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いつもの朝、いつもの昼、いつもの放課後。
翌日のこと。
僕はまた誰もいない教室にひとり立ち寄って、いつもの通りにその色を眺めていた。
夜が気づかれないように歩み寄るときの消極的な暗闇の色だ。
さすが生徒がひとり死んだくらいではそうそう揺るがない世間様は、今更殺人を予告する紙切れ一枚ぐらいでは微動だにしなかった。せいぜいお昼の話題のひとつに上がるくらいなんだろう。
たぶんこんなに興奮しているのはこの学校じゃあ僕くらいだろうと思う。
寝ても覚めても気にかかって仕方がない。
だってそうだろ。自分が文字の上で殺した人間がひとり死に、またさらにもう一人が殺される宣告を受けている。
述べたことがほんとか嘘か、待つことしかできない僕は待っているだけで確かめられる。
どこかに潜んでいる「誰か」が二人目を殺めてしまうかどうか、僕が予想した彼の最期は予想通りなのか否か。
殺人予告は、今は使われていない下駄箱から出てきたそうだ。
掃除の係りが偶然見つけたそれは、本来なら毎日掃除すべき場所にあった。掃除の係が週ごとにローテーションされる為、担当によっては無視されていたその手紙は、新しくその場所を受け持った責任感のある生徒により見つけられたらしい。
一体いつから入っていたかは明確にはわからないが、確実なことはひとつ。それは間違いなく一目に触れるはずの場所に置いてあったわけで、その意図は公衆に対する宣言だろう。
そして、置いていったのはその内部事情をしっていて学校にいても不自然ではない人間。
この時点では入れた人間が犯人と同一人物かどうかはわからないにしてもね。
そして内容にはこうある。
『k.k.は死ぬ。奴の胸には憎しみの矛が突き刺さり、泥を食べながら回らない首を嘆く』
この学校にいったい何人のk.k.がいるかはわからないけど、僕の意識しているk.k.はひとり。加島邦彦だ。
彼は僕と同じクラスの人間で、自分の意見を押し通そうとする悪い癖がある。クラスのみんなとも仲がいいし、常に邪険にしているわけではないものの、小さなことでも意見が食い違えば全力で相手を否定して言いくるめるといったことが何度かあった。もちろん悪気はないだろうし、ほとんどは相手が無駄に言い争いたくないがためにその性格を考慮して身を引く。その言い争いというのも、必ずしも自分が得するかどうかというよりフェアに物事が行われるかなどに関してが多い気がする。
例えば、班の中で係を分担する際に押し付け合ったり一人だけ何もしない人が出た場合に、公平に仕事をわけようと尽力したりする。その場では煙たがられることもあるが、本人はそんなことはおかまいなしだ。
まぁ、それも毎度毎度ではないし、本人の精神状態によりけりだったりもする。
ただ、それが大きな人間関係の中の小さな騒ぎならたいしたことはないが、真剣な1対1の場合はそうもいかない。
僕が思い描いた彼の最期というのは、長年付き合った友人とk.k.との対立で、あまりにも融通が効かないk.k.に嫌気がさした友人が彼を高所から突き落としてしまうというもの。k.k.は建設中か何かの空き地に落ち、胸にはコンクリートから突き出た金属の棒が突き刺さってk.k.は痛みに苦しみながら死に至る。そのさなか、身動きの取れないk.k.は後ろを振り向けずに自分を突き落とした人間を目視できないのだ。目の前にある雨水に混じった泥を味わいながら苦しむといった描写もある。
彼に個人的な恨みはないけれど、その特徴から将来その性質が原因となって大きなトラブルになることはなんとなく予想が付く。
現に今、彼に密かにそういった気持ちを抱いている人がいるかもしれない。僕の中でそれが「誰か」であり、その「誰か」が犯人かもしれない。
そうだとしたら、犯人はかなり加島邦彦に近しい人間だろう。
でももしも、前回と今回の犯人が同じだと考えたら、その可能性の方がすり減る。
なぜなら、おそらくその犯人は僕のブログをみているからだ。僕の書いた妄想に沿って殺人を行うことがそもそもの目的。つまり加島邦彦への恨みなどなく、ただの猟奇殺人犯となる。
そして、犯人の存在は加島邦彦よりむしろ僕に近くなる。僕と同じ目線で蚊帳の外から見ていられる人物。
御船愛と加島邦彦は同じ学校の同じ学年の隣のクラス。そして彼らをモデルにした趣味の悪い小話を読んで、その内容とイニシャルから人物を特定できる者といえばかなり限られているだろう。おまけに御船愛と加島邦彦自体は僕が知る限りではまるで接点がない。
まだ加島邦彦が死んだわけではないし、彼自身も自分がターゲットだということは知らない。
本当なら、犯人にも実際にはあの妄想が誰を指したものか知る由もないわけで、現在犯人が狙っている人間を僕が知ることもできない。
御船愛を殺害した犯人と、あの紙切れを書いた人間が同一人物であるかすらも曖昧だ。
僕が何を言いたいと思う?
要するに僕は観ていることしかできないんだ。ただ、観ていればいいんだ。
このクラスに犯人がいるかもしれない。そう思うだけで胸が高鳴り、僕の予想が現実のものとなることに期待してしまいそうだ。
僕に近い人間だとしたら、会ってみたいな。一体どこに居るんだろうか?
にやける口元を引き締めて、教室を後にした。
翌日が大荒れの嵐だというのは、本当に悪い冗談だった。
ありがとうございます!
ここまででひとつのくくりと考えてもらって結構です。・・・1~3で一話的な。