番外編 先輩の春⑧
あたしが二階に上がると、高山さんと結子さんの部屋の前にさつきが立っていた。
足音であたしの方を振り向く。
「亜季……。」
その顔はとても心配そうだった。本当にあたしはなんて自分勝手な人間なのだろうか。せっかくさつきがゴールデンウィークを楽しくしてくれたのに。
「さつき、ごめんなさい。あとは、あたしにまかせて。」
さつきはちらっとドアの方をみてから、あたしの方に視線を戻し、うなずいた。
「うん、分かった。私は下に戻ってるからね。」
「ええ、ありがとう。」
さつきがあたしの側を通り過ぎた後、後ろから頑張ってと小さな声が聞こえた気がした。
その声が、あたしの背中を力強く押してくれる。
コンコンと、高山さんがいる部屋のドアをノックする。少し待ってみる。返事もなければ、ドアも開かなかった。
「高山さん。」
あたしは、扉越しに声をかける。だが、返事はかえってこない。ドアノブに手をかけ、回そうとしてみるが、鍵がかかっていて開かなかった。
「高山さん、開けてくれないかしら?あたし、……あなたに、話したいことがあるの。」
そう言ってみても、やはり何も反応はない。
こつんとドアに額をつけ、あたしは考える。このままでは、いけない。どうしたらいいの。
どうしたら、高山さんはあたしを許してくれるの……?
分からない。どうしたらいいのか、全然分からない。前の時と同じね。あたしは一年生の時から何も成長していない。本当に何も……。あたしはやはり何かを望んではいけないのだろうか。
ダメだ、このままじゃいけない。あたしはくじけそうになる気持ちを必死で奮い立たせ、ゆっくり深呼吸をして、気分を切り替える。
すると、ふっと思いついた。そうだ、これなら出てきてくれるかも。もう一度、あたしはドアをノックした。先ほどよりも強めに。
「高山さん、ここを開けて。あなたに用があるの。いつまでも隠れてないで、出てきなさい。」
きっと高山さんは出てくるとあたしは確信を持っていた。だって、あたしと同じで案外負けず嫌いな子だから。
あたしは腕を組み、できるだけいつもの表情で、高山さんを待つ。数分たち、ドアの向こうから、ガサゴソと音がして、ガチャっとゆっくりドアが開いた。
ドアの向こうにいる高山さんを見ると、さっきのような怒っている表情ではなかったが、眉をよせてかなり不機嫌そうな顔をしている。そして、あたしと視線を合わせようとしない。
「私は、別に隠れてるわけじゃありませんから。」
「ええ。なら、部屋の中に入れてくれるかしら?」
あたしがそう言うと、高山さんはチラッと一瞬、あたしを見てから、ドアの奥に身を引き、あたしを中に入れてくれる。遠慮なく部屋に入ると、もう帰り支度がされているのか部屋は綺麗に片付いていた。
「……そんなに急いで、帰らなくてもいいんじゃない?」
「これ以上、誰かさんと同じ屋根の下にいたくなかったんです。」
「そう。」
拗ねたようにそっぽを向いている高山さんを眺めながら、あたしは二つ並んでいるベットの片方に座った。
「あなたもここに座ったら?」
「いえ、私は立ってますから、気にしないでください。」
「そう、分かったわ。」
そこで、数秒沈黙が流れる。話すことはある。まずは、謝らなければいけない。でも、話しだすきっかけがつかめない。気まずく、重い沈黙。それを先に破ったのは、高山さんだった。
「……何か、私に用があるんじゃないんですか?」
躊躇いがちにそう訪ねてくる。
「ええ、そうよ。……話があるの。」
「…………はい。」
あたしは、ベットから立ち、高山さんと真正面から向き合った。手が震えている。あたし、緊張しているんだ。そっか、久しぶりかもしれない。震える指に力を込め、意を決して、口を開いた。
「あたし、あなたのことが好きみたいなの。」
「……………………………………えっ?」
あたしの言葉に、高山さんはあんぐりと口を大きく開けたまま、微動だにしない。あたしは、少し面白くなってそのままちょっと待ってみる。
数分後、頬の筋肉がピクピクしだして、高山さんの呼吸が再開する。
「うぇ、えええええええええ!? ど、どどどど、どういうことですか?」
