つづる想い
「……シン?いないか」
静かな部屋を覗くと、案の定同居人の姿はない。ベッドで寝ている……わけでもなさそうだ。
自分のブーツが立てるゴツゴツという音がやけに大きく感じた。
午後の日差しが差し込む窓に近づく。
眼下の路地に駆けていく後ろ姿が見えるのではないか。
がたがた音を立てる雨戸を開けようと動かすと、すき間風が吹き込んだ。部屋の中でばさばさと物が飛ばされる音が響いた。
机の上に紙束が置いてあったらしい。
「あー……しまった……」
これは半分は紙を出しっぱなしにした人間が悪く、半分は考えなしに戸を開けた自分のせいだ。
同居人の荷物があることまでは気が回っていなかった。一人暮らしではないということを今更思い出す。
ため息をつきながら舞い散る紙を拾い集めた。紙にはミミズがのたくったような字でさまざまな単語がつづられている。
一番多いのはシンの名前だ。
それから。
"Arrow"
本来自分のものではないが、もはや名前として見慣れた文字。
下手くそながらも、真剣なそれが紙面いっぱいに敷き詰められている。
ところどころ人物らしき服を着た棒?や、弓矢のらくがきを挟みつつ、何枚も。
『アロウ!』
シンの高くて澄んだ声が聞こえるようだ。
――本当はこんな名前は、相応しくないのに。
自嘲するアロウの手の中の紙片がかすかな音を立てる。
あの子の前では、せめて。
一人前の大人でいたい。
「あ、アロー!帰ってるのー!?」
静寂を切り裂いて、外からシンの声が飛び込んできた。部屋の窓が開いているのに気がついたらしい。
「ねーねー、今日揚げパンの屋台出てるー!たーべーよー!」
窓から顔をのぞかせると、シンが元気よく手を振ってくる。そして手を伸ばす。
"おサイフちょうだい"、だ。
アロウは苦笑いして「ちょっと待ってろ」と言うと、財布の入った鞄を取りに顔を引っ込める。
さて、財布を投げ落とすか、それともこのまま一緒に出かけようか。
春を告げる風が、部屋の入り口に向かって軽やかに吹き抜けていった。




