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「せいぎのみかた」  作者: わちがい
せいぎのみかた
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02 蟲の怪

 近年の研究によって重要な事実が二点明らかとなっている。

 まず、ヒカリはエサを与えておくと静かであるということ。

 そしてもう一つは一緒のリュックに入れておくと高確率で目的地到着前に食い荒らされるということ。


 「……」

 「げっふー」

 「ゲップするな」


 統計によればヒカリが大人しくしていられるのは二分前後。

 カップラーメンすら待ちきれないのだから相当なものだ。


 「もらっていくよ。図書館は腹が減るからな」

 「もう食べてるでしょ…僕のぶんもあったのに」

 「なによあいつ…粗野でグウタラで問題よ!」

 「ヒカリの言うことはだいたい意味が解らないんだけど、それは、何?自己紹介?」

 「えー」


 …まあそれはいい。

 僕は一食二食は我慢出来る。

 問題はいかにヒカリを静かにさせるかということだ。


 寂れた図書館だが、休日はやっぱりそれなりに人はいる。

 この時期だから受験を控えた人なんかもいる。

 特にそういう人たちはピリピリしているから気をつけなきゃいけない。


 「ヒカリ、静かに出来る?」

 「ううん!むり!」


 元気いっぱいだった。


 /


 その事件は一月近くに渡って当時の新聞の一面を飾り続けていた。


 曰く、白昼の惨劇。

 曰く、悪夢のコンクリートジャングル。

 曰く、死者五百人超。重軽傷者千人超……。


 「せんっ…!?」


 思わず声を漏らしてしまう。

 冷たい視線を感じて慌てて口を噤んだ。


 確か、僕の学校…全校生徒が集まっても五百人ちょっとのはずだ。

 あれだけ、丸ごと……あの人数が死んだのか…?

 怪我人も合わせるともう想像もつかないし、考えたくもない。


 日付を見ると事件は五十年前の十二月十六日。

 ヒカリの話によれば日付まで正確に五十年ではないらしいから、或いは年が明けるかもしれない。

 …そしてもしかすると今月なのかもしれない。


 /


 ノートにシャープペンを走らせる。

 僕なりに新聞記事や当時の週刊誌をまとめて整理してみた。


 まず、場所。

 これは東京のど真ん中で起こったらしい。

 見上げれば貧血になりそうな高層ビルが乱立し、人が絶え間なく行き交うあの密集地帯。

 事か起きるとしたら最悪の場所が選ばれたわけだ。


 何か東京で起きる要因があったのか…まったくの偶然か。

 それとも、より多くを巻きこむための意図的な選択だったのか…?

