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サッカーはフィジカルだとチームを追放された俺が世界一になるまで


「おい黒野、お前もう明日から来なくていいから」


 練習の後、コーチから呼び出されて戦力外通告を受けた。


 俺の所属しているクラブ、黄金FCは地元屈指の名門サッカークラブだ。定員が決まっているため戦力外と判断されると容赦なくクラブから追放される。常に競争に晒されているという環境があるからこそ多数のプロ選手を輩出するという実績があり、実際にレベルも高いので、昨今少子化で子どもが集まらないクラブが多い中、県外も含め入団希望者は後を絶たない。


 それは覚悟していたことだ、そんなことは最初からわかっていた。そういう環境に身を置きたかったからこそ、このクラブへ入ったのだから。


 だからこそ納得がいかなかった。競争に負けて退団するなら仕方ないが、そうではなかったのだから。



 俺がサッカーを始めたのは二歳、生まれつき身体が弱かったこともあって、激しい運動は出来なかったけど、その分技術を徹底的に磨いた。雨の日も風の日も、寝ている時間以外はボールの扱いを研究した。その結果、今では自分の体の一部のようにボールを扱えるし、この名門クラブの中でも俺より巧い奴はいないと断言できる。出場時間は少なかったが、ピッチに立った時は必ず結果も残してきた自負もある。


 なのに――――


「コーチ、なぜ俺が退団しなきゃならないんですか!!」

「はあ……わかんないかなあ? なあ黒野、俺たちはさあ、今現在の完成度じゃなくて将来性を見ているんだよ。今求められているのは世界で通用するフィジカルエリートなんだ、お前みたいな巧いだけのヒョロチビは正直需要ないんだよね、技術なんて後からどうにでもなるけどフィジカルは生まれ持った才能だからさ」


 反論しようと思えば出来た。俺と同じ身長165cmくらいでも世界的な選手はいる。それに現代サッカーは戦術理解度も重要だ。身体能力だけで決めつけるなんてナンセンスだと思う。


 だが――――たしかにコーチの言うことにも一理はある。地方のサッカークラブはどこも経営が厳しい。海外移籍するような選手を育てることが出来れば宣伝にもなるし、連帯貢献金制度によってクラブは選手のキャリアが続く間、移籍金の一部を報酬として受け取ることが出来る。設備を維持するにも選手を育てるのも費用がかかるのは当然だ、そして同じ投資するなら将来有望な者が良いに決まっている。慈善事業ではないのだからクラブの経営方針がそうだというのなら受け入れるしかない。クラブチームだけがサッカーではない、サッカーをしたいのなら高校のサッカー部に入れば良いだけなのだから。


 それに――――俺自身気付いてはいた。U-15までは技術だけでどうにでもなった。だが、高校に入ってから体格の違いを実感することが多くなったのはたしかだ。ギリギリ高校サッカーまでならなんとか技術だけで誤魔化せるかもしれない、


 でも――――それから先は?


 鍛えればいい? 出来るならとっくにそうしている。俺の身体は生まれつき筋肉が付きにくく、心肺機能に爆弾を抱えている以上無理は出来ないのだ。治療を続けてきたが、未だにフルタイム出場することが出来ないのは事実。それどころか全力で走ることすら出来ないのだから。


 

「……わかりました。今までお世話になりました」


 正直めちゃめちゃ悔しい、こんな形で終わるなんて思ってもいなかったから。



 ロッカーの私物を片付けて最後に綺麗に掃除する。追い出される形になったが、一年間世話になったのだから最後くらいはきちんとして去りたいと思った。 


 それから――――


「朱音、ちょっと良いかな?」

「ああ、黒野君、どうしたの?」


 赤井朱音、このクラブのコーチの娘で、クラブのマネージャーやりながらモデルの仕事もしている、チームのアイドル的な存在なのだが――――俺の彼女なのだ。


 なんて伝えればいいかな。


 他でもない彼女の父親に退団を告げられたのだからとても気まずい。だからといって伝えないわけにはいかない。


「実は……俺、退団することになってさ」

「うん、知ってるよ残念だったね」

 

