第21話 テスト期間
テスト一週間前の放課後、私たちは文芸部の部室にいる。これから、立ち入り禁止となるため、荷物を取りに来たのだ。主に、私は教科書を置いたままにしていたため、持って帰らないとまずい。葵はほとんど部室に荷物は置いていないのだが、ノートを一冊置いたままにしていたらしく、一緒に取りに来ていた。
「うーん、すっごく鞄がパンパンだ。」
私は学校に置きっぱなしにしていた教科書で膨らんだ鞄を見ながら、ちょっと途方にくれる。
「それ、持って帰れますか?」
葵が心配そうに私の後ろから鞄をみつめる。
「うん、肩が凝りそうだけど、なんとか持って帰れると思うよ。」
「帰り道の途中まで、私も持ちましょうか?私の鞄はそんなに入っていませんから。」
葵が自分の鞄をパンパンと叩きながら、そう持ち出してきた。確かに、それは助かる。助かるが……。
「ううん、これは私の自業自得だから。葵に持たせるわけにはいかないよ。」
「でも……、肩が痛くなってしまいます。」
「いい筋トレになるって思えば、それも苦じゃないでしょ。」
「き、筋トレですか?」
「そう、この頃、身体もなまってるし。大事だよ、筋トレ。」
「ふふふ。そうですね。」
葵が少し可笑しそうに笑う。その笑顔に私まで胸の奥が温かくなるような気がした。
すると、ちらっと私の視界に本棚が入った。
あっ、そういえば、葵と約束していたことがあったんだ。
「ねぇ、葵。」
「はい、何ですか?」
そう言いながら、私は棚の前まで移動する。そして、一番気にっている本を一冊手に取った。この本は、世界を旅する旅人の話だ。そして、幻のお宝を発見するというありきたりなもの。だけど、それがすっきりしていて、面白い。
「これ、約束していた私のおススメの本。ちょっと遅くなったけど、テストの息抜きにでも読んでみて。」
「あっ……。」
葵は驚いたように私から本を受け取り、じっと見つめてから、まるで宝物のようにそっと胸に抱きしめた。
「あ、ありがとうございます。大事に読みますね。」
その表情はとても嬉しそうで、なんで私はもっと早く渡してあげなかったのだろうかと少し後悔した。
「あのさ、葵から借りてた本なんだけど、もう少しだけ借りていてもいい?」
私はもうとっくに葵の本を読み終わっていたけれど、でも、もう少しだけ借りていたかった。もう何度も読み返している。それでも、全然飽きなかった。私の部屋に葵のものがあるとなんだか葵がそばにいる気がして。葵と一緒に読んでいるような感じになる。
「もちろん、いいですよ。気にってもらえてとっても嬉しいです。」
そういえば、葵のその温かい微笑みを教室ではあまり見ない気がする。いや、それは、さすがに自意識過剰か。ただ、そうであってほしいという、私の願望なのかもしれない。葵の特別でいたいという私の願いが生んだ、都合のいい解釈。
その時、ふっと私は先輩のことを思い出す。そして、
「ねぇ、葵はさ、先輩のこと、……変って思わないの?」
唐突にそんな話題を葵に振っていた。なんだか聞いてみたい気分だった。そんなことを聞いて何になるのか分からないが。
「えっ?変、ですか?」
「女の子が好きだなんて普通じゃないでしょ?」
私のその言葉に葵はなぜか視線を下げた。なんでそんな顔をするのか、私には分からない。
「私は、……変とか、普通じゃないとか思いません。人が人を好きになるのに、きっと性別は関係ないです。相手が同性であろうと、異性であろうと一人の人間には変わりないですから。それによく言うじゃないですか、恋はするものじゃなくて落ちるものだって。だから、理屈じゃないんです。好きだって思ったら、もう止めることなんてできないんですよ。」
「…………まるで、経験者は語る、みたいだね。」
私のその言葉に、葵は少し悲しそうな顔した。
「いいえ、そう言うわけではないです。私のはただの本の受け売りみたいなものですよ。」
悲しそうな表情なのに、その顔には淡い微笑みが浮かんでいる。私はその葵の言葉がただ、なんとなく嘘のように感じた。
「そっか。なんだかすごくしっかりした考え方だったから、経験あるのかと思っちゃったよ。」
「そんな風に聞こえました?でも、私はまだ、誰とも付き合ったことありませんよ。」
「へ、へ~、そ、そうなんだ。」
葵って恋人いないんだ……。その言葉になんだか私はほっとしていた。しかし、でも、と考える。
…………今まで、今も、好きな人っていないのかな。
私たちは部室の荷物を全部回収した後、図書館に行こうということになった。
まぁ、早速テスト勉強をしようということなのだけど。
「じゃあ、何から始めましょうか?」
「う~ん、そうだね。とりあえず、数学からかな。」
「数学なら、教科書の例題から始めますか?」
「うん。オーケー。」
私たちは小声で話しながら、教科書とノートを開いた。そして、2人で同じ問題から始めていく。
途中で私が葵に分からないところを教えてもらったり、少し雑談を交えたりしていたのに、気がついた時には、私と葵がやっている問題のページの差がかなり着いていた。もちろん、葵の方が先を行っている。
ど、どうして……、これでも私、数学は得意な方なのに……。
と、心の中で軽くショックを受けていると、葵がちらりと時計をみて私に話しかけてきた。
「涼花さん、そろそろいい時間みたいなので、今日はこれくらいにして帰りましょうか?」
「う、うん。分かった。」
手早く、机の周りに広がっていたノートやら教科書やらを片づける。
そして、2人で図書館をでた。
「はぁ~、もうあと一週間か。やばいな~。」
「ふふふ、そんなことないですよ。涼花さん、基礎がしっかりしていますから、あとは覚えるだけです。」
「それが難しいんだよ~。」
その後、私たちはなんてことない会話をしながら、家路についた。
次回の投稿は、またまた番外編です。たぶん、すぐに投稿できると思うので、よろしくお願いします。




