黒いもの…。なんで君はそんな…上にいるんだ。早くそれを壊して!」

 「逆に問うが我がなぜこれを壊さねばならぬ」

 「なぜ…?だって、その黒いものが何をもたらすか、知らないわけじゃないだろう!」

 「知っておるな。救いじゃ」

 「救い…馬鹿な!そんなことない!僕は何度も見てきた。それは危険なんだ!」

 「危険?何が起こったというのじゃ」

 「大勢の人が危険に晒された!」

 「…答えをわれ、今自ら言ったのう。不思議に思わなんだか。

 なぜこの神性がもたらすのは「人間に対する危害」だけなのじゃ?犬や猫、鳥や植物たちに矛先が向かったことが一度でもあったか?」

 「…!?」

 「聞くまでもない。なかろ。人間の殲滅。それはこの神性…ひいては神の意志じゃ。

 少し頭を捻れば解ることじゃろ。下賤の頭を捨てよ」

 「…なら僕たちがどうして居るんだ。君だって、ヒカリ…天界からの使者の話を聞いたんだろう!?」

 「この世界が窮地に立っておる…じゃの。それが指すのは人間の存在じゃろうが。

 腐り果てた者達が増えすぎた。一掃せねばならん。

 我らはそのために必要な、救いをもたらす種を下賤の民から守り芽吹くまで育てる為に選ばれた。

 今回こそはそれを成就させるべきと」

 「間違ってる!神様はそんな意思で僕たちを選んだんじゃない!」

 「何故そこまで力強く言えるのか不思議だのう。重ねて言うが神性の性質は人間の殲滅。ならば自然と答えは解る。

 そしてそんな考えは浮かんでこん筈じゃろ。

 最後の怪異までこれをヒトの手から守り……それが我らの使命と」

 「…君は間違ってる。そこから退いて」

 「……結局われもその程度の頭か。神に選ばれておきながら……愚かじゃ」


 ステッキの先端が浮かぶ。


 「く…ッ!」


 僕が全力で跳ねたのと、凄まじい爆発音が響くのは同時だった。


 /


 「…交渉、決裂という感じです」

 「話…聞こえてたさ。あいつ…狂ってる。

 人が悪で……だから滅ぼすべきって……。……昔のアニメの悪玉みたい。バカだよ…」

 「……でも僕は……今まで不思議にさえ思わなかったんだ。

 …確かに黒いものが起こす怪異は、人間に不都合な…人間にしか不都合にならないものばかりだった。

 ヒカリ。茶化さないで真面目に答えてよ。…そんな…人間を滅ぼそうなんて…それは神様の意思なの?」

 「…人間の意思だぜ」

 「…え?」

 「前にも言ったわさ…天界は人間界には干渉しない。あんな風に考える奴も出てくる。

 でもそれは人間の意思。人間の中にああいう奴がいたからこういうことになった。そんだけ」

 「そんな……無責任過ぎるよ」

 「そんな事言い出したら…私達も偶々黒いものを駆除する考えを持ってた。それだけの話で…。

 どっちが正しいのかなんて、言えないじゃないさ…」


 ヒカリは困ったように目を伏せて、押し黙った。


 「…………でもヒカリは、黒いものを駆除するのに手を貸してくれてる」

 「ん…ああ」

 「それは、ヒカリが…黒いものを駆除するべきだと思うからだよね」

 「そうだぜ」

 「それはそのまま…天界の意思を意味しないの?」

 「……黒いものは、天界にとっても邪魔だぜ」

 「曖昧な答えさね…どういうこと?」

 「…怒られても…あきらにデコピンされても、まじであてしにはそれ以上わがんね」

 「……」

 「……わかった。僕は黒いもので人が傷つくのは見ていられない。許せない。

 それにヒカリは手を貸してくれる。その二つだけで十分だ。自分の気持ちとヒカリを信じる。

 ……あの黒いアスファルトは今ここで駆除する」

 「…うん。そうさね。ヘンに迷ってちゃ、ダメだね」


 秋谷さんが立ち上がろうとして、崩れた。


 「ぐ…いたあ……」

 「いくらこの服が凄くても、まだ普通に動くには時間が要ると思います」

 「どうしよう…あいつ、あそこから退かない。でも…顔を出したらやられるよね。

