出会い。懸念。そして決意。
ジョン・ドゥを保護したあの日から、三鷹の心は次第に重くなっていった。かつて冷徹に能力者を粛清してきた彼だったが、今やその行為が自分の中で正当化できなくなっていた。ジョン・ドゥを目の前にし、力に目覚めたばかりの彼を見守る中で、三鷹はその無垢さに引き寄せられるような気持ちになっていた。
過去に自分が数多の命を奪ってきたことが、ふと胸に圧し掛かる。あんなにも簡単に命を奪うことに疑問を抱かずにいた自分が、今こうして変わっていくのを感じるのは、まさにジョン・ドゥが存在するからだ。
三鷹は、無意識に唇を噛んだ。
「俺、どうして……」
部屋の中で呟いたその言葉は、ジョン・ドゥに向けられたものではなかった。ただ、目の前に座るジョン・ドゥを見つめながら、彼は心の中で自問自答をしていた。
「君が覚醒したってことは、何かきっかけがあったんだろう?」
三鷹は少しだけ視線を外しながら問いかけた。だが、ジョン・ドゥはしばらく黙っていた。力に目覚めた自分の理由すら思い出せない。それどころか、彼には過去というものが全く無い。
「……僕は何も覚えていない。」
ジョン・ドゥが静かに答える。彼の目は真剣そのもので、どこか遠くを見つめているようだった。
「気がついたら、ここにいた。ただ、それだけだ。」
彼の声に感情はこもっていなかった。まるで自分の存在そのものが曖昧であるかのようだった。
その答えに、三鷹は一瞬だけ言葉を失った。自分が覚醒した時のことは鮮明に記憶していたが、ジョン・ドゥのように何も覚えていないことがあるのかと、ふと思った。
「俺たちは、みんな力を持ってしまった時に世界が変わるんだ。」
三鷹はやや寂しげに言った。力に目覚めたことで、彼の世界は一変した。そのことを思うと、ジョン・ドゥもまた、その変化を否応なく受け入れなければならないのだろうと感じていた。
「でも、君が覚醒したってことは、きっと……」
三鷹は言葉を続けようとしたが、すぐにそれを止めた。無理に何かを言うことはできない。ジョン・ドゥの記憶が戻るわけでもないのだ。
その時、ドアがノックされた。
「先生。」
扉を開けたのは、マユリだった。男性として振る舞っているが、その実、彼女は女性であり、三鷹の仲間でもある。
「どうした?」
三鷹は振り返りながら聞いた。
「新しい情報が入ったようです。組織から、また命令が出たみたいです。」
マユリは無表情で告げるが、視線に少しの不安がにじんでいる。
「命令?」
三鷹は眉をひそめた。
「能力者の粛清です。新たにターゲットが決まったとのこと。」
マユリは淡々と報告した。
三鷹は少しの間、黙っていた。その報告に、彼の胸は重くなった。かつては命令に従ってきた。しかし今、彼はその冷徹さに疑問を感じ始めていた。
「俺は、あのやり方にはもう従えない。」
三鷹は静かに言った。
マユリは驚き、そして一歩踏み出して言った。
「先生、その決断は本当にいいんですか?」
「分からない。」
三鷹は苦笑した。
「でも、今の俺にはもう戻れない。」
その言葉に、マユリは少し黙って考え込むような仕草を見せた。そして、静かに頷いた。
「先生がそう決めるのなら、私も協力します。」
「そうか。」
三鷹は心から感謝しているように短く答えた。
「でも、これからどうするべきかは、まだ分からない。」
「命令が来る前に、俺たちが動く必要がある。」
三鷹は冷静に言った。彼の中ではもう、決意が固まっていた。自分の信念に従うしかない。
その瞬間、ジョン・ドゥが静かに口を開いた。
「僕は……どうすればいいんですか?」
三人は一瞬、言葉を失った。ジョン・ドゥはまだ力に対する自覚が薄い。だが、その目には確かな意志が宿っていた。
「君は…今はまだ何もできないかもしれない。でも、君がどうするべきか、考える時が来る。」
三鷹はややためらいながらも答えた。
ジョン・ドゥは、ゆっくりと頷くと、力強く言った。「僕も……何かできるかもしれません。」
その言葉に、三鷹は一瞬驚き、そして少しだけ微笑んだ。ジョン・ドゥは記憶がないにもかかわらず、確かに何かを感じ取っているようだった。
「分かった。」
三鷹は言った。
「なら、君も一緒に行動しよう。」
マユリも静かに頷いた。三人はこれからの戦いに向けて、覚悟を決めたのだった。