 それはまだ解らない。


 時間は正午。

 前触れは何も無く。

 ライオン、虎、熊、豹、…果ては、ワニすらも。

 おおよそ「獰猛」という形容が当てはまる動物の殆どは現れたようだ。

 突如それらがビル街を駆け抜け、道行く人々を襲いはじめたという。


 力も脚力も、人間のそれは野生のものには到底敵わない。

 逃げようとして背中から鋭い爪で切り裂かれ、

 恐怖の余り腰を抜かして地面に座り込む者は、喉元をあっさりと食いちぎられ。

 為す術も無く、人間がボーリングのピンのように四方へはじけ飛んでいく。


 原型が留めなくなるまで損傷した遺体が彼方此方に散らばる写真が当時の週刊誌にはそのまま掲載されていた。

 この頃はこんなものを平気で載せられる時代だったのか…。

 生唾を飲み込んで、続ける。


 そしてそんな獣の天下は、警官隊、自衛隊が到着する約十六時間後まで続く。

 部隊は多少の犠牲を出しながらも惜しみなく弾丸の雨を降らせ、獣は一掃された。


 しかしそれで解決な訳はない。

 どうしてそんな獣が都心部に現れたのかという問題が残る。

 日本でそんな動物たちは動物園にしか存在しない。

 辛うじて生き残った人間の証言によれば、「まるで空気から生まれたように」ということだが…。

 もちろん気が動転していたのだろうということで片付けられてしまっている。


 さらにもう一つ。

 調査の為に運ばれた施設の中で、死骸の山は蒸発したように跡形も無く消えてしまったというのだ。

 それこそ、毛の一本や血の跡すらも残っていなかったらしい。


 そんなことが普通在りうるわけがない。

 当時の人々は、政府が何らかの実験をしようとしただとかなんだとか、“政府陰謀説”を口々に唱え、百に届く数の訴訟を起こしたのだそうだ。

 国家レベルで動かなければ不可能だと考えたのだろう。


 ……国が動いてもこんなのは不可能に決まっている。


 シャープペンを転がして、溜息をつく。

 結局これらの事件は真実に届く事無く次第に風化し、あれよあれよと五十年も経ってしまったわけだが…。

 僕は、そのいずれの理不尽も実現させうる現象を知っている。


 「黒いもの…」


 /


 「徐々に徐々に、あてしの扱いがぞんざいになっている気がするわさ」


 縛られていた腕をさすりながらぶつぶつと文句を垂れている。


 「ぞんざいじゃなくて、付き合いに慣れてきたんだ」

 「こんなこと一度きりにして欲しいぜ…ああ~口がヒリヒリする」

 「良かったね」


 口にはガムテープの欠片をあてがっておいた。


 「いっ…!」


 指先に鋭い痛みが走った。

 ヒカリが僕の人差し指に食らいついている。

 牙でもあるのか、やたらと痛い。


 「こいつめ」


 デコピンで容赦なくヒカリを弾き飛ばすと、ギニャーとかそんな感じの悲鳴をあげてアスファルトの地面を転がっていった。


 「…いや、ねえ、あてしのサイズだとデコピンでも即昇天になるバアイがあるんだけど、そのへんわかってる?」

 「ヒカリはそんな風にならないって信じてる」

 「そ、そうか。なんか照れるわさ」


 照れてどうする。

 拾い上げ、元通りヒカリをポケットに収納して歩き出す。


 「しかし、僕は正直半信半疑だったんだ」

 「なに?」

 「ヒカリの言う…惨劇の話だよ」

 「ああ…」


 ヒカリは少しだけ引き締まった顔になった。


 「何かこそこそ調べていると思ったら、それのことか」

 「別にこそこそしてはいないつもりだったんだけど、まさか丸々鵜呑みにするわけにもいかないから」

 「あてしは嘘を言わないぜ」


 ぐっ、と顔の前で握りこぶしをしてみせる。

 自分の目で確かめたはずなのに彼女が言うと途端に嘘臭くなるのはなぜなんだ。


 「まあ、いい……僕が努力を続ければ、今回の惨劇は阻止できるんでしょ?」

 「そうだぜ」

 「なら、頑張ろう」

 

