逃走。追跡。そして戦闘。
――静寂が支配する夜の街に、微かな足音が響いていた。
ジョン・ドゥは慎重に足を進めながら、周囲を警戒する。三鷹とマユリと共に組織を抜けた今、彼らは確実に標的となった。追手が来るのは時間の問題だった。いや、もうすでに動いている可能性の方が高い。
廃工場での戦闘から三日が経過し、彼らは隠れ家を捨て、より安全な場所へと移動することを決めた。しかし、組織にマークされている以上、容易に逃げ切れるはずもなかった。
「……三鷹先生、今のところ、追手の気配はないみたいだ」
ジョン・ドゥは、暗闇に目を凝らしながら三鷹にそう報告する。
「それはただ気づいていないだけかもしれねぇな……油断はするなよ」
三鷹はポケットから煙草を取り出し、口にくわえた。マッチを擦ると、小さな炎がゆらめき、その光が一瞬だけ彼の険しい表情を照らし出す。
「それにしても、妙だ……。」
「妙……?」
「組織が俺たちを放っておくはずがねぇ。何かしら動きがあってもおかしくないんだが……、妙に静かすぎる。」
「確かに。」
マユリが静かに同意する。彼女は相変わらず周囲を警戒しながら、小さく息を吐いた。
「ただの勘違いだといいけど。」
「そんなわけねぇよ……。」
三鷹は煙を吐き出しながら言った。
「……やつらが俺たちを狩る気なら、確実に何か仕掛けてくるはずだ……。問題は、それがどんな手段かってことだ」
「でも、直接戦闘を仕掛けてこないなら、考えられるのは……。」
ジョン・ドゥは眉をひそめる。
「……包囲網か、追跡者の派遣か。どちらにしても、厄介なことになるな。」
三鷹は低く呟き、再び煙を吸い込んだ。
「……そろそろ移動するか。ここに長く留まるのは危険だ。」
三人は再び歩き出す。暗い路地裏を抜け、人気のない工場地帯へと向かう。彼らにとって今は、できる限り組織の目を欺きながら移動し続けることが最優先だった。
しかし――彼らの動きは、すでに監視されていた。
「……確認した。目標は移動を開始した。」
通信機越しに、冷たい声が響いた。
「了解。追跡を続けろ。標的を逃がすな。」
黒いフードを目深に被った男が、小さく頷く。彼の名はシラヌイ。組織に所属する処理部隊のエリートであり、暗殺者として数々の能力者を始末してきた。
彼にとって、裏切り者を始末するのは単なる仕事だった。感情など介在しない。ただ、命令されたから殺す。それだけのこと。
「ターゲットは三人。標的は元処理部隊の三鷹。実力は確かだが、問題はない……。」
彼は静かに闇に紛れながら、ジョン・ドゥたちを追跡する。
「さて、裏切り者には相応しい末路を与えてやらなければな……。」
「おい、何か、気配がしないか?」
三鷹が急に立ち止まり、周囲を見渡す。その鋭い眼差しが、闇の中の異変を捉えようとする。
ジョン・ドゥもそれに倣い、神経を研ぎ澄ます。しかし、何も感じられなかった。
「……?何も感じないけど……。」
「いや、確実に誰かいる。」
三鷹の表情が険しくなる。
「……ちっ、やっぱり来やがったか……!」
その瞬間、暗闇の中から飛び出す影があった。
「……反応が早いな。流石は元処理部隊といったところか……」
フードを被った男――シラヌイが、静かに地面に降り立つ。その身に纏うのは、不気味なまでに研ぎ澄まされた殺気だった。
「誰だ……」
ジョン・ドゥは思わず身構える。
「……シラヌイ。組織の暗殺者。お前たちを始末しに来た……」
男は静かに答えながら、一歩前へと踏み出す。その動きは音すらも消しており、異常なほどに洗練されていた。
「どうやら、噂通りの腕前みてぇだな……」
三鷹はわずかに笑みを浮かべながらも、その目はまったく油断していない。
「何も知らないくせに……」
シラヌイは無感情に呟くと、次の瞬間、闇の中から無数の刃を放った。
「ッ!」
ジョン・ドゥはとっさに炎を生み出し、それを弾き飛ばそうとする。しかし、シラヌイの刃は異常な軌道を描き、巧妙に攻撃を避けるように飛んでくる。
「……こいつ!」
マユリがすばやく影に紛れながら回避行動を取る。しかし、シラヌイの動きは圧倒的に速く、次々と攻撃を繰り出してくる。
「……このままじゃ……埒が明かない!」
ジョン・ドゥは手を握りしめ、炎の力を強く意識する。
「だったら……!」
彼の手の中で、青白い炎が激しく燃え上がった。
「……行くぞ!」
シラヌイは一瞬、興味深そうに目を細めた。
「……面白い。だが……その炎でこの闇を焼けると思うな……!」
次の瞬間、再び闇が彼らを包み込む。
――戦いの幕が、開く。