 拍子抜けするほどあっけらかんとしている朱音。なんだ知ってたのか。まあ……家族だから聞いていても不思議じゃないか。


「だからもう会うことはないね。さよなら」

「……え? それってどういう――――」


「お前とはもう赤の他人ってことだよ、さっさと消えろクズ」

「黄金先輩……」


 そう言って朱音の隣に現れたのは、黄金真也、このクラブのオーナー一族の息子で、身長185㎝と恵まれたフィジカルを持つイケメン。ちなみに国内のプロチームから内定をもらっている将来有望というおまけつきだ。嫌な先輩だが、サッカーの実力は本物だからクラブ内ではまるで王さまのようにチヤホヤされている。


「朱音は俺と付き合っているんだ。悪いな」


 俺の目の前で朱音を抱き寄せキスをする黄金先輩。


「もう……強引なんだから」


 満更でもなさそうな朱音を見て何となく悟った。


 ああ――――そうか。俺が退団に追い込まれた理由は――――サッカーと関係がなかったんだと。



 

「なんか馬鹿みたいだな……俺」  


 さっきまであったクラブへの未練は、もう微塵も残っていなかった。だけどサッカーは続けたい。


「サッカー部に入るか」


 気持ちを入れ替える。部活サッカーだって同じサッカーだ。高校サッカーからプロになる選手だってたくさんいるし、俺はサッカーが出来るならそれでいい。 




「え……? サッカー部無いんですか!?」


 想定外だ……この時期だともうほとんどの生徒が部活決まっているから今からサッカー部創ろうとしても来年新入生が入ってくるまで無理だろうな……。



「さて、どうしたもんかな」


 放課後、あてもなく街をぶらつく。もちろんボールをリフティングしながら。


「ん? おい、危ないぞ!!」


 前方を歩いているサラリーマンの様子がおかしい。意識もはっきりしていないようでふらふらと交差点へと侵入してゆく。


 そこへ向こうからすごいスピードでトラックが突っ込んでくる。ヤバい、このままだと轢かれちまう!!

 

「うおおおおおお!!!」


 一か八か、間に合え――――


 リフティングしていたボールを思い切り蹴る――――サラリーマンの背中に向かって。


 ドゴオオン


 渾身のシュートによって突き飛ばされたサラリーマンは間一髪トラックの進路から外れた。多少怪我はしたかもしれないが、死ぬよりはマシだろう。


「はあ……良かった――――え?」


 サラリーマンの代わりに撥ねられたボールが凄まじい勢いで飛んでくる。サラリーマンの様子に気を取られて一瞬反応が遅れた―――― 


 バコオォーン


 顔面にボールが――――あ……意識が――――俺――――死ぬのか……?





「はあ……やっと帰ってこられた」 


 まさかサラリーマンの代わりに異世界へ召喚されることになるとは……。


 剣と魔法のファンタジー世界で10年、俺は魔王を倒すという使命を果たして元の世界へ帰還することに成功した。


 正直に言えば知り合いも出来たし向こうに残っても良かったんだけど、魔王を倒すと同時に送還される仕様らしいから……俺にはどうにもならなかった。ああ、お別れくらいしたかったな。



「えっと……おお!! 本当に時間が経ってないんだな」


 女神さまの説明だと、向こうの世界の10年はこちらの世界で10秒らしい。ということは、俺はあの事故の直後に戻ってきたことになる。目の前では、ちょうどサラリーマンが身体をさすりながら起き上がるところだった。


 最初、もしかしてあの人の転生チャンスを俺が奪ってしまったことになるのかな? と申し訳ない気持ちになったのだが、女神さまによれば俺が助けに入ることなんて当然計算に入れていた。元々俺を召喚するつもりだったんだから心配するなと言われた。本当かどうかイマイチ怪しいが、神さまがそう言うのであれば俺が言うことは何も無い、とりあえず信じることにした。


「ああ、サッカーやりたい!!」


 異世界にはサッカーどころかスポーツ文化すら無かった。10年間サッカーが出来なかったのは本当に辛かった。幸いボールも一緒に転移したので練習は欠かさなかったが。それでも、肉体年齢は10秒分しか進んでいないので、10秒で10年分練習出来たと思えば、とても得した気分ではある。


 そして何より――――異世界で生まれつき弱かった身体が治った。それが何よりも嬉しい。異世界万能薬万歳!!