 それなら僕は努力を惜しまない。


 /


 「…………んあ」

 「ヒカリ。涎が出ているよ」

 「……ぅ……これは…出してるんだぜ…」

 「いや出すな」


 ティッシュを一枚引き抜いて、ヒカリの顔を拭う。


 「まったく、君のいびきが煩くて熟睡できなかった」

 「…そりゃ……神経質にも限度があるだろ…あてしは現に爆睡だったぜ……ふぁ…」

 「だから君のいびきの所為なんだってば!」


 だめだ、普段から会話が通じないのに寝起きは更にだめだ。


 「…とにかく、僕はこれから学校へ行ってくるから。おとなしくしてるんだよ」

 「ん………どうした…喪服なんか着て」

 「だからこれは制服だ!学校へ行くんだ!」

 「うー……あてし、まだJAPANの文化学習が完璧じゃないんよ…」

 「なぜ制服を飛ばして喪服を知っている」

 「喪服ってかなしいことなの…」


 ヒカリは訳の解らないことを呟いて、再びもそもそとベッドへ潜り込んでいった。

 余談ではあるがあのベッドは僕が夜なべして工作したものだ。


 いいご身分だよ…まったく。


 /


 廊下を歩きながらぼんやりと自分の置かれた状況に思いを巡らせていると、突然肩をぐいと掴まれた。

 首筋がピキリと突っ張る。


 「倉敷君」

 「……あ、主将」

 「あ、じゃない。酒寄君が最近練習に顔を出さないんだが」

 「はあ…そうですか」

 「そうですかって、君な、解ってるだろう。彼女はウチの柱なんだよ、そういう態度じゃ困る」

 「はい…」


 僕に言われても、こっちの方が困ってしまうなあ。


 「倉敷君も、一軍になれなかったからといってサボっているようではな」


 ふん、と、嘲笑うように鼻をならす。


 「いいか、酒寄君に来るように言っておけ」

 「解りました…言うだけ言っておきます」


 僕の曖昧な物言いが気に入らなかったのか、ぎろりと最後に一睨みして去っていった。


 /


 「あ、映~」


 僕が教室に入ると、春菜が手を振って寄って来る。

 気持ち悪いくらいの笑顔だ。


 「ねえ、お腹減っちゃってさ、お弁当貰っていい?ていうか貰ったよ」

 「え」


 またか。

 自然と溜息が漏れる。

 まあ、いい…。


 「主将が部活来いって。今廊下でブツクサ言われたよ」

 「あー、うっさいのよね、あいつ」

 「春菜がサボるからでしょ」


 僕もサボってるけれど、主将は春菜さえ来ていればとりあえず不機嫌にはならない。


 「うーん、めんどいなあ…」

 「それなら、部活やめればいいのに」

 「そうなんだけどねー」


 頭をぽりぽり掻きながら、憂鬱そうに眉を顰める。


 「まあ、じゃあ、今日の放課後あたり顔を出しておこうかな…」

 「それがいいよ」

 「じゃあ、放課後にね」

 「うん………ん?」


 春菜はだるそうに自分の席の方へ戻っていった。

 僕にも来いと言っていたのか今のは。


 /


 「あれ、珍しいな倉敷。今日はパンなのか」

 「ああ、うん。春奈に弁当とられたんだ」

 「とられたって…またか。そいやついこのあいだも同じ事で騒いでたな」

 「うん…週一程度かな」

 「は~…」


 サスケは自分事のように溜息を吐いた。

 いい奴なんだ。


 「お前見てると時々不安になる。いいのか、酒寄のそんな横暴を許して」

 「まあ、長い付き合いだからね…今更言うことでもないかなってさ」

 「甘い、甘いね。そんなんだから付け上がるんだ。俺だったらあの生意気なツラひっ叩いて…」


 数回宙で拳を繰り出しながらそんな事を言う。


 「はは、サスケじゃ春菜には勝てないよ」

 「なぬ、強いのか」

 「あれは剣道で全国まで行ってるんだよ。小学校三年生くらいの時にも、六年生二人を素手で倒していたし」


 サスケは青ざめて押し黙ってしまった。

 彼は大きな力には素直に屈する部分がある。


 /


 「映~部活いこー」


 荷物を纏めていると、流石に鞄の中が空っぽだと準備も早いのか春奈が近寄ってきた。


 「いや僕はちょっと」

 「なに、何か用事でもあんの?」


 世界の平和を守るんだと答えたら怒るだろうか。


 「色々あるんだ」

 「いいから行くわよ」


 僕の手を掴んで、引きずるように歩き出す。

 こうなることは解ってたけどさ…。


 サスケが恐怖と哀れみの混じった瞳で僕を見送っていた。


 /


 「…変だな」


 自分の掌を見ながら呟く。

