第26話 久しぶりの部室
戸川さんと昼休み話した日の放課後、私は葵と一緒に部室に来ていた。
久しぶりに来た部室はなんだか懐かしい。たった数日なのに……。
ちらりと隣に座る葵を見た。葵はなにやらテストの答え合わせをするらしく、教科書やらノートを机の上に何冊も出していた。私はその様子を机に肘をつきながら眺めている。そんな放課後。久しぶりにやってきた平穏。
葵の横顔を見つめる。相変わらず、サラサラで綺麗な髪、きっと触ったら水のように流れてしまうだろう。そして、いつみても、どこからみても崩れることのない、人形のように整った顔。少し微笑んだだけで、だれもが彼女に恋をしてしまうのではないかと思うくらい美しい。
……それはちょっと言いすぎかもしれない。でも、それくらいに彼女は綺麗で、魅力的だということだ。こんなことを思っている自分が少し恥ずかしくはあるけれど。
その時、ふっと葵が顔をあげ、私と目がばっちり合ってしまった。まぁ、じっと見ていたのだから当たり前だ。
「あの、どうかしました?」
葵は耳に髪をかけながら、私の方を見て微笑みながら聞いてくる。
やばい、めっちゃ可愛い。
私は急に恥ずかしくなり、目をそらしながらしどろもどろで答える。
「い、いや、なんでもないよ。」
「そう、ですか?」
少し納得していない表情を浮かべ、私のことを見ていたが、私が作業に戻ってと苦笑いを浮かべながら言うと、素直に視線を手元に戻してくれた。
ふぅー、危ない、危ない。たくっ、これじゃあ、すぐに私の気持ちなんてばれてしまうような気がする。もっとしっかりしないと、葵との関係を絶対壊したくないのだから。
私は、机の下で葵に見えないように、右手をつねった。うん、痛い。
その刺激で、気持ちを切り替えようと思ったのだ。
だが、思ったより力強くつねってしまい、イテッと声を出してしまった。
「どうしたんですか?」
葵が少し慌てた様子で顔をあげ、そのまま席を立ち私のそばに寄ってくる。
「い、いや、だ、大丈夫だから。大したことないよ。」
そんな様子の葵に私も慌てて顔と手を横にぶんぶんと振った。だが、それが失敗したらしい。目ざとい葵は私の手の甲の赤くなった部分を見つけてしまった。
「ここ、赤くなってますよ?」
左右に振っていた手をつかみ、葵がそう尋ねる。
「そ、その、ちょっと、ね。」
私の曖昧な返事に、少しハテナを浮かべながらも葵は両手で優しく私の手を包む。
何とも言えないくらい、温かくて、柔らかくて、私の心臓の鼓動を高鳴らせるには十分だった。葵はそのまま赤くなったところを撫でてくれる。なんだかとても心地よい時間だ。すぐ近くに葵がいる。それがとても幸せだと思った。
そんな時間が少しだけ流れた後、ふと葵が顔を上げた。
「涼花さん。」
葵が私の手を握ったまま、名前を呼んでくる。なぜか少し緊張しているようだ。触れている手が少し汗ばんできている。
「なに、葵?」
私は葵の顔を見上げながらそう聞き返した。なにか真剣な話なのだろうか?
私まで少し緊張してきた。だが、葵の顔を見たとたん、違う緊張に身体を支配された。
葵の頬を赤らめ、視線をチラチラと私に送っている。まるで、それは恥ずかしくて言い出せない。みたいな感じだった。その姿はとてもいじらしく今にも抱きしめてしまいたくなる。まぁ、現実には無理なことだが。
でも、ますます葵がしようとしている話が分からない。一体どうしたのだろうか?
