第16話 恭子参上
次の日の放課後、私たちは部室にいた。もちろん、先輩が来るのを待つためだ。
私たちは、昨日起きたことが二人とも記憶にこびりついていることと、下の名前で呼び合うようになった気恥かしさで、思うように会話が弾まないでいた。
なんだか、気まずい。
でも、ここは私がリードすべきだよね。
「ねぇ、あ、葵。」
「は、はい。何ですか、りょ、涼花さん?」
「あ、えっと、今日も暑いね。」
「そ、そうですね。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
数秒で撃沈した。
私ははぁーとため息をつき、先輩が開けるはずの扉をじっとみる。
こないな・・・・・。
まぁ、そりゃ、昨日の今日で来るわけないか。そんな簡単な問題じゃあないもんね。
と、その時、廊下から、タッタッタという軽快な足音が聞こえてきた。二人とも無言だったので、その音が部室の中でもよく聞き取れた。
すると、バタンッと扉が開いた。
まさかと、私たちは椅子から立ち上がる。
そこにいた人物は・・・・
「涼ちゃーん、見て見て、会心の新作ができあがったんだよー。」
そう言いながら、とびきりの笑顔で私の小学校からの幼馴染み川上恭子が入ってきた。
手には閉じられたB5サイズの紙を持ち、バサバサと振り回している。
「あのね、あのね、今回は涼ちゃんと中村さんのカップリングなんだよ。これがまたうまく描けたんだ~。」
持っていたマンガを私に見せながら誇らしげに自慢する。
そして、私の向かい側にいた葵をみて、石のように固まった。
それはもう、ぴくりともしない。
「おーい、恭子ー。戻ってこーい。」
私は、恭子の顔の前で手をヒラヒラ振るが、反応なし。こりゃ重症だ。
うーん、どうしたものかと考えていると、
「あ、あの、川上さん?」
そう葵が声をかけた。
すると、恭子がビクリと体を震わせ、やっと動き出した。
「な、ななななななな、なんで中村さんがこ、ここにいらっしゃるのですか?」
困惑しすぎて、言葉使いがおかしくなっている。 なぜ敬語?
「本物?ねぇ、本物?それとも、私の幻覚?昨日徹夜したから疲れているのかな。」
そう言いながら、目頭を押さえる。
「ちょっと、恭子落ち着いて。幻覚じゃないし、本物だから。」
「えっ?・・・・・・・・・。」
恭子は目を細めて、じっとりと葵を眺めまわす。
そして、うんっと一つ頷き、私たちに背を向けた。
「あはははは。それじゃあ、私はこれで。」
部室を出ようとする恭子の腕を捕まえる。
「いきなり来ておいて、それは失礼じゃない?」
「だ、だって、こんなところに中村さんがいるなんて思わなかったんだもん。」
後ろを振り向いた恭子の顔は、情けないぐらい眉がへの字になっていた。
「まぁ、それはしょうがないとして、いいから彼女に謝りなさい。」
「うぅ、中村さん。ごめんなさい。」
そんな恭子に葵は苦笑いを浮かべた。
「いいえ、驚きましたけど。そもそも、私が文芸部に入ったことを公言していなかったことが原因ですから。」
「え?中村さんって文芸部に入ったんだ。」
「はい、つい先日、入部しました。」
恭子はちょっと唖然としてから、私を振り返る。
「な、なんでそんな大事なこと教えてくれないの、涼ちゃん?」
「いや、だって、わざわざ言うほどのことじゃないし。」
実は二人の秘密にしておきたかったということは恥ずかしくて言えず、ごまかした。
「もう、涼ちゃんはいっつもそうなんだから。」
恭子が頬を膨らましながら、プンプンという擬音語がにあうような顔で怒っていた。
すると、
「あの川上さん、その手に持っているのは漫画ですか?」
葵が恭子が手に持っている紙を指さして問う。
「えっ?えっと~。」
恭子は手に持っていたマンガらしき紙をすばやく背中に隠した。
はぁ~、恭子が入ってきた時に言っていたことから、その漫画の内容は大体想像できる。あれを葵にみられるのはマズイ。大変マズイが・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・私と葵のカップリングか。
恭子は漫画研究部に所属している。まぁ、そこに入る前から、中学の時から恭子は漫画を描いてはいたが。
恭子が描くマンガとは、今回は百合と呼ばれるもの、そして、他にもBL,ノーマルと何でも書いている。
私は時々恭子に新作だと言って見せられ、感想を求められることがある。
正直、感想を言うのは辛い。なぜなら、恭子が描く内容はいつも周りのだれかがモデルになり、登場するのだ。
ちなみに、高校に入ってから見せられたものでは、杏先生と戸川さんが・・・・・恋人になる漫画を描いていた。
本当にリアルすぎて、あの二人を見るとまさかと疑ってしまう心を消すのに数週間を要したくらいだ。
そして、忘れもしない、去年の夏、私が・・・・当時の中学で一番可愛いと有名だった子とあれやこれやをしている漫画を見た時には・・・・・・。
もう、あれは一生のトラウマだ。
まさか、友達の家に行って、あんなものを見せられるとは思っておらず、純粋に恭子が描いた漫画を読んでいた私がどんなに愚かだったが。
あれからも懲りもせず、そういうものを私に見せてくる。さすがに私が主人公になるやつはもうなかったのだが。なぜか今回は私が復活しているらしい。
