第22話 恐ろしいもの
目を開くと、そこは王城の一部屋であった。身体を起き上がらせることはできない。筋肉も骨も神経も、肉体の全てが損傷している。やや騒がしい外と比べて、部屋は完全に静まり返っている。
視線を下に向けると、おれの寝ているベッドに頭を落としてセリアが眠っていた。おれが寝ている間見張っておいてくれたのかな。照れちゃうぜ。
おれがセリアの頭を撫でながら彼女の寝顔を眺めていると、おれの気配を感じたのか、デムがもの凄い勢いで部屋に入ってきた。
「エス…………!!」
「…………」
デムがおれの名を呼ぼうとした瞬間、おれは人差し指を口元に当てて“静かに”と伝えた。疲れているセリアを起こすわけにもいかない。
「ッ!! 申し訳ございませんでした」
「いや、構わないよ。おれが寝ていた間のことを教えてくれ」
「はい。エスト様は1週間ほど寝ておられました。あなた様のことは世界中に知らされております。国が騒がしいのはそのためですね。そして襲撃してきたズーザミアの兵士達は私達の管轄している監獄に収容されております。エスト様のおかげでかなり少なくなりましたが、我が国の死傷者は500までに上りました。ほとんどが怪我人ではありますが」
「そして、ズーザミアは新たな魔神に国王を殺害されて混乱しております。今回の襲撃は魔神に操られてのことだとか。ズーザミアの王子は近いうちにこちらへ訪問をするようです。して、その国王を操っていたと思われる魔神・アスモデウスについてお伺いしたく思うのですが……」
「あぁ……そうだな」
おれもよくは分かっていない。既に倒したルシフェルを含め、全てで7人の魔神のうちの1人。その第七と言っていたか。相対した感覚としては三界の双角、侵界よりは確実に強そうだったけれど、本山、我界ほどではなかった。
恐らくは番号が力の序列なんだろうけど……ルシフェルが第二だと言っていた。封印から解き放たれ、弱っている状態でやっと倒せたあのルシフェルが第二。頭の痛くなる話だな。
「おっと、起きたか? おはよう」
「……!! エスト! 起きたのね……!」
セリアは霞んだ目を開くと、顔を持ち上げてゆっくりと、けれども力強くそう言った。少し声が大きかったかな。おれはセリアの頭から手をどけて微笑みかけた。
「……私は席を外すとします。少ししたらグラを呼んできますので、ではそれまで」
デムはそう残して部屋を出た。気を利かせてくれたのか。別にいてくれても構わないのだけれど。
と、そう考えているとセリアがそっと抱きしめてきた。首に腕を回し、頭の後ろに優しく手を当てていた。
「? ……ど、どうした?」
「ありがとね。ミスロンを救ってくれて。……でもあのときのエストの顔、とっても怖かった。怒りに満ちた黒い目をしてた」
「……そうだったかな。セリアには良い顔を見せてたと思うんだけどな」
「……誰でも殺しちゃいそうな目だったの。……エストはさ、なんでも自分でどうにかしようとしてるのよ。強いからかな、無理はないけど。…………君の人生も半分は私が背負ってるんだから、君は私にもっと頼っていいんだよ。君の怒りと悲しみは私も背負うし、私の分も喜んでほしい。……世界中がエストの敵になったとしても、私はいつまでも君の味方だから。だから大丈夫よ。……大丈夫」
「……ありがとう」
おれはセリアにそう言われて理解した。おれはあのとき、グラやデムを、国の民を、大切なものを傷つけられたことに怒っていたのではなかった。いや、そう言うと違うな。厳密に言えば、怒ってはいたけれど、それ以上に失うことを恐れていたのだ。
彼らを失い、セリアを失うことを。大切なものを守るためには、害する者を排除しなければならない。冷静さを失っていたおれはそう考えてしまっていたのかも知れない。
セリアはそれが怖かったのだ。おれが、セリアの知らないおれになることを。おれは、セリアが愛してくれたおれでなくてはならない。おれは他の何よりも、セリアの味方なのだから。
「ごめん。もう間違わないよ」
「うん。……エストは長生きしたんだろうけど、まだまだ若いからね。私が支えてやらないと」
「ああ。そうだな」
確かにおれの精神はまだまだ未熟なものだ。2000年も生きておきながら、肉体の20という年齢に引っ張られている。だがそれはつまり、セリアだってまだ未熟ってことだ。セリアがおれを支えてくれるなら、おれはセリアを支えなくては。
少しすると、扉を叩く音と同時にグラとデムが入ってきた。グラには左腕がない。
「起きたか、エスト。身体の方は?」
「なかなかしんどい。……でも今も少しずつ回復してるよ。回復魔法は効きが悪かっただろ。魔法耐性があるのも考えものだな。……お前の腕も治してやれればいいんだけど……他人の欠損を治せるほどの回復は使えねぇから」
「ああ、構わんよ。儂の腕はそのうち生えてくる」
「トカゲじゃん」
「竜じゃ」
生えてくるって………まぁ人間じゃないならそんなこともあるのか? 竜ってのはやっぱりトカゲなのかな。……こんなことを言ったらグラには怒られるのだろうけど。
「さて、まぁ儂はお前の見舞いに来たのではなくてじゃな。これをお前に見せに来たんじゃ」
「?」
そう言ってグラが差し出したのは、一通の手紙であった。内容はこうだ。
“ネフィル=エスト殿
あなたと話がしたく思います。この条約が成立されましたら、2日後、獄現門へと使者を向かわせます。我々はあなたと敵対するつもりはございませんので、どうかお一人でいらしてください。
第六の魔神・“嫉妬”のリヴァイアサン”




