番外編 先輩の春④
今日から、ゴールデンウィーク。こんなにもこの休みが楽しみなのは、きっとさつきのおかげね。あとで、お礼を言わなくちゃね。
う~ん、それにしても、遅いわ。
今、あたしは校門の前でとある三人を待っている。一人はこのお泊りの発案者、向日さつき。そして、尊敬している先輩の高坂結子。
あたしは携帯を開き、最後の一人に昨日送ったメールを確認する。
『文芸部で合宿をするから、明日、泊まる荷物を準備して9時に校門前で待っていて、絶対よ。』
腕時計をみる。約束の時間、30分前だ。
ちょっと早く来すぎたかしら。でも、後輩なら一時間前に先輩を待っているものではないの。
そんな事を思いながら、あたしは周りを見渡す。連休中の学校前、見事に人の気配がない。
少し寂しくなってきたわ…………。と、ぼーっと空を眺めていると、
「先輩、おはようございます。」
ここ数週間で、すっかり聞きなれた声が聞こえた方向にあたしは顔を向ける。
そこには、案の定、ぶすっとした顔で立っている、部活の後輩、高山涼花がいた。
「おはよう、高山さん。」
「日下部先輩。ほんっとうに、いきなりあんなメールを送ってくるのやめてくれませんか?しかも、その後のメール一切、返信してくれないし。」
「だって、あなた、連休は暇だって言ってたじゃない。」
「た、確かにそうですけど。いきなり過ぎなんですってば。もっと、こう事前に準備とかいろいろあるんですから、もっと前に言っといてくださいよ。」
「あら、それはしょうがないわ。昨日決まったことだから。」
「はい?き、昨日決めたんですか?」
「ええ、だから、準備期間はみんな一緒よ。」
「みんな?そういえば、合宿ってどこに行くんですか?何泊行くかとかも聞いていないんですが。」
「場所は結構近くのはずだわ。日にちは連休一杯よ。」
「ええ!?そんなに泊まるんですか?長くて2、3日だと思って準備してきたんですけど。」
「まぁ、大丈夫よ。必要なものなら向こうに何でもそろっていると思うわ。」
「…………本当にどこに行くんですか?」
もうすでにあきれ顔の高山さんと話していると、後ろからつまり、高山さんの背中の方からキャリーケースを引きずっている結子さんが歩いてくるのが見えた。
「亜季ー、おはよー。」
ニコニコしながら、あたしたちのそばまでやってくる。
「おはよう、結子さん。」
「もしかして、ちょっと遅かったかな。」
あたしたち、二人を見ながらそんな事を聞いてきた。あたしが時計を見る。
「いいえ、約束より十分早いわ。あたしたちが、少し早かったのよ。」
あたしがそう言うと、ほっとしたように微笑んで、引きずっているのが疲れたのかケースを立てた。
「そっかー、よかった。早めに家を出てきたのに一番最後かと思っちゃったよ。」
「ふふふ。残念ながら、あともう一人来てないわね。」
「残念ながらって何なのかな~、亜季。」
そう言いながら、二人で笑っていると、ふっと結子さんと高山さんの目が合った。
「あ~、この子が亜季の言ってた部活の後輩なの?」
「えぇ、そうよ。」
結子さんは、高山さんのことをじーっと眺める。高山さんはその視線に恥ずかしそうに瞳を彷徨わせ、所在なさげに立っていた。そんな高山さんに結子さんは、さらに笑みを深める。あたしは見逃さなかった。
結子さんの瞳が、優しげに輝いたのを。
「えっと、はじめまして、うちは三年の高坂結子。亜季とは、中学からの仲なんだ。」
そう言って、手を差し伸べ握手を求める。高山さんは、なぜか不思議そうに結子さんをみつめ、その手を遠慮がちに握った。
「は、はじめまして、一年の高山涼花です。えっと、文芸部所属です。」
「うん、よろしく。」
そう言って、結子さんは高山さんの手を力強く握り、ぶんぶんと上下に振り回す。
