第44話 幸か不幸か
夜を越して、おれは日の差す部屋で起き上がった。久しぶりに清々しい朝だった。なぜかな、未だに全てが解決したわけでもないし、苦しみが和らいだわけでもない。
でも、昨日の再会と再びの別れが、何か心の奥に影響したのかもしれない。何かが大きく変わったわけでもない。ゆえに心の闇が晴れたわけでもない。それでも今日は気分が良かった。
「ふぅーーー…………行くか」
今日はプリセリドに、グランデュース家に行かなければならない。恐いわけじゃない。伝えなくてはならないことを、伝えにいくのだから。
けれど……全てを正直に伝えられるだろうか。おれだって理解していた。他人から見ればおれは責任を負いすぎている。……だからおれの言葉は他人からすれば、おれを責めているように聞こえるだろう。
だけどおれからしたらそうではない。おれの中の事実が、他の人の事実とは異なっているのだ。……そこの差を取っ払って上手く話せるだろうか……。いや、そんなことはどうでもいいか。
結局のところ誰を基準にするかではなく、おれはおれが見て、聞いて、知っていることを全て伝えなければならない。
***
英雄の街・プリセリドは相変わらずの活気であった。ただどこか暗い雰囲気も漂っている。たぶんこれは、セリアが魔神に殺されたからだろう。
プリセリドを治めるグランデュース家の長女が逝去したとなれば……どの街よりも影響が大きいだろう。それだけにおれは、この街においては息がしづらかった。
人に顔を見られないよう、おれは纏った外套のフードを深く被りながらグランデュースの屋敷へと向かった。そして屋敷に到着し、門番に声をかけた。
「ネフィル=エストです。ダルゲートさんに会いに来ました」
「話は聞いております。どうぞお入りください」
門番はそう言って門を開き、おれは敷地内に足を入れた。最後に来たのは……魔界に行く前だったか。ズーザミアとの件がなければセリアと来る予定だったんだけどな。
そんなことを考えながら屋敷へと歩いていると、その扉を開き、中から1人の少女が顔を出した。
「お久しぶりです、お義兄さん!」
「久しぶりだな、エリス。大きくなったか?」
今年で12になるセリアの妹、エリスがおれを迎えにきてくれた。久しぶりの再会で嬉しそうにしているけれど、どこか心の底では笑えずにいるようだった。おれはその顔をよく理解していた。彼女の表情はおれと似ていたから。
「えへへ、そうでもありませんよ。……父様方が待ってますから、こちらに」
「そうか、ありがとう」
おれはエリスの案内についていき、当主のダルゲートさんとティアさんのいる部屋に到着した。扉を叩き、エリスを残しておれは部屋に入った。
「ようこそ、エスト君。よく来たよ」
「お久しぶりです。ダルゲートさん、ティアさん」
おれは椅子に座って挨拶をした。空気が重い。何から話せばいいものか。一瞬考えていると、おれが話し始めるより先にダルゲートさんが口を開いた。
「最初は偶然かと思っていたんだ。我らが先祖、グランデュース家初代当主であるグランデュース=バルザート、そしてその嫁であったグランデュース=アールミア。その当時の文献はほとんど残ってはいないが……彼女が世話になったエストという人物、その方の育ての親がバルザートの師である大英雄様ともなれば……グランデュース家はもはや君と兄弟のようなものだ」
「どんな運命の悪戯か、そんな君があれだけ愛していたはずのセリアを、殺したと言っていたと、そう報告がされたが……そんなことは起こり得ないと、私達は知っている。事実を教えてくれ。魔神との戦いで、何があったのだ? 私達の娘は……どのような最期を遂げたのだ……?」
何があったのかは分からないけれど、君がセリアを手にかけることはないだろう。そのような男であるならば、セリアは君を選ばないし、私達も君を認めやしない。
ダルゲートさんはそう言っておれに尋ねた。おれがセリアを殺したのは事実……正しい表現ではないかもしれないが、おれとしては絶対にその責任を負っていかなければならないと、そう思っていた。
「おれは……魔神によって別空間に封印されていたので、セリアがどのような戦いをしていたのかは分かりません。ですがおれが解放されて、セリアの下に向かったとき、森には毒の霧が充満していました。セリアの魔力は残っていて、今すぐに浄化すれば助かると……そう思ってすぐに毒を浄化したのですが…………。何やらその毒が特殊で、大量の毒を飲み込んでいたセリアは中毒状態になっていたようです……」
「!! ……なるほど…………それは……」
「おれが一瞬のうちに浄化してしまったせいで、セリアの身体は適応できずに……それで……。おれがもっと慎重になっていれば……。すぐに浄化しなければ助からなかった可能性だってあるけれど……もっと色んな可能性をおれが考えていられれば……! 仮定の話ではありますが……やっぱりセリアの死に直接関わったのはおれなわけで……」
おれは拳を強く握ってそう語った。思い出すと怒りが湧いてきた。己の非力さに対して、ただならぬ怒りが。おれの身体に魔力が宿っていなくてよかった。もしも宿っていたのならば、その魔力の嵐によってこの屋敷は恐らく崩壊していただろう。
「……それは……辛かったな……」
「……。…………」
ダルゲートさん達ほどではありませんと、そう言おうとして口をつぐんだ。
おれはそんなことを言えるほど謙虚ではなかったからだ。おれは誰よりもセリアを愛していると自負しているから、そんなことを口にすることはできなかった。
「この責任は、一生背負っていきます。良いか悪いかではなく、そうでも思ってないと、おれの心が死んでしまうので……」
「そうか。…………そうだな。セリアの存在が良くも悪くも君を呪ってしまったようだ……。申し訳ない…………」
ダルゲートさんは涙を堪えながら強く、深くそう言った。確かにセリアがおれに及ぼした影響は大きいなんてものではない。
親としての己の悲しみよりも、おれの悲しみを優先してくれているらしい。でも、どちらの悲しみが大きいかなど、どうでもいいことではないか。だってその悲しみっていうのは……。セリアを愛せたってことは……。
「謝らないでください。だってそれは……この上なく幸福なことなんですから」




