第2話 転校生
クラス中が噂でザワザワしている中、いつもと同じようにガラッと教室のドアが開いた。
「はーい、みんな着席してください。朝のホームルームを始める前に、重大なお知らせがあります。」
これが杏先生。本名は朝倉杏香。私たちの1-Bの担任だ。実年齢よりたぶん相当若く見える、下手をすれば女子高生だといっても疑うことはないくらい。スーツじゃなくて、制服を着ていたらたきっと見分けがつかなくなるだろう。というくらいかなり若作りをしている。まぁ、何歳か知らないんだけど。
本人によれば、トップシークレットなのだそうだ。
この容姿のせいでかなり生徒にはなめられているが、同時に慕われてもいる。でも、本人はかなり悩んでいるらしい。
「杏ちゃん、転校生が来るって本当?」
クラスの一人が噂になっている話題を口にした。
「えー、なんでもう知っているんですか?」
首をかしげ純粋に驚いている姿もたぶん三十路を越えているであろう人とは思えない仕草だ。
「隣のクラスの子が教員室の前で見たんだって。」
「ねぇねぇ、杏ちゃんより美人って本当?」
「先生って呼びなさいっていつも言ってますよ。転校生さんが真似したらどうするんですか。」
「ゴメーン、杏ちゃん先生。って転校生廊下にいるんだ。見たーい。」
「こらこら、みんな座ってください。今紹介しますから。」
杏先生は一生懸命生徒をまとめようとして、アワアワしている。そんなところがこれまた愛らしいと人気だ。生徒の間で密かにファンクラブが存在してるとかしてないとか。
と、この調子だとまたいつものパターンかな。このクラスは先生がこんななので、まるでそれと釣り合うためなのか、とても有能なクラス委員がいる。
「みんなー、静かにして。こんなに騒がしかったら、転校生が入ってこれないでしょ。あとで、いくらでも会えるし、話せるんだから、今は落ち着きなさい。」
とまぁ、こんな感じでクラス委員戸川桜はクラスを仕切っている。杏先生が言っても静かにならなかったクラスメイトもおとなしく席に着いた。
全く頼もしいことだね。高校生活が始まって早くも数か月でこのパターンがもうこのクラスには定着している。
戸川さんは、いかにも優等生って感じ。髪は短めで、顔は綺麗に整っている。モデルのようなすました顔が似合いそうだ。まるで、高校生にはみえない大人っぽさが彼女にはそなわっているようにみえる。
杏先生と比べるともうどっちが年上だかわからない。まぁ、厳格そうだが、それも彼女の魅力になっていて、かなり美人といっていいだろう。細いフレームのメガネも彼女の雰囲気に合っている。私がみたところクラスで、一番綺麗だと思う。
ちなみに私の隣の隣の席にいるが、業務的な会話ならしたことがあるが、それ以外ほとんどしゃべったことはない。なんか怖いし。
「先生、話を先に進めてください。」
「いつもありがとうございます、戸川さん。」
教師がそれでいいのかと思うが、杏先生は全く気にした様子はない。
「じゃあ、中村さんもう入ってきていいですよ。」
「はい。」
ドアの外から声がした。少し緊張気味の声だった。ガラッとドアが開く。
彼女が入ってきた瞬間、クラスの時間が止まった。これは少し誇張しすぎか。でも、誰も動かない声を発しない。そんな中、杏先生と転校生だけが動いていた。
「中村さん、黒板に名前を書いて、自己紹介をしてください。」
「はい。」
控え目に彼女は返事をした。私たちに背を向け、黒板に名前を書く。誰の息遣いも聞こえない。チョークの音だけがクラスに響いた。
それもそのはず、みんな驚きの余り固まっていたのだから。私も例外ではない。いくら美人だといってもこれは反則だろう。ありえない。こんな人女優にだってそうそういないんじゃないかと冗談じゃなくそう思った。
中村葵、それが彼女の名前だった。とっても細く綺麗な字で黒板に名前を書いた。
その黒髪は肩より少し長く、サラサラで艶やかだ。顔は整っていて、凛としているが、少し儚げな印象を抱く。人形みたいだを思った。壊れそうなほど繊細な人形。どこかの国のお姫様、そう言われても納得してしまうと思う。それほど、彼女は綺麗だった。
