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番外編 先輩の春②

おかしい、あの日から、彼女のことが忘れられない。どこにいても、何をしていても、心のどこかには彼女がいた。桜という名の彼女が。


桜という子と桜の木の下で会ったなんて、とても不思議。もしかしたら、彼女は桜の木の精だったのかもれない。


あたしは最近、そんなバカな考えしか浮かばないほどに、彼女のことを考える時間が増えていた。


「ねぇ、亜季。亜季ってば、聞いてるの?」


隣からちょっと幼くて可愛い声が聞こえた。そういえば、あたしは今、昼休みだったんだ。クラスメイトで、恋人の一人、向日(むこう)さつきと一緒に文芸部の部室でご飯中だ。


「うん?あぁ、ごめんなさい。少し考え事していたの。何の話だったかしら?」

「もぉ~、亜季ってば最近なんか変だよ。時々、なんか遠い目してるよ。」

「そうかしら?そんなことないと思うけれど。」

「ううん、そんなことあるよ。もしかして、なにか悩み事でもあるの?」

「いえ、そういうわけではないわ。ねぇ、あたしの事なんてどうでもいいから、それよりもさつきの話を聞かせてちょうだい。今度こそ、ちゃんと聞くわ。」

「……うん、亜季がそういうなら。あのね、もうすぐゴールデンウィークだから、亜季はどうするのって聞いたんだよ。」


さつきはちょっと拗ねているように唇をとがらせたが、すぐにあたしにさっきの言葉を繰り返してくれる。その様子に少し苦笑したが、内心ではさつきがそれ以上あたしを追及しようとしないことにほっとしていた。


それにしても、またその話題か。近頃は他の女の子の一緒にいてもいつもその話をされる。

ゴールデンウィークはなにしてるの?とか 暇なの?とか。

みんな、あたしと一緒に過ごしたいのはわかるのだけれど。


あたしはどうしようか迷っていた、確かに日にちや時間をずらせば、全員とデートができないわけではないのだが……。


はっきり言って、あたしが疲れる。そんなことしたら、あたしの休日は一日もなくなってしまうだろう。


だから、今はみんなにはこう答えることにしている。


「あたしは、まだどうするのか決めていないわ。さつきはどうするの?」

「そうなんだ。あのね、私は、あ、亜季さえよかったら、一緒にいたいよ。」


さつきは言ってみてちょっと恥ずかしくなったのか、少し目線を下げた。


「そう。ねぇ、さつき?」

「うん?何?」

「そんなにあたしと一緒に過ごしたいの?あたしは結構、さつきと一緒にいるつもりなのだけれど。」


そう、さつきは他の子と比べると、それなりに長く一緒にいる気がする。まぁ、クラスが一緒だということもあるけど、あたし的にもさつきは甘え上手で、子犬みたいなので一緒にいると癒されることが多い。だから、さつきとは結構長い時間を共に過ごしている。


「でも、私はもっと亜季と一緒にいたい。ずっと、ずっと、一緒にいたいよ。」


さつきは、さっきとは違う真剣な表情であたしの瞳を見つめている。あたしはその強い視線から目を逸らしたくなったが、逃げてはいけないと心に言い聞かせ、ぐっと我慢する。


「私は、亜季のことが好きだから。ずっとそばにいたい。」

「……そう。……ありがとう、さつき。」


あたしには、その真剣な告白にお礼を言うことしかできなかった。さつきから好きという言葉を何度聞いただろうか。あたしはまだまだだ。まだ、完全に受け止めることができていない。もっとうまく付き合えたらいいんだろうけど。


