番外編 先輩の春⑥
あたしは今、水着を着て、別館の地下に完備されているプールに来ている。ちなみに、流れるプールで、ドーナツ型をしている。市民プールよりすごいかもしれない。
「へぇ~、広いのね。」
「へへへ、そうでしょう。毎年、夏休みはここで泳いでるんだ。」
「もしかして、ダイエットでもしてるのかしら?」
「えっ!?いや、それは、その。だ、だって、水泳ってやせるらしいし。」
「さつきは今のままでも十分よ。」
あたしは、さつきの水着姿を下から上へじっくりと眺める。すると、さつきは恥ずかしそうにもじもじしながら、手で自分の身体を隠すように抱きしめた。
「ふふふ、隠すことなんてないのに。」
「だ、だって、……恥ずかしいんだもん。」
耳まで真っ赤にしているさつきに癒されながら、数十分後、他のみんなも全員着替え終わり、プールに集まった。
「それじゃあ、各自好きに遊びましょうか。」
あたしは皆の顔を見渡しながら、そう言った。
「亜季、亜季、ボールで遊ぼう。」
「先輩、一緒に泳ぎましょう。」
予想はしていたが、やはりみんな一斉にあたしの周りにやってくる。
「今日は、みんなで一緒に、遊びましょう。そのために、さつきは提案してくれたのだから。そうね、まずは、せっかくだし、ちょっと泳ぎましょうか?」
「うん、亜季がそういうなら。」
「亜季ちゃんと一緒なら、何でもいいです。」
あたしの恋人達は、みんな笑顔で承諾してくれる。やはり、可愛い子たちだ。
よし、今日は思い切って遊びつくしましょう。
~ 高山涼花 視点 ~
先輩と先輩の彼女らしき人たちは、キャイキャイ言いながら、プールに入って行った。
私は、プールの脇の床に体育座りをしながら、それを眺める。
本当に、私ってここに何しに来たのだろうか?せっかくの連休なのに、訳も分からずいきなり知らない人の家に泊まることになってしまって。いや、向日先輩はとてもいい人だけど。
でも、何の目的もすることもなくて、私はただぼーとしているしかなかった。
すると、ストンと私の隣に誰かが座った。
「えっ?」
「涼花ちゃんは泳がないの?」
隣にいたのは、3年の高坂結子さんだった。日下部先輩の友達らしき人物だ。ここに来てから、結子さんといることが多いのだが、本当になんというか日下部先輩の知り合いとは思えないくらい、まともな人で、すごく尊敬できる先輩だ。気さくに話せるし、とても気が利いていて、優しい。私も3年生になったら、こんな風になりたいと思えた。
「そういう結子さんは泳がないんですか?」
「おや~、質問返しかな?うちは、涼花ちゃんがここにいたから泳がないんだよ。」
「私がですか?」
「そう。だって、何か悩んでるように見えたから。」
「えっ……。」
「図星かな?」
「えっと、悩んでいるというか、ここにいる自分に疑問を感じているというか。」
「疑問?」
「はい、先輩に誘われて、ホイホイ来ちゃいましたけど。言われたことと全然違うし、確かにここはすごいところですけど、私は何のためにここに来たのか分からないんです。」
「そっか、涼花ちゃんは亜季になんて言われてここに来たの?」
「文芸部の合宿って、メールで。」
「あー、たくっ。亜季ってば、素直じゃないんだから。」
「素直じゃないってどういうことですか?」
「えっとね、亜季はどうしても涼花ちゃんに来てほしかったんだと思うよ。」
「えっ、あの先輩がそんなこと思う訳ないですよ。今だってあんなに女の子に囲まれてはしゃいでるじゃないですか。」
「そうだね、そう、見えるよね。…………見た目は。」
「?」
「ううん、何でもない。でもさ、夜泊まる時は、あの子たちはいないでしょう?」
「それは、そうですけど。でも、向日先輩がいますよ。」
「きっとさ、亜季はあの子と二人きりにはなりたくないんじゃないかな?」
「えっ?でも、さっきも2人でいましたし、そんなことないと思いますけど?」
結子さんは、日下部先輩をみつめながら、優しげに、でも、悲しそうに目を細めた。
無言の時間が数秒流れる。結子さんは、何かを憂いを帯びた表情で考えているようだった。
