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第23話 放課後の教室

自分の気持ちを認めた、あの日の夜。私は、全然何も手につかず、食事もほとんど喉を通らず、ただ悶々と葵のことを考えていた。


これから、どうすればいいのだろうか?いや、どうするもなにも、何もできないじゃないか。だって、この想いを葵に伝える気はないのだから。


伝えてしまえば、きっと嫌われるに違いない。葵は恋愛に性別なんて関係ないって言っていたけれど、それでも、自分にそういう想いを向けられたら、気持ち悪いに決まってるんだ。


私は、あらためて先輩の気持ちを少し理解できた気がする。同性に告白するなんてどれほどの勇気が必要なのだろうか。そんな勇気を振り絞ってくれた女の子を確かにそんなに簡単に断れるものではないのかもしれない。

確かに、葵の考えは正しいと思う。とても正論だ。でも、先輩のしていることを私は悪いことだとも思えない。先輩が告白してきた子を振っていれば、どれだけの女の子が傷つくことになったのか、想像もつかない。


私は、今まで恋愛というものをしたことがない。だから、振られた痛みなんて分からない。それでも、今、私が葵に告白して、振られたらと思うと胸が苦しくて堪らなくなる。


それに、きっと、これ以上ないくらい葵を困らせてしまう。もしかしたら、また、泣かれてしまうかもしれない。もう、葵を悲しませるのは嫌なのに。


そして、嫌われてしまうことが、本当に恐い。もし、葵に軽蔑したような目で見られることがあるのなら、私は、もう生きてはいられないかもしれない。


この気持は、隠すことしか道はない。絶対に、葵にこの想いを知られてはいけないのだ……。

だから、私はもう身動きができない。…………とても、息苦しい。




その時の私の頭は、もうすぐ期末テストだということを完全に忘れ去っていた…………。




テスト前、最後の土日の前の金曜日、私は一人、教室に残って、教科書を広げていた。


私の頭は真っ白で、テスト勉強なんて全く進んでいない。あれから、私は隣に葵がいるだけで落ち着かない気分になってしまうのだ。だから、葵から放課後勉強しようと誘われても、何かと理由をこじつけて、逃げていた。


今日もそうだ。葵に図書館に行きませんか?と誘われたが、担任の杏先生に用事があるのだと言って、断った。


そういえば、その時、葵がどんな表情をしていたのか知らない。それどころか最近、葵の顔をまともに見てないような気がする。というのも、いつも私が目をそらしているせいなのだろうけど。


いや、だって、葵の顔みたら、なんだか顔が熱くなるんだもん。ということは、顔も赤くなっているだろうし、この気持ちがもしかしたらバレるかもしれない。そんな思いから、私は葵の顔をきちんと見ることができなくなっていた。


そういえば、最近葵の様子がおかしい気がする。葵は基本、私を部活とか図書館に誘う時、ルーズリーフを手紙にして、机に置いてくれる。これは、葵が文芸部だとまだみんなに言っていないからなのだが、今日、というか、ここ数日、葵は直接私を誘ってくるのだ。放課後、教科書を片づけていると、


「あ、あの、涼花さん?」


控え目な声が隣から聞こえてくる。

私はその声に、顔を上げずに声だけで返す。


「うん、何?」

「えっと、今日、一緒に図書館で勉強しませんか?」


おずおずと、遠慮がちに葵が尋ねる。


「あー、ごめん。今日もちょっと用事があるんだ。ホント、ごめんね。」


私はチラリと葵を見ながら、そう答えた。


「そ、そうですか。じゃあ、私は図書館にいますから、もし時間が空くようなら、一緒に勉強しましょう。」

「う、うん、わかった。時間が空いたらね。」

「はい。」


私がそう言うと、葵が静かに答え、そして、ゆっくりと私の側を離れていく気配がした。

そっと横を向くと、もう隣の席には葵がいなくて、教室の後ろのドアから出ていく、うしろ姿だけがみえた。

その後ろ姿がなんだか沈んでいるようにも感じたが、きっと気のせいだろう。


そんなこんなで、毎日のように葵は私を勉強に誘い、私はそれを断っている。それでも、葵はまた私を誘ってくれる。どんなに私が断ったとしても、明日にはまた同じように誘ってくれた。それが嬉しくもあり、同時に、断る罪悪感から悲しくもあった。