「ゴールデンウィークのことは少し考えさせてくれる?結構、色々な人に誘われているのよ。」

「そっか、やっぱりそうだよね。」


さつきは、しょんぼりしたような顔でまだ少し残っていた弁当をつまみ始めた。


「ごめんなさい、返事はもう少し待っていて。」


そういいながら、あたしはそんなさつきの頭をゆっくりと撫で始める。


「うん、分かった。私、待ってるから。」

「ええ。」


あたしに頭を撫でられるうちにさつきの表情がどんどん緩んでいく。あたしはなんだか穏やかな気持ちで、残りの昼休みを過ごした。




今日の授業はすべて終わり、放課後は三年生の恋人の一人とひとしきりイチャイチャした後、あたしはグランドの隅の桜の木へと向かっている。


あの日、桜の木の下で彼女と会ってから、放課後はいつもその木に行っている。もしかしたら、また彼女と会えるかも知れないと、少し期待しているのだが、入学式の日から一度も彼女を見かけていなかった。


だが、今日もあたしは桜の木へと向かう。もはや足は自然と動いてしまうのだ。

ものの数分で木の下に着いてしまったが、やはり彼女はいなかった。


やっぱり、今日もいないわ……。あれは、夢、だったのかしら。


なんかもう、あたしの記憶は曖昧になっている。あれから、一か月ぐらいたったのだから、当り前だ。

あれだけ、強烈な印象だったのに、あたしの頭には彼女の顔がぼんやりとしか浮かばなくなっていた。


まぁ、あれから、あたしにも色々あった、ということもあるけれどね。

あたしは、木の幹に手を当てながらつい数週間前に会った、初めてできた部活の後輩のことを思い出す。




その日、あたしは珍しく一人で本を読んでいた。この時、会う予定だった女の子に急な用事ができたのだ。だから、あたしは部室で暇を持て余していた。すると、


コンコンっとドアをたたく音がした。


んっ?と思っていると、がちゃっとドアがゆっくりと開く。


入ってきたのは、結構綺麗な子だった。リボンをみたら、桜の木の彼女と同じ色のリボンをしている。

ということは、一年生か。一体、何の用なのだろうか。


どこか伺うような表情で、その子は部室に足を踏み入れる。あたしと目が合うと、緊張しているのか、慌てた様子で扉を閉め、中に入ってきた。


「あ、あの、文芸部の人ですか?」

「えぇ、そうよ。」


あたしがそう答えると、安心したような表情になり、あたしに向かって少し頭を下げる。


「えっと、今日から文芸部に入部しました。一年の高山涼花です。」

「えっ……?」


入部? あっ、そっか。そんな時期なんだ。もう、入学式から、だいぶ時間もたっているし。そういえば、この間までチラシを配っている部活がちらほらいたような……。


あたしは、中学の時に部活に入ってなかったので、正真正銘の初めて後輩ができた瞬間だった。


「あの、今日からよろしくお願いします。」


高山さん下げていた頭をあげ、あたしの言葉を待つように真っ直ぐな瞳であたしをみつめた。

あたしは、そんな高山さんをじっくり見ながら、席を立ってそばに近寄る。


さっきも思ったが、なかなか綺麗な子だ。容姿端麗というのか、少し冷たいな印象も受ける。きりっとしているともいうか。でも、桜の彼女よりは下級生っぽいって思う。あぁ、つい最近まで中学生だったんだなという幼さをどこか感じた。


