6.再始動 尻尾の仲間が 道を引く
「はいっ! 助手席にどうぞっ!」
ギルド前に止まったピンクの軽自動車。その運転席には、受付嬢衣装のまま、生き生きとした笑顔のサヤカが座っていた。
ファンタジーな受付嬢と、庶民的な軽自動車のミスマッチ感がひどい。いや、これはこれでありなのかも。
ジンを後部座席に押し込んで、自分は助手席に乗り込んだ。
「……運転、大丈夫です?」
「ご安心ください! 免許はちゃんとありますし、“運転(軽)スキル”のランクは”C”ですっ!」
「そう……運転のスキル……ね。……C!?」
微妙な評価のスキルに困惑しつつ、シートベルトを締めると、車は荒々しく走り出した。
「流石は伝説のテイマーです! その子、誰にも懐かなかったんですよー」
「そ、そうなのか? 駅で出迎えてくれたんだ。ジンって呼んでやって」
「よろしくね! ジンちゃん♡」
後部座席のジンは、一度だけ軽く鼻を鳴らした。
車は再びエンジンを唸らせ、速度を上げる。
「でですね、ユウマさん! 今回の緊急クエストは──《破られし柵と逃げた獣たち》、であります!!」
「……ええーっと?」
思わず眉がひくつく。
「養豚場の柵が壊れちゃってですね、豚さんたちが数頭、逃げ出しちゃったそうで……幸い、被害はまだないんですけど、早急な対応が必要とのこと!」
「あー……なるほど。それで、俺なんかも関わっちゃって大丈夫?」
「もちろん! ギルドの冒険者ですからっ!」
サヤカは嬉しそうに笑ってから、ふと思い出したように言った。
「あ、それと……おかえりなさい、です!」
名前までしっかり覚えていてくれて、当然のように“冒険者”として迎えられる。
なんだか、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「ただいま、です」
ほどなくして、養豚場に到着する。
すでに現場には、さまざまな人たちが集まっていた。
スーツ姿の町役場の職員らしき男性に、作業服の若い人たち。そして、半被を羽織った年配の男性たち──たぶん、地元の青年部と自治会とかだろう。
壊れた柵には木材とロープで即席の補修がされ、大きな豚が柵の中に戻されている最中だった。
俺たちが車から降りると、カイトが汗をぬぐいながら駆け寄ってきた。
「あれー!? ユウマじゃん! また来てくれたのか! あの時の犬も一緒かよ。マジ、テイマーだな」
「ご無沙汰してます。こいつはジンって呼ぶことにしました。現場、けっこうな騒ぎになってたんですね……」
「ああ、けど青年部と……その……」
カイトはサヤカをチラ見して、言葉を飲み込む。
「……いや、”冒険者”たちの迅速な対応でー、柵の応急処置は済んで、逃げた豚もあれで最後だ」
サヤカは満足そうに微笑んで、頷いた。
「うんうんっ」
この人の前では、”なりきる”必要があるようだ。
「今のところ、豚たちは全頭確認されて、誘導も完了してる。あとは修理業者が来るまでの応急処置ってとこだな」
「そっか……一応、終息、かな?」
と、そのとき。
背後から、ぽてぽてと走ってきた小さな足音があった。
養豚場の関係者らしい、幼い男の子が目に涙を浮かべながらサヤカのもとにやってくる。
「おねーちゃん……ブッチが、いないの……」
「ブッチ?」
「ちいさいの……まだ、ちっちゃいの。さっき、だっこしてた……」
サヤカの表情が一変する。
「……了解しました。では、新たなサブクエストを発動します!」
「おお……サブ……クエスト…………」
そのとき、ジンが「わん」と一声鳴いて、森の方へ向かって歩き出した。
道もない草むらを、まっすぐに進む。まるで「こっちだ」と言わんばかりの自信。
「……ジン?」
ジンは一度だけこちらを振り返って、また歩き出す。
「……追うぞ。行こう、ユウマ」
「お、おう……。大丈夫なのか!?」
俺とカイトは、ジンのあとを追って森へ入る。
新芽の柔らかい緑が風に揺れ、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。ここだけ時間の流れが違うみたいだ。
やがて、開けた場所に出た。
そこに、小さな白いブタが、草の上にぺたんと座っていた。
「いた……!」
驚かさないように、俺たちはゆっくりと近づく。
するとジンが先に歩み寄り、まるで言葉を交わすかのように、鼻をすり寄せている。
「……ジン、誘導できるか?」
ジンはくるりと踵を返すと、ゆっくりと歩き出す。
それに続いて、子ブタもまた、ちょこちょこと後を追い始めた。
「ぉ……いいぞ!」
「これは、いよいよ”伝説のテイマー”だな……」
「どんな”伝説”があるんだよ……」
そうして俺たちは、森を抜けて養豚場へと戻った。
子どもが笑顔で子ブタを抱きしめる姿に、えも言えぬ達成感がこみ上げてきた。
「……いいな、こういうの」
ぽつりとつぶやく俺の隣で、ジンが一声、静かに鳴いた。