「うちのことは、結子でいいから。仲良くしようね、涼花ちゃん。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
高山さんは照れているように頬を染めながら、小さく答えた。
あたしは、そんな二人をみて、なぜかあまりいい気分がしなかった。なぜだろう、少しモヤモヤする。
そんな変な気持ちになっていると、あたしの後ろから、ぷっーぷっーとクラクションの音が聞こえた。
後ろを振り返ると、なんと黒塗りベンツっぽい車がすぐ近くに止められていた。高山さんと結子さんも呆然とした顔でその車をみつめている。当たり前だ、だって、その車はあり得ないぐらい、縦に長かったのだから。
あたし達が、ただただ、その車を眺めていたら、運転席のドアがガチャと開き、運転手らしきオジサンがでてきて、あたし達の方へと回り、後ろのドアを開けた。
そこから出てきたのは、ベンツには似合わない、とてもカジュアルなファッションで出てきたさつきの姿だった。
「亜季、もうみんな揃ってる?」
「えっ?えぇ、揃っているわ。」
あまりに自然にさつきが話かけてきたので、あたしも少し動揺しながらも答えた。
「なら、さっそく私の家に行こう。みなさん、車に乗ってください。自己紹介は車の中で。」
そう言って、さらりとさつきはまた車の中に入っていった。
「す、すごいね……。」
「そうね、あたしも予想以上だったわ。」
「あの、これ、文芸部の合宿じゃあなかったんですか?」
「えっ?あー、まぁ、皆で遊ぶのも文芸部にとっては合宿みたいなものだわ。なんでも経験だから。」
「…………騙しましたね。」
「そんなことより、早く乗りましょう。さつきを待たせちゃ悪いわ。」
そう言ってごまかしながら、あたしは荷物を持ち上げ車に乗り込む。車の中はとても広く、真ん中が空いていて、横にイスというかソファっぽいのがあり、横向きに座るようになっていた。さつきはすでに一番奥に座っている。あたしも座ろうと荷物をあげる時、後ろを振り返ると、
「涼花ちゃん、せっかくここまで来たんだから、一緒にいこう?きっと楽しいよ。」
後ろから、結子さんが高山さんに優しく声をかけているのが聞こえた。その言葉に高山さんがなんて答えたのかは分からなかったが、結子さんの後ろから荷物をもって車の中に入ってきた。
「うわ~、こういう車、初めて乗ったよ。」
「私もです。まじかで見るのも初めてですよ。テレビでしか見たことないですもん。」
「うん、確かにそうだね。」
二人は互いに笑い合っていて、少し打ち解けたようだった。また、胸がもやっとする。
「亜季、とりあえず、出発するよ。」
「え、えぇ、お願い。」
「家までまた戻ってください。」
さつきが運転手さんに一声かけると、「はい」と低い声の返事が聞こえ、ゆっくりと車が進み始めた。
あたし達は、左の方にあたしとさつき、右に高山さんと結子さんという並びで座っている。
「じゃあ、とりあえず、私は初対面なので自己紹介させてもらいますね。」
と、さつきが目の前にいる二人に向かって、話を切り出した。
「はい、お願いします。」
「うん、オーケー。」
「私は、亜季のクラスメイトで、二年の向日さつきです。今日から連休中は私の家に泊まってもらいますので、何かあったら遠慮なく私に言ってください。」
さつきはいつもと違う、なんだか大人っぽい雰囲気で二人にそう話した。
二人もさっきのように短く自己紹介をして、その場はなんとなく和やかムードに包まれる。基本、さつきも結子さん、高山さんもまったりした人だからなのだろう。
あたしは、なんだかこの空気感がとても気にってしまった。まるで、ひなたぼっこをしているような落ち着いた感じだ。
「うちは、和、洋、中、なんでも好きだよ。ほとんど好き嫌いもないし。」
「私はちょっとだけ、大豆製品のものが嫌いですね。豆腐とか。」