 …憎たらしいさ。自分の回りだけ見晴らしがいいように瓦礫を吹き飛ばしてるよ。絶対近寄る前に爆風に巻きこまれちゃうさ」

 「外道院がいりゃなあ」

 「…すぐには期待できない」


 もう一人の紫も、かなり厄介な能力を持っていた。


 「…僕たちの脚力は相当なものだ。思い切り踏み込めば、一歩であそこまで跳べるはず」

 「体勢が変えられない…その間無防備さ」

 「ええ…それに、跳んでる時間も半秒程度かかります」

 「…致命的な時間さね」


 ヒカリの顔を見る。

 いっちょまえに腕を組んで一生懸命何かしら考えていた。


 「一つ、策はあります」

 「む、流石あてしのあきらだぜ」


 僕の所有者が増えている。


 「君にかかってるんだ」

 「え?あてし?まじで?」

 「…君は天使の幻影を出せるね」

 「出せるぜ」

 「いつか僕の部屋で、こたつの中に潜りながら窓際まで出していた…最長距離はどのくらい?」

 「わりといける」

 「……決まったね。彼女のすぐ目の前に出して欲しい。視界が封じられる。すぐに飛び退くとしても数秒稼げるはずだ」

 「…場所あんまりぴったりだせねーけど…」

 「…君にかかってる」


 もう一度力を込めて繰り返すと、ヒカリは小さくなった。


 「もう一つ…秋谷さん」

 「…私も何か出来る?」

 「無事な方の足で僕の背中を蹴ってください」

 「……私のキック、多分ものす~~ごい痛いよ?」

 「だからこそです。…秋谷さんの蹴りなら一瞬で僕はあそこまで跳べます」

 「ヒカリちゃんの目隠しだけで十分じゃ…?」

 「たった一度で確実に決める必要があります」

 「…解った。頑張る」

 「…お尻のやや上あたりを。それ以外だと恐らくバランスが空中で保てません」


 後は僕だ。


 /


 「ヒカリ、準備は?」


 ヒカリが瓦礫から少しだけ顔を覗かせて紫を確認する。

 それから何度も大きく深呼吸をして、指をくるくると回し始めた。


 「いけるわさ。多分。きっと。恐らく」

 「信じてる」

 「えへー。そう言われちゃやるしかないぜ」

 「秋谷さんは?」

 「大丈夫。手加減はするつもりだけど…人、蹴ったことないのさ。…どうなるか解らない」

 「衝撃波、なんですよね」

 「…よくわかるねえ。あきらちゃん、なんかものすごい今日頼りGUYって感じさ」

 「…必死なだけです。ヒカリが幻影を出すのと同時に僕はこの瓦礫の影から出ます。

 すぐにあそこへ向かって蹴ってください。方向は問題ないでしょうか?」

 「あのくらいなら真っ直ぐ蹴れると思う」

 「…頼みます」

 「私にはないの?」

 「え?」

 「ほら、今のさ」

 「えーと…秋谷さん。信じてます」

 「お任せさ!」


 この二人…イマイチ緊張感があるのかないのか。

 …いや。僕を気遣ってくれてるんだ。

 申し訳なく思う。


 「…ヒカリ、合図は君に任せるよ」


 僕もヒカリに合わせて深呼吸をする。

 秋谷さんの蹴りで死ぬわけにはいかないし、気絶するわけにもいかない。

 強い意志を持って行動をしなければ。


 「ウーノ、ドゥーエでいいんだな」

 「出来れば日本語でお願い」

 「じゃああきらお得意の一、二、三でやるぜ。つーか三なんて言うのかわかんねぇからちょうどよかったぜ」


 三人で顔を見合わせて頷く。


 「一、二……三!」


 三と同時に飛び出す。

 次の瞬間、身体の中から風が溢れるような音が響いた。

 全身がバラバラになるような強い衝撃。


 「ぎ…!!」


 目の前が真っ暗になる。

 それでも唇を思い切り噛んで、周囲を把握する。

 紫は少しずれて現れた天使の幻影をぼうっと見つめたまま動かない。


 「…ごめ…んッ!!」


 槍を握った方の腕を蹴りで砕き、そのままステッキを地面に突き立てる。

 深々と刺さったステッキに腕が引っ張られ、ごきりと音がした。


 「……は…ぐ…!!!」


 ………痛い…!