「あ……そういえば何も問題解決していなかった」


 10年振りなのですっかり忘れていたが、クラブを追放され、学校にサッカー部は存在していない。せっかくこっちの世界に戻って来たのにサッカー出来ないとか耐えられない。

 

「まあ……家帰ったら他のクラブ探してみるか」


 この辺りでサッカークラブといえば黄金FCくらいしかないが、それでも一つくらいあるだろう。今はとにかくサッカーがしたい。


「よっ、ほっ!! だいぶ感覚違うな」


 そのまま日が暮れてボールが見えなくなるまで練習する。異世界と大気の質や魔素の有無など違いが大きいので、しばらくは慣れる必要がありそうだ。

 


 

「マジか……シニアとキッズしかないじゃないか」


 検索して頭を抱える。少なくとも通える範囲に俺が入れるサッカークラブは無かった。薄々サッカーインフラが少ない地域だとは思っていたが、ここまで来ると笑えて来る。



「一緒にサッカーやりませんか? サッカー部員募集中です!!」


 翌朝から校門の近くで部員募集を始めた。こうなったらなりふり構っていられない、一人でも二人でも良い、それだけで出来ることは格段に増えるのだ。無駄かもしれないけどやらないで腐っているくらいならこうして動いていた方がよほど良い。



「はあ……やっぱり全然部員集まらないな」


 もう一週間続けているからほとんどの生徒が見ているはず。それでも駄目なら諦めるしかないのかな。


「ねえキミ、ちょっと良いかな?」

「あ、はい、どうぞ――――って、生徒会長!?」


 声をかけてきたのは生徒会長の白金銀河先輩、校内一の美少女で成績も一番という完璧超人な有名人だ。学校にあまり興味なかった俺ですら知っている。


「私のことを知っているのか?」

「というか知らない人居ないと思いますが」


「ふむ、なら話は早いな――――キミは――――サッカーが巧いのか?」

「はい」


 サッカーに関しては謙遜する理由がない。


「そうか……ところで部員募集はあまり上手く行っていないようだが?」

「うっ、残念ながらそうですね……」


「私から提案なんだが――――うちのクラブでサッカーする気はあるだろうか?」


 な、なんだと……もしかして会長の家、サッカークラブを経営しているのか? これは願ってもないチャンスだ!


「あ、あります!! 俺、サッカーがやりたいんで」

「そうか、ならば放課後生徒会室まで来てくれ、クラブへ案内しよう」

「わかりました、よろしくお願いいたします!!」


 まさかこんなところで……結局部員は見つからなかったけど一週間頑張って良かった。 


 それから放課後まで、俺は楽しみ過ぎて授業にまったく集中出来なかった。



「やあ、来たね、それじゃあ行こうか」

「よろしくお願いします」


 生徒会室にいる時の会長はオーラが違う。さっき声をかけてきた時とは別人だな。


「お迎えにあがりましたお嬢様」

「さあ、乗ってくれ」

「え? あ、はい……」


 なんかすごい豪華な車が迎えに来たんだが。もしかして――――会長って良いところのお嬢さまだったのか!?