「そうなんだ~、じゃあ、料理長に伝えとくね。亜季は何かある?」
「そうね、フォアグラが食べたいわ。」
「えっ!!ちょ、日下部先輩、フォアグラってものすごく高級なんですよ。いくらすると思ってるんですか?」
「さぁ?」
「さぁって、さすがにフォアグラなんて家の食卓に出ないでしょう。」
「でるよ。」
「えーー!」
「うわ~、フォアグラかー、うちは食べたことないな~。」
「あたしもないわ。なんとなく言ってみただけだし。」
「なんだ、もしかして冗談ですか?」
「私は冗談じゃないよ。亜季が食べたいって言うなら出すよ。」
「あら、なら、お願いしようかしら。」
「うん、まかせて!」
「………………。」
「ははは、涼花ちゃん。この車からわかるように、さつきちゃんはお金持ちみたいだからさ、うちらとは生活が違うんだよ。」
「そう、みたいですね。なんだか疲れましたよ……。」
今は、食事の話をしていた。基本はさつきの家でご飯を食べることになるので、さつきが好き嫌いを聞きたいと言い出したのだ。でも、少ししか時間が経ってないのに随分、この3人は打ち解けてしまったようだ。それに、さつきの大人びた雰囲気は最初だけだったのか、すぐにいつものさつきに戻ってしまった。
「そういえば、さつきの家は料理長がいるの?」
「うん、いるよ。あと、シェフが2人いるかな。」
「わ~お、これが専属シェフってやつかな。涼花ちゃん。」
「そうなんですかね。もう、庶民の私にはありえないですよ。」
「これは、ますますさつきの家に行くのが楽しみになってきたわ。」
「うん、みんなで目一杯楽しもうね。」
みんな、笑顔で笑い合う。そう、こんな空間をあたしは求めているのかもしれない。やっぱりこの二人も誘ってよかった。結子さんと高山さんはあたしが安心して話せる数少ない女子なのだ。
それに、誰かと二人で楽しむことだけじゃなくて、みんなでワイワイするのも結構好きなのかもしれない、あたし。
そんなこんな、4人で色々な話をしている間に車がゆっくり停車するのを感じた。
さつきが窓の外をみる。
「あっ、やっと着いたみたいだよ。」
さつきがそう言った途端、車のドアが開く。どうやらいつのまにか、車を降りていた運転手さんが開けてくれたらしい。あたし達は、それぞれの荷物を持ち、車を降りる。
そこで見たのは……。
「うわ~、すごい豪邸だね。」
「お、大きいです。」
結子さんと高山さんが唖然と口をあけて、目の前にある建物をみつめている。あたしも太陽の光に目を細めながらも、そちらをみた。
これ、自宅なのよね……。どこかの旅館とか観光施設とかじゃないわよね。
そう、目の前にはバカでかい洋館がそこにそびえたっていた。周りを見渡せば、庭がどこまでも広がっていて、塀とか門が全然見えない。どうりで着くのに時間がかかると思った。これは、ただ単に門から家までの距離が長いとかそういう、金持ちにはありきたりな感じなのだろう。
「さっ、みんな、どうぞ入って。」
そう言いながら、さつきは颯爽と洋館の扉まで歩いていき、中に入っていった。
高山さんと結子さんの二人も荷物を持ち、それに続く。
そんな3人の背中とこの洋館を眺めていると、少しずつ胸が高鳴ってくる。
そして、期待に胸を膨らませながら、あたしも洋館にゆっくりと足を踏み入れた。
やっとゴールデンウィークに突入いたしました。ここまで、本当に長かった。
今回はとりあえず、連休の前編みたいな感じですね。先輩の春⑤のメインとしては今回出てきている4人と、亜季の恋人たちでワーワー遊ぶみたいな話になると思います。
でも、次回の投稿は本編の方なのでよろしくお願いします。
少しずつですが、お気に入りにしてくださる方も増えてきて、本当に嬉しいです。
これからも、どうかお付き合いお願いします。