でも、さっと切り替えて、さっきまでの明るい笑顔で私を見る。
「亜季はさ、本当はああやって、みんなで笑い合っているのが好きなんだよ。だから、うちらが、涼花ちゃんがいればきっと楽しくなるって思ったんじゃないかな。」
「楽しい?」
「うん。だって、涼花ちゃんと話してる時の亜季って、ものすごく楽しそうだよ。亜季とは結構付き合いが長いから分かるんだ。」
「そ、そんなことない、と思いますよ。」
そういえばこの前、先輩に聞いた時も楽しくなりそうだったからと言っていた気がする。私は、少し顔が熱くなるのを感じて、それをごまかすように勢いよく立ちあがった。
「そんなことよりも、私たちも泳ぎましょう。もうこうなったら、何も考えず遊びまくるしかないですから。」
「うん、そうこなくちゃ。」
結子さんも苦笑しながらも、笑顔で立ちあがる。
それから、私たちは先輩たちの輪に加わり、ボールで遊んだり、流れるプールに身を任せて泳いだり。
確かに、ちょっと楽しかった。だって、こういうプールで貸し切りなんてそうそうできるものじゃない。
だから、この際、思いっきり遊んでやるんだ、疲れ果てるまで。
余談だけど、プールで泳いでいる間、日下部先輩に何度も胸を触られかけた。もちろん、未遂ではあるが。
◆
目一杯、夕方まで泳いだあたし達は、夕食を食べ終わり、それぞれの部屋でくつろぎの時間を過ごしていた。今は、この部屋にはあたし一人で、他には誰もいない。
あたしの恋人達も夕食前に全員、家に帰ってしまったし、結子さんと高山さんは隣の部屋。
さつきも用事があるらしく、夕食の後に執事の人とどこかに行ってしまったのだ。
あたしは、ベットにボスンと横たわった。
「はぁ~、ちょっとはしゃぎすぎたかしら…………。」
地味に疲労感が身体中に残っている。明日、筋肉痛になったらいやだわ。
そう思いながら、腕やら脚やらを自分でマッサージしながら、今日ちょっと気になることを考える。
それは、結子さんと高山さんのことだ。
あの二人、最初はプールに入らず、なにやら話し込んでいたみたいだった。本当にいつの間にあんなに仲良くなったのだろうか。不思議だ。確かにあの二人なら気が合うとは思っていたけれど。いくらなんでも早すぎないかと思う。
あたしは結構高山さんと仲良くなるのに時間がかかったのに…………。高山さんは何というか、少し警戒心の強い犬みたいだった。少しは近づかせてくれるけど、それ以上は心は開かない。
最初の頃は、あまり長く会話が続かなかったし、でも、いつもあたしがからかってばかりいたからか、いつの間にか打ち解けてくれるようになったと思う。まぁ、始めのきっかけとしては、あたしが女の子とキスしている場面を見られた時なのかもしれないが。あそこから高山さんのタガがはずれたというか。
本当によく怒られるようになったな。高山さんは冷静に見えて、意外に怒りっぽいというか短気みたいだ。まぁ、あたしのせいかもしれないけどね
というか、あたしといるときは、いつも怒っているような気がするわ。笑った顔もそんなに見ることがないし。なのに、どうして結子さんにはあんな楽しそうな笑顔見せているのかしら。しかも、二人は名前で呼び合っている。あたしとは、今だに名字で呼び合っているのに。あたしの方が付き合い長いはずなのに。
そんな事を考えていると、また、頭がなんだかモヤモヤしてきた。あまりいい気分ではない。
あたしは考えることをやめて、目をつぶる。
今は、もう寝てしまおう。あしたも色々遊ぶ予定なのだから…………。
次の日から数日間、本当にあたし達は遊びまくった。日替わりに彼女たちもさつきの家を訪れてくれて、みんなでカラオケや、ボーリング、ビリヤード、それに、トランプも。ホントに色々した。
遊んで、遊んで、そして、とうとうあたし達の連休が終わる二日前となった。明日の朝、あたし達はさつきの家を去り、それぞれの家で最後の休日を過ごすという予定になっている。
今日は、まぁ、帰る準備をするということで、もうあたしの彼女たちは家に来ない。あたし達、四人だけで最後の日を遊ぶことにした。
