番外編 先輩の春⑨
あたしたちは、一階に降り、さつき達のところへと向かった。
正直、二人にはかなり迷惑をかけてしまったので、少々いたたまれない気持もある。涼花もそう感じているらしく、その表情は少し暗めだ。
「涼花、今回悪いのはあたしだけ。あなたは何も悪くない。だから、そんなに不安がらなくても大丈夫よ。」
私が隣を歩く、涼花にそう言うと、その顔つきがキッっと変わる。
「そんなことないです!私にだって、負はあります。先輩だけのせいになんてできないです。」
「いいえ、あたしのせいよ。原因はあたしだもの。」
「確かにそうでも、先輩に対して失礼だった私にも責任はあると思います。」
「いいえ、ないわ。」
「あります。」
「ない。」
「ある。」
階段を降りながら、あたし達はにらみ合いになる。そこに2人の呆れたような声が聞こえた。
「もう、2人ともまた喧嘩してるの?」
「違うよ、さつきちゃん、きっと亜季と涼花ちゃんは痴話げんかしてるんだよ。」
「違うわ。」
「違います。」
あたし達の言葉がぴったりとかさなる。
「ほらね、息ぴったり。」
「ですね。」
結子さんとさつきが2人で苦笑ぎみに笑い合っていた。あたしと涼花は少し気まり悪く二人の前に立つ。
「その、この度は色々迷惑をかけたわ、ごめんなさい。」
「すいませんでした。」
二人、一緒にぺこりと頭を下げる。だが、少し経っても二人の声は聞こえない。不安になって顔をあげようとしたとき、
「そうだね、二人には迷惑かけられっぱなしだよ。」
「うん、本当に。」
2人の少し冷たい声に、あたしは思わず顔がこわばった。もしかしたら、本当に嫌われてしまったのかもしれない。隣の涼花もその言葉を聞いて、ビクッと身体が震えた。
あたしは、それを感じたとき、いてもたってもいられず、ばっと顔をあげた。
「こ、今回のことはあたしが全部悪いから、だから、涼花は許してほしいの。」
「なーんて、冗談言ってみたりして。」
「えっ?」
あたしは思わず口を開けたまま、言おうとしてた言葉も忘れ、パクパクと動かしてしまう。結子さんのあたしを見る表情はどこか満足そうに笑っていた。
「ちゃんと、仲直りできてよかったね、亜季。」
「……えぇ、よかったわ。」
あたしはただ素直にうなずいた。二人の顔をよく見ると、全然怒っている表情ではない。涼花もそれが分かってか、はぁ~と安堵のため息をついている。
「さぁ、みんな、ゴールデンウィークも終わっちゃうんだから、遊ばないと損だよ。」
さつきが両手を広げながら、まるで何もなかったかのように元気な声でその場を仕切りなおしたのだった。
◆
その夜、あたしは旅行ケースに自分の荷物を詰めいた。
もう、終わりか……。こんなに楽しいと思った連休はないかもしれない。というか、大勢でワイワイ騒ぐという経験があたしにはほとんどない。だから、こんなに楽しいものだとは知らなかった。
あたしは、ゆっくりと帰るための準備をする。なにもかもが名残惜しい。最後には色々あったけど、ここでは皆が笑っていられた。
あたしは知っている。あたしの恋人達がお互いに嫉妬し合っていたということ。いじめまでにはいかないけれど、少しの嫌がらせはあるみたいだ。そして、それを一番されていたのが、さつきだということも。
知っていた。けれど、どうすることもできなくて、どうしたらいいのか分からなくて。
でも、この連休は違った。みんなで一緒にあそんで、一緒に笑っていた。とても楽しそうに。
よかった、不幸にならなくて。……本当に良かった。
その時、こんこんとドアをノックする音が聞こえた。あたしはその人物に心当たりがあったので、何も言わず、すぐにそのドアを開いた。
ドアの前にいたのは、ふわふわの可愛いパジャマ姿のさつきだった。
「どうぞ、入って。」
あたしは一歩引いて、さつきを部屋へ招き入れる。
「うん、ありがとう。」
さつきはゆっくり、ゆっくりと部屋の中に入って行った。
「ベットに座って。」
あたしはそう言いながら、ベットの上にあった服やタオルを端にどける。さつきはそのまま真っ直ぐベットに座った。ギシっとベットが小さな軋みを上げる。あたしも同じ音を上げながら、隣へと座った。
すると、さつきがあたしの肩へと頭を預けてくる、シャンプーのにおいがふんわりと香った。
そのまま、あたし達は無言でずっとくっついていた。ただ、二人の呼吸する音が聞こえる。それも、一緒のペースで。
なんだか、とても落ち着く空気だった。こんなに静かなのだから、きっと今、この世界にはあたしとさつきしかいないのかもしれない。
そんな、あり得ないことをあたしはただ、なんとなく考えていた。
「亜季、最近変わった、よね。」
ぽつりとさつきが呟く。その声はどこか寂しそうに聞こえた。
「そう、かしら。自分ではそんな自覚はないわ。」
