暗黒。奮闘。そして閃光。
沈黙が支配する夜の路地裏に、火花が散った。
ジョン・ドゥの手のひらで青白い炎が揺らめく。それはただの炎ではない。彼の内側から湧き上がる感情が具現化した、彼自身の力だった。
目の前に立つ暗殺者――シラヌイは微動だにせず、まるで闇そのものと一体化したように佇んでいた。フードの奥から覗く瞳には、何の感情も宿っていない。ただ、冷静に、静かに、ジョン・ドゥたちを見つめている。
「……三鷹、あいつ、ただ者じゃない……!」
ジョン・ドゥが低く呟くと、三鷹は煙草をくわえたまま鼻を鳴らした。
「当たり前だ……。シラヌイってのは、組織の処理部隊の中でも別格の存在だ。普通の戦い方じゃ、まず勝てねぇ……。」
「……なら、どうする?」
マユリが影に身を隠しながら問いかける。彼女の手はすでに短剣を握りしめ、いつでも攻撃できるように準備を整えていた。
「……簡単だ……。叩き潰す!」
三鷹はそう言い放ち、静かにシラヌイを見据えた。
「……やれるのか?」
ジョン・ドゥが不安そうに問いかけるが、三鷹はただ薄く笑うだけだった。
「さてな……。だが、やるしかねぇだろ。」
シラヌイがわずかに首を傾げたかと思うと、次の瞬間、闇が爆発したように広がった。
「――ッ!」
ジョン・ドゥは咄嗟に炎を放つ。しかし、それが届く前に闇が炎を呑み込むように拡散し、視界を奪っていく。
「無駄だ……!俺の闇の中では、お前たちの動きは全て読める。」
シラヌイの声が闇の中から響く。
「チッ……!」
三鷹が舌打ちしながら身を翻す。次の瞬間、刃が彼の背後を襲う。しかし、彼はわずかに体を傾けることでその攻撃を回避した。
「相変わらず気味が悪ぃ技を使いやがる……。」
「お前ほどではない。」
シラヌイが静かに言い放つと、さらに闇が濃くなり、ジョン・ドゥたちは完全に視界を失った。
「――マズいな、これじゃ何も見えない……。」
ジョン・ドゥが苦しげに呟く。
「目で見るな……感じろ……!」
三鷹の声が響く。
「感じろって言われても……!」
「いいからやれ……!でねぇと、次の瞬間には死んでるぞ!」
「……ッ!」
その言葉に、ジョン・ドゥは息を呑む。
――感じろ……?
彼は深く息を吸い、炎の力を手に集中させる。
暗闇の中でも、確かに感じるものがあった。冷たくまとわりつく闇の気配、その奥に潜む何か――
「……そこだ!」
ジョン・ドゥは闇の一角に向かって炎を放った。
「ほう……。」
シラヌイが僅かに声を漏らした直後、炎が闇を切り裂くように燃え上がる。
「やったか……?」
「……いいや、まだだ。」
三鷹が鋭く言い放つと同時に、闇の中から無数の刃が飛び出した。
「チッ……、しつけぇ!」
三鷹は影のように動きながら、その攻撃を紙一重で避ける。
マユリも素早く短剣を投げ、シラヌイの気配のする方向へと牽制を試みた。しかし、それらは全て闇に呑まれ、消えていく。
「……俺たちの攻撃が届かない……。」
ジョン・ドゥは焦燥を感じながらも、どうにかして突破口を見つけようと考えを巡らせる。
「炎の力だけじゃ、こいつの闇は消せねぇ……。なら、どうする……?」
その時、彼の脳裏に一つの考えが浮かんだ。
「……燃やすだけじゃなく……、光を生み出せば……!」
ジョン・ドゥは両手に炎を集中させる。その炎は、いつものものとは違い、青白い輝きを増していった。
「……やれるか……?」
「やるしかない……!」
彼は力を込め、一気に炎を爆発させる。
「――ッ!」
その瞬間、カッと眩い光が闇を切り裂いた。
シラヌイの姿が、そこに現れる。
「……なるほど……炎を光として使うか……。」
シラヌイは初めて僅かに驚いたような声を漏らした。
「……だが、それだけでは俺を倒せない。」
彼は再び闇を操ろうとする。しかし――
「させねぇよ。」
三鷹がその一瞬の隙を逃さず、シラヌイに向かって飛び込んだ。
「――!」
シラヌイが反応するよりも早く、三鷹の拳が彼の腹部を撃ち抜く。
「ぐッ……!」
シラヌイの体が吹き飛ばされ、地面に転がる。
「……どうやら、ここまでみてぇだな。」
三鷹は静かに立ち上がり、シラヌイを見下ろした。
「……俺の負け……か……。」
シラヌイは微かに笑いながら、血を吐き出した。
「……俺を殺さないのか?」
「さぁな……。今はそんなことしてる暇はねぇんだよ。」
三鷹は背を向け、ジョン・ドゥとマユリに向かって言った。
「行くぞ……奴が意識を取り戻す前に、ここを離れる。」
ジョン・ドゥはシラヌイを一瞥しながら、深く息を吐いた。
彼らの戦いは、まだ終わってはいなかった。
――次なる脅威が、すぐそこに迫っていたのだから。