誘わないでほしい、でも、やっぱり誘ってほしい。そんな相反する気持ちが私の中に渦巻く。


でも、もうすぐテストだ。この土日が終われば、一週間くらいテストが待ち受けている。


さすがに、テスト中の大事な時間に私を勉強に誘ったりはしないだろう。誰もが家で一人、集中して勉強したいと思うだろうし。


ずばぬけて頭がいい葵にとっては、私と勉強することで何のメリットもないことだ。だから、葵からの勉強の誘いを断るのは今日で終わりになる。


だから、私は教室にいた。なんとなく、今日は帰りたくなかった。


葵の席を見つめる。近頃、まともに顔を見れていない。やはり、変だと思われているのだろうか?


もしかしたら、もう嫌われたかもしれない。でも、それでいいような気もする。離れていれば、私のこの気持ちを知られてしまうことはないのだから。


葵に恋していることを、知られなくて済むのだから。


「ふぅーーー。」


私は、大きなため息をつき、机の上にダラーと身をゆだねる。

机はひんやりとしていて気持ちいい。窓からは、蝉の声とそよそよとした風が流れ込んできている。


目をつぶると、自分がどこにいるのか分からなくなる。何もない空間にたった一人でいるような感覚。


でも、今の私にはぴったりな気がした。誰にも話せない想いを抱えて、私はたった一人、孤独なのだ。


でも、その暗闇にたった一人の姿がぼんやりと浮かび上がる。


とても優しくて、綺麗で、……私が心から求める人。


「…………葵……。」

「……はい。」


んっ?今、何か声が聞こえたような?まさか、この教室には私しかいないはずだ。

それでも、もう一回、会いたくてやまない人の名を呼ぶ。


「……葵…?」

「……はい、涼花さん。」


今度はしっかりと彼女の声が聞こえた。私は急いで体を起こし、隣の席をみた。

そこには…………、葵が優しい微笑みを浮かべながら、そこに座っていた。


「え……?な、なんで……こ、ここに?」

「忘れ物を取りに来たんです。」


そう言いながらも、葵の瞳はまっすぐ私を見ていた。

あ、久しぶりに葵の顔を真正面からみている。というか、見つめ合っている状態だ。


私は、葵の瞳から目を離す事ができない。まるで、その視線にとらわれてしまったようだった。


「わ、忘れもの?」

「はい。」


葵は、その目も優しげに細めながら、私を見据えてそう答える。そんな瞳に、私の心臓がドクンと高鳴り、顔も熱くなる。


あまりに綺麗なその表情は、誰よりも美しく、目が離せない。


「忘れ物って、何?」


私がそう聞くと、葵がそっと私の顔に向けて手を伸ばしてきた。

私はそれをよけることもできずに、ただ石のように固まってしまう。

葵の手の平を返して、私の頬に優しくあてた。


そして、まるで、愛しい何かを愛でるように、その手を私の頬に滑らせる。その間、ただ葵の顔を呆然と見詰めているだけだった。


「涼花さんを忘れてしまいました。」

「へっ?」


葵の表情が、イタズラをしている子供のような笑みに変わる。その顔もとても可愛いのだが。

今、何と言った?あまりに、予想外のことを言われたせいで、まぬけな返事をしてしまった。私の顔も相当間抜け顔になっていたと思う。


「い、いいい、今、な、何て言ったの?」

「ですから、涼花さんを忘れてしまったので、取りに来たんです。」

「わ、私を?」

「はい。」


葵の笑顔があまりにもさっぱりしているので、私もついうっかりそうなのかもなんて一瞬考えてしまう。でも、さすがにそれはありえないが。


「葵が冗談言うなんて、珍しいね。」


私がそう茶化すように言うと、葵は打って変わって、真剣な表情に変わった。


「いいえ、冗談ではありません。」

「えっ?」


そう、とてもまっすぐで、真剣なまなざし。さっきの子供のような笑みはかけらもなくなっていた。その代りに大人っぽい、自分と同い年には感じない迫力を発していた。


「葵、どうかしたの?」


やはり葵の様子がどこかおかしいように感じる。いつも言わない冗談を言ったと思ったら、それが冗談ではないと言うし。でも、葵が言ったことは、明らかに冗談だと思う。だって、私が忘れ物なんて、ありえないのだから。