「変わったよ。」
さつきの顔を見上げる。かすかな微笑みをその顔に浮かべていた。そして、あたしが何か言う前に、ポツリポツリと語りだす。
「亜季、ずっと、ずっと苦しそうだった。私といる時も、他の誰かといる時も。顔は笑っていてもどこか辛そうだった。」
「…………。」
あたしは何も言わず、ただ静かにさつきの話に耳を傾ける。
「でも、近頃は少し違う。なんだか前を見てる気がする。今までは後ろを見てたのに。亜季は前を見ている。前に進んでる。」
さつきの声は静かにあたしの心に響いた。そんな風に思っていたなんて、全然知らなかった。きっとさつきにあたしの心なんて透けていたのかもしれない。本当に愚かで、醜いあたしの心を。
「何があったかは知らないけど。私、少し恐いんだよ。亜季に置いてかれそうで、……恐い。」
身体の震えを抑えるかのように、さつきは自分自身の腕で自分をギュッと抱きしめた。その背中をあたしは、さすった。
「そんなことないわ。そんなことしない。だから、大丈夫よ。さつきが望む限り、あたしは側にいるから。」
あたしがそう言うと、なぜかさつきはとても泣きそうな顔をした。それが嬉しさのせいなのか、それとも悲しさのせいなのか、あたしには分からなかった。
「……うん、そうだね。うん、私が言いたかったのはそれだけ。もう遅いし、そろそろ部屋に戻るね。」
そう言うと、さつきは立ち上がった。くるっとあたしの方に向いたと思うと、身をかがめてチュッと唇に軽いキスをしてくる。
「おやすみなさい、亜季。」
「え、えぇ、おやすみなさい。」
さつきは、一つニッコリと微笑みとドアの方に足をむけて歩きだした。そして、ドアに手をかける。あたしは、何か言わなきゃいけない気がした。何だ、何を伝えようと思ったのだろう。
そんなことを考えているうちに、さつきはガチャリとドアノブを回し、ドアを開ける。
「さ、さつき!!」
焦ったせいで、少し大声になってしまった。さつきはびくっと反応し振り返る。
「ど、どうしたの?亜季、大きな声出して。」
「あっ、えっと…………。」
さつきは不思議そうな顔して、振り返る。あたしはもう何も考えずに、ただ自然に言葉をこぼしていた。
「ありがとう、さつき。」
たった一言。言い忘れていた、伝えなくてはならなかった言葉。それが言えた。
さつきは一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにその唇に綺麗な笑みを浮かべ、目を嬉しそうに細めた。
「うん。」
そう答え、さつきは部屋から出て行った。
…………こうして、あたしの連休は終わりをむかえた。
◆
あたしは今日もまたグランドの隅にある桜の木に来ている。幹に背を預け、空を見上げた。
今日もいい天気だ。その澄みきった青を見ていると、自分の心が浄化されていく気分になってくる。
自分が綺麗になれる気がする。そんなことはあり得ないけれど。
どこからかそよそよした風が吹いてくる。
あたしはもう何度思い出したか分からないあの時のことをまた考える。部室で会った中村さんの言葉を。
あんな顔して、結構きついこと言うのね……。でも、あの子が言ったことは当たり前のことだ。普通のこと。恋人は本来一人にするべきだ。
だけど、……戸川桜と付き合いたいなら、恋人全員と別れろ、か……。
あたしは、どうしたいのだろう。戸川さんの事は好きだ。とても、好き。
だけれど、あたしは誓ったんだ。もう誰も泣かせたくないと、あの時に誓った。
だから、あたしは…………。
ふんわりとした風に乗り、彼女の匂いがした。さわやかな花の香り。
足音が聞こえても、あたしは顔を上げなかった。だって、どんな顔して会えばいいのか分からないのだから。
でも、彼女の気配はどんどん近付いてくる。サクサクと草を踏みしめる音が大きくなっていく。
その音がすぐ近くでとまった。
「こんにちわ、先輩。」
凛とした、どこか芯を感じさせる声。あたしはその声に逆らうことができず、ゆっくりと顔を上げる。
「こんにちわ、…………戸川さん。」
彼女の顔を見たとき、あたしの頭にあの時、振った女の子の顔が浮かんだ。あたしの目の前で絶望に顔を歪め、泣いたあの子の泣き顔が。
そう、そうよね。あなたはあたしを許してくれないわよね……。
だから、あたしの恋は、………………もう、これで、ここで、おしまいにしよう。
もっと早く投稿するはずったのですが、パソコントラブルで少し遅くなってしまいました。すいませんm(__)m
さて、今回で番外編先輩の春は最終回となります。やっと、やっと終わらせることができました。ただ、最後はちょっと悲しい感じで終わってしまいましたが。
でも、やっと本編に先輩を再び登場させることができます。なので、本編の方を引き続きお願いします。