彼女は名前を書き終え、こちらを向いて、淡くほほ笑んだ。
「中村葵です。両親の都合で本日からこちらに転校してきました。どうぞよろしくお願いします。」
そういって、軽く頭を下げた。杏先生はそれを見てうなずき、
「みんな、仲良くしてあげてくださいね。質問がある人はいますか?」
そう言った瞬間、クラス中から爆発したかのように歓声が沸き起こった。
「すごーい、超美人じゃん。ありえなーい。」
「するよ、仲良くする。今すぐ友達、いや親友になろう。」
「もう、何言ってんの。あんたみたいのが親友だった中村さんが迷惑だっつーの。」
「それはあんたも同じでしょーが。」
「ねぇ、どこから来たの?」
「ハーフとかじゃないよね?」
「化粧品とか何使ったらそんなにきれいになれるの?」
「それはもとがいいからじゃない?同じの使ってもあんたには無理無理。」
質問やらなんやらがクラス中を飛び交い、転校生を取り囲んだ。
「あはは、噂以上にすっごい美人さんだね、涼ちゃん。」
苦笑いを浮かべながら、恭子が後ろを向いて話しかけてきた。
「恭子はあの輪に加わってこないの?興味あるんでしょ?あんたが好きそうな飛びぬけた美人じゃん。」
「興味はあるけどさ、さすがにあの輪に入る勇気はないよ。押しつぶされそうだもん。」
「杏先生はすでに押しつぶされてるみたいだけどね。」
「はは、さすがのクラス委員も頭抱えてるしね。」
チラッと戸川さんの方を見ると、頭に片手をついて溜息をついていた。さすがにこの状態を何とかするのは無理らしい。当たり前だ、クラスのほとんどが転校生の周りに集まり、質問攻めにしている。私の席からは転校生は埋もれて見えないがさぞ困っていることだろう。
「はぁ~、でもいい題材がみつかったかも。」
ぼそっと恭子が呟いたのを私は聞き逃さなかった。
「ま、まさか恭子。あの転校生までも毒牙にかけようとしているの?」
「毒牙なんて、人聞きの悪い。ちょっとマンガに書くだけじゃない。」
「そのマンガの内容が問題なんでしょーが。しかも、それを誰かに見せてるんでしょ、あんたは。」
「あはは。」
絶対笑ってごまかした。恭子の絵は結構うまいから手に負えない。まぁ、いいや。どんなに言っても恭子が言うことを聞くわけはない。この子は意外に頑固なのだ、昔からなのでもう慣れたが。
私は恭子から目線を外し、教室の前の方を見た。丁度杏先生があの輪から頑張って出でくるところだった。
「ぷはぁ~、もうみんな~、質問はもう終わりです。授業が始まるから、席に着いてくださーい。」
先生が出てきたのを確認して、やっと戸川さんも動き出した。
「ほら、転校生を揉みくちゃにしてないで、離れなさい。休み時間に話すべきでしょ。」
と前に出てみんなを散らしにかかった。
「えー、残念。中村さん、またあとで話聞かせてね。」
「あ、私も私も。何かわかんないことあったら教えるし。」
「あたし教科書貸してあげるよ。」
とか言いながら、騒いでいた女子たちは席に戻って行った。 戸川さん、恐るべし。
「大丈夫?中村さん?」
「はい、大丈夫です。少し驚きましたけど。」
「ごめんね、私からちゃんと言っておくから。それと、私はクラス委員をしている戸川桜です。困ったことがあったら何でも言ってね。」
息を切らせてふぃーと一息ついた杏先生が二人に近づいた。
「ふぅ~、じゃあ、戸川さん、中村さんのことお願いしてもいいですか?私、一限目の授業がありますから。」
「はい、先生。あの中村さんの席はどうしますか?」
「あっ、そうですね。じゃあ、戸川さんの隣でもいいですか?」
「はい、私は構いません。その方が色々サポートもしてあげられると思います。中村さんもそれでいいよね?」
「はい、お願いします。」
転校生の席はあっさり決まった。
てゆーか、戸川さんの隣って多分私の隣のことかもしれないな。まぁ、いいか。なんか恭子はすごく嬉しそうにラッキーとか言ってるけど。中村さんの世話は戸川さんがしてくれるみたいだし、私には関係ないや。
私はいつものように窓の外を見て過ごすことにした。