第6話 帰り道
教員室での用事すませ、私たちは玄関に向って歩いていた。
中村さんが私の隣を歩いているのは、なんだか不思議な気分だ。
「中村さんの家ってどこにあるの?」
「向こうにある駅の近くです。」
「そっか、なら途中まで一緒かも。」
「そうなんですか?」
「うん、私の家はここから20分くらいなんだけど、駅の方に曲がる道を曲がらずに、まっすぐ行った所にあるんだ。」
「その、では、そこまで一緒に帰ってくれますか?」
なぜかちょっと頬が赤くなった中村さんが聞いてきた。
そういえば、クラスでこんな風に赤くなっているところなんて、あまり見ない気がする。だって、クラスではいつも微笑みをたやさず、とても大人っぽい感じだ。
聖母かこの子はって思うくらい。怒っている顔なんてもちろん見たことないし、悲しそうな顔も見たことがない。
本当に表情がいつも変わらないのだ。ただ、優しく、静かに、微笑みを浮かべている。
今日、私は初めて彼女の人間らしいというか、高校生らしい表情を見た。
もしかしたら、戸川さん達はいつもそういう顔をみているのかもしれない。
「あ、あの、高山さん?」
まだ頬を赤くしている中村さんがちょっと目を潤ませながら私を見ていた。
「え、えっと、ご迷惑だったらいいんです。は、離れて歩きますし。」
どうやら私が考え事をしていて、ぼーっとなっていたのをマイナス方面にとらえてしまったらしい。
「いやいや、もちろんいいよ。一緒の方向なんだし。それに、私はもうそのつもりで歩いてたよ。」
「えっ、そうなんですか? よかった。」
心底ほっとしたような顔で、右手を胸の前で軽く握って息を少しはいた。
「ごめん、ごめん。ちょっと考え事してて。」
「考え事ですか?」
「うん、そう。」
私は、軽くうなずいた。
「何を考えていたんですか?」
彼女が首を傾げながら疑問を問いかけてきた。
「え?えーっと、中村さんはすごいなーとか?」
「えぇ?そ、そんなことないですから。わ、私なんて全然ダメです。」
慌てたように首を振り、否定してくる。
「ダメなんてそんなことないと思うけどな。」
そんな彼女がおかしくて、少し笑う。
「も、もう遅い時間ですから、早く帰りましょう。」
中村さんは少し早足で、玄関から出て行った。 それが照れ隠しのようにみえて、私はさらに笑みを深くして、そのあとを追った。
「待ってよ、中村さん。」
今日という日は、きっと彼女と歩く道の最初の一歩だったんだと思う。
これから先、共に歩む時間の、始めの一歩。
~ 中村葵 視点 ~
まさか、あの子が文芸部だったなんて。偶然て本当に怖い。
いつも窓の外を見ているあの子。何を考えているんだろう、こんな風に気になるようになったのは転校してからすぐだった。
私の左前にいる川上恭子さんといつも楽しそうに話していた。クールなよう見えるけど、時にはすごく優しそうな顔をみせていて、その笑顔はとても可愛くて。
窓の外を見ている時の寂しげな表情とは全然違う表情だった。その笑顔を私にも向けてほしい、そんな風に思うようになっていた。
何度も何度も話しかけようとしては、失敗した。あの子は私の方を全く見ないのだ。
もしかしたら、嫌われているのかもしれない。
そう思ったが、それでも、私が勇気を振り絞って話しかけようとすれば、必ず私が他の誰かに話しかけられ、邪魔された。
そんな事が何度もあって、結構ヘコんでいた。 話しかけらることが迷惑なわけじゃないし、転校してきた私にみんなとても優しくしてくれて本当に感謝している。
けれど、あの子とも話したかった。家族の間で色々あり、沈んでいた私の心に自然に湧いた思いは、あの子への興味だった。
そして、文芸部に入部しようと訪れたあの時のことは、きっと一生忘れない。
後ろから声が聞こえたと思ったら、隣の席のあの子が驚いた顔をして立っていたのだ。
あの子が撫でてくれた頭をさわる。
あの時はびっくりしたけど、なんだか不思議な気分だった。
恥ずかしいような、嬉しいような、そんな気持ち。
感触を思い出しながら、自分で撫でてみると小さなコブができていることに気づいた。
もしかしたら、あの子を頭にも同じようなコブがあるかもしれない。
そう思うと、少し可笑しくなった。
あの子と話せてよかった。これから、あの子ともっと話せると思うと明日が楽しみになる。
私は勝手に緩んでしまう頬を引き締めた。一人でニヤニヤしてたら変な子だ。
そういえば、お勧めの本を持っていく約束をしていた。
あの子はどんな本が好きかな。
そう思いながら、部屋の本棚をゆっくり眺める。
・・・・・早くあの子に会いたい。
今回は少し短めなので、最後の方に別視点を入れました。
おまけ程度に読んでください。
もしかしたら、ときどき誰かの別視点を入れるかもしれません。