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神話の英雄譚/神々の楽園  作者: わらびもち
第七章 獄境の旅
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第52話 北の寒地

 それから数週間、おれとサタンはただ真っ直ぐに北へと歩いて行った。北へ行けば行くほど気温は下がっていき、昼間でもほとんど氷点下であった。


 現世とは違い獄境ここの気温は太陽によるものでもなかろうに極点に近づくほど寒くなるとはどういうことか。……いや、南は灼熱だとか言っていたか。どういう理屈なのかは多少気になるところだ。


 寒いな。息も白くなって……不思議な気分だな。と、目の前に大きな屋敷が構えてあるのが見えた。そして何人かの魔族が待ち構えている。なかなか面白いものだな、こう……迎え撃つように見られるのは。


「あれか? サタン」


 おれは寒さで裂けそうな喉を使って手短に尋ねた。どれだけ強くなっても、自然の中に生きている限りはその自然に打ち勝つことはできないらしい。


「うん、あれだ。“最後の魔王”、ルシフェルの娘のアミシア。……君がそうだね?」


 屋敷の前に立っていた数人の魔族のうち、サタン中央に立っていた女の魔族に声をかけた。魔力はぼちぼち、魔王としては平均的だな。そしてそのアミシアという魔族は口を震わせながらも、なんとか声を出していた。


「感じたことのないほどの……巨大な魔力を感じて待っていた。あなたは第一の魔神・“憤怒”のサタンとお見受けする。だが……あなたの魔力には気づかなかった。そんな者が私の下を訪ねにきたなど考えたくないが、魔力の持たない存在など後にも先にもただ1人……」


「ああ、おれはネフィル=エスト。獄境でも名前くらいは広まってるんだな」


「当然だ。何をしに来たのだ……。ただでさえ忙しいというのに……」


 アミシアと周りの魔族達は明らかにおれに対して敵対心を持っていた。いや、どちらかと言えば防衛本能であろうか。


 おれは人間側であるから、魔族からすれば未だに“敵”という意識があってもおかしくない。人間だってまだ魔族と完全に助け合おうと思っている者はそう多くないしな。仕方のないことだ。


 けれど彼ら、特にアミシアは、何かを恐れているようだった。


「いやいや、何も戦おうなんて思ってないよ。見ての通りおれは今サタンと旅をしていてね。探し物をしているんだけど、君が何かしら情報を持っていないかと思って寄っただけだよ」


 おれは自身に向けられている刃に抗わず、両手を上げてそう話した。敵対の意思はない。だれにでもそうだと分かる姿勢を取った。そうするとアミシアは向けていた剣を収め、部下にも武器を下ろすように言った。


「…………なるほど、戦いにきたのではないのだな。まぁそのつもりなら私達が抵抗したところで無駄なのだがな」


「……アミシアちゃんだっけ? 忙しいって言ってたね。ボクらで手伝えることなら手伝うよ?」


「そ、そんな! 魔神様の手を煩わせるわけには……!」


「いや、構わないよ。おれ達は別に客人じゃないからな。情報を得るための対価だと思ってくれればいい。……得られるかどうかは別としてね」


「にーさん、今のはボクに言ってたんだよ」


「バカだな。最初に手伝うって言ったヤツが手伝うんだよ」


 “にーさんは手伝わないの!?”と驚いたようにサタンは言った。1人で手に負えないようなら手伝ってやると伝えると、不満気に平気だよと承諾してくれた。よし。これでおれは楽をできるな。


「……では、気づいているかも知れないが、向こう……遥か東で“魔物の暴走(スタンピード)”が起こった。それがこちらに向かってくるので止めたいのだが……どうも数が多くてな」


「向こう……ああ、あれか。確かに多いな」


 20キロメートルほど東に、大量の魔物の気配があった。“魔物の暴走(スタンピード)”、魔素が集まることによって何万、何十万もの魔物が一ヶ所に出現する現象だ。


 現世でも似たようなことが起こることはなくもないけれど、魔素の濃い獄境では定期的に大規模なものが発生する。


 今回のものは魔物の数もそうだが、質もなかなかのものだ。ほとんどがA〜Sランクの魔物のようだ。これは確かに厄介だろうな。


「おれ、魔物の暴走(スタンピード)に遭遇するのは初めてだけどいつもこんな規模なのか?」


「まさか。だとしたら魔族の大半はもう滅んでるよ。ここ数年は発生してなかったようだから溜まってたのかもな」


「じゃあボクがあれを殲滅すればいいのかな? にーさん、料理でも作っておいてよ」


「飯か。そうだな……アミシア、ここにはキッチンはあるのか?」


「あ、ああ。あるが……サタン様だけでいいのか?」


「大丈夫だろ」


 サタンは自信満々な様子だからな。まぁもしも、万が一にでも討ち漏らしがあったらおれが対処すればいい。そんなことは起こらないだろうけど、まぁ万が一だ。


「この屋敷にいるのは10人ちょっとか。寒いしスープでも作るかな。サタン! 魔物を討つのは屋敷ここからにしてくれ。遠くに行かれると面倒だからな」


「もしかしてにーさん、ボクの心配でもしてくれてるの?」


「バカ言え。近い方が見守りやすいだろ」


 おれはそう言いながら右目を瞑りながら手を当てて、視界を取り出した。そして魔素で球体を作り出し、その球体に右目の視界を与える。


 こうすることでおれの本来の右目からは視界が失われるけれど、その代わりに球体の視界に入る情報は全ておれの右目に送られる。これなら遠隔の景色も簡単に見ることができる。


 おれはキッチンに向かいながら、その球体はサタンの下へと向かわせた。


「わ! これも魔眼の力でしょ? ボクのこと見えてるの?」


「ああ。魔素は上手く運用すれば血肉に変わるからな。それこそ魔物が生まれるみたいに。そこにおれの“見る力”を付与すれば空飛ぶ目玉の完成だ。ま、あまり遠くに行きすぎると視界が戻ってきちまうけどな」


「ふーん。便利なもんだなぁ」


 おれはキッチンに着くと、空間収納アイテムボックスから鍋と食材を取り出した。温かい飯がいいよな。スープと……パンも食うか。これまでにもたくさん食ってたからあまり残っちゃいないが、別にわざわざ残しておく必要もない。


 おれが鍋で肉や野菜を煮込んで数十分、徐々に大地の震動が東から伝わってきた。サタンのいるベランダからの視界を覗けば、見たこともないほどに大量の魔物がこちらに向かって走ってきていた。

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