第18話 雇われの
「おい! 今何つった!? ミスロンが何だって!?」
「ん!? ……何だアンタ?」
「エスト、落ち着いて……!」
おれはその冒険者に質問した。焦っていたせいで少し語気を強めてしまったかもしれない。冷静に…はなれないかも知れないけれど、一度深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
今焦ったところで何も変わらないではないか。セリアだって動揺を隠している。誰よりも衝撃を受けているであろうセリアがだ。誰よりも心配しているであろうセリアが、少なくとも表面上は落ち着いている。だからおれも、落ち着いて情報を聞く必要がある。
「いや、すまなかった。ちょっとミスロンには縁があってね。詳しく聞かせてくれないか?」
「え、ええ。いいですよ」
冒険者の青年が言うには、中央大陸のズーザミアという国がミスロンに侵略したとのことだ。セリア、国王がいないという情報を得て、戦力が薄くなっている今が好機だと踏んだらしい。
その情報をどこから得たのかは分からないけれど……それにしたってミスロンにはグラもデムもいるはずだ。それでも攻め込むとは……どういうことか。そう思ったが、ズーザミアも国の戦力だけという訳でもないらしい。
なんでも五法帝のパルセンダと、ジルアードとかいうヤツを雇ったようだ。そしてその侵攻が新聞で知らされたのはついさっきだ。ここからミスロンまではあまりにも遠い。……今から間に合うだろうか。……いや、間に合わせるしかない。
「セリア、飛んでくぞ。リルも小さくなれ」
「え? 飛ん……え?」
おれはセリアと小さくなったリルを抱えた。脚に思いっきり力を込めて飛び上がった。空を蹴り、念力で身体を引っ張りながら魔界へと大急ぎで向かった。
音速よりも遥かに速く、空間を裂きながら走った。何度か時間も止めて、可能な限り早く到着できるように。口の中に少しずつ、鉄の味がし始めた。筋肉の千切れる音が、骨の軋む音が聞こえた。
「エスト! 無茶しちゃダメよ!!」
「大丈夫……大丈夫だよ。……だってセリアの国だろ」
セリアの表情は落ち着いているが、その瞳の奥には不安と怒りが宿っていた。そんな顔を見て、おれはなかなか平静を保つことはできなかった。口から出てくる血を手で拭きながら、おれはセリアに質問した。
「セリア、パルセンダってのは知ってるけど、ジルアードってのはどんなヤツなんだ? 法帝でもねぇだろ?」
「…………力はあるけど人格に問題があったから法帝にはできなかった人よ。盗賊ギルドのリーダーとかいう噂もあるし、少なくともまともな人じゃない。能力は……詳しくは知らないけど“切断する力”とかなんとか」
となると実質法帝が2人か。移動に力を使いすぎるとやられかねない。……いや、グラもデムもいるなら最悪の状況にはならないか。
「向こうに着いたらおれに任せてくれ。セリアは怪我人がいたらそっちの対処をしてほしい」
「……そうね。本当は私が相手をしたいのだけど、私の能力じゃ逆に国を滅ぼしかねないから」
「はは……冗談にならないな。おれが言うのもなんだけど、冷静さを忘れないでくれよ」
***
「ぐわァッ……!! ハァ……ハァ……貴様……なぜミスロンを……!?」
「ふふっ……何、雇われただけよ。国王さえいなければ、貴様らなぞ塵に等しいわ! ……強いて言えば、パルセンダが容易く敗れたことが想定外か」
男が視線を落とすと、そこには倒れた法帝がいた。街は焼け、軍隊と軍隊が剣を交わし魔法を放っていた。住民は逃げ、それを騎士が守り、別の騎士がその騎士を襲う。
ミスロンの現最高戦力であるグラダルオとデモンゲートが、ジルアードと対峙していた。グラは左腕を斬り落とされ、デモンゲートは全身が斬り刻まれていた。対するジルアードはかすり傷や軽い火傷だけであった。
このまま勝負が続けば……その結果は火を見るよりも明らかだ。
「俺の能力は『完全斬刻』、グラダルオ、貴様がどれだけ硬化しようとも俺の“確実に斬る”という理屈には全て無意味。デモンゲート、貴様の時を止める力さえも無意味なのは理解できているだろう。何、悔やむことではない。俺と貴様らの相性というものが最悪なのだ」
“斬る”という意志の元に確実に繰り出される斬撃。それは物質の硬さを無視し、発動してしまえば止まった時さえも越えていく。
「パルセンダの野郎がいなければ貴様の攻撃などトロいものだ……!」
「……ッ!!そこはやはり……経験の差であろうな……!!」
デモンゲートが時を止めて攻撃、それでできた隙にグラが炎を纏った拳で殴りつける。パルセンダの拘束がなければ、そう簡単に斬撃を喰らうこともない。そう、パルセンダの鎖による拘束がなければ。
「なッ……!?」
「俺が……この程度でくたばると思いなさんな……!!」
意識を保っていたパルセンダが、地面から何本もの鎖を出してほんの一瞬、2人の動きを封じた。魔力を込めれば、彼らならすぐに破壊できただろう。だが雨が降るのはその一瞬で充分だった。
「でかしたぞッ……!! パルセンダ!!」
「ぐ……あッ……!!」
ジルアードが手を振り下ろすと、天から降り注ぐ無数の斬撃が2人を、国を襲った。一つ一つは決して威力の高いものではなかったけれど、雨のように降り注ぐその斬撃は確実に人の肉を抉っていった。
法帝と呼ばれる2人でさえも、なんとか意識を保つのがやっとであった。炎に包まれ、斬り刻まれた景色を眺めて、ジルアードは言葉を発した。
「ふふっ……この惨状を見たら……ネフィルはどんな反応をするか……! 楽しみではあるが……彼女と正面から会えば間違いなく殺されてしまうな」
だから早く始末しなければ、そのような意味を含んだ言葉だった。そうして完全に国を破壊してしまおうとしたとき、遠くから一つの巨大な魔力が近づいてくるのを皆が察知した。
「…………!! この魔力は……!!」
「……この匂い……主様がお帰りになるぞ。お怒りだ……。不甲斐ない……!!」
「? 匂い? 何を言っているのだ……貴様」
デムは身体を震わせながらなんとか立ち上がった。それが限界から来る震えなのか、何かへの恐怖なのかは分からない。
そんなデムの行動には驚きつつも、何より彼らの言葉にジルアードは疑問を抱いていた。いや、それ以上の疑問があった。
「……おかしいだろ……。あの化け物のことだ、海を渡っていることに疑問はない。……だが、この速度は何なのだ!!」
およそ人間の出せる速度ではなかった。それこそかつて人類最強と呼ばれたバンリューでもなければ。ジルアードは冷や汗を垂らしながら、急接近してくるモノに視線を向けた。




