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第18話 この想い

葵が教室を出て行ってからどれくらいの時間が経ったのだろうか。私はぼーとしている頭を少し回転させて時計を見た。


6時30分か・・・・・。


あれから、何分たったのか分からないが、そろそろ帰る時間かもしれない。

私はなんだか重い身体を持ち上げ、椅子から立ち上がった。机の上に散らばっている教科書を見る。


あっ、そういえば、英語の教科書を取りに来たんだった。


本来の目的などすっかり忘れてしまっていた。でも、もう宿題なんてどうでもいい。勉強なんてできる気分じゃない。私は、教科書を適当に机の中に戻した。その時、恭子の漫画が視界に入った。それを手に取る。


これ、どうしようか。


私の頭はもう思考を諦めてしまったのか、もう何の考えも感情も浮かばなかった。

私はそのまま、漫画を机の中に入れた。そうして、教室を出た。


そういえば、私は鞄を持っていない。あっ、そうか、部室に置いてきたままだ。


葵はまだ部室にいるのだろうか。いや、いるわけないか。心配をしてくれた彼女に私は冷たい態度をとってしまったのだから、きっと怒って帰ってしまったかもしれない。


葵はもういるわけない。私を待っていてくれるはずはない。


そう思っていたのに、葵は簡単に私の予想を裏切った。


部室の扉を開けたら、葵はそこにいたのだ。


窓のそばで夕日に照らされながら、外を眺めている。

私が開けた扉の音に気がつき、こちらに振り返った。


私と目が合うと、彼女は優しく、柔らかく、そして美しい微笑みを浮かべる。


綺麗だった。

夕日に染まる部屋の中にいる彼女は、儚げで、夕日みたいにすぐに消えてしまいそうだった。だが、それゆえに夕日は美しいといえるのだろう。私は少し不安な気持ちになる。私の前から彼女は消えてしまうのではいのかと。私は真っ直ぐ葵の瞳を見つめる。先ほどのように視線をそらすようなことはしなかった。


「おかえりなさい、涼花さん。」


その微笑みを崩さぬまま、私に話しかけてきた。さっきの出来事などなかったかのように。


「ただいま、葵。」


お帰りの一言で、私の中のもやもやしていた何かが吹き飛んでしまった気がした。何か色々悩んでいた自分がバカみたいだ。こうやって、落ち着いて葵と向かい合ってみれば、普通に接することができる。

前と違うのは、葵ともっと一緒にいたい、葵の笑顔がもっとみたいという気持ちが強くなったくらいだ。


この気持は、友達なら持っていても不思議じゃない。全然、普通の感情だ。だって、私と葵は友達なんだから。


私は自分に言い聞かせるように何度もそう心の中でつぶやいた。


「ごめんね、葵。もしかして、待たせてた?」

「いえ、そんなことないです。今日は外の風が強いので、ちょっと涼んでいたんです。」


そう言いながら、葵は窓を閉め、鍵をかける。すると、さっきまで聞こえていたセミの声が遠のいた気がして、私は少し寂しく思った。


「日も沈んできましたし、そろそろ帰りましょうか?」

「うん、そうだね。」


私は真ん中にある机から自分の鞄を持ち上げる。ちらりと葵を見ると、広げてあった教科書とノートを閉じて片付けていた。私がいない間は宿題をしていたのかもしれない。だが、ちょっと見えたノートに私の名前が書いてあるように見えたのは気のせいなのだろうか。


まさか……ね。そんなはずないか。


葵も片づけが終わり、私たちは玄関へと向かう。


「あのさ、私が教室に行ってた時に部室に日下部先輩が来たりした?」

「いえ、いらっしゃいませんでしたよ。でも、川上さんがまた訪ねて来られましたけど。」

「えっ、恭子が?なんで?」

「最初に来られた時に約束した他の漫画を持ってきてくださったんです。」

「あー、そ、そうなんだ。」


恭子は結構行動力がある。思いついたら即行動に移すタイプだから、明日が待てなかったのだろう。

だが、他の漫画ってまさか?


「ち、ちなみにどんな漫画だったの?」

「えーっと、ですね。恋愛のお話でしたよ。」

「恋愛!!だ、だれの?」

「えっ?誰ですか?えーっと、ちょっと待ってください。」


葵は肩から鞄をおろし、漫画を取り出そうとしてる。


まさか、恭子、百合やBLの話を葵に見せたんじゃないよね?葵はそういうのを全然知らなさそうだから、読んだらきっとショックを受けるだろうに。まさに中学生の私みたいになるかもしれない。


「あっ、ありました。これです。」


私は葵から例の漫画を受け取る。少し緊張しながら表紙を見た。だが、そこにはタイトルだけで絵がかかれていない。タイトルを見るに私が今まで読んだことがないもだった。だから、これがどんな種類のものなどか分からない。


