第47話 風を纏う剣
突進してくるエリスの剣を、おれは丁寧に払った。横に振られれば叩き落とし、縦に振り下ろされれば最小の力で軌道を逸らした。
小さな力で振り払っているとはいえ、彼女の剣は異様に力強かった。細い腕から出るような力ではない。魔力操作もまだ覚束ないだろうに……剣に纏っている“風”が原因かな。
「むっ……。不思議な感覚です。そんな簡単に逸らされる剣だとは思ってなかったんですけど……」
「確かに、軌道を逸らすのはむしろ君の領分だったかな? ギルバートさんは氷、セリアは炎、エリスは風か?」
「はい! 『嵐の剣姫』、風を纏う剣です」
彼女の剣に触れようとすれば、自分の剣が巻き取られそうになっていた。まだ大した力は出せてないけれど、それでもなかなか強力な力であった。上手く使いこなせば……無敵とも言えるほどになるかもしれない。
「その……どうやってるんですか? さっきも言いましたけど、そんな簡単に逸らせる剣じゃないと思うんですけど……」
「一朝一夕で分かるものでもないんだけど、軸を見つけるんだよ」
「軸?」
「そ。全ての力は軸を支えるためにあるんだよ。だから軌道を逸らすって、より大きな力で無理やり軌道を変えるって手もあるんだけど、それよりも軸を支えようとしてる力のバランスを崩す方が楽なんだよね」
「はぁ……バランス、ですか」
エリスは怪訝そうな顔をしながら呟いた。なかなかイメージはしづらいだろうけど、それ以上の説明はどうすればいいものか……。
そもそもエリスにはまだ早いとも思うからな。戦闘術を極めていけばそのうち習得するものだし、あまり先のことを教えても無駄……どころか足枷になりかねない。
「まぁ……これはいなす技術だから。剣の修行をしてればそのうちできるようになるよ。だから気にせずにもっと打ち込んでおいで。おれの剣に払われずに迫り合いできたら充分だ」
「はいっ!」
再び襲いかかる剣を、悉く振り払った。何時間もめげずに打ち込んでくる姿勢は良いのだけれど、小規模でも火の剣を発動し続けているとおれの方が疲弊してきた。
そして、その疲れもあったけれど、エリスの剣は確実に捌きづらいものになっていった。早くも自分の軸を意識できるようになったようだ。故にそれを支える力のバランスを崩しにくくなった。
そしてついに、エリスの剣はおれの剣を払い飛ばしておれの喉元まで届いた。呼吸が乱れ、汗もかき、まさに倒れる寸前まで剣を振るったその様は、何事にも懸命に取り組むセリアの影が見えた。
……ハンデとしておれは片手で剣を握っていたとはいえ、それにしても恐ろしい成長速度であった。あの姉にしてこの妹ありといった具合か。
「いやぁ……参ったよ! まさか剣を薙ぎ払われるとは……戦いだったら殺されてたよ」
「ハァ……ハァ…………ふぅ。ありがとうございます。………でもどうしたんです? 後半……というか1時間も経たないうちに力が入ってなかったですよ。手加減ですか? ……そんな感じでもなかったですけど……」
「ははっ……まぁお昼にしよう。食べながら話をしてあげるよ」
エリスは不機嫌そうにして尋ねてきた。別に手加減をした……って言ったらしてたけど、少なくとも負けるつもりはなかったから誇っていいんだけどな。そうは言っても納得しなさそうだけど。
機嫌を直すためにちゃんと説明しようと、屋敷の召し使いが持ってきてくれた昼食を食べながら話をした。
「おれは2年前の戦いで死にかけてさ、当然おれの肉体も死にかけなんだよ。そんな肉体を保つためにずっと魔素を巡らせてる……まぁつまり高速で破壊と再生を繰り返してるわけだけど、能力を使うとそれが上手く回らなくなるんだよね。数分程度なら問題ないんだけど……剣を作っただけとはいえそれを何時間も保ってたら流石に疲れちゃってさ」
「え……あの……大丈夫なんですか……? その……私が無理させたせいで身体が悪くなったりとか……」
「ないない! 極度に疲れるだけだよ。だから心配しなくていい。……でもまぁ、特訓はこれぐらいかな。おれの身体も保たないし、そろそろ魔界に帰っておこうと思うから」
口ではそう言っているけど、正直身体の方もかなり無茶していた。口の中には血の味が広がっているし、身体の内側はたぶんいくつか壊れている。まぁエリスのためだし痛くはないけどな。
「そう……ですか。また少し寂しくなりますね……。でも私も!!そんなことを思っている暇なんてありませんから! すぐに強くなって、いつかお姉様や義兄さんに並ぶんです!」
「そうか。ほどほどに頑張れよ」
寂しさを隠すように元気に話すエリスを、おれは笑顔で眺めていた。未来に希望を持っている子は美しいものだ。その希望をいつまでも忘れないでほしい。絶望してもまた希望を持って、そうしていってほしい。
「もう少しゆっくりしていっても構わないのだけどね」
「そうしたい気持ちは山々なんですがね。長居すると帰りたくなくなりますので」
昼食を終え、おれは魔界に帰ろうとしていた。たぶんまだだろうとは思うけど、アスタロトを倒したサタンが近いうちにおれを尋ねてくるはずだ。待たせるのも悪いから早めに帰っておきたい。
「そうだ、エリス。これ、あげるよ」
「?」
そう言っておれは一つのブレスレットを渡した。魔力の消費を抑える魔道具だ。これはもともと魔力消費の少ない能力保持者ではなく魔法使い向けのものであるが、それでも意味はある。
「それはおれが昔セリアにプレゼントしたやつだ。君が持っててくれ。おれが持ってても意味がないからな」
「!! …………はいっ……! 大事にします……」
「うん。ありがとう」
おれはそう声をかけて屋敷を出ていった。おれはセリアからたくさん受け取ったからな。その全てをおれが占領するわけにもいかない。
そしてあのブレスレットは、機能以上にエリスの力になってくれるだろう。エリスがちょうど、ブレスレットが腕にぴったりはまるくらいの大きさになったら特に。