 「あきら!!!そいつまだ立ってる!!」

 「!!」


 激痛に耐えながら首を動かして少女を見る。

 不自然な方向に折れ曲がった腕で…それでもなお、確かな力で槍を握り込んでいた。


 「……」


 幻影が揺らぎ、完全に姿を消すまで見守ってから…。

 呆然としたように僕に視線を移す。


 「われ、神をまだ連れておったのか」

 「ぐ………な、に…?」

 「……認められたのか?」


 折れた自分の腕を揺らし、僅かに眉を動かす。


 「今日は譲る。近いうち、また会うことになりそうだの」

 「待って…!!!」


 振り返ることなく、瓦礫の山を飛びながらビルの影へ消えてゆく。


 「…あ」


 途端に力が抜けて、意識が途切れた。


 /


 「…お目覚めね」

 「…………づあ」


 身体を起こそうとして、激痛に呻きが漏れた。


 「無理をしないのよ」

 「………先輩?」

 「頑張ったわね。話は秋谷さんから聞いたわ。…自分で怪我の状況が解る?」


 …少し身体に意識を伸ばしてみる。


 「指の骨が二本折れて…踵骨と背骨にヒビです」

 「…大したものねえ」


 ふっと溜息を吐いて、呆れたように笑う。


 「あとは右肩も脱臼した筈ですけど…」

 「それは気絶している間に嵌めておいたわ」

 「…先輩も相当なものです」

 「そうね…お互い様」


 髪を払うと、髪の先が数本僕の鼻をくすぐった。

 そういえばやけに顔が近いな。


 「あの…ここは?」

 「爆心地から離れた…郊外のビルの屋上よ。それと、私の膝の上」

 「!?………!!」

 「だから、無理をしないの。怪我が治るまで変身を解く訳にはいかないし、家に送るわけにもいかないでしょう」

 「な、なぜ…それで膝枕を」

 「どうも貴方の方に大きな仕事を押しつけてしまったようだから。

 …私は誰よりも苦労が必要な役を持っていないと、気分が悪いの。

 コンクリートの堅い枕よりはマシでしょう?素直に身体を休めなさい」

 「は、あ…解りました」


 力を抜く。

 先輩らしいというか。

 難儀な性格をしているなあ…。


 くすぐったいような、落ち着かない気分。


 「すっかり…夜ですね」

 「秋谷さんは一足先に治って、私に任せて帰ったわ。倉敷くんに何度もお礼を言って、謝っていたわ」

 「そう…ですか」

 「……紫だったそうね」

 「あ…先輩。…顔が切れています」

 「顔だけじゃないのよ」


 自分の袖や肩を見せる。

 何カ所も細い線が入って、奥の白い肌が見えていた。

 所々には服だけではなく皮膚も切れて赤黒い肉が覗いている。


 「私の方の紫は、一瞬で辺り一面に糸を放った。

 私はそれに触れれば切れたけど…彼女は平気なようね。その上に乗って動いてみせる」

 「そっちの方が厳しいです…僕では何も出来ません。適材適所…ですかね。

 …その人はどうなったんですか?」

 「覚えてろ、なんて面白い言葉を残して途中で逃げたわ」


 …勝ったのか。


 「追いかけようか迷ったけれど…倉敷くんの方へ来たの。結局、どちらも逃げられた」

 「…すみません」

 「責めている訳じゃないわ。私のミスでもある。いいえ。貴方は出来るだけのことはやったわね。私のミス。

 …同じ色…私達は今までそれぞれ違う色だった。それに理由が有るのかは解らない。

 でも七人の中で四人がバラバラで…二人が突然同じ色ならそちらの方をまずおかしいと捉えるべきね」

 「どういうことでしょうね…」

 「…解らないわ」


 目を瞑って眉を寄せる。


 「糸の紫は、爆破の紫のことを狙っていたようよ」

 「…その、「爆破の紫」は…黒いものを守っていました」

 「…ややこしくなってきたわね」

 「秋谷さんから聞いていませんでしたか?」

 「簡単には、ね。だからもう一度聞かせて欲しいわ」

 「…爆破の紫が言うには、黒いものは人間しか襲わないじゃないかって…。

 だから…人間を殺すのは…そのままひいては天界の意思だ。

 僕たちは…黒いものを安全に増やすため、守るため選ばれたって、言ってました」

 「狂ってる」

 「僕…言い返せなかったんです。

 僕がイレギュラーだから知らなすぎるのかもしれませんけど…。

 …確かにあまりにも僕たちの存在、黒いものの意味…あやふや過ぎると思います」

 「……」


 先輩は優しい手つきで僕の頭を一度撫でた。

 気恥ずかしくなって、顔が赤くなるのが解る。


 「素直ね」

 「…はあ」

 「自分の立場と極端に違う話を聞けば、普通は怒り、反発するか無視するのよ。筋道立てて論拠を並べられなくとも」

 「先輩は…どう思いますか?」

 「私に聞くまでもないでしょう。倉敷くん、貴方は前に私に答えを言ったじゃない。

 …許せない事を見逃せない。それだけでいいのよ。

 天界の狙いが何であれ、黒いものが引き起こす怪異で傷つく人が居る。私達は力を与えられた。…なら防げばいい」

 「……」

 「…ひっかかるところは、確かにあるのだけれどね。

 でも今は材料が足りないわ。それに強大で明確な敵も出てきた。後悔するのは後で良い。

 敵を前にして迷うのを止めなさい。狂人の戯れ言は無視なさい」

 「…僕に出来るでしょうか」


 先輩は一瞬だけ緩んだ笑みを浮かべた。


 「出来なければ死ぬのよ」

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