第30話 誉れ
ミスロンに帰ったおれは、デムと牢獄に捕らえていたウーラリードを北大陸へと向かわせた。もう少し彼らにも準備をさせてやろうかとも思ったけれど、魔神達がいつ動くか分からない以上ゆっくりもしてられない。
デムはおれと離れたくないと騒いでいたがおれのお願いということで渋々承諾してくれた。北大陸にはイリアも行くはずだけど……まぁ仲良くはいかなくとも上手くはいくかな。……たぶん。……相性がいいイメージはないな。
それはそうと、いつ来るか分からない襲来に怯えて特訓をしないわけにもいかない。むしろその襲来までになんとかセリアを強くしておかないと。
そういうわけで今日も今日とておれとセリアは特訓場に来ているのだが……どうしたものかな。疲労で溜まっている間に攻められたら困るから休憩は多くとらないといけない。だがそれは効率がいいとは決して言えない。なんとかしたいものだが……。
「よし。セリア! 一度本気の打ち合いといこう。準備しろ」
「え……へ? 本気でって……いいの?」
「構わないよ。こんなことを言うのは元も子もないかもしれないけど、魔神がそんなタイミングよく来るなんてこともそうないだろ。それに今日はこの一本だけにするから」
「……でもエストに本気出されちゃ私どうしようもないわよ」
「どうしようもないってこともないだろうけど……まぁおれはただの身体強化しか使わないから安心してくれ。それなら速さと力じゃおれを上回るだろ」
「そ、それならそうね」
セリアの力はいよいよ完成に近い。あと少し、ほんのちょっとでも刺激してやれば恐らく浸透するだろう。そうでなければ………実戦でどうにかなればいいのだが……。
別に浸透は魔神と戦う上で必須条件ではないけれど、完成させておくに越したことはない。だから今、実戦に近い状況で浸透しないか試しておきたい。少なくとも強い力に触れれば近づくことはできるはずだ。
おれはセリアと向き合って、腰に差した地獄の刀“鬼火舞”をゆっくりと抜いた。今日はどうやら機嫌が良いようだ。この前久しぶりに斬ってやったからかな。イメージ通りに魔素が流れて炎が溢れ出る。
「熱ッ! それは使うの!?」
「おれも戦術の幅を広げたいからな。まぁこのくらいなら平気だろ。グラ! ジルアード! パルセンダ! お前ら3人で結界張れ! 強力な結界をな!」
あの3人で結界を張ればちょっとやそっとのことじゃここが吹き飛ぶこともないだろう。安心してセリア暴れてもらえるってもんだ。おれは単純な魔素操作で肉体と五感を強化した。
「本当に身体強化しか使わないのね。後悔しても知らないわよ!」
「そんな結果になるなら誉れってやつさ。さぁ、多少の怪我なら治せるし治してやれる。遠慮なくかかってこい!」
セリアは燃え盛るような赤髪に変化し、剣と身体に猛る炎を纏わせた。美しいという言葉が何よりも似合う姿だ。久しく見るが見惚れてしまうな。
セリアはスピードタイプの剣士だ。もちろん力も並のものではないけれど、戦うときに一番厄介になるのはこの速さだ。だが、おれの強化されている眼を使えば対応できないほどでもない。
おれは刀を振り下ろし、セリアの剣と交わらせた。セリアの力に押し飛ばされ、おれは地面を滑りながら刀を構え直した。体勢を立て直す隙を与えずにセリアはおれに突っ込んでくる。
「『天蹴!』」
「!!」
おれに突きつけられた剣を地面に突き刺した刀で受け止め、刀を軸に身体を回転させることで蹴り飛ばした。そして地面が燃える前に刀を抜き、再びセリアと向かい合った。当のセリアも体勢を直して剣を強く握った。
「痛たた……。そう来るとは思わなかったわ……」
「ははっ。言ったろ。戦術の幅を広げるって。おれは剣士じゃねぇからな」
おれの戦闘スタイルは基本は武術だ。剣術もそれなりに使えるとは言え、おれの強みをより引き出すために利用すべきだ。まぁ剣術は楽しいから単純に好きなんだけどな。
「さぁ、休む暇はない……ぞ!!」
「うッ……!」
今度はおれがセリアに接近し、大地を割るように刀を力強く振り下ろした。セリアは両手で剣を支えて防ぎ、全身から吹き出した炎の火力を更に上げた。
熱……というほど熱くはないな。地獄の刀を握っているだけあっておれは炎や熱に異常なほどの耐性がある。だがまともにこの炎を喰らっちまうのは流石にまずいか。一度距離を置いて遠距離から刀を振るった。
「『白環』!!」
「!! 『裂陽剣』!」
おれは白天を纏った斬撃を飛ばした。空間を切り裂いて進む斬撃を、セリアは炎の斬撃で相殺した。斬撃が打ち消されると同時におれはセリアに斬撃を、蹴りを喰らわせた。考える暇を与えないように。
刀の熱気に当てられて焦りも出るだろう。加えて昇華している状態では高揚感もあるはずだ。だが落ち着いて対処すればどうということはない。一瞬、ほんの一瞬何かを掴めればいいのだが。
「ッ!!」
そんなときだった。言葉では表せないような何かがセリアに起こったかと思うと、爆発的な力でおれの握っていた刀は弾き飛ばされた。
刀は宙を回転しながら舞い、そして地面に突き刺さった。そしてその一瞬のうちに、いつの間にかセリアの剣先はおれの喉元に置かれていた。
「油断……したでしょ? 今」
セリアは悪そうな笑みを浮かべてそう言った。本人は気づいていないのかもしれないけれど、外から見れば彼女は劇的に変化していっていた。
炎のような赤い髪は元の黄金色へと戻り、それでいて瞳はこれまで以上に赤く燃えていた。何かがセリアに良い働きをしたんだな。これは間違いなく浸透が成功したのだ。
「気分はどうだ?」
「ん? 何の?」
「今のだよ。浸透してるだろ」
「え? あ! ホントだ! 気づかなかった!!」
セリアはおれとの打ち合いに必死だったのだろうな。おれに言われてやっと変化に気づいたようだ。姿が変わっただけでなく、魔力の質も変化していた。セリアの異常なほど濃い魔力が、空気中の魔素をジリジリと焼いている。
「よし。一撃、本気で振ってみろ。どんなもんか試しておきたいだろ」
「う、うん!」
おれは地面に刺さった刀を回収し、両手でしっかりと握った。セリアも炎を猛らせておれと向かい合った。魔力を可能な限り纏い、おれも魔素を巡らせた。今回ばかりは加減する必要もなさそうだ。いや、加減すれば打ち負かされる。ある程度本気で刀を振ろう。
「はぁあああああ!!」
おれとセリアは瞬くうちに接近し、2つの得物は空間を、互いの魔力と魔素を押し潰しながら交わろうとした。