「あたしは、二年の日下部亜季よ、よろしく。」


あたしはそう言って、右手を差し出す。


「あっ、よろしくお願いします。」


少し戸惑いながら、高山さんもあたしの手を握り返してくれた。

あたしは握手をしながら、もう一方の手を高山さんの頬に伸ばす。


「えっ?あ、あの?」


頬に触れそうになる瞬間に、高山さんは驚いたような声をだして、反射的にあたしの手から逃げようとするが、握手したままなので逃げられはしなかった。

あたしはかまわず、頬に軽く触れる。


「綺麗な肌ね。すごくキメが細かいわ。」


そう言いながら、その手を顎の下まで移動させ、軽く上を向かせた。


「全然、化粧もしていないのね。なのに、こんなに近くで見ても綺麗なのはどうしてなのかしら。肌の手入れはどうしているの?」

「えっ!?えっ?あのっ?」


そう言いながら、あたしは高山さんの頬を優しくひとなでする。


「あらっ? ふふふ、顔がとっても熱くなっているわよ。」

「なっ!そ、それは、せ、先輩がち、近いから。」


「なら、もっと近づいたらどうなるのかしら?」


なんだか、おもしろくなってきてあたしは、さらに顔を近づける。そう、キスをするぐらいに近くに。


「っちょ、あのっ、いいかげんにしてください!!」


そう怒った声が聞こえた途端に、あたしの身体は高山さんの左手で力強く引き離されていた。

見ると、高山さんは茹ってるんじゃないかというぐらい真っ赤になっている。


「い、いきなり、な、何考えてるんですか?」

「ふふふ、ごめんなさい。あなたが可愛いから、なんだかいたずらしたくなってしまって。」


そういうと、言葉もないのか、口をパクパクし始めた。

なんかこういう初々しい反応も久しぶりだわ、とても新鮮な気持ちになる。

でも、なんといっても初対面、ここは素直に謝っておこう。


「ごめんさい、少しおいたが過ぎたわ。許してくれるかしら。」

「あっ、いえっ、こちらこそ、失礼しました。」


高山さんはそう言いながら、落ち着こうと深呼吸を繰り返している。


「あの、他の文芸部の人はいないんですか?」


少し落ち着いたのか、高山さんが部室を見渡しながら、聞いてきた。


「いないわ。文芸部はあたし一人よ。まぁ、高山さんが入部したのなら、二人ということになるけれどね。」

「えっ、日下部先輩一人だったんですか?」

「そうよ。去年まではもっといたのだけれど、全員三年生だったから、卒業してしまったの。」

「そう、なんですか。」


なんかこの子はしっかりしてそうだ。しゃべり方もはきはきしているし、中々いい子だと思う。

さっきは、あたしがおちゃめしてしまっただけだし、ちゃんと礼儀もわきまえている。


その時、あたしはちょっとした考えが浮かんだ。

まぁ、二人しかいないなら、あたしが上でなくともいいだろう。あたしよりはしっかり仕事してくれそうだし。そもそも部活動なんてほとんどしていないから、この子が上でも構わないはずだ。ちょうど、めんどくさいなと思っていたことだし。