 車内には豪華なテーブルとソファー、テレビなんかもある。まるで走るオフィスみたいだ。


「そういえば――――キミの名前を聞いてなかったな」

「そこからですかっ!?」


 名前も知らないのにここまでするとは……やはり大物なんだろうな。


「黒野修斗です」

「修斗か、良い名だな。私は――――白金銀河という」

「いや、知ってますけど」


 この人……大物というより――――天然なのかもしれない。




「着いたぞ、ここがうちのサッカークラブだ。私はサッカーに詳しくないんだが、人材不足でピンチらしいんだ」


 なるほど……人数が揃わなくて試合が出来ないのかな? まあ……俺はサッカーが出来ればそれだけで十分なんだけど。


 ――――って、待ってくれ、ここって――――まさか。


「案内するから付いて来てくれ修斗」


 会長がスタジアムの関係者入口から堂々と入ってゆく。


 勘違いじゃなかった。


 白金ギャラクシーズ――――県内唯一、一部リーグ所属のプロサッカーチームが会長の言うクラブチームだったのだ。


 チームがピンチ? ああ……そういえばレギュラーメンバーに怪我人続出して連敗中――――クラブ史上初の降格危機だったっけ。



「監督、助っ人連れて来たぞ」


 え? まさか……助っ人って俺のこと!? まあ……他に居ないけど。


「お嬢さま……まさか助っ人というのはその子ですか?」


 白金ギャラクシーズの緑山監督が何とも言えない微妙な表情をしている。まあ……そうだろうな。それが自然な反応だと俺も思う。


「初めまして、黒野修斗と申します。サッカーが出来ると聞いてやってきました」

「そ、そうか……それで君はどこの所属選手なんだ? すまないが聞いたことがなくて」

「無所属です」

「む、無所属?」


 翠山監督が助けを求めるように会長の方を見る。 

 

「監督、安心しろ、修斗はサッカーが巧い!!」


 会長……俺のプレーを見たこともないのに凄い自信だ。天然の大物だな。


「はあ……わかりました。とりあえず、実力が見たいので着替えて来てくれないか?」


 どうやらお嬢様の手前無下には出来ないらしい。俺は願ったりだから利用させてもらうけど。



「監督、本当にやるんですか?」

「ああ、お嬢さまはな、サッカーのことは何も知らないが、人を見る目は超一流だ。あの子、どう見てもただの中学生にしか見えないが、わざわざここまで連れて来た以上、きっと何かあるのだろう」


 うーん、俺一応高校生なんだけどな。ここにいる面子を見た感じ……レギュラークラスはいない……控え組か。


「黒野君だっけ? とりあえずシュート撃ってみる?」

「わかりました」


 ゴールマウスを守る選手に見覚えがある。たしか去年の高校サッカー全国大会で優勝したチームのキーパーだ。


 二メートル近い恵まれた身長、長い手足、立っているだけでゴールが小さく見えるな。


「いつでもどうぞ」


 さすがプロ、どこの馬の骨かわからない俺なんかを相手にしても油断も隙も無い。止めて当然、決められたら恥、だと思っているんだろうな。向こうにメリットは皆無だけど、俺にとってはありがたい。


 良いね、この緊張感、ワクワクが止まらない。


 味わうようにゆっくりとボールを置いて集中する。


 落ち着け、落ち着くんだ俺。


 いや、無理だよこんなの。


 だって――――やっと、やっとサッカーが出来るんだからさ!



 ザシュ!


 ザシュ!


 ザシュ!


 

「ば、馬鹿な……あの紺野が一本も止められないだと……」


 監督を始め白金ギャラクシーズの選手たちは信じられないものを目にしていた。たしかにこの形式ではキッカーが有利だが、黒野はすでに連続十本ゴールを決め続けている。


「マジか……全部きっちり四隅へピンポイント……とんでもないコントロールだぞ」


 コースを読まれても止められないコースというのはある。だが恐ろしいのはすべてキーパーの飛んだ反対側に決めているという点。


「ふふん、だから言っただろ、修斗はサッカーが巧いと」


 周囲が騒然となる中、白金銀河はニヤリと笑う。



「非常に高い技術を持っていることはわかった。だが――――問題はフィジカル面だな」


 黒野の身長は異世界にいる間に五センチほど伸びていた。だが――――それでもようやく百七十センチ、今時、中学生はおろか小学生でもそのくらいの体格は普通にいる。さらには鍛えられてはいるが、どうしようもない線の細さだ。どう考えても屈強なプロの選手とやり合えるようには見えなかった。


