幕間 -静寂の合間に-
夜の帳が降り、世界が闇に包まれる頃。
三鷹が作り出した影の空間、通称「影の巣」に、ジョン、三鷹、マユリの三人は身を寄せていた。これまでの戦いで疲労は色濃く、特にジョンの体にはまだ痛みが残っている。ここ数日、組織からの追跡を逃れながら戦い続けていたため、一息つく暇もなかった。しかし、今夜だけは戦場から離れ、束の間の休息を取ることができる。
影の巣は三鷹が能力で作り出した異空間であり、外界から完全に隔絶されている。入口を知るのは三鷹だけで、外部の者には決して見つからない安全な隠れ家だ。内部は広く、黒を基調としたシンプルな空間に最低限の生活設備が整えられている。テーブルと椅子、簡素な寝台、そして調理器具と食料が置かれた棚。その静謐な空間の中、彼らは束の間の休息を得ていた。
ジョンは椅子に座りながら、ぼんやりと手元を見つめていた。指先に力を込めると、小さな炎が灯る。しかし、以前よりも制御しやすくなっていることに気づく。ここ数日の戦いで、炎の力が自分の意志に馴染み始めているのだろう。
「……炎の扱い、少しは慣れてきたみたいだな。」
対面に座る三鷹が煙草を咥えながら言う。紫煙がゆっくりと宙に漂い、影の巣の静かな空気に溶け込んでいく。
「はい……前よりも、暴走しなくなりました。」
ジョンは小さく答えながら、炎を指の上で揺らした。以前は感情の高ぶりとともに暴走していたが、今ではある程度、意識的に炎を出し入れできるようになっている。
「そりゃあ何度も戦場をくぐり抜けてりゃ、嫌でも馴染むさ。お前の中の本能が、そうさせてるのかもしれねえな。」
三鷹は淡々と言葉を紡ぐが、その目はどこか遠くを見ていた。ジョンはその表情を読み取ろうとするが、三鷹の内面を探るのは容易ではない。
「でも……この力が、何のためにあるのか、僕にはまだ分かりません。」
ジョンは正直な気持ちを吐露した。自分は何者なのか、なぜ炎の力を持っているのか、そして何を目指せばいいのか。その答えはまだ見つからないままだった。
「理由なんざ、後からついてくるもんだ……今は生きてりゃそれでいい。」
三鷹は短くそう言ったが、ジョンの胸の奥にその言葉は妙に深く響いた。
「そんなことより、食事を用意するよ。」
マユリが立ち上がり、影の巣の奥にある調理器具へと向かった。この隠れ家には簡単な食料が備蓄されており、最低限の料理は作れる環境が整っている。
「マユリ、手伝おうか?。」
ジョンが立ち上がろうとすると、マユリは片手を振って制した。
「いい、座ってて。こういうのは私の仕事だから。」
そう言って、彼女は手早く鍋に水を張り、食材を取り出し始める。三鷹は煙草をくゆらせながら、どこか懐かしむようにその様子を眺めていた。
「……昔の仲間を思い出すよ。こうやって隠れ家でメシを作ってもらったことがあった。」
「三鷹にも、仲間がいたんですか?」
ジョンが問うと、三鷹は一瞬だけ目を細めた。
「いたさ。だが、もういねえ。」
それ以上のことは語られなかったが、その短い言葉だけで、三鷹の背負ってきたものの重さが伝わる気がした。
しばらくして、マユリが簡単なスープとパンをテーブルに並べる。久しぶりの温かい食事を前に、ジョンは自然と表情を緩めた。
「いただきます。」
ジョンがスプーンを手に取ると、三鷹もゆっくりと手を伸ばした。こうして三人で食卓を囲むのは初めてだった。これまでの戦闘続きの日々を思うと、この静かな時間が妙に不思議に思えた。
「……こういうのも悪くないな。」
ぽつりと三鷹が呟く。
「え?」
ジョンが聞き返すと、三鷹は笑いもせずにただスープを啜った。マユリも何か言いたげだったが、結局黙ってパンをちぎった。
食事を終えた後、ジョンはしばらくぼんやりと天井を見上げていた。影の巣の天井は黒一色で、まるで無限の闇が広がっているように見える。ここにいれば、外の世界の喧騒も、組織の脅威も、一時だけ忘れられる気がした。
しかし、それも長くは続かない。
「……そろそろ、次の動きを決めねえとな。」
三鷹が静かに言った。その言葉に、影の巣の静寂が少しずつ解けていくような気がした。
次の戦いが、すぐそこまで迫っている。
ジョンは拳を握りしめ、炎の温もりを確かめながら静かに決意を固めた。