7.再始動 酒と笑顔と 空き家あり
夕暮れ時、霧坂町の細い路地を抜けた先。
古民家を改装した酒場《炉火の庵》は、すでに活気に満ちていた。
ちゃぶ台を囲むのは、養豚場のご主人、青年部や猟友会の面々と、町の寄り合いみたいなメンツばかり。
土の匂いのする人たちが、みんな笑っていた。
テーブルの上には、大皿に盛られた煮物やから揚げ、山菜の天ぷら。
麦焼酎と地元の冷酒が並び、あちこちでグラスが触れ合う音がしている。
「それではーっ!」
カウンター横で、ひっくり返したビールケースに飛び乗ったサヤカが、声を張り上げる。
相変わらず、平然と“ギルドの受付嬢衣装”のままだ。
「本日の緊急クエスト──《破られし柵と逃げた獣たち》、無事に完了いたしましたーっ!」
ワァッと拍手と歓声が起きる。
サヤカは胸を張り、手に持った革製の袋をジャラジャラと鳴らした。
「こちらが、今宵の報酬っ! 各自、ギルド金貨2枚になります!!」
革袋から、真鍮色の金貨を二枚取り出して高々と掲げる。
どこからともなく「おお〜っ!」という喝采があがる。
「今回の功績は、すべて参加された皆さまの団結によるもの! 青年部の戦士たち! 猟友会の盾役の皆さま! そして──」
サヤカがクルリとこちらを向いた。
「我らが伝説のテイマー、南條ユウマさんの活躍があったからこそ!」
「……いやいや、俺はほんとに、ジンが全部……」
俺が慌てて否定しようとしたその時、どこかの誰かが叫んだ。
「伝説のテイマーに、乾杯ーっ!!」
間髪入れずに、酒場全体がその言葉を繰り返す。
「乾杯ーっ!!」
次の瞬間、全員が一斉にグラスや湯飲み、茶碗まで掲げる。
カラン、コトンとあちこちで器の音が鳴る中、笑い声が弾けた。
俺は、ほんの少し照れながらも、そっとグラスを掲げた。
「……乾杯」
それからの時間は、ただただ賑やかで、あたたかかった。
揚げたての山菜の天ぷらに舌鼓を打ち、農家のおじいさんと気がつけば野菜の品種談義に花が咲き、猟友会のメンバーから「銃の免許取る気ないか?」と妙に熱心に誘われる。
「ほんで……ユウマくん、住むとこはもう決めたんか?」
そんな言葉が出たのは、宴もたけなわの頃。
ふとした会話の中で、誰かがぽつりとつぶやいた。
「……あ、いや、じつはまだ……」
その一言が、火種だった。
「おお、定住希望者?」「えっ、マジで?」「家、決まってないんだってさ」「うちの隣、空いてたはず」
あれよあれよという間に、話が広がっていく。
「ほいじゃ、あそこの空き家どうだ? 昔うちの親戚が住んどったけ、今はもう誰もおらんのよ」
「あー、あそこな。風通しはいいし、手入れすれば住めるぞ。蔵もあるしな」
酔いの勢いも手伝って、周囲からどんどん情報が集まってくる。
「良けりゃ明日でも、案内するよ。息子も世話になったこったし」
俺は、少し笑ってから、言った。
「……それじゃあ、明日、お願いできますか?」
その言葉に、周囲からまた拍手が起きた。
夜はふけていく。
笑い声と湯気と、ほんの少しの酔いが、今日という日をやわらかく包み込んでいた。
今回も、酔いつぶれたサヤカを、カイトが介抱しながらタクシーを待っている。
他の住民たちもそれぞれ帰路についたのを見送った。
ふと、夜空を見上げる。
星が、都会では考えられないほど、はっきりと瞬いていた。
「……いいとこだな、霧坂」
思わずこぼれたその言葉に、隣でジンが小さく尻尾を振った。