「とても絵がうまくて、おもしろかったですよ。」


葵は満足したような顔で私にそう言う。その笑顔に嘘は見られない。なら、これは普通の話なのだと思う。いや、きっとそうだ。恭子だってさすがにそこはわきまえているだろう。読ませていい相手と悪い相手がいることぐらい知っていると信じたい。もちろん、葵は後者だ。


私は一枚表紙をめくる。そこに描かれていたのは…………



向かい合っている男子と女子だった。


ほっ、とりあえず一安心だ。これはノーマルな恋愛の話らしい。んっ?でも、この人たちどこかで見たことあるような?もう一枚ページをめくってみる。


これって、私たちの中学の制服だ。普通のセーラー服と学ランだったのだが。この絵の二人は懐かしい制服を着ている。あっ、この人たちって。私は何枚かめくりながら、昔の同級生の顔を思い出す。

そうだ、この二人って中学の時、実際に付き合っていて、噂になっていた二人じゃないか。その漫画の内容もどこか聞いたことのある話だった。つまり、これは実話ということ。


恭子め、パクったな……。まぁ、恭子は男女の恋愛を描く方が苦手だと言っていたから、あえて実話を選んだのだろうけど。これは、いいのか?でも、誰かに売るとかしているわけではないのだから、いいのかもしれないが。話ができないからって実話をそのまま描くなよって感じではあるが。

葵に読ませるなら丁度いいとも少し思うけれど。



「川上さんはすごいですね。将来は漫画家になるのでしょうか?」

「うーん、本人はなりたいって昔から言っているけどね。」

「いつから漫画を描いていたんですか?」

「中学生の時からだよ。恭子は昔から絵がうまくて、漫画本やアニメが好きだったし。よく描いた漫画とか絵を見せられたものだよ。」

「お二人は昔から仲が良かったんですね。」


葵が少し笑いながら言う。


「そうかな、腐れ縁みたいなものだよ。それに私はもともと友達が少ないからさ。」

「私にはとてもうらやましく思えますよ。一人でもずっとそばにいてくれる人がいるっていうのはすごく素敵なことですから。」


表情は優しく微笑んでいるが、どこか寂しそうだった。

私は聞くべきではないかもしれないと思いながら、それでもこう聞いた。


「葵にはそういう人いないの?」


少し考えるような表情をして目を伏せたが、すぐに目線を上げた。


「ええ、いませんでした。私は、なんだか他の人と少し距離を置いてしまうみたいで、ずっとそばにいてくれる人は一人も。」

「なんだか、意外。葵はいつも友達に囲まれているから、一人になんてなったことないんじゃないかって思ってた。」

「そんなことないですよ。ここの方は皆さん優しいので一人になることないだけです。昔はずっと一人でしたよ。」


葵の笑顔がどこか無理やりのようにみえたが、私は何も言うことができなかった。

葵が少し間を空けて、言葉を続ける。


「私の両親が教師だということは前にも言いましたよね?」

「うん、聞いたよ。」

「父は中学で、母が高校の教師をしているんですけど、とにかく母が厳しい人でした。私に遊ぶことを許さず、学校が終わったらすぐに家に帰って勉強をしなさいと言われていました。休みの日もひたすら授業の予習、復習。そんな毎日を続けていたら、いつのまにか私を遊びに誘ってくれる友達はいなくなりました。それでも、私はただひたすらに勉強ばかりをしていたんです。そうしたら、気づいたときは周りに誰もいなくて、私は一人になっていました。」


ここまで、一気に話して疲れたのか、葵が少し自分を落ち着けるように呼吸を繰り返す。

私はそんな葵をただ見つめていた。今の私には話を聞くことくらいしかできないから。


「父はそんな私を見かねて、母に抗議しました。私をもっと遊ばせてやってくれと、自由にしてやろうと、言ってくれました。そうしたら、母はそれにものすごく怒りました。父が私の将来を全然考えていないと罵りました。そこからは、お互いに日頃からたまっていること言い合って、喧嘩になって……。」


葵の言葉が止まる。苦しそうに少し顔をゆがめる。


「葵……、無理しないで。」

「いえ、大丈夫ですから。涼花さんに聞いてほしいんです。約束、しましたよね?」


ちょっとだけ涙目になっている瞳が私を切なげに見つめる。


約束か……。それはたぶん初めて葵が部室に来たときに話したことだろう。葵の両親のこと。葵がなぜここに転校することになったのかという話。

自分の中で整理がついたら、話すと言っていた。それほど、葵にはきっと辛い話なのだ。思い出したくないことだろうに、一生懸命話そうとしてくれている。


なら、私はしっかり聞かなくてはならない。受け止めなくてはならない。それが私にできることだから。


「うん、約束したよ。ゆっくりでいいから、聞かせて。」

「はい。」


葵は安心したような表情で微笑んだ。その笑顔がなんだか痛々しくて、胸がチクリと痛んだ。


「父と母の喧嘩が結局、終わることはありませんでした。先月、二人は離婚することを決めました、私は父に引き取られることになり、二つ歳の離れた妹は母に。」

「……妹がいるんだね。」


私がそういうと、その表情が温かいものへと変わる。だか、そこにはさっきまではみせなかった後悔しているような表情が含まれているように思えた。


「はい、大事な妹がいるんです。妹は私ほど教育が厳しくなかったので、のびのびとした性格で私とは全然似てないんですよ。だからこそ、母のもとでも大丈夫だと父は思ったらしいです。」

