第39話 継承能力者
急げ……急げ!! セリアの魔力が萎んでいっている。あれだけ大きかったはずのセリアの魔力が、今では残り火のようなものになってしまっている。
今は消耗なんて考えている暇はない。“融合身体強化”を使いながら走ればほんの数秒で着くのだから。……焦るな、焦るな。1秒でも早く、そのために冷静に走れ……!!
「!! ッ…………」
森を抜けた先、いや、元々は森だったけれど、焼き尽くされて平地となった地へ到着したとき、そこには見たくもない悲惨な景色が広がっていた。血が四方八方へ飛び散り、何より、おれの人生の全てとも言える彼女が、セリアが………。
「おっと、いらっしゃい、エストさ……ッ!」
「うがッ!!」
「おい、セリア!! セリア!!」
おれは2体の魔神を蹴り飛ばし、それと同時にセリアに突き刺さっていた赤い槍を消滅させた。そして地面に倒れこもうとするセリアを抱き抱え、一生懸命に名前を呼んだ。
死んじゃダメだ……死んじゃダメだ!
なんとか傷を塞ごうと魔素を練っていると、セリアは閉じていた目と口を開いた。
「エス……ト……出てこれた……のね……。良かった…………」
「喋るな! 今……今、傷は治してやるから……だから喋るな……!!」
おれが恐怖に怯えながらそう伝えると、セリアはそっとおれの肩に手を置き、優しく言った。
「だめ……よ。…………エストの力じゃ……この傷は治せない…………。治せても意味がないし……君が力を使いすぎると……魔神に勝てないじゃない…………」
「なんだよッ……意味がないって……!! 諦めるなよ……!!」
「エスト様……あなたが毒を消したからよ? 彼女の酸素になってた毒を、あなたが浄化しちゃうから。もっとゆっくり浄化していけば助かったのに」
「……は?」
毒……だって? 毒を浄化したから……え? 毒があるとセリアが危険だからと思って………でもすでに毒がないと生きていけない身体にされてたってことか……? ……じゃあ……だったらセリアをこんな状態にしたのは…………。
「違うッ……!! …………見れば分かるでしょ……? 毒以前に……私の身体はもう……限界よ……。参ったな……へへ……」
「セリア……おれ……おれが……!!」
おれの中で何かが大きく揺らいでいた。おれには、セリアがいればあとはどうだってよかったんだ。
セリアがいなくなるなら、おれはどうしようもなくなるんだ。それくらいにおれにとって“セリア”は大きな存在なのに……それなのにおれのせいで……おれなんかのせいで…………
「エスト……ごめんね……君を残して……私だけ……。でもほら……手を出して……」
セリアが伸ばした手をおれは握った。身体の内側が熱くなっていった。熱いけど温かい。
そしておれの髪が小麦のような金色に染まっていった。そんな状況ではないはずなのに、不思議とほんの少し、落ち着くような感じがした。
「私の……能力…………今渡したから……。いつまでも君と一緒に………………」
「ッ……うん………ありがとう……。今まで……ありがとう…………! またね……」
「ふふ…………できるだけ……ゆっくり来るのよ……。エスト……さえ……幸せに……生きててくれる……なら……私は……それで……………………」
目を閉じていくセリアを、おれはできる限りの笑顔で見送った。最期に見る顔は笑顔がいいと、おれは誰よりも知っている。おれの手を握っていたセリアの手は、脱力し、おれの手の中から落ちた。
雨が酷く冷たかった。おれの頬を伝っているのが、雨なのか涙なのか分からなかった。怒りや悲しみ、普通ならそういう感情を抱くべきなのだろうが、おれにはもはやそんな感情を持つことはできなかった。そんな気力は、今はない。
ただひたすらに喪失感を味わい、絶望というぬるい言葉では表現できない、空から降る雨が心臓を貫くような感覚であった。
己が憎く、己の力が憎く、己の無力が憎かった。おれは動かなくなったセリアを両手に抱え、力の入らない足で立ち上がった。
「あら、死んじゃったんですか? 可哀想に」
「……悪いけど……少し黙っててくれるかな。今は誰の声も聞きたくないんだ。疲れたんだよ。……だから獄境にでも帰りな」
挑発気味に言うアスモデウスに、おれは光を失った目を向けて言った。アスモデウスとその隣に立っているベルゼブブ、もはや殺す気力すら残っていない。雨とも涙とも分からぬものが、頬を伝っている感覚だけが鮮明だ。
早く帰ってほしい。顔を見たくない。それでも帰らないって言うなら……。
「悪いけど……精神的に今が一番弱ってるでしょ!! 私達が殺せるなら今しかないでしょ!」
「……まったく……」
「ッ!?」
「アスモデウス!! 下がれ!!!」
「あッ……ぐああああ!!!」
おれは一帯に花びらを模した炎を宙に舞わせた。そしてその花びらはおれを中心に渦巻くようにして散り、アスモデウスを貫いた。貫いた箇所からさらに花びらが何枚にも分裂し、身体の内側から焼き、斬り刻んだ。
アスモデウスの身体は灰塵となった。距離を置いていたベルゼブブは巻き込まれなかったようだ。面倒だな。どうせ死ぬのだから、一度に殺されてくれよ。
「君だけ残すのは公平じゃないね。……おいで」
「ッ……我を舐めるなよ!! 貴様の精神は既に……死んでいるのだからなッ!! そんな男が愛する者の死体を抱えて……一体何ができる!!?」」
ベルゼブブは赤い鎧を纏い、槍を作りだして向かってきた。やっぱりセリアを刺したのはコイツか……。
「がッ……!!」
「…………」
おれはセリアを抱えたまま、炎を纏った右脚でベルゼブブの腹を突き刺した。そしてそのまま炎をベルゼブブの身体へと移し、魔素を送り込んで焼き尽くした。
……これほど何も感じずに戦ったのは初めてかもしれない。達成感もないし、使命も感じなかった。
雨が降る中、おれはセリアを抱き抱えて城の方へゆっくりと帰った。心臓が止まりそうな感覚だ。あるいは止まっていたかもしれない。何も考えられず、ただただ機械のように足を動かした。
前を見ることもできず、足元だけを見てただひたすらに歩いた。ひとつだけ言うとするのなら、この雨は止みそうにないと、ただそれだけを感じていた。