「葵?」
私は出来るだけ、緊張を解いてあげようと、繋いだままの手に少しだけ力を込めた。大丈夫、焦らなくてもゆっくりでいいからとそんな気持ちをこめて。
その行動に少しだけ驚いたようだが、頬をさらに赤くしたが気分は落ち着いてでようで、私の瞳をしっかり見つめ返してくれる。
「あ、あの、ちょっと、お願いがあるのですが。」
「うん、なに?」
葵は少し躊躇ったあと、思いきったように口を開く。
「わ、私、欲しい本があるんです。それで、その、一緒に隣町の本屋に行ってくれませんか?」
「本屋?」
本屋か、なんか文芸部らしいな。そんなことをちょっと思う。
「うん、もちろんいいよ。」
私がそう答えると、葵は一瞬嬉しそうに微笑んだが、なにか思い出したらしく少し慌てたように言った。
「その、でも、隣町の本屋さんなので、その放課後とかではいけなくて、それで、その…………。」
あー、そっか。葵が言いたいことがなんとなくわかった。隣町の本屋は電車でないと行けなくて、放課後に行くとちょっと帰りが遅くなってしまうようなところにあるのだ。だから、行くとしたら休日ということになる。
つまり、これは…………デート、ということなのだろうか……。
いや、さすがにそういうと語弊があるか。でも、二人で休日に出かけるのか……。想像すると、顔がにやけるほどワクワクしている自分がいた。
「あの、休みの日になってしまうのですが、その、付き合っていただけますか?」
「はい、喜んで!!」
あっ、しまったテンション上げすぎた。私の大きな声に葵も驚いた顔している。
「ふふふ、よかったです。」
だが、驚いた顔もすぐに優しげな微笑みに変わる。
「でも、葵から誘ってくれるなんてちょっと意外。」
ぽつりと思ったことがこぼれる。ただ、なんとなくあまり自分から遊びに誘うというイメージが葵にはなかった。たぶん、私にもそういうイメージはあると思う。というか、実際にあまり自分から誰かを誘うことはない。休日に遊ぶ時はいつも、恭子の方から誘ってくれていたから。
「や、やっぱり、変ですよね……。」
「い、いや、変ではないけど。ただあまりそういうタイプに見えなかっただけだから。うーん、印象の問題、かな。」
「いいえ、当たっています。友達もあまりいませんでしたし。」
「あ…………。」
うわ~、しくった。確か葵の中学時代は波乱万丈だったんだよね。
たぶん私は明らかにばつの悪い顔をしていたのだろう。そんな私を見かねたのか、葵は首を横に振った。
「そんなに気にしないでください。私にとっては過去のことですし、今がとっても楽しいので、昔みたいに悲観にくれることはないですから。」
綺麗に、本当に綺麗に、微笑む。でも、本当にそう思っているのだろうか?いや、少なくとも今が楽しいと思ってくれているのは本当だとしても、あの時、私に過去の話をしてくれた時の葵の表情は明るいとは言えないものだった。私はまた葵に気をつかわせているのではないかとそんな思いが頭をよぎる。たく、私はどうしようもないな……。彼女にばかり気を遣わせて。こんな自分がとても情けない。
きっと彼女は想いをすべて心にしまっているんじゃないかと思う。どれだけの気持ちを押しとどめて、生きているのだろうか。それはなんだか彼女が損をしているような気がした。怒ってもいいのに怒らない、悲しんでもいいのに悲しまない。きっとそれはとても窮屈なことだから。
できれば、私が彼女を少しでも楽にしてあげたい。普通の、自然体の彼女でいさせてあげたい。それは今の私ではまだ無理だけど。
いつか、彼女のよりどころになれたら。それはどれだけ幸せなことなのだろうと私は思った。そして、同時にその役目は私じゃないのかもしれないとも思った。
「葵は優しいね。」
本当に優しすぎるよ……。だって、葵と出会ってから何度思ったか分からないくらいだ。私がそう言うと、葵はいつも否定するけれど。
「そんなこと、ないですよ。」
私たちは二人きりの部室でただ静かに笑い合う。それは楽しくもちょっとだけ切ない時間だった。
お久しぶりです。またまたまた大変長い間お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。(なんかいつも謝っているような気がします…、気のせい?)
はい、そして、次回はデートです。できれば、あまあまな雰囲気で書きたいな~なんて考えています。ですが、その前にちょっとおまけみたいな話を投稿したいと思います。たぶん、すごく短くなりますが。それはすぐに投稿できると思うので、少々お待ちください。それでは、読んでくださりありがとうございました。