監視。懐疑。そして謀反。
三鷹は静かに煙草をくわえ、マッチを擦った。小さな炎がゆらめき、薄暗い隠れ家の中に一瞬の光を生む。煙をゆっくりと吸い込みながら、彼は考えを巡らせていた。
ジョン・ドゥを保護すると決めたあの日から、三鷹は組織の指示に背くようになった。組織は能力者を粛清することを至上命令としている。だが、力を持っただけで命を奪われることに疑問を抱いた彼は、もう二度と無差別な殺しには加担しないと決意していた。
だが、その決意が意味するのは、すなわち組織への反逆だった。
「先生。」
部屋の扉が静かに開き、マユリが姿を見せる。彼女の表情は普段と変わらないが、瞳の奥にかすかな緊張が滲んでいた。
「どうした?」
「組織が、先生の動きを不審に思っているようです。」
マユリは慎重に言葉を選びながら続ける。
「命令を無視し続ければ、近いうちに先生自身が粛清対象にされるかもしれません。」
三鷹はゆっくりと煙を吐き出し、目を閉じた。予想していたことではあったが、こうも早く動きがあるとは思っていなかった。
「そろそろ決断しないといけませんね。」
マユリの言葉に、三鷹は苦笑する。
「もう決めてるさ。」
「先生は……組織と戦うつもりなんですか?」
「ああ。」
三鷹は灰皿に煙草を押し付ける。
「俺はもう、粛清には加担しない。やるなら、正面からぶつかるしかないだろう。」
マユリは少しの間、三鷹を見つめた後、ゆっくりと頷いた。
「私も協力します。」
「助かる。」
そこへジョン・ドゥが部屋に入ってきた。彼はまだ戸惑いを隠せない表情だったが、その瞳には強い意志が宿っていた。
「僕も、力になれますか?」
三鷹は彼をじっと見つめる。彼の炎の力はまだ完全に制御できていないが、それでも戦力として十分な可能性を秘めている。
「無理に戦わせるつもりはない。」
三鷹は低く言った。
「だが、君が本当にやる気なら、覚悟を決めるんだな。」
ジョン・ドゥは一瞬迷ったようだったが、すぐに強く頷いた。
「覚悟は、できています。」
三鷹は満足げに頷くと、懐から銃を取り出し、机の上に置いた。
「俺たちがやるべきことは一つだ。」
マユリとジョン・ドゥが彼を見つめる。
「組織にとって、俺たちはすでに裏切り者だ。ならば――生き残るために、先に動く。」
数日後、三鷹は組織の指示で指定された場所に向かっていた。表向きは新たな粛清命令を受けたということになっているが、彼はこの機会を利用して組織の動向を探るつもりだった。
廃工場の中に足を踏み入れると、既に数人の組織の処理部隊が待ち構えていた。全員が黒い戦闘服に身を包み、冷たい視線を彼に向けている。
「遅かったな、三鷹。」
隊長格の男が一歩前に出る。かつての同僚であり、組織の方針に忠実な男だった。
「状況を確認していたんでね。」
三鷹は軽く肩をすくめる。
「ターゲットは?」
男は無言で首を横に振った。
「ターゲットなんかいない。」
その言葉に、三鷹は眉をひそめる。
「これはお前を試すための任務だったんだよ。」
男の口元がわずかに歪む。
「お前が本当にまだ組織に忠実かどうか、な。」
三鷹は内心で舌打ちする。完全に監視されていたらしい。
「そして結論が出た。」
男は銃を構える。
「お前は裏切り者だ。」
背後からも銃を構える音が響く。三鷹は静かに息を吐いた。
「やれやれ。」
次の瞬間、彼の影が歪む。
「――お前ら、俺を甘く見すぎだ。」
影の中から無数の刃が飛び出し、一瞬で周囲の敵を切り裂いた。銃声が鳴り響くが、三鷹の姿は既に影の中に消えていた。
「バケモノめ……!」
隊長が叫ぶが、次の瞬間、彼の背後に三鷹が現れる。
「悪いな。」
銃を向ける前に、三鷹の拳が男の腹にめり込んだ。男はそのまま吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
生き残った兵士たちは、恐怖に駆られて後ずさる。
「これで証拠はそろったな。」
三鷹は彼らを見下ろしながら言う。
「俺はもう、組織には従わない。」
その言葉を最後に、三鷹は影に紛れてその場を離れた。
隠れ家に戻ると、マユリとジョン・ドゥが待っていた。
「どうでした?」
マユリが問いかける。
「もう組織には戻れねぇよ。」
三鷹は肩をすくめる。
「だが、それでいい。」
ジョン・ドゥは静かに頷いた。
「僕たちは、これからどうするんですか?」
三鷹は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「俺たちは――俺たちの道を行く。」
その言葉に、マユリもジョン・ドゥも迷いなく頷いた。
ここからが本当の戦いの始まりだった。