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神話の英雄譚/神々の楽園  作者: わらびもち
第六章 襲来
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第39話 継承能力者

 急げ……急げ!! セリアの魔力がしぼんでいっている。あれだけ大きかったはずのセリアの魔力が、今では残り火のようなものになってしまっている。


 今は消耗なんて考えている暇はない。“融合身体強化バースト”を使いながら走ればほんの数秒で着くのだから。……焦るな、焦るな。1秒でも早く、そのために冷静に走れ……!!


「!! ッ…………」


 森を抜けた先、いや、元々は森だったけれど、焼き尽くされて平地となった地へ到着したとき、そこには見たくもない悲惨な景色が広がっていた。血が四方八方へ飛び散り、何より、おれの人生の全てとも言える彼女が、セリアが………。


「おっと、いらっしゃい、エストさ……ッ!」


「うがッ!!」


「おい、セリア!! セリア!!」


 おれは2体の魔神を蹴り飛ばし、それと同時にセリアに突き刺さっていた赤い槍を消滅させた。そして地面に倒れこもうとするセリアを抱き抱え、一生懸命に名前を呼んだ。


 死んじゃダメだ……死んじゃダメだ!


 なんとか傷を塞ごうと魔素を練っていると、セリアは閉じていた目と口を開いた。


「エス……ト……出てこれた……のね……。良かった…………」


「喋るな! 今……今、傷は治してやるから……だから喋るな……!!」


 おれが恐怖に怯えながらそう伝えると、セリアはそっとおれの肩に手を置き、優しく言った。


「だめ……よ。…………エストの力じゃ……この傷は治せない…………。治せても意味がないし……君が力を使いすぎると……魔神に勝てないじゃない…………」


「なんだよッ……意味がないって……!! 諦めるなよ……!!」


「エスト様……あなたが毒を消したからよ? 彼女の酸素になってた毒を、あなたが浄化しちゃうから。もっとゆっくり浄化していけば助かったのに」


「……は?」


 毒……だって? 毒を浄化したから……え? 毒があるとセリアが危険だからと思って………でもすでに毒がないと生きていけない身体にされてたってことか……? ……じゃあ……だったらセリアをこんな状態にしたのは…………。


「違うッ……!! …………見れば分かるでしょ……? 毒以前に……私の身体はもう……限界よ……。参ったな……へへ……」


「セリア……おれ……おれが……!!」


 おれの中で何かが大きく揺らいでいた。おれには、セリアがいればあとはどうだってよかったんだ。


 セリアがいなくなるなら、おれはどうしようもなくなるんだ。それくらいにおれにとって“セリア”は大きな存在なのに……それなのにおれのせいで……おれなんかのせいで…………


「エスト……ごめんね……君を残して……私だけ……。でもほら……手を出して……」


 セリアが伸ばした手をおれは握った。身体の内側が熱くなっていった。熱いけど温かい。


 そしておれの髪が小麦のような金色に染まっていった。そんな状況ではないはずなのに、不思議とほんの少し、落ち着くような感じがした。


「私の……能力スキル…………今渡したから……。いつまでも君と一緒に………………」


「ッ……うん………ありがとう……。今まで……ありがとう…………! またね……」


「ふふ…………できるだけ……ゆっくり来るのよ……。エスト……さえ……幸せに……生きててくれる……なら……私は……それで……………………」


 目を閉じていくセリアを、おれはできる限りの笑顔で見送った。最期に見る顔は笑顔がいいと、おれは誰よりも知っている。おれの手を握っていたセリアの手は、脱力し、おれの手の中から落ちた。


 雨が酷く冷たかった。おれの頬を伝っているのが、雨なのか涙なのか分からなかった。怒りや悲しみ、普通ならそういう感情を抱くべきなのだろうが、おれにはもはやそんな感情を持つことはできなかった。そんな気力は、今はない。


 ただひたすらに喪失感を味わい、絶望というぬるい言葉では表現できない、空から降る雨が心臓を貫くような感覚であった。


 己が憎く、己の力が憎く、己の無力が憎かった。おれは動かなくなったセリアを両手に抱え、力の入らない足で立ち上がった。


「あら、死んじゃったんですか? 可哀想に」


「……悪いけど……少し黙っててくれるかな。今は誰の声も聞きたくないんだ。疲れたんだよ。……だから獄境にでも帰りな」


 挑発気味に言うアスモデウスに、おれは光を失った目を向けて言った。アスモデウスとその隣に立っているベルゼブブ、もはや殺す気力すら残っていない。雨とも涙とも分からぬものが、頬を伝っている感覚だけが鮮明だ。


 早く帰ってほしい。顔を見たくない。それでも帰らないって言うなら……。


「悪いけど……精神的に今が一番弱ってるでしょ!! 私達が殺せるなら今しかないでしょ!」


「……まったく……」


「ッ!?」


「アスモデウス!! 下がれ!!!」


「あッ……ぐああああ!!!」


 おれは一帯に花びらを模した炎を宙に舞わせた。そしてその花びらはおれを中心に渦巻くようにして散り、アスモデウスを貫いた。貫いた箇所からさらに花びらが何枚にも分裂し、身体の内側から焼き、斬り刻んだ。


 アスモデウスの身体は灰塵となった。距離を置いていたベルゼブブは巻き込まれなかったようだ。面倒だな。どうせ死ぬのだから、一度に殺されてくれよ。


「君だけ残すのは公平じゃないね。……おいで」


「ッ……我を舐めるなよ!! 貴様の精神は既に……死んでいるのだからなッ!! そんな男が愛する者の死体を抱えて……一体何ができる!!?」」


 ベルゼブブは赤い鎧を纏い、槍を作りだして向かってきた。やっぱりセリアを刺したのはコイツか……。


「がッ……!!」


「…………」


 おれはセリアを抱えたまま、炎を纏った右脚でベルゼブブの腹を突き刺した。そしてそのまま炎をベルゼブブの身体へと移し、魔素を送り込んで焼き尽くした。


 ……これほど何も感じずに戦ったのは初めてかもしれない。達成感もないし、使命も感じなかった。


 雨が降る中、おれはセリアを抱き抱えて城の方へゆっくりと帰った。心臓が止まりそうな感覚だ。あるいは止まっていたかもしれない。何も考えられず、ただただ機械のように足を動かした。


 前を見ることもできず、足元だけを見てただひたすらに歩いた。ひとつだけ言うとするのなら、この雨は止みそうにないと、ただそれだけを感じていた。

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