「ああ、俺なら大丈夫ですから気にせず全力で来てください」


 中学生ぐらいにしか見えない黒野にそこまで言われればさすがにプロのプライドが許さない。


「俺が相手します」


 お望み通りとばかりにボールを奪いに行くが――――奪うどころか修斗の身体に触れることすら出来ない。


「くぞ、どうなっているんだ……」


 動きが特別速いわけではない、それなのにボールが遠い、身体を当てようとしてもするりと躱されてしまう。


「何やってんだ赤倉! そんなんだから万年控えなんだよ」

「碧海さん!?」


 姿を現したのは碧海匠、チームキャプテンで不動のレギュラーメンバーだ。


「黒野くんだっけ? キミ、相当巧いね、だが――――お遊びはここまでだよ」


 碧海はドイツブンデスリーガから日本に戻ってきたベテランだ。日本代表に選ばれたこともあり、身体の強さはもちろん、体格差を補う技術の高さ、読みの力を兼ね備えている。特に体格が恵まれているわけでもなく、タイプ的にはむしろ修斗に近い。


「遠慮なく行くぞ」


 碧海は全力で圧力を掛けに行った。並みの選手なら、これだけでボールコントロールを失って奪われてしまうところだが――――


 修斗はビビるどころか瞳を輝かせて碧海と真っ向勝負を挑んできた。





「はは……俺の完敗だ、これは驚いたな」


 結局、碧海も赤倉と同じように手も足も出なかった。


「なるほど……触れられなければフィジカルは関係ないということか――――だが試合ではそうはいかない」


 試合では相手選手11人と相対するのだ。フィジカルコンタクトは避けては通れない。


「それなら一対十一でやりましょうか」


 修斗の瞳がギラリと輝いた。




「監督……アイツ、一体何者なんです?」


 結局、修斗は十一人全員抜いてあっさりゴールを決めて見せたのだ。ほぼ控えメンバーとはいえ、仮にもプロ選手相手にである。 


「さあな……だが――――これで降格を逃れることが出来るかもしれないぞ」



 その日、黒野修斗は白金ギャラクシーズとプロ契約を交わした。


「修斗、目指せ優勝だ!」

「はい、会長」


 次節より白金ギャラクシーズの快進撃が始まった。


 チーム状況もあって最初こそ無名の新人との契約に批判が殺到したが、デビュー戦でいきなりハットトリックを達成するとファンもメディアも手首が千切れるほどの掌返しをした。


 一時期18位と降格圏に沈んでいたチームも、5連勝で一気に順位を8位まで上げることに成功。


 突然現れた超新星にサッカー界は沸きに沸いた。


 当然、黒野の元所属クラブである黄金FCには取材が殺到することになったのだが――――


 

「くそ、なんであんな有望な選手を追放したんだ!!」


 クラブの名を上げるせっかくのチャンスなのに、一方的に追放してしまった手前利用することも出来ない。


「だ、大丈夫ですよオーナー、黒野が海外移籍すればうちにも報酬が入ってきます」

「うむ、それもそうだな」


 その後、修斗の活躍もあり、なんと白金ギャラクシーズは最終節の首位決戦を制して奇跡の逆転優勝を果たした。


 さらに修斗は途中加入ながら実に40ゴールをあげてリーグ最多記録を更新、アシスト王、リーグMVPにも輝いた。


 この異次元の活躍に対し世界中からオファーが殺到、修斗の若さもあって、最終的に移籍金は100億円にまで跳ね上がった。


 各種メディアでは海外移籍は既定路線、焦点はどこのチームへ移籍するかに移っていた。



「移籍金100億なら、2500万円入ってきますね」

「ふふふ、奴はまだ十六歳だ。このままキャリアを続ければ移籍金はさらに上がる、ウハウハだな」


 黒野が移籍するたびに育成クラブである黄金FCには褒賞金が入るわけだ。笑いが止まらない。




「修斗は海外へ移籍するのか?」


 会長が新聞を持ってやってくる。どの新聞も一面は俺の移籍先に関する記事ばかりだ。


「会長は――――どうして欲しいですか?」

「私は……ずっとチームに居て欲しいかな」


 正直驚いた。俺が移籍すれば労せず100億という莫大な金がクラブに入るのだ。会長は移籍をすすめてくるとばかり思っていた。


「良いんですか? 100億ですよ?」

「私はな、金なんかより近くで修斗のサッカーが見たいんだ。もちろん単なるワガママだがな」


 寂しそうな顔でそんなこと言われたら期待に応えたくなるじゃないですか。

 

