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記憶。再起。そして兆し。

影の巣の中は静まり返っていた。


闇の力で作られたこの隠れ家は、外の世界から完全に遮断された安全な空間のはずだったが、その静寂はむしろ三人の心を圧迫するように感じられた。


先ほどまでの戦いの余韻が完全には消えず、張り詰めた緊張が体の奥に残っている。


疲労も確かにあったが、それ以上に、これからのことを考えれば落ち着くことなどできなかった。


ジョン・ドゥは壁にもたれ、ゆっくりと息を吐く。


覚醒したばかりの力に戸惑い、記憶のないまま逃げるように動き続け、気づけば組織に追われる身となっていた。何も分からないままに戦い、今こうして二人とともにいるが、果たして自分の存在はこの二人にとって重荷ではないのか──。


そんな考えが、静かな闇の中で頭を巡る。


しばらくの沈黙の後、三鷹がゆっくりと口を開いた。


「マユリ、ジョン……。組織は俺たちをどうするつもりだと思う?」


低く落ち着いた声ではあったが、その言葉の持つ意味はあまりに重く、影の巣の空気をさらに沈ませた。


ジョンは思わず顔を上げ、マユリと視線を交わす。彼女もまた、何かを言いかけたものの、すぐに口を閉じ、苦しげに眉を寄せる。


「それは……。」


答えられない。いや、答えたくない。


そんな雰囲気が彼女の表情にはありありと滲んでいた。


しかし、分かりきっていることだった。


組織が裏切り者を生かしておくはずがないし、三鷹が自ら反旗を翻した以上、どんな弁解も通じないだろう。


「そうだ。俺たちを野放しにするはずがない。」


三鷹は確信を持った口調で言い切ると、じっと二人を見つめた。


その眼差しは鋭く、どこか探るようでもあり、同時に確かな覚悟を内に秘めているようだった。


「まぁ、組織のやり方は気に入らなかったし、こうなるのは時間の問題だっただろうけどな。」


そう言って苦笑するが、その表情はどこか寂しげだった。


組織の粛清という仕事に疑念を抱きながらも続けてきたが、結局こうして決定的な決裂を迎えてしまったことに、彼なりの感慨があったのかもしれない。


ジョンは黙って拳を握る。


すべての原因は、自分なのではないか。


もし彼がいなければ、三鷹やマユリは今も組織にいたのではないか。


そう考えると、どうしても胸が締めつけられるような罪悪感に襲われる。


だからこそ、彼は思わず言ってしまった。


「俺が……、そう、俺が組織に殺されればいい話じゃないのか?」


自分がいなくなれば、少なくとも二人は巻き込まれずに済む。


そんな単純な理屈にすがるように言葉を吐き出したが、次の瞬間、三鷹の目が鋭く光った。


「そんなことで許すような奴らじゃないさ。遅かれ早かれ俺たちは殺される。」


三鷹は迷いなく断言し、ジョンをまっすぐに見据えた。


その言葉には現実を知る者の確信があった。


組織が一度粛清対象と定めた者を見逃すはずがないし、彼らが求めるのは単なる裏切り者の抹殺ではない。


今の彼らは、組織にとって”危険因子”だった。ジョンの炎の力、三鷹の裏切り、そしてマユリの立場──。


すべてが、彼らを生かしておく理由を組織から奪っていた。


ジョンは言い返せなかった。


ただ、自分の考えが甘かったことを痛感し、唇を噛みしめるしかなかった。


場の重苦しい空気に耐えかねたように、マユリが小さな声でつぶやいた。


「そろそろ移動した方がいいかもしれませんね……。」


その言葉は、張り詰めた空気をわずかに和らげる現実的な提案だった。


組織が動いている以上、ここに留まっているのは危険だ。


今はまず、命を繋ぐことを優先すべきなのだ。


三鷹は彼女の言葉にゆっくりと頷き、手を軽く振った。


その瞬間、影の巣を構成していた闇が薄れていき、外の世界の冷たい夜風が吹き込んでくる。


完全な静寂が戻り、闇の中に三人の姿が浮かび上がった。


ジョンは手のひらを開き、指先に炎を灯す。小さな炎が揺らめくのをじっと見つめながら、彼は自分の力の意味を考えていた。


この力は、破壊のためのものなのか、それとも──。


ふと、足元のアスファルトを踏みしめた瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走った。


「……っ!」


ジョンは反射的に頭を押さえ、片膝をつく。


視界が揺らぎ、意識が暗闇へと引きずり込まれる感覚が襲ってくる。


その刹那、脳裏に響くのは、甲高い女の怒声だった。


「お前なんか産むんじゃなかった!」


「どうしてあんたなんかが生きてるのよ!」


「見てるだけで気持ち悪い……消えろ! 消えてしまえ!」


耳をつんざくような叫びが、まるで焼き付けられた記憶のように頭の中で反響する。


それは、誰かの声……、いや、母親の声だった。


(……母親? 俺の……?)


覚えているはずのない過去の情景が、ぼんやりと形を成す。


どこか薄暗い部屋、床に転がる食器、冷たい視線を向ける女──。


その顔は霞んでよく見えない。


けれど、ジョンの心は確かに、その声が自分に向けられたものであると理解していた。


「ジョン!」


マユリの声で我に返る。


気づけば三鷹も心配そうにこちらを見ていた。


「……大丈夫、ちょっと頭が痛んだだけ」


嘘だった。


だが、今はこの記憶の意味を考えている場合ではない。


ジョンは深く息を吸い、立ち上がると、再び歩き出した。


掌から漏れた炎が、静かに揺れていた。

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