第35話 身体加重
「無数の力の前に何ができる!!」
「『火球網』ォ!!」
「ッ!!」
マモンが大きく息を吸うと次の瞬間、彼は口から大量の炎を吹き出した。魔法……とは少し違いそうだ。大して魔力を消費してきる様子はなかった。つまり……。
「過去に奪った力も使えるってことだな。気をつけろよ、イリア。手数が分からねぇ」
「はっはっはっ!! “無制限”っつったろォ! 臆すなよ! 久しぶりの祭りだ!!」
マモンは宙を舞っていたかと思えば、今度は分身して地面に突っ込んできて大地を割った。“増殖”と“分割”ってところだろうか。これだけ力を使っておきながら、魔力が底をつく様子はない。一番厄介なのはそこだろう。
デモンゲートとイリアは反撃の隙を窺いながら攻撃を回避した。水平方向から飛んでくる氷塊を砕き、地面から這い出てくる歪な生物を潰しながら。
「このデカいイモムシみたいな……お前の能力か?」
「かも知れねーな。……どんな能力なのか分かりゃしねー。アイツがいくつも能力を持ってるってんなら……想像力が俺以上にあるかもってとこも厄介だな。面倒な奴が来たもんだぜ」
イリアの“想像を具現化する能力”も使われる以上、普通の者よりも想像力が戦闘力に直結しやすい。二対一、人数の利があるとはいえ、技の多彩さでは圧倒的に劣っている。こんな相手に有利を取れる者なんて………。
「エスト様のいない方に来たのは相性が悪かったからか?」
「エストの野郎と戦ったら能力が封じられるからな! それもそれで面白そうだが……アスタロトがやめろっつーから……思い出したら腹が立ってきたな」
「ッ!!」
そう言うとマモンの姿が消え、一瞬のうちにイリアの前に現れた。今度は時間を止めたようだ。
止められていたことに気づいていたデモンゲートが突進してきたマモンを蹴りで迎え撃とうとしたが、その脚を掴まれイリアもろとも投げ飛ばされた。そして地面から生えてきた巨木に動きを封じられ、そこに炎の矢が降り注いだ。
手数が異常、破壊力も異常、そしてそれを成立させるだけの魔力量も異常。とてもじゃないが人間の勝てる相手ではない。
「熱ッ……!! ぬァああ!!」
「『身体加重』!!」
「うおッ……! 何だァ! その速さはァ!!?」
巨木と炎を投げ飛ばしたデモンゲートは、己の時間を一時的に止めてエネルギーを増幅させた。止まった時間の中で物を叩けば、その衝撃は時が動き出したときに一気に押し寄せてくる。それを応用し、一瞬のうちに何倍もの力を引き出すことに成功したのだ。
マモンの弱点など無いに等しい。が、強いて言うのならば、それは……。
「俺の主様は恐ろしく強いんでな……少しでも追いつけるように開発した術だ」
「ほう……楽しませてみろ!! 俺様とは違い、熟練した能力でなァ!!」
両者は互いに時間を止めながら接近し、一直線に拳を交えた。力は互角、いや、まだマモンの方がいくらか余裕があるようだ。デモンゲートは力負けして殴り飛ばされた。
「もうちょっと溜めないとな……。イリア、アイツは一度に2つ以上の能力は使えないようだ。どうだ?」
「時間がかかる。悪りーけど命懸けてくれ」
「はっ! んなもん最初から懸けえるっつーんだよ。俺を殺してでもなんとかしろよ。エスト様に顔向けできねぇからな」
デモンゲートは今初めてまともに拳を交わらせたことで理解した。自分の力ではマモンを殺すほどの有効打を与えられないと。かつて大敗した我界とおよそ同程度と見て間違いなさそうであった。
時間を止めるだけの、攻撃的な能力を持っていない己では、勝つことはまずできない。だが、肉体を破壊するほどの力を溜めれば、その機会を作るだけのことは可能かもしれない。
「作戦会議は……終わったか?」
「ッ……づァあ!!」
「ぐぅッ……!」
話が落ち着いたところを確認したのか、マモンは2人の背後に現れた。今のは時間停止ではない。高速移動だった。そして反応する隙もなく、空間が爆発したかと思えばデモンゲートの腹が、イリアの腕が抉られていた。
「まずはテメェからかァ? デモンゲートォ……。そっちの子が準備するってんなら、寛大な俺様はテメェから先に殺してやるよ」
「……そうか……。ありがてぇな。そうしてくれ」
「はっはっ!! ギア上げてけ!! 出し惜しみなんかして死ぬんじゃねェぞォ!!」
確かに出し惜しみをする余裕はない。そんなことをしていたら、今度こそ確実に殺されるだろうから。デモンゲートはさっき以上に肉体に力を溜めた。流石に肉と骨がギシギシと鳴っていたが、今は痛みを忘れるべきだ。
「……ハァ……行くぞ……」
「よォしッ……!!」
「!?」
マモンは相変わらず速かった。音速を遥かに超える速さで繰り出される一撃は、大気を裂いてデモンゲートの目を潰した。反応が遅れていれば頭を割られていただろう。
恐らく身体強化系の能力だ。最も単純で扱いやすい……戦闘を楽しむ者には何よりも楽しいであろう力だ。
「魔神っつっても大したことねぇんだな! そんな攻撃じゃあ俺の首は落とせねぇぞ!!」
「くッ……! いいぞ! いいぞォ!!!」
デモンゲートの攻撃もまた、マモンに匹敵するほどの速さを誇っていた。いや、部分的な速度でいえば上回っている。
拳が防がれれば蹴りを、蹴りが防がれれば魔力弾を放った。どれも掠りはしない。けれど、少しずつ加速していくデモンゲートの攻撃は確実にマモンに迫っていた。そしてそれを、マモンは心の底から楽しんでいた。