「そう、なんだ。」

「でも、両親が離婚してから一回もあっていません。父は私を母に少しでも近づけるのを避けていますから。」

「そんな……、ひどいね。」

「いいえ、そんなことないですよ。父は私のことを想って言ってくれているんです。私のために…………。私のせいで両親は離婚したんです。私は妹に会う資格なんてない。きっと、妹も私を恨んでいると思います。家族を壊した私を。」


彼女の顔からどんどん表情が消えていく。でも、私には解った、心の中でずっと泣いているんだと。きっと、両親が離婚したその日から、自分を責め続けているのだと。


それを全く顔に出さずに、いつもあんなに明るく振舞っていたのか。いつも、あんなに優しく笑っていたのか。


はぁ、本当にこの子は。なんでこんなにも強いのか。

でも、時々、すごく脆く見えたのは気のせいではなかったのかもしれない。今の彼女は、強く触れてしまえば、すぐに崩れてしまいそうだった。


「葵のせいじゃないよ。」


私はなぜか詰まる喉をやっとのことでしぼりあげ、その一言だけを伝えた。

葵は私のその言葉にただ少し微笑んだ。


「そんな悲しそうな顔しないでください。」


その言葉にはっと顔を上げる。私はいつのまにか暗い顔をしていたらしい。私たちの歩みはいつからか止まっていた。私の正面に葵がいる。葵はゆっくりと私の顔に手を伸ばしてきた。そして、軽く頬に触れる。


「今は、とっても楽しいんです。過去なんてどうでもいいと思えるくらい。それは、クラスの皆さんのおかげでもあり、涼花さんのおかげでもあるんですよ。」

「私のおかげ? 私は葵に何にもしてあげてないよ。」

「いいえ、そばにいてくれますから。今のように、そばにいて話をしてくれたり、聞いてくれています。私にはそれで十分なんです。十分に嬉しいんです。」

「そんな、それだけのことでいいの?」

「はい。」


葵は柔らかい微笑みを浮かべる。その表情は大人びてみえて。自分と同い年には思えなかった。


「…………もっと欲張りになってもいいと思うよ。」


私がそう呟くと、少し驚いた表情になったが、すぐに可笑しそうな笑みに変わる。


「ふふふ、そんなこと言っていいんですか? 私、実はすごくわがままなんですよ。」

「いいよ。葵のわがままなら、何でも聞いてあげるから。」

「えっ…………。」


私の言葉が予想外だったのか、少し葵の頬に赤みが増す。


「も、もう、涼花さんったら。そんな嬉しいこと言っちゃ駄目ですよ。」


私から目線を外しながら、そんな風に言ってきた。


「葵、もしかして照れてる?」

「そ、そんなことないです。ほ、ほら、暗くなっちゃいますから、早く帰りましょう。」


そう言いながら、葵は先に歩いて行ってしまう。やっと分かってきたのだが、葵は恥ずかしくなると逃げてしまうようだ。


全く本当に可愛いんだから。間違ってドキドキしちゃうじゃないか。


…………本当に困っちゃうよ。


ねぇ、葵、私たちは友達なんだよね。友達なのに……。


私の胸の奥はどんどん熱くなっていく、葵を知れば知るほどに、彼女を想う気持ちが溢れてしまいそうになるほど、強くなっていく…………。


このままじゃ、私は、葵のことが、本当に…………好きになってしまう。



誰か、誰でもいいから、この想いの消し方を、教えてください……。



私は少しずつ遠ざかってしまう葵の背中を見ながら、そんな事を思っていた。



第18話、いかがでしたでしょうか? この話では葵の過去の話がチラッと出てきます。実は葵に友達があまりいなかったのは、女子の嫉妬も少し含まれています。葵は綺麗な上に頭もよかったので、モテないわけはないですからね。ちなみに、中学は共学でした。


そして、今回は話が少し長めです。今までで一番多い文字数のような気がしていてます。葵の過去の話もいれたらなんだか長くなっちゃいました。読みにくいところがありましたら申し訳ございません。


では、次回ですが、先輩の番外編になります。できれば、楽しく書きたいなと思っているので、次回もぜひ読んでみてください。

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