第9話 先輩
午後の授業がすべて終わっても、私の気分は晴れなかった。
部室に向かう足が心なしか重く感じる。
今日は中村さんもいないし、部活をする必要もないのだが、中村さんが持ってきてくれたというお勧めの本を取りに行くために部室に向かっている。
いつものように、旧校舎の渡り廊下を歩き、階段で二階へとのぼる。
部室の扉の前に着き、ドアノブに手をかけたその時、中からかすかに人の気配を感じた。
ん?誰だろう?もしかして、中村さんかな? ひょっとしたら、今、本を置きに来てくれたのかもしれない。
私は少し期待しながら、扉を開けた。
そこで見たのは、女の子同士のキスシーンだった。
一人は、見たことはないがリボンからして一年生であることがわかる。
そして、もう一人は見知った顔。私に部長になれと言い渡した人物。
現在は、二年生で文芸部副部長。名前は、日下部亜季。
日下部先輩は、扉のところにいて唖然としている私に気づき、女子生徒から唇を離した。
「あっ・・。」
「ごめんね、もうあたしの待ち人が来たみたいだから、今日はここまで。」
「えっ?」
そういうと、女子生徒が慌てたようにこちらを振り向いた。
顔がどんどん赤くなっていく。
どうやら、私が入ってきたことに全然気付かなかったようだ。
「続きはまた今度ね。」
「あ、は、はい。それじゃあ、し、失礼します。」
そういって、小走りで部室を出て行った。
「先輩、久しぶりに部室にきたと思ったら何やってるんですか?そう言うことは、他でしてくださいとあれほど言いましたよね?」
日下部先輩は呆れている私を見て、面白そうに笑った。
「ふふふ、入ってきた時の涼花の唖然とした顔ったらなかったわね。」
「先輩!」
「ははは、ごめん。待っている間の暇つぶしに、ちょっとね。」
「今度ああいうことをしてたら、本当に怒りますからね。」
「分かってる、分かってる。」
「全く・・・・。」
私は、右手を頭にのせ、溜息をついた。
日下部亜季。ホントにこの人には困らせられる。
この人は、無類の女好きで知られている。来るものは拒まず、去る者は追わず。
そんな調子でかなりの女の子と付き合っているという噂だ。
そして、私は何度もその現場を目撃している。というのも、私が部活に入部したての頃、先輩はこの部室でよくああいったことをしていたのだ。
というか、私の反応を面白がるためにわざとこの場所を選んでいるぽかった。
何度私が怒ってもやめなかったのだか、最近は大人しくしていて、ほとんど部活に来ることがなくなっていた。
私はこれ幸いとそれから部室を一人で使っていた。
そういえば、私たち一年生の中にもさっきの子のように、すでに何人か先輩の魔の手に落ちているらしい。
顔は切れ長の目に、スラッと高い鼻、中性的な顔立ち。そして、背は標準身長よりも少し高めで、髪は肩までの長さ。
確かにモテるのは、分かる。よく分かるが、日下部先輩は節操がなさすぎる。そういう所がなければ、話しやすく、かっこいい、いい先輩なのだ。
少し変わってるところがあるが。
「それで、先輩は何しに来たんですか?」
「何しにって、決まってるじゃない。あたしの新しい子猫ちゃんを愛でにきたのよ。」
・・・・・・子猫ちゃん?
