19、薬の種類は多種多様
どうやって王宮へ入り込もうかと迷った末、クラウドは正面から堂々と訪ねることにする。
こそこそと侵入すれば闇に葬られる可能性もあるが、正面から訪ねた方が手は出せないだろう。
やや緊張した面持ちでクラウドは王宮の兵に取り次ぎを頼む。すると、あっけないほど簡単に、しかも歓迎されながら中へ通されてしまった。
「なんだか調子が狂うな」
クラウドは罠かもしれないと警戒しながら通された一室で肩肘を張る。
「それに落ち着かない……」
クラウドが落ち着かない理由は警戒しているからだけではなく、通された部屋の調度に問題がある。
「見事に似た顔だ」
見上げれば、歴代王たちの肖像画がクラウドを見つめているように見える。その王たちは皆よく似ている。
「いやー、お待たせして申し訳ありません」
汗を拭いながら現れたのは肖像画によく似た人物で、それもそのはず彼は王弟でありこの国の宰相だった。
「いえ、こちらこそ急な訪問で申し訳ないです」
お互いに礼を交わせば、宰相の頭から汗が流れて光を放つ。その姿に敵意は感じられず、クラウドは少しだけ力を抜く。
「なんでも、王子妃候補を探すため各地を回っているとか。我が国にも来ていただけるとは光栄です」
適当にでっち上げた訪問の理由は、半分本当で半分が嘘なため全て嘘よりも自然に話すことができる。
「適任者が見つからなくて……胃が痛くなるばかりです」
「それは大変ですね」
気遣わし気な目に悪意はない。クラウドは誘拐は考えすぎで、エリーは薬師として王宮に招かれただけかもしれないと考えを改める。そこで、クラウドは一気に確信に迫る。
「この胃痛、中々治らないと昔から悩まされていたのですが、なんとそれをたちどころに治してしまう薬を最近見つけたのです」
「それはよかったですね」
急に変わった話題に疑問があるだろうに、宰相はよかったと声をかけてくれる。クラウドはここで畳み掛ける。
「エリーという薬師の薬なのですが、今はこの王宮にいると伺いました」
「なんと情報が早い! 人目につかないようにお招きしたというのに……」
宰相は驚いた顔をしているが、悪事が露見してしまったという表情ではない。
どうやらエリーは誘拐されたわけではなさそうだ。
クラウドがそう安心したのもつかの間、エリーに会わせて欲しいと頼めば待ったがかけられる。
「今は会わせられません」
「どうしてです?」
「役目が終わるまで、誰とも接触させるなと王の命令です」
「そんな……」
和やかだった空気が一変して、重いものになる。
(エリーは無理矢理何かさせられているのでは……もしや、毒を作らされているとか)
ここまで来て、クラウドは遠慮することなどなかった。
「どうしても会わせてもらう。どこにいるのです?」
「無理です。お待ちください」
立ちあがり、王宮中を探し歩こうとするクラウドを宰相が必死で止める。その必死さに、クラウドも向きになる。
しばらくの攻防の後、クラウドは痺れを切らし奥の手を使う。
「エリーはフレデリック侯爵の娘エアリルだ、娘が行方不明と侯爵や前侯爵は心配している。無事を確認させてもらう!」
「フレデリック侯爵の娘!!」
エリーの正体まではやはり知られていなかったようで、宰相は信じられないといった表情で目を大きく見開いている。
「それで、どうする?」
「……ではこちらへ」
宰相は観念してクラウドを案内する姿勢をとる。
「ですがこれだけは守っていただきます。ここから先に見たものは他言無用です」
「一体何をしているのですか? 事と場合によっては――」
「怪しいことなど、何一つしておりません!」
強い口調の宰相が、はっと口を噤み後から小声で付け加える。
「来て、見ていただければわかります」
素直に連れて行ってくれるとなると、それはそれで怪しみたくなるのが心情だ。クラウドは大人しく宰相の後を歩きながらも、これから起こることすべてに対応できるように頭の中で準備を進めていく。
「ずいぶんと奥まで来るのだな」
秘密にしたい何かがあるのは本当のようで、進む廊下の先には段々と人が減っていく。ついには使用人が誰もいない場所へと辿りついたとき、宰相が豪華な扉を叩く。
「陛下、客人がお見えです」
王宮最奥の秘密の扉の先に宰相の言葉が投げかけられる。
「どうしてここに連れてきた!」
叱責というよりも慌てた声が返ってくる。
「それが、エリー殿のことで……」
「エリーは今、仕事中だ!」
「そうなのですが、彼女の実家が心配していると。そして、その実家が――」
「あっー! 忘れていた。すぐ帰るつもりだったから書置き一つで出てきてしまったんだったわ」
クラウドは久しぶりにエリーの声を聞いた気がした。これだけかかって見つけ出したのだから、再会の喜びもひとしおだ。
「実家が何だって?」
「ごめんなさい。一旦連絡をしないと。実は私の家は侯爵という地位にありまして、少々面倒なことが起きる可能性がありますので……」
「もう起きている」
「えっ、クラウド様?」
宰相はもう仕方がないと、扉を開けてくれる。そうすれば、クラウドの目の前に決まりの悪い顔をしたエリーが立っていた。
「久しぶりだな」
「……一日と少し会っていないだけです」
なんともぎこちない会話からはじまった二人に、事情をいまいち飲み込めていない王が説明を求める。
「一体どういうことなのだ?」
その質問はクラウドもしたかったところだ。何せこの秘密の部屋には、王とエリー、そしてほっかむりをしたクラウドの記憶では王子であろう人物しかいない。これはどう考えても怪しすぎる。
「えっと……はじめましてというのも今さらですが、私はエアリル=フレデリック、ゴルト=フレデリック侯爵の娘です」
簡素なワンピースにエプロンとクラウドがはじめて出会ったときと同じ格好のエリーが、優雅に礼をする。
「侯爵の娘がなぜ薬師を?」
「好きだし、得意だからですよ?」
当たり前だとエリーは首を傾げる。
「みんな、心配している」
「それは、悪いと思っています……」
クラウドとエリーはどことなくぎこちなく言葉を交わす。
「帰ってしまうのか、エリー? 我が息子の薬は――」
「大丈夫です。もうできますから」
王の悲痛とも言える声にクラウドは王子が何か重たい病気なのかと心配になる。
「俺が戻って無事を伝えれば、皆納得してくれると思うが?」
クラウドの提案にエリーはようやく自然な笑みを浮かべる。
「騙されていたのに、探しに来てくれたり、手助けしてくれたり相変わらず優しいですね。それだから、胃を痛くするのです。でも、大丈夫ですよ」
エリーは微笑んだまま、出来上がったばかりらしい薬を、ほっかむりの王子の元へ届ける。
「これを、頭に朝と夜マッサージするように馴染ませてください。髪を強くする成分と、育毛効果があります。後は、やりすぎない程度に清潔にして……」
「い、育毛?」
クラウドは大病でなくて良かったと喜ぶべきなのか、このために自分は胃を痛めて駆けてきたのかと怒るべきなのか迷ったまま呆然としてしまった。