 これで何匹目になるか、蚊が血を撒き散らしながら潰れて死んでいた。


 なんだってこんな季節に蚊がこんなに居るんだろう。

 しっかりと刺されてしまった…。


 「倉敷先輩もやられたんですか?」


 後輩が首筋を掻き毟る僕の様子を見て、自分の腕を見せてくる。

 後輩の腕にもぽつぽつと赤い痕が見えた。


 「カユイです。変ですよね、あっちにすごい数がいましたよ」

 「どっち?」

 「あっち」


 後輩が指した方向の茂みをがさがさと掻き分けてみる。


 「…………うわっ…」

 「ね?すごいでしょう先輩、気持ち悪いですよね」

 「後輩…これはすごいとか、気持ち悪いというレベルで済む問題じゃなさそうだよ」

 「ですよね」


 虫が渦を巻いていた。

 うじゃうじゃと密集しまくっている。

 それこそ、この空間に黒いペンキでも流し込んだかのような濃密な黒さ。

 ゾクゾクと鳥肌がたってくる。


 その真下を見てみる。

 側溝があるわけでも、沼も、水溜りさえもない。

 何の変哲もないただの地面だ。


 「…蚊って、水の中で孵るんだったよね、確か」

 「ええ、確か」

 「…じゃあ、変だな、これは。絶対変だ」

 「ですねい」


 暫く二人でぼうとその光景を眺めていたが、主将に怒鳴られて慌ててジョギングコースに戻った。


 …完全な時期外れの虫。

 ついでに、湧く場所もおかしくて。

 極めつけは自分の目を疑ってしまうくらいの異常発生。

 これは、もしかすると…もしかして…。


 /


 「これこれこういうわけなんだけど、どう思うヒカリ」

 「どうって?」

 「察してくれ…もしかすると、黒いものが…」

 「ああ!」


 ぽんと手を打つ。

 やる気が有るのか無いのかわからない。


 「そうなんでもかんでも、ちょっとヘンだからといって黒いものが関係してくるわけじゃないわさ」

 「そうかあ…そうだよね」


 じゃああれはアレかなあ、環境破壊とかそういう…。


 「それで結論から言うと、それはあてしのカンだと黒いものが関係しているぜ」

 「ねえ、殴っていい?グーで」

 「やめてやめて」


 /


 ヒカリをポケットに押し込んで、夜道を自転車で疾走する。

 籠の中では近くのドラッグストアで購入した殺虫剤の缶がガゴンガゴン飛び跳ねていた。


 「うっさくて眠れねえ」

 「君は一日中寝ていたんだろう…」

 「それにしても、あてし、玉のようなお肌が刺されちゃわないかしら」

 「…………」

 「なんかコメントしてくれないと切ないぜ」

 「いや、ヒカリが血を吸われるところを想像してた。ヒカリの全長で血をバカスカ吸われると…命が危ないんじゃないかな」

 「いや楽勝」


 楽勝らしい。


 「あてし、血がないから」

 「…まじ?」

 「人間と同じ構造で動いてるわけじゃないんだぜ、えへへへ」

 「…よだれはたらすのにね」


 …しかし妙に自慢げだけど、それは自慢になってるのかな。


 /


 「で、どう?」


 ヒカリは険しい目つきをして闇の向こうを睨んでいた。

 僕にはさっぱりだが、彼女は黒いモノの気配が察せるのだという。


 「ギルティ…!」


 ぐっと拳を突き出して、親指を下へ向ける。

 見ると髪の毛の中央部がアンテナのようにピンピンと突っ立っていた。


 「……」

 「なんだよ」

 「いや…いいや」


 自転車の籠の中から殺虫剤を取り出し、両手に構えてじりじりと藪の中を進んでいく。


 「ヒカリ。ペンライト」

 「サー」


 ぴか、と腰のポケットの辺りから一筋の光が飛び出してくる。

 妙にいい返事だ。

 彼女は一日家に居た間に洋画劇場かなんかに影響されたらしい。


 光を頼りに眼を凝らして虫の姿を探す。


 「む、いた」


 すかさず両手の殺虫剤をその空間へ向けて噴出させる。

 ぶしゅーーーーーー。


 「………」

 「………」


 ぶしゅーーーー……。


 「………」

 「……あー全滅したみたいだぜ」

 「ん、そう?」


 噴出を緩め、殺虫剤の缶を自転車の籠に放り込む。


 「………」

 「………」

 「なんかさ、こう…このあいだの草むしりの時も思ったんだけど」

 「言いたいことはわかるぜ」

 「…うん…なんかね」


 こうして僕らの活動によって、今日も世界の危機の一端は未然に防がれたのであった。


 …ホントか?

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