「はっ?誰ですか、それ?」
「だから、新入部員を見に来たの。涼花がメールしてくれたんでしょ。それでどこにいるの?まだ、来ていないみたいだけど。」
先輩はキョロキョロしながら、部室を見渡す。
あー、そういえば、そんなメールをしたような。すっかり忘れていたけど。
「そうでしたね。でも、残念ですが、今日はいませんよ。」
「えっ?いないの?」
「はい、何か用事があるみたいです。」
「そうなんだ、せっかく来たのに、残念。」
そう言って、先輩はつまらなそうに唇を尖らせた。
が、すぐにニヤリと笑顔を浮かべる。そういう顔もかっこよく見えるから怖い。
「で、新入部員は可愛いの?」
「はぁ?」
「だって、気になるじゃない。私の新しい子猫ちゃんなんだから。」
「新しいって、彼女は先輩のものではないし、子猫でもありません。」
「細かいところは気にしなくていいの。それより、どうなの?」
おいっ、私にとっては細かくないことだけど。
「先輩、多分知ってますよ。私のクラスにきた転校生ってわかりますか?」
「一年の転校生?ううん、知らないわ。」
「えっ、そうなんですか?意外です。中村さんはかなり綺麗なので学校中の噂になっていると思っていたんですけど。」
「あー、私、そうゆう噂はあんまり聞かないのよ。可愛い子は自分の目で探すか、向こうから来るのを待つタイプだから。」
そんなこと誰も聞いてませんて。
「そうなんですか。えっと、じゃあ、少し説明しますと、私のクラス1-Bに最近転校してきた中村葵さんが新しい部員です。さっきも言いましたけど、噂になるくらいの人ですよ。・・・・・だからといって、同じ部員に手を出さないでくださいね。」
私は一応釘をさしておこうとそう最後に付け加えた。
先輩をみると、なんだか考え事をしている表情だった。
「日下部先輩?」
「ねぇ、中村ってもしかして戸川さんとよく一緒にいるめちゃくちゃ綺麗な子かしら?」
と、そう聞いてきた。
「えっ?は、はい、たぶん、そうだと思いますけど。先輩、戸川さんのこと知ってるんですか?」
「えっ?ま、まぁね。」
「?」
なんだか先輩の歯切れが悪い。
はっ!もしかして?
「先輩、・・・・・・・戸川さんのこと狙ってるんですか?」
「えっ?ま、まさか~。そんなわけないじゃない。」
私はジト目で先輩をみる。
先輩は私から目をそらし、私を見ようとしない。
「先輩・・・本当のことを言ってください。」
「だ、だから、違うってば、ホントにあの子には何の興味もないわ。」
基本的に女の子が好きな先輩が興味がないなんて言うのは珍しい。
付き合いが短い私でもなんだか今の先輩に違和感を覚えた。
「・・・・・もしかして、本当に好きなんですか?」
「・・・・・・・。」
先輩は困った顔をして、私を見る。
少し考え込むように俯き、顔をあげたときには、なんだかもう諦めた表情をしていた。
「はぁー、うん。そうなの。好きなの、戸川さんのこと。」
「なんでそんな風に隠すんですか?いつも無駄に開けっ広げなのに。」
「うーん、そうさね~。あたしって基本的に自分からアタックすることってないんだけど、なんだか彼女は気にいちゃったのよ。でも、どうしたら振り向いてくれるのか分からなくて。そういうのなんか恥ずかしかったから。」
遠い目をして、そう語った。
「なんか先輩らしくないですね。」
「うん、あたしもそう思うわ。今まで自分から頑張らなくてもみんな寄ってきてくれたし。」
「先輩、まず、そういう所を直したらどうですか?戸川さんってそういう事嫌いそうですよ。」
「んー。直したくても、そんなことしたら彼女たちを傷つけることになるじゃない?」
「なんですか、それ。」
呆れた、そんな事をシレっと言うってことは全く反省しようとしてないみたいだ。
「はぁ~、まぁ、頑張ってください。」
私は、もうどーでもいいと思い、適当に答えた。
「もちろん、ここまで話したのだから涼花も協力してね。あっ、それと中村さんも。」
「寝言は寝てから言ってください。」
「先輩のいうことは聞くべきだと思うけど?」
「じゃあ、部長の権限で拒否します。私たちはそんなに暇じゃありませんから。」
「あっ、じゃあ、部活動ってことでいいんじゃない?」
「いやいや、私たち文芸部じゃないですか。それ、何部の活動なんですか?」
何を言い出すかと思えば、本当にこの先輩はろくなことを言わない。
「じゃあさ、あたしたちの恋を物語にして部誌として書いたらいいじゃない?これなら文芸部っぽいでしょ?」
「確かに文芸部らしいですけど・・・・。最終的に付き合うかどうかなんて分からないんじゃ?」
「いいの、いいの。あたしの魅力に勝てる女子なんてこの学校にいなんだから。」
・・・・・・もう、呆れて言葉も出ない。
「じゃあ、そう言う事でよろしくね。あたし、ちょっと約束があるから。」
「ちょ、ちょっと先輩、待ってください。やるなんて言ってませんけど。」
そう言い終わる前に日下部先輩は軽やかに身を翻し、部室を出て行った。
はぁ、本当にどうなるの?この部活・・・・・。
次話の投稿は、たぶん連休の後になると思います。