「だから、あなたのことを結構気に入ってしまったみたい。」
「そ、そんな、い、いきなり、こ、困りますよ。私は、そんなつもり全く、全然、これっぽちもないですから!!」
「後輩として。」
「…………はっ?」
再び、高山さんは硬直する。でも、動きだしたのはすぐだった。
「後輩として?」
「ええ、部活の後輩って思ってたよりも特別な存在だったみたい。」
「えっと、あの、今、先輩は私に告白をしているんですよね?」
「そうね、ある意味、告白になるのかしら。」
「そうじゃなくてですね、私にそ、その、こ、ここ、恋人になってほしいと言っているのではないんですか?」
「えっ?いいえ、違うわ。」
「な、なんだ。驚かさないでくださいよ……。本気で心臓止まるかと思いました。」
「全く勘違いしないでほしいわ。」
「なっ!!そ、それは、先輩が……、ま、紛らわしいこと言うから。」
あたしがそう言うと、高山さんの頬がかぁと染まる。ふふとあたしは笑いそうになるが、ここはこらえようと思う。
でも、高山さんさっきすごい否定していたわね、そんなにあたしの恋人になるのが嫌なのかしら?それはそれで少しショックかもしれないわ。まぁ、でも、
「あなたを恋人にするなんて、そんな勿体ないことしないわよ。」
「勿体ない?」
「そうよ、あたしは恋人はたくさんいるけど、部活の後輩はあなたしかいないもの。あなたは、本当にたった一人なのだから。」
あたしは一歩高山さんの方に歩み寄った。高山さんは逃げずに、ただあたしを見つめ返す。とても複雑な表情で。
「さっきのこと、本当にごめんなさい。すべてあたしが悪いわ。ただの子どものわがままみたいなものだった。…………できれば、あたしのことを許してほしいの。そして、……あたしの後輩でいてほしい。」
あたしにできるのは、ただ心をこめて謝ることだった。そして、心の底から願った。高山さんを失わないように。
高山さんの瞳はゆらゆらと揺れていて、その表情からは何の気持も読み取ることはできない。
どれくらいの時間がたったのだろうか、時間の感覚がない、この時間が永遠のように思える。だか、そんな錯覚はすぐに消えた。高山さんの口がゆっくりと開く。あたしを見つめ返すその眼が、優しげに緩んだ。
「私は、文芸部を辞める気はありませんから、先輩がやめない限り、私は後輩ですよ。」
高山さんは少し照れたように、そう言った。
「ゆ、許してくれるの?」
高山さんがゆっくりとうなずく。
「私も少し言いすぎた気がしますし。それに、いつも先輩に反発するのがクセになっていたのは事実なので、私にも悪いところはありました。……その、すいませんでした、先輩。」
あたしに向って頭を下げる。でも、頭が下がりきる寸前に、あたしは高山さんの肩に手をかけた。
「先輩?」
「これから、あたしはあなたのことを涼花って呼ぶわ。」
「……へっ?」
少し間抜けな声が、高山さん、いえ、涼花からもれる。
「むっ、何よ、文句あるの?結子さんだって呼んでいるのだし、あたしが呼んでもいいはずだわ。付き合いはあたしの方が長いのだから。」
「いや、別に、名前を呼ばれるのは構わないんですけど。あまりにいきなり過ぎませんか?」
涼花は、いつもの呆れた表情を浮かべる。なぜだか、あたしにはそれが嬉しく、そして、とても久しぶりのように思えた。
「そんなことないわ。むしろ、遅いくらいよ。」
「はぁ、まぁ、いいですけど。」
ポリポリと頬をかきながらも涼花はうなずいてくれた。
「涼花、みんなの所に戻るわよ。」
「はい、先輩。」
あたしたちは、お互いにクスッと笑い合い、部屋から出て行った。
番外編がおーわーらーなーいーーー。何回かもうすぐ番外編が終わると書いているにも関わらず、終わりません!!
どうしてでしょうか、なんかもう終わる気がしません。いっそ、このまま続けるかと思ってしまうほどに。まぁ、そうなると、本編が進まないのでそんな事はしませんが。
とりあえず、⑨で終わると宣言はしません。でも⑩では終わると思いますよ、きっと。
とにかく、今度は本編です。戸川さんと涼花のターンとなります。お楽しみに。