第40話 おれが殺した
森の中をしばらく歩き、気づけばすっかり夜になっていた。真っ暗な闇の中、冷たい大雨に降られることほど不快なことはない。そんな中でも不快さすら感じなかったおれが、どれだけ精神を摩耗していたかは言うまでもない。
セリアに雨がかからないように念力で雨を弾きながら、そしてセリアの傷を塞ぎながら顔を上げると、遠くに光が見えた。やっと着いたか……。
長かったようで短かった。時間など気にならないほどに、ただただ歩いていたから。半壊した城が視界に入り、歩みは速めないままそこへ向かった。
「エスト!! 無事じゃったか!! ……ッ!? …………魔神共にッ……やられたのか…!?」
城に到着すると、グラが駆け寄ってきた。そしておれが抱えているセリアの状態に気づくや否や、一言、質問してきた。
魔神にやられた……か。どうだったかな。……いや、違うか。グラに、本当なら“そうだ”と伝えるべきだったのだろう。
けれど何も考えられなかったおれは、おれが思っていることを、裏返りそうな声で口に出してしまった。
「…………おれが……殺した……おれが……!!」
「ッ!? 何があった!? エスト!! おいッ! お前……大丈夫なのか!!? 大丈夫じゃないじゃろ!!!」
「…………疲れた。今日は休むよ……」
「お、おいッ!! エスト!!」
グラにセリアの遺体を受け渡し、おれはグラの呼びかける声を無視して城の中へ入っていった。国に残された兵士を避けながら、部屋へ向かい、濡れた身体を拭かずに倒れ込んだ。
どれくらい……こうしていたか。数十分はベッドの上だったかな。やはり眠れる気がしない。おれは一本の酒瓶を取り出して、未だ雨の降り続けているベランダに出た。
無限に続くような大地を見て、改めて世界の広さを実感した。これだけ広い世界が、一瞬のうちに失われたら……いっそその方が楽だったかも知れない。
おれは大した酔えないくせに、酒を流し込んだ。どうして戦っていたのだったか。おれが戦う理由は……。
酒に溺れることができたのなら……もっと楽になれるのに……。そんなくだらないことを考えていると、部屋の扉の開く音がした。
「エスト、休むんじゃなかったのか? そんなところにいたら風邪引くぞ」
そう言って部屋の中に入ってきたのはグラだった。おれの身体なんだ。勝手にさせてくれ。……今だけは…………勝手にさせてくれ。
「セリアのことなら理解した。遺体を見れば大体見当はつく。……あまり自分を責めすぎるな。お前のせいじゃない……というのは無責任かも知れんが……お前が悩むなら、儂に相談の一つくらいしてみろ。他の奴らは知らんが、儂からしたらお前なぞまだまだ子供なんじゃ」
「………………おれにとってはさ……セリアはこの世界の全てだったんだよ……。いつからだろうな……おれはセリアが幸せでいてくれるなら、もうそれで良かったんだ」
「あぁ、お前達はずっとそうじゃった」
「…………おれは三界を倒して……ルシフェルを倒して……正直さ、おれがいなかったら今の世界はないだろうな……。当然、お前やセリアや……他のヤツらもいなかったらダメだったろうけどさ」
「……そうじゃな」
……
「でも……おれがいなかったら……セリアは今も、幸せに生きていられたんじゃねぇかって思うんだ……。おれがいなきゃ……魔族との戦いは続いてただろうけど……その代わりにセリアが死ぬなんてことにはならねぇんじゃねぇかって。……セリアを殺したのはおれだ。……地獄に引き摺り込まれたときも……2年前、過去に飛ばされたときも……ずっと……セリアを悲しませて……苦しませてるのは……ずっとおれなんだよ…………! おれがいなかったら……おれがセリアに会う前に死んでたら……セリアは今も幸せに暮らしてたはずなんだ……!」
雨に打たれながら、涙が頬を伝った。
おれはいつも、人を不幸にしてるだけだ。人を苦しませてるだけだ。魔神の子なんて……おれなんて生まれてこなければ良かったんじゃないか……? おれが生まれてこなかったら……生まれてこなかった方が……おれの大切な人達は幸せだったんじゃないかな……?
「……なぁ……グラ……おれは……おれはもう…………どうしたらいいのかなぁ…………? おれはもう……誰も失いたくねぇよ……誰も……苦しませたくねぇ…………」
今まで外に向けた視線を、グラの方に向けておれは言った。こんなんじゃおれは、生きてちゃいけないじゃないか。それなのに、勝手に死ぬことも許されない。過去は変えられない。変えられるならおれは……おれの存在を消してやりたいのに……。みんなの記憶からおれの存在を消してやりたい……。
「そうか……」
そう言ってグラは、まだ雨の降っているベランダに出てきた。そして、おれの持っている酒瓶を奪い取り、一気に飲み干した。
「お前の背負ってるもんは儂には計り知れんよ。お前の苦痛を分かってやることはできん。じゃがな、みんなお前がいたから今の自分がいるんじゃ。お前がいたから、今の儂らは幸せに生きていられる」
「…………」
「お前がいない間、セリアはよく話してたぞ。お前と会う前の人生はつまらないものだったと。お前と会って、幸せが何なのかを理解したと。いいか、悲しみとか苦しみいうんは、全て幸福に起因しとるんじゃ。ゆえにそれらは決して悪しき感情などではない。お前が皆に与えた苦痛というのは、お前が幸福を与えたからこそなのじゃ」
「ッ……でも……」
「理解せんでもいい。ただ分かってやれ。お前を蔑むということは、セリアを侮辱するってことじゃ。お前が自分をどう思おうと勝手じゃが、お前を尊敬し、愛した者はいる」
「……分かった」
「うむ!」
グラは満足げな顔をして、おれの頭に手を置いた。おれは未だに自分の存在が良いのか悪いのかは分からない。失ったものに対し、それを乗り越えられるほど強くなったわけでもない。
でも、本音を言って、ほんの少し、おれの中の塊が解消された気がした。そうすると、今度は失ったことに対する悲しみがこれまで以上に押し寄せてきて、目が干からびるほどに涙が出てきた。
声を殺すこともできなかった。雨の降る夜の中、おれの叫び声が響いていた。
「落ち着いたら風呂でも入って今日は寝ろ。そんでもって明日も寝ろ。明後日も、その次も寝ろ。元気になったら森の中を散歩でもしとけ」
「…………? なん……でさ。魔神はまだ残ってる……休む暇なんて……」
「普通の者はな、何もない空間に閉じ込められたら1日も経たずに狂っちまうじゃろうよ。お前はまだ疲れとるし、今のお前に働かせるほど儂らは鬼じゃない」
そう言ってグラは部屋を出ていった。言われてみれば、おれの身体は大して疲れてないけれど、疲労は異常なほどに溜まっている。……そりゃそうか。
おれはもう少しだけベランダから外を眺め、そして部屋に入った。この雨はまだ止みそうにない。




