第62話 その先にある
「……ーさん! にーさん!! 目ぇ覚まして!」
「うッ……。ごほッ……がはッ!」
おれの意識は耳元で叫ぶ声によって戻された。おれはサタンに抱えられながら空を飛んでいた。サタンが爆発の中から連れ出してくれたようだ。
自分の身体を確認してみると、酷い傷を負っている。サタンもいくらか怪我をしているようだが、彼女の生命力ならすぐに治るだろう。
痛ってぇし……随分でけぇ爆発だったな。街一つ分の大地が消え失せ、今もまだ煙を吹き出している。あの爆心地にいれば意識も失うか。むしろよく無事だったというか……我ながら頑丈だな。
……“融合身体強化”が解除されていないということは大して時間は経っていないな。
「にーさんって時間止められたよね? 逃げるときくらい使いなよ」
「時間を操るのって消耗がスゴいから……。今は一つの技……“終式”の一部として組み込んでるんだよ。それ以外では使わないって条約で消耗を抑えてね。……まぁそれより、何秒くらい寝てた?」
「10秒弱かな。怪我は大丈夫?」
「傷は案外なんてことないな。どっちかっていうと“融合身体強化”の維持の方がしんどいや。……?」
「? どうしたの?」
傷は大したことない。“融合身体強化”の負担は大きいけれど、それとはまた違った違和感を覚えていた。おれの存在が消えかかっている。
……いや、多分この“世界”と“おれ”との境界が消えかかっているのだ。おれは“世界に縛られない”という特性を持っているために、最高神が持っているほどの強大な力でもそれなりに抵抗ができる。が、おれが世界に存在していないわけでもなく、絶対的な力でもない。
何度も何度も混沌神と接触していては、流石に少しずつ侵されていく。
「……もうヤメだ。一部を残して一気に消し飛ばす。これでいこう」
「……そんな器用にできるものなの? ボクをアテにはしないでよね?」
「できる。……し、今のおれの弱り具合と混沌神の完成具合を考えれば“跡形もなく”消し飛ばすなんてことにはならねぇよ。……たぶんな」
爆煙の中から姿を現した混沌神は、先ほどよりもさらに人型に近づいていた。泥が次第に肉体となっていっている。肉体が完成するのは近いだろうが、恐らく知能を得るのはまだまだ先だ。とっとと知能を作ってくれればいいのに。
「サタン、10秒足止めしてくれ」
「分かった。今度はしくらないでよ」
サタンがそう言って地上に降りるのを確認し、おれは両手を合わせて魔素を圧縮した。よく簡単に承諾してくれるな。おれだったらなかなか厳しいだろうに……。斬撃の炎と神聖力も混ぜ合わせ、反発しようとするのを無理やりに押さえ込んだ。
魔素と神聖力を次々と注いでいき、炎の殻で安定させた。殻の中で二つの力を回転させ、反発力を流れる方向へと向かわせれば中の回転は無限に加速していく。
「君さぁ、いくら上位の存在だからってセンパイには敬意を払わなくちゃね……!」
「『怒りの粉砕』」
「『大震地海』!!」
「グァ……!?」
サタンは飛んでくる雹や炎を華麗に躱し、大きく振りかぶって大地を叩き割った。その衝撃は遥か彼方まで、世界全体を揺らし、それでいて大半のエネルギーは半径100メートル程度に収めていた。
サタンが叩きつけた地点を中心に世界は大きく上下左右に震動し、混沌神の足元は砕け散りながら沼のように沈んでいった。泥の足は沼に隙間なく埋まり、空でも飛ばない限りは脱出は不可能であった。そして、知能を得ていない混沌神が空を舞うことはない。
しかしスゴい威力だな。これじゃどっちが化け物だか分かりやしない。……と、おれはきっちり10秒間溜めたエネルギーを両の手に維持し、そして最高速度で混沌神の元へ飛んだ。
「にーさん!? 直接触ったら耐えられないよ!?」
おれは混沌神に飛びかかり、両脚でおれの身体と混沌神の胴体を固定した。確かに直接触れることで世界との同化が加速しているようだ。身体が崩壊していくような感覚がする。
けれど問題ない。おれは両手を混沌神の胸に当てつつ、全てのエネルギーが放出されるように手を開いた。
「すぐに封印したらおれが消えることはない」
「『煌魔宙』!!」
「ガァアア………!!」
焼き尽くす斬撃の嵐が、魔素と神聖力とともに爆発した。斬撃の爆発。一定範囲を消し飛ばす技ではなく、原子レベルまで細かく斬り刻み、焼き尽くすことで対象を滅する技。
混沌神はただ一つ、心臓を残して姿を消した。もっとも、そのただ一つの心臓も必死に鼓動して命を繋いでいる。最高神ともなると心臓が残っているだけで、簡単に復活してしまう。
が、ここまで小さくなれば非常に力は弱まり、復活までも時間を要する。つまり理想の状態まで持ってこれたということだ。
「知能を得たらまた出てこい」
「『遥か彼方へ』」
魔素で薄く硬い結界を張り、混沌神を封印した。とはいえこれほど大きな力を持っている存在は完全に封印することはできないため、力が結界の外へと溢れ出ないようにしただけだ。結界によって混沌神は身動きが取れず、その分の全てのエネルギーが成長のために使われることになる。
“知能を得るまで”という条件付きであるため、そのうち勝手に出てくるであろうが……。無闇に力を振るわなくなればその後のことはそのとき考えればいい。願わくば、おれ達に仇なす存在にならないことを……。
「にーーさーん! 生きてるー?」
「おう……。生きてるぞ……」
混沌神を封じたのを確認し、サタンがどこからか駆け寄ってきた。おれは返事をしながら“融合身体強化”を解除して仰向けに倒れ込んだ。
一仕事を終え、スッキリとした気分なのに、身体中の痛みと黒い空のせいでどうも嫌な気分になってしまう。これが現世の輝く青い空なら、どれだけ良かったものか。
「にーさん、疲れてるとこ悪いけど離れるよ。ここは暑いから。もっと落ち着けるところで回復しよ」
「別に……おれは平気なんだがな」
思えばここは南の極点付近だったな。戦闘中はなんとか耐えてくれていたようだが、サタンは暑いのは苦手なようだから、さっさとここから逃げたいようだ。
おれはサタンに支えられながら気温の低いところまで飛んでいった。少し苦しいが、まぁ許容範囲だ。
「にーさんさ、ボクと戦うときは今の技使わないでね。混沌神に使った最後の技」
「? なんで?」
「流石に死んじゃうから」
「殺し合いってそういうもんじゃねーのか」
サタンは冗談だよ、と高らかに笑った。おれも笑いながら、傷を治しながら考えた。そうだ。大した収穫はなかった、というより世界の内側から外側を見ることはできなかったわけだが、少なくとも“果ての地”を見つける、根源に触れるという目標は達成したわけだ。
つまりおれ達は今、その目標の先にあった約束に向かっているわけだ。おれはどこかやりきれない感情を抱きながら、それでいてどこか高揚しながら、獄境の涼しい地に家を置いた。