私は、少し心配になり、首を傾げながら葵の顔を覗き込む。


「葵?」

「………………涼花さんの方じゃないですか。」

「えっ?何?」

「…………どうかしたのは、涼花さんの方じゃないですか。」

「ど、どういう意味?」


私がそう聞き返すと、葵が何かを我慢しているような表情になった。とても大きい感情を抑え込んでいるような顔。


「……約束、しました。」

「えっ?約束?」

「一緒に勉強するって約束しました。」

「あっ…………。」


確かに、約束した。つい、この前の話だ。私は、自分の気持ちばかり考えていて、葵のことを考えていなかったのかもしれない。そして、葵をちゃんと見ていなかったのかもしれない。


今の葵は、泣くのを我慢しているように、顔をくしゃっと歪ませていた。でも、その表情は明らかに怒っていた。


「約束したのに、涼花さんは全然そんなこと忘れて、いつも用事があるとどこかに行ってしまって。私、ずっと、ずっと、待っていたのに。」

「………………。」


私は、何も言えなかった。頭を雷に打たれたように、ショートして何も考えられなかった。


「最近の涼花さんは、全然私の方を見てくれません。話すときでさえ、私の顔を見ない。まるで、転校してきたばかりに戻ってしまったみたいです。やっと、やっと、仲よく慣れたって、そう思っていたのに。なのに、何故ですか?私が、何か嫌われるようなことしたのなら、直接私に言ってください。」


もう、葵の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。その涙が、私の金縛りを解いてくれた。


「ち、違う。き、嫌いになんてなってない。そ、そうじゃなくて……。」


何と言えばいいのか全く思い浮かばない。言うべき言葉が見つからず、私は言葉に詰まってしまう。葵は、そんな私をじっと見つめて待ってくれていた。


「わ、私は…………。」


そのまま、何分か沈黙してしまう。

どうしよう、どうしたらいいんだ。このままじゃ、私は葵を傷つけたままだ。


私が下げていた視線を上げると、葵の潤んだ瞳が私の胸に突き刺さる。


「…………あ、葵は、もっと頭がいい人たちと一緒に勉強した方がいいと思って。」

「それが、私と一緒に勉強したくない理由ですか?」

「…………うん。」


私は、無理やり理由をこじつけて答えた。葵はそんな私をただただじっと見る。


「本当に?」

「………………うん。」

「私のこと、…………嫌いになったわけではないのですか?」

「違う!…………それは、絶対に違うから。葵を嫌う理由なんて、これっぽっちもないよ。」


私がそう言うと、やっと葵が安心したように少しだけ表情を緩ませた。


「わ、私、涼花さんには……嫌われたくないんです。」

「えっ?」


葵が、さらっとそんなことを言う。


「ど、どうして?」


私がそう聞くと、さっきまであれほどまっすぐだった瞳が、私から外れ、ななめの教室のはじっこを見ている。そして、心なしか頬も少し赤いように見えた。


「そ、それは、ひ、秘密……です。」

「秘密?……どうしても?」

「どうしても、秘密です。」

「…………ものすごく気になっても?」

「ものすごく気になっても、です。」


葵はなんだか恥ずかしそうにもじもじしている。


「葵?」

「と、とにかく、約束は守ってもらいますから。」

「約束?」


私がそう聞くと、葵が私を方を強い視線で見る。


「一緒に勉強するという約束です。」

「ああ、そうだね。ごめん。」

「もう、…………今度、約束破ったらお仕置きですからね。」

「お、お仕置き!?」

「そうです。だから、絶対破らないでくださいね。」


葵の瞳が悲しげに揺れる。私は心臓を鷲掴みにされているみたいに、ギュッと痛くなる。


「うん、……わかった。」


私がコクンとうなずくと、葵は満足そうに微笑んだ。


「では、今から、図書館に行きませんか?」


葵が私に向かって、真っ直ぐ手を伸ばす。


今は、何も考えず、ただ葵のそばにいるだけだ。考えるのは、何かが起こってからにすればいい。


だから、今は……。


私は、少し力をこめて、彼女の手を握った。




いつも投稿が遅くなってしまい、本当に申し訳ありません。

というのも、今週はテストがありまして、毎日深夜三時くらいまで、勉強三昧でありました。


とりあえずは、テストが終わったので投稿したいと思います。えーっと、次回の投稿もどれくらいになるのかわかりませんが、なるべく早くしたいと思いますので、次回もお願いします。

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