第33話 縛られし者
「……パルセンダ、儂にはアイツに攻撃を当てるほどの速さはない……」
「もっかい言うけど僕の力じゃアイツを止めることはできんからな」
「鎖を出せ。儂が硬化する。そうすれば一瞬の隙を作るくらいはできるじゃろう」
パルセンダは言われるがままに魔力の鎖を生み出した。そしてそれに、グラが“硬化”を付与する。アスタロトは硬化された炎を警戒していた。そう、確かに“警戒”していた。それはつまり、彼にも“硬化”の力は通用するということだ。
「正直、何をしたってアイツを拘束するなんて簡単じゃないぞ。君の速さでも当てらんないんならさ」
「それを考えるのがお前の仕事じゃろうが。儂はお前が成功させるまでは速さ重視の形態にしておるからな」
そう言ってグラは竜人形態のまま翼を生やし、纏っていた炎を消した。全ての魔力を肉体の強化に回したのだ。炎を纏った方が攻撃力は高い。つまり攻撃力を投げ捨て、代わりにただ翻弄に徹する。そしてアスタロトに隙ができたら思いっきり叩く。それが策だった。
グラは準備を整えると、雷にも匹敵する速さでアスタロトに接近し、ジルアードの方へ投げ飛ばした。
「グラダルオ貴様……! こっちに……!!」
「ふん……ッ!!」
ジルアードは斬撃の嵐をぶつけつつも、アスタロトは身体を回転させることで彼ごと吹き飛ばした。グラは不規則になった斬撃を躱しながらアスタロトに飛んでいき、脇腹に蹴りを入れる。
「んん……ん? 随分速くなったが、この程度じゃそよ風みたいなもんだぞ……!! ……チッ! 鬱陶しい」
アスタロトは魔力を込めてグラに拳を振るったが、それは受け流され、グラは一度距離を取った。速さなら勝っている。だが力はアスタロトの防御力を貫けるほどのものではない。やはり攻撃は考えない方がいいか……。いや、違う。
「ジルアード、貴様の斬撃……貸せ」
「!? ……ああ、なるほど。お前が俺の方にアイツを飛ばしてきたおかげでもう限界だ。俺の魔力は全部持ってけ」
そう言ってジルアードはグラの腕に回転する斬撃を纏わせた。ジルアードは実践経験はほとんどなかった。
それだけにアスタロトの攻撃を防ぐことは不可能に近く、魔力はともかく肉体は既に限界に近かった。だからもはや、託すしかない。
「ありがとな……」
「『竜回斬』!!」
「痛ったたたた!! 何だソレ!?」
斬撃を纏ったグラの拳は、アスタロトの皮膚を削った。当然、自分の能力ではないため、グラの肉体にも相当な負荷がかかっていた。だがこれも、全て隙を作るためだ。ただそれだけだ。
「すぅー…………ハッ!!」
「……? こんなものに意味があると?」
グラは斬撃を両腕に移動させて大地を強く殴りつけた。大地はひび割れ、砕け散り、砂塵が一帯を包み込んだ。
視界が悪くなるものの、魔力を感知すればどうということもない。特に法帝以上の実力者ともなれば。
「充分だろ? 目が見えないだけでも枷になるだろ」
「お前ごときすらどうともできない目眩しが、俺に通用する訳ねぇだろうが……」
グラは斬撃拳を何度も何度も叩き込もうとした。だがアスタロトはそれを相殺するように殴った。斬撃を纏っていても、その斬撃が存在しないところはある。
その場所を的確に狙っていた。“気にしない”という選択もあったけれど、ただ痛いのが嫌だから斬撃は防ぐようにしていた。圧倒的な実力差があるだけに、そして彼の“怠惰”な性格ゆえに、その程度のことに意識を向けていたのだ。
「……ぐうぁあああ!!」
「おっ……お?」
グラは対抗してくるアスタロトの拳を、腕を掴み、思いっきりに投げ飛ばした。そして、飛んできたアスタロトの目の前にパルセンダが突然現れた。意識がグラに向いており、視界も悪い。だからこの局面においては、アスタロトは弱者に気づくのが遅れてしまった。
「『豪縛』!!」
「なッ……!?」
グラの能力によって硬化した鎖を、魔力出力を最大にしてアスタロトを拘束した。が、完全に動きを封じることはできなさそうだ。
……幸いにも今はパルセンダの方に意識が向いている。彼はグラに意識が向かないよう、あえてほんの少し、アスタロトに接近した。
「がッ……!!」
「鎖を解け。そうすればもう少し楽に殺してやれるぞ」
一瞬、アスタロトが動いたかと思うと、彼の腕はパルセンダの腹部を貫いていた。ただ魔力を纏っただけの腕が、並の凶器……いや、聖剣や魔剣などよりもよっぽど鋭く硬かった。
けれど、パルセンダはそれに怯まず、むしろ進んでその腕を掴んで更に鎖で拘束した。全ての魔力を、生命力を注ぎ込んで。命などいらぬ、少なくとも庇えば死ぬ。
「ッ!?」
「……脅しの……つもりだったのか……? どうせなら足掻いて……やろう……じゃねぇか……」
「よくやった!! パルセンダ!」
「! お前……!!」
「それじゃあ避けれんじゃろう! 魔神よォ!!」
「“硬炎”!! 『爆斬竜拳』!」
「……ッ!?」
グラ斬撃と炎を纏った拳が、アスタロト目掛けて墜落してきた。直撃すればただでは済まない。直撃すれば、確実に命を焼き尽くすことができる。
だからこそ、だ。その場の全員が異様に身体が遅くなり、対してアスタロトは異様に速くなって鎖の拘束を抜け出した。遅くなったことを認識することはできたものの、身体の速さはソレが解除されるまで元に戻らなかった。
そして解除されると突然、グラの拳は誰もいない空間を焼き裂いて終わった。意識だけが取り残され、時間が独自の速さを持つ。それはつまり、時間の操作がされたというわけで。
「避けられちまった……が、使ったな。能力をよ!!」
「く……くそッ!!」
アスタロトの魔力は乱れ始めた。今の現象は、“対象に流れる時間を遅くする”というアスタロトの能力と見て間違いなかった。
つまり“能力を発動しない”という条件に違反したのだ。だからアスタロトの魔力は乱れ、そこの空間は歪み始めた。
「エスト!! 良かった……! ……おい、エスト?」
空間の歪みから出てきたのは、別空間に封じられていたエストであった。だが彼は、空間から出てくるや否や、ただただ虚空を見つめ、そしてグラの呼びかけには応えなかった。