葵の件に関しては、転校してきた当初から色々言っていたため、マンガになるだろうとは確信していたが、まさか、私が、その、あ、相手だとは思わなかった。
なんだか、まだ見てもいないのに、今まで見せられてきたマンガの登場人物の百合的なシーンを私たちの顔でついつい想像してしまい、心臓のドキドキが止まらなくなっている。
なんで、私、こんなに動揺しているんだろう。た、たかがマンガなのに。現実のことじゃないのに。
それなのに、私の頭の中では妙にリアルなシーンが繰り広げられていた。
みたいような、みたくないような、複雑な気持ちになる。
でも、見てしまったら、なにかが止まらなくなる気がした。
私がどうしようか迷っていると、
「私と涼花さんのカップリングというのはどういうことですか?」
葵が興味津々と云った風に恭子に近づいてきた。恭子は私が捕まえているため、逃げるに逃げられず、焦っている。
「えっ、えーと、カップリングっていうのはね。な、なんていうかな、ダ、ダブルヒロインみたいな感じかな。」
「ヒロインですか?」
苦しい言い訳だ。さすがの恭子も葵に漫画をみせるのは躊躇うらしい。羞恥心をもっていたみたいだ。
まぁ、あの、純粋な瞳には見せられないのだろう。
恭子の漫画には直接的なシーンも時々ある。そして、それを見て真っ赤になる私をいつもからかうので、たぶんワザとなのだろう。
「私にも読ませてもらっていいですか?」
あぁ、そんな期待に目を輝かせちゃって。私だったらそんな風にお願いされて断れる自信がない。
恭子をみる。冷や汗がダラダラ流れ落ちていた。
「い、いや、その、中村さんに見せられるほどのものではないというか。とてもじゃないけど、見せられないというか。」
「あっ、ごめんなさい。迷惑でしたか?」
葵が明らかにションボリしている。
その様子に負い目がある恭子が私にすがるような声を出す。
「うぅ~、どーしよう。涼ちゃん、助けてよ~。」
恭子も泣きそうなので、とりあえず、助けることにした。
「葵、恭子の漫画ってあんま面白くないし、読んでも時間の無駄だからさ。そんなにガッカリしなくても大丈夫だよ。」
私はとびっきりの笑顔と明るい声でそう言った。
すると、隣にいた恭子が制服の裾をひっぱてくる。
「ちょ、それはひどいから。今回のは自信作なんだよ。」
わたし的には興味がなくなるように、フォローしたつもりだったのだが。
「あんたは一体どうしたいのさ?」
「えー、だって~。・・・・・・・だって、すごく頑張ったんだもん。」
私は恭子のその悲しそうな表情をみて、ちょっと悪いことを言ったかもしれないと思う。
恭子は背も小さいし、見た目が幼いだけに、泣きそうな顔をされるとこちらがいじめているような気持になるのだ。
「あ、あの、ご迷惑でしたら、無理にとはいいませんから。」
そんな恭子の様子をみて、葵が気を使ってくれた。
「葵もああ言ってくれてるよ。」
「うん、本当にごめんね。中村さん。」
恭子はすまなそうに頭を下げる。
「でも、どんな内容なのか少し気になります。」
そう、ポツリと葵が呟いた。
「だよね。」
ここまで、騒ぐくらいの内容だ。そりゃ、気になるだろう。
「うーん、恭子。今回のって、その、そういうシーンってあるの?」
「えっ?そういうシーンって何?」
「いや、だからさ、ゆ、百合的なやつ。」
「あー、えっとね、ある、かな。」
「やっぱりそうだよね。」
参った、やはり読ませるわけにはいかないようだ。だって、素直な葵のことだし、絶対、絶対にこれから意識することになると思う。
それほど、恭子の漫画はリアルに描かれているのだ。
「あのね、葵。内容はその、ゆ、友情物語みたいな感じだよ。」
しょうがなく、私はごまかすことにした。彼女をだますのは胸が痛いが、今回は仕方がない。
私たちの平和のためだ。
「うん、そうそう。女同士の友情だよ。」
恭子もこれだとばかり、私の嘘に乗ってくれる。
「友情ですか、それでは、内容は私と涼花さんの友情を題材にしているということですか?」
「うん、そんなとこ。」
恭子はぎこちない笑顔で答えたが、葵は納得したようだった。
「それなら、読めないのは残念ですが、恭子さんが言うのなら仕方がないですよね。」
「あ、こ、今度、違う話を持ってくるから、それを読んでくれる?」
さすがに罪悪感に襲われたのか、恭子がそう提案する。
「本当ですか?ぜひ読ませていただきたいです。」
それに葵は嬉しそうに微笑んで、返事をした。
「と、とりあえず、恭子はもう部活に戻ったら?どうせ、また何も言わずに飛び出してきたんでしょ?」
「あっ!!そうだった。じゃあ、私はこれで。涼ちゃん、中村さん、また明日教室で。」
「はい、また明日。」
「うん、じゃあね。」
そう言って、恭子は疾風のごとく部室を出て行った。
「元気な人ですよね。」
穏やかに微笑みながら葵が言う。
「まぁね。元気すぎるけど。」
それに、私は苦笑で返し、恭子が出て行った扉ぼんやりとを見つめた。あのマンガを読めなかったことを少し残念に思いながら。
次話は番外編ということで先輩の話です。もしかしたら、少し長めになってしまうかもしれません。
なので、本編は少しお休みということでよろしくお願いします。
ところで、あんまり気にしていないかもしれませんが、恭子の身長は148㎝位の設定です。そして、涼花は163㎝です。
まぁ、そんなに重要ではないのですが、なんとなく書いてみました。