そう考え、さっそく高山さんに交渉してみる。


「ねぇ、ここの部に入るなら、一つだけ条件があるの。」

「えっ?条件ですか?」

「えぇ。あのね、…………部長になってくれないかしら?」

「……………………はい?」


高山さんは何を言われたのか、分からないというような表情でポカンとしている。

まぁ、そんな反応になるわよね。


「だ・か・ら、部長になってほしいの。」


あたしはゆっくり、はっきりと言葉を伝えてみた。どんな風に言っても、困惑することは分かっているけれど、なんだかこの子には悪戯心が湧いてくる。


「ぶ、部長ですか?」

「そうよ。」

「な、なんで、私が?普通なら日下部先輩が部長でしょう?」

「そうね、今はあたしが部長だけど。いいじゃない、どうせ二人しかいないのだから。それに、普通なんてつまらないでしょう?あたしは一年が部長でも全く構わないし。」

「いやいや、私は構いますよ。入部したばかりで何も分からないのに、いきなり部長だなんて。」

「大丈夫よ。聞いてくれれば、教えるし。部長なんて、ただ部活の会議とかにでればいいだけだわ。」

「そ、それだけなら、先輩のままでいいじゃないですか。私が部長になる必要なんてどこにもないですよ。」

「いいえ、必要あるのよ。あたしはね、なるべく、目立ちたくないの。それに、こう見えてもあたしは毎日毎日とっても、忙しいから。」

「は、はぁ。」


高山さんはなんだかあきれた表情であたしの言い訳を聞いていた、目立ちたくないというのも忙しいというのも全部本当のことだ。まぁ、かなり私情ではあるけれど。


「だから、高山さんに部長になってもらって、あたしは副部長になるわ。」

「で、でも、こんな時期に部長って変更できるんですか?」

「そうね~、ちょっと分からないけれど。じゃあ、変更することができるのなら、部長になってくれるのかしら?」

「えっ、そ、それは……。うぅ~。」


高山さんは迷っているように腕を組みながら、うなり始めた。そして、あたしをちらりとみる。


「部長の仕事はそんなに大変じゃあないんですよね?」

「えぇ、簡単よ。」


よく知らないけれど。


「ただ、その部活の会議とやらに出ればいいんですよね?」

「ええ。」


きっとね。


高山さんは眉間にしわを寄せていたが、あたしの顔を見て諦めたように小さくうなずいた。


「はぁ~、……分かりました、許可がでるようなら部長になります。」

「そう、ありがとう。許可とかそういうことはあたしが全部しておくから。」


あたしは満面の笑みで高山さんを見る。


「はい、分かりました。お願いします。」

「ふふふ、本当にいい子ね。」


あたしは自然な仕草で高山さんの頭を軽くなでる。


「あ、あのっ、や、やめてください、そ、そういうこと。」


案の定、高山さんにすぐに払われたけれど、あたしはなんだか楽しくて、嬉しかった。



最初は落ち着いた子だなと思っていたけれど、想像以上に高山さんは面白いことがわかった。部活の後輩ってこういうものなのかしら。からかいがいがあるというかなんというか。

あたしはなんだかこの子のいろんな顔を見てみたいと思ってしまう。そして、気づいた。さっきからこの子にいじわるをしてしまうのはそういう理由からなのかもしれないと。


本当に面白いなと思った。桜の彼女とは別の感情でこの子に興味を持った。これからはこの子はあたしだけの後輩なんだと、初めての関係性で少しワクワクする。



あたしは少し顔を綻ばせ、思い出に浸っていた。まぁ、思い出といってもつい最近の出来事だが。


その日から、あたしたちはとても楽しくやっている。だが、高山さんには既にあたしが女の子と付き合っていることがばれてしまった。それは、あたしが高山さんのことをうっかり忘れて、部室で女の子とキスをしていたのを見られてしまったからなのだけれど。


それにしても。あの時の高山さんの真っ赤になった顔は面白かった。だから、今でも時々部室で女の子と遊んでしまうのだ。そのたびに、高山さんにはこってり怒られるけれどね。それもまた、楽しかった。まさか、このあたしが後輩に叱られる日が来るなんて……。泣かせたことも、恨まれたこともあるけれど、叱られたことは今まで一度もない。


そんな事を考えながら、あたしは桜の木に背を預け、空を見上げた。

空はどこまでも青く、澄みきっていた。そして、心地よい風も吹いていて、目を閉じると。まるで草原にいるような気持ちになる。緑の匂いがあたしの心と体を満たしていた。


そうして、時間を感じない空間に身を漂わせていると、ふっとどこかで嗅いだ事のあるほのかな花の香りがした。


あれっ?この香りは……?


あたしは、ゆっくりと目を開ける。


目の前にいたのは、あの桜の彼女だった。



はい、今回は先輩の番外編でした。この話では先輩と涼花の出会いが書かれています。そして、思ったよりかなり長くなりました。(最近はいつも予定より長くなっているような……。)

実は、②ではゴールデンウィーク中の話にしようと考えていたのですが、その休みにもなっていません。全く、困ったもんだ。


それと、次回なんですが、本編にしようか、番外編にしようか、迷っています。さっきも言いましたが、番外編②が思ったより長いので、書きたかったところが全然書けていないんですよね。なので、もしかしたら、また番外編になるかもしれません。


そんなことで、また次回もお付き合いください。

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