「今日で、本当に最後なんですね。」
「うん、なんだかあっという間だったかも。」
「みんな、楽しんでくれた?」
さつきがあたし達を見回しながら、ちょっと心配そうにそう聞く。
「ええ、もちろん。ありがとう、さつき。」
あたしはそんなさつきの頭をなでながら、答える。
「はい、私もとっても楽しかったです。」
「うんうん、こんなに楽しい連休は初めてだよ。本当にゴールデンなウィークだったよ。」
2人とも笑顔で、結子さんは親指を立てながらグーのポーズまでしていた。
不安そうだったさつきの顔も笑顔に変わる。
「よかった、楽しんでくれて。」
「ところで、最後の日は皆で何しましょうか?」
「何って、自分の荷物を片づけないといけないですよ?」
「そんなものは、夜やればいいじゃない。せっかくなんだから、四人でパーと遊びましょう。」
「毎日、あんなに遊んだじゃないですか…………。」
「うちも亜季の意見に賛成だよ。」
「えっ、結子さんまで。」
「だってさ、四人で遊ぶ事はほとんどなかったでしょ?この連休で、せっかく知り合ったんだから、最後にみんなで思い出作ろうよ。」
高山さんが結子さんを見ながら、少し考えてから、コクンと小さくうなずいた。
「そう、ですね。最後ですもんね。」
でも、その高山さんの様子にあたしの何かが限界を超えた気がした。
「高山さんは、結子さんの言うことなら聞くのね。」
「えっ?」
驚いた表情で、高山さんがあたしを見た。
「そ、そんなことないですよ。」
「いいえ、そんなことあるわ。だって、いつもあたしの意見は否定するのに結子さんが言うとオーケーするじゃない。」
「ちょっと、亜季?」
さつきが困った顔で、あたしの腕を掴んで止めようとするが、言い始めたら止められなくなっていた。
「あたしの後輩でしょ。結子さんのではないはずよ。」
「それは、関係ないじゃないですか。」
「関係あるわ。あなたはあたしがここに呼んだのよ。なのに、結子さんとばかり話していたわ。」
「だって、先輩はいつも何人もの女子に囲まれていて、話せる雰囲気じゃなかったじゃないですか。」
「それでもあたしの後輩なら来てくれるものじゃないかしら。」
「どこの後輩の定義なんですか、それ。」
「あなたはあたしより、結子さんを選ぶというのね。それなら、そうと言えばいいじゃない。退部届でも何でも受け取るわ。」
「……っ。さっきから、先輩の言ってること訳わかんないです。…………私は先輩の所有物じゃないんです。自己中心的なのもいい加減にしてください!」
あたし達は、真正面からにらみ合った。高山さんは怒りで真っ赤に顔を染めている。
あたし、何やってんだろう。こんな風に誰かに怒ったことは今までほとんどなかった。自分でもあたしが言っていることはわがままだって分かっているのに。子供みたいに、理不尽なことを言っていると思う。どうして?なんで?……あたしはこんなに嫌な気持ちでいるのだろう。
「……もう、いいです。先輩の顔も見たくありません。」
怒りを無理やり抑えたような低い声音でそう言って、高山さんはあたし達に背を向け、階段を上がってどこかに行ってしまった。
「ちょっと、涼花ちゃん待って。」
さつきが一瞬、ちらりとあたしを見てから、その後を追いかけていく。あたしは、放心状態で全く動くことができなかった。ただ、うつむき、床の一点を見つめていた。
あれっ、さつきが追いかけて行ったということは、結子さんは?
ゆっくりと目線を上にあげると、眉にしわを寄せて、厳しい表情をしている結子さんと目が合った。
結子さんに怒らるのは、半年前以来かしら。
その時のあたしは、ただ結子さんの言葉を待つばかりだった。
皆様、お久しぶりです。前回から、だいぶ期間があいてしまって、すいません。
今回は、番外編となりました。次、というか、⑦で番外編は終わらせたいと思います(予定では。)
番外編が終わったころに、本編の方で先輩視点を入れる予定なので、先輩の話はまだまだ続きます。
それと、次回の投稿は本編になりますのでよろしくです。