第07話 彼女のために
「おぉ……うッ……」
「ちょっと兄さん。大丈夫かい?」
おれは船に乗って魔界に来た。船に乗っている間はなんとか我慢していたけれど、陸に降りたら不快感が一気に込み上げてきた。緊張を解いたせいだろうか。
自覚はなかったけれど船の中でも随分と気分が悪く見えたそうで、船長が肩を貸してくれていた。
「悪いな、船長。ところで王都はどこに……ゔっ……!」
「一旦休みなさい」
おれは王都、つまりミスロン国の城がある場所を訪れた。方角はここからやや南西、1時間ほど歩けば見えるらしい。
今からそこへ向かおうかと思ったけれど……休憩しないとまともに歩けなさそうだ。おれはベンチに座って空を見上げた。なんか……何体も竜が飛んでるな……。竜型の魔物ではなく、竜族だ。
「竜がいるんだな」
「そりゃあグラダルオ様がいらっしゃるからね。左手の方に高い山が見えるだろ? 竜峰山と言って竜が棲んでるんだ」
「へー」
そういえばグラは竜帝、竜の王だったな。グラがここに住みついたから竜が集まったのだろう。……偉くなっちまって。いや、元から偉かったのだろうけど。
「ところで兄さんは何しに来たんだ? 別に魔界の住人ってわけでもないだろ」
「うん? まぁ……昔の友人に会いにね」
「そうか。じゃあ行ってらっしゃい!」
「ああ。世話になったよ、船長。ありがとな!」
おれは船長に挨拶をして王都に向かった。昔と違ってちゃんと舗装された道があるな。それこそ昔は人が住んでなかったからな。
ただ依然としてここの空気は良いものではない。魔族が支配していたときよりはよっぽど良くなっているけれど、まだまだ澱んでいる。セリアに会った後は浄化に勤しむか。……だいぶ疲れるだろうな。
「…………お、懐かしいな……」
王都の近く、街の外れでありながら人の流れが激しかったので覗いてみると、そこには大きな穴と2つの墓標があった。
おれが魔神を倒した地だ。『魔煌伝』で抉れた大地。……改めて見るとバカみたいに大きな穴だな。それこそ大きな街、山を丸ごと吹き飛ばしたような跡になっている。これでもエネルギーを圧縮させていたのだから……我ながらスゴいな。
いや、今でも同じことはできるだろうけど……こんな大技は普段は使わないから……圧巻だな……。人が集まるのも納得だ。……仕方がないとはいえ、おれの墓がなければよかったんだけどな。
……で、向こうが王都か。確かに“街”だな。ちゃんと街だ。……セリアは元々貴族だからか、統治だとかそういうのは上手くできたのかな。
王城はなんか……城ってよりはギルドとかヘルダルムにあったクランの本部みたいな感じだな。元々はクランとして進出したらしいし、その名残なのだろう。
せっかくならもっと城っぽく豪華にすればいいのに、とは思ったが、その代わりに街を発展させているのだろう。ここは商業地区のようだが、離れには広大な農地もあるようだし、発展には金がかかるからな。ひと段落ついたら城も大きくするのかもしれない。
だが、今はそんなことはどうだってよかった。近づいて実感する。すぐそこに、懐かしい気配があった。執務室にいるようだ。どうしようかな……。
……やっぱりあれだな。なんとかセリアの背後に回って目隠しだな。……声でバレるかな。まぁいいか。
おれは時間を止めて瞬時に部屋の窓まで飛んでいった。そして座って机に向かっているセリアの背後に降りたとき……コンッと音が鳴った。
思ったより止められる時間が短く、その音はセリアの耳に入った。そして、気づいたときにはおれは身体を仰け反らさせていた。
「ッ!!」
「うおッ!」
セリアが剣を突きつけていた。急に現れた気配に対しては正しい対処だが……危うく貫かれるとろこであった。いや、当然悪いのはおれなんだけれど。
「ははっ……久しぶり。はじめましてもこんなだったかな……?」
「!? ………!? う……ウソよ……。だってあなた……私達の目の前で……」
「ちゃんと話すから。剣を下ろしてくれるかな……?」
おれがそう言うとセリアはゆっくりと剣を収めてくれた。目に涙を浮かべながらおれの顔を覗き込んでくる。おれは右手でセリアの頬を撫でた。親指で涙を拭き、微笑みながら優しい声で話しかける。
「ごめんな……。でもそんな泣かないでくれ。せっかく久しぶりに見る顔なんだ。可愛く笑ってくれよ」
「…………」
こんなことを思うのは失礼かもしれないが、涙を浮かべるセリアは幼く見え、これはこれでアリな気がする。だが、そんな顔は見せまいとするように、おれに抱きついて顔を埋めて静かに泣いていた。
おれが大きくなったから、セリアが昔よりも小さく感じた。それでも力は強くなっているようで……ホント力は……力……。
「セリア、ちょっと力弱めてくれるかな。……セリアさん……? ちょッ……セリア……! 悪かったって! ゴメン……! ホント……イタズラしてすみませんでしたッ……!!」
「バカ…………」
セリアはおれの胴体を締め付けていた。怒らせすぎたか……! 流石に身体がミシミシと悲鳴を上げ始めたので許してもらえた……というより解放してもらい、そのままセリアの指示通りそこに正座をした。やっぱりまだ許されてはなかった。
「……王よ! 大丈夫ですか! 大きな音がしたので……そちらの方は……?」
「客よ」
「客……ですか? 予定もありませんでしたけれど……」
「大丈夫、客よ」
「……客人を正座させるのはマズイのでは?」
「…………いいのよ。10分後にグラとデモンゲートに来るように伝えて」
「……は、はぁ……承知しました。では失礼します」
セリアは扉の方を見ずに淡々とそう伝えていた。泣いた後の顔は見せたくなかったのだろう。……というか今もまだ、涙は止まりきってはないからかな。声もまだ震えていたし、今来た人も不思議には思っていただろう。
それでもセリアの言葉にはっきりとした思いを感じたから大人しく従ったのだろう。おれは、おれを見下ろすセリアの顔を見上げた。
「詳しいことは彼らが来てから聞くわ。……本当に……生きてたのね……?」
「おう! 見ての通り」
「良かったわ……本当に……嬉しい……」
セリアはそう言って崩れるようにおれの前に座り込んだ。やっぱりセリアの顔は正面から見る方がいいな。そう思いながらおれは空間収納に手を入れた。
「その……お詫びというか……。遅れたとは思うんだけど、これ、もらってくれ」
「ッ……!! ……ありがとう。無くて困ってたの……」
おれは旅の途中に買った指輪を渡した。ただ買ったものを渡すのも悪い気がしたので、指輪の内側におれとセリアの名前を彫ってみたけど……これはどっちでも良かったかな。
…………おれはセリアの肩に腕を回して抱き寄せた。なんとか声を殺していたけれど、もしかしたら漏れていたかも知れない。おれの涙が、セリアの涙が顔をぐしゃぐしゃにしていたかも知れない。でもそんなことはどうでもよかった。
久しぶりに……心の底から信頼して、尊敬して……愛した人に会えた。一時はもう二度と会えないかと思っていた相手に。おれの何も無かった2000年も、それよりも前も、全部セリアが支えてくれていたのだと、おれは実感した。セリアに会うために生まれて、生きてきたのだとさえ思った。