「会長が俺の条件を呑んでくれるなら、俺はずっとここに居ますよ」

「ほう、その条件とやら聞かせてもらおうか」


「ずっと俺の側に居てください」

「……まるでプロポーズだな」

「そう思ってくださって構いません」


「ふふ、なるほど、なら生涯契約成立だな」 


 会長の顔が真っ赤だ。たぶん――――俺も似たようなものかもしれない。


「だが――――本当に良いのか? 修斗ならなら世界一のチームで世界一のサッカー選手にだってなれるんだぞ?」

「問題ありません、俺がいるチームが世界一のチームですから。そして――――近い将来、俺がいるリーグが世界一のリーグになりますからね」

「それもそうだな、楽しみにしているぞ」  



 翌日、100億のオファーを断って生涯残留&世界一宣言をした修斗によって世界中がひっくり返るような騒ぎとなった。


「ば、馬鹿な……100億のオファーを断るなんて……」


 黄金FCのオーナーは目算が狂ってがっくりと崩れ落ちる。しかも――――修斗を理不尽に追放したことが世間にバレて炎上、今では閑古鳥が鳴いている。


 そして修斗の彼女を奪って追い出した張本人である黄金真也は、修斗と対戦した際、わざと危険なタックルを仕掛けた結果、逆に足首を痛めて選手生命を棒に振ることになった。


 元カノの朱音もよりを戻しに来たのだが――――白金銀河にあっさりと追い払われて今では失意の日々を送っているらしい。



 その後、リーグ優勝した白金ギャラクシーズはアジアチャンピオンズリーグに出場し、一流選手を揃えた中東のチームを下して優勝、さらに――――世界中のリーグチャンピオンチームが激突するクラブワールドカップでは、欧州、南米の名門チームを撃破して見事優勝、修斗の宣言通り事実上の世界一を達成した。


 今や世界中のサッカーファンが修斗のサッカーに熱狂し、日本プロリーグの放映権料は莫大な利益を生み出すまでになった。注目とお金が集まれば、自然と一流選手が集まってくるという好循環が始まる。


 修斗が予言した通り、十年経たずに日本は世界サッカーの頂点となったのだ。


 


 はるか上空――――そんな修斗を女神が見守っていた。


 そしてふと何かを思い出したように微笑んだ。



『修斗君、使命を果たしてくれてありがとう。ご褒美に何か一つお願い聞いてあげるわ』


 すでに修斗には勇者としての力が備わっているが、それは女神が与えたものではなく、彼自身が異世界で死ぬほど努力して身に着けた力だ。そして――――そんな彼を利用した挙句、有無を言わせず元の世界へ戻してしまった以上、世界を滅ぼすなど、余程のことがなければ何でも願いを聞いてあげようと女神は考えていた。


 だが――――


『だったら――――』


 修斗の願いは女神にとってとても意外なものだったのだ。




『それにしても修斗君は物好きよね……まさか、サッカーしている時は勇者としての力が使えないようにしてくれ、なんて言うんだから』


 女神は楽しそうに笑う。


 修斗はただ、純粋にサッカーがしたかったのだ。ようやく思い切り走れるようになった身体で、磨き上げた技術を思う存分試してみたかったのだ。


『まあ……本人が楽しそうなら何よりだけどね』


 女神の瞳には誰よりもサッカーを楽しむ永遠のサッカー少年が映っていた。

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― 新着の感想 ―
昔、かけられた言葉を思い出しました。 「生まれ持ったフィジカルが弱い人ほど、フィジカルの使い方が上手い」 修斗さんが異世界で勇者になれるまで実力をつけられたのも、ボールコントロールの技術